ここ暫くは小説などの柔らかい本ばかり読んでいたので読み通せるか心配だったが読み終わった。著者は若く(25歳)して京都大学助教授に就任し、早くから若手の論客として論壇に登場した。私より14歳年上だが、我らが世代という意識はあった。しかし、1960年代後半ごろからの時代は世界的に若者が声を上げ行動する時代だった。彼は若くして当時の政治権力者と近くそのブレーンとみられていた。彼の主張の中身をあまり知らずに保守反動と思って、テレビなどでの発言も頭から真面に聞こうとはしなかった。彼の著作も読まずに来た。彼は30年ほど前62歳の若さで亡くなった。この本はそんな彼の著作として昨年冬に出版された。1990年に行われた6回の連続講演をベースにしている。今頃新刊書の棚に並んでいるのを見つけ借りてきた。
講演を文字化したものだからなのか大変読みやすい。またどのような聴衆を前に行われたのか、内容も理解しやすい。今となっては彼を保守反動として片付けてしまったのは失敗だったと思う。当時の若者はある意味、共産主義の影響を受けて教条主義的なところが強かった。リベラルニュートラルな私と思ってはいたがどうもそちら側にいたのかもしれない。彼は現実主義者、リアリストだ。彼の父親は高坂正顕、京大で哲学を教えていた。wikiによると、幼少の時から父親と糺の森を散歩しながらモンテスキューやカントについて聞かされたという。当時の学生の青臭い、大した知識もなく、受け売りで叫んでいるような言説にはあきれていたのだろう。
出版に携わった慶応大学の細谷雄一もやはり政権に近い経路を歩いてきたが、彼が今この本を出す意義として挙げているのは、日露戦争から始まった20世紀が戦争の世紀であったとみると、現在の21世紀もイラクのクウェート侵攻やロシアのクリミア併合、ウクライナ侵攻、イスラエル・パレスチナ紛争などやはり戦争の世紀であるとの認識だ。20世紀で戦争がなかったのは東西ドイツ統一、ソ連崩壊の1990年以降のわずか10年間だけだ。その時フランシス・フクヤマが歴史は終わったと書いた。しかし、世界単独最強となったアメリカはソ連、ロシアの大国としてのメンツを顧みることなく扱った。それはあたかも第一次世界大戦後、ドイツに対して英仏が執った態度と同じだったという。それが第二次世界大戦につながった。
日露戦争では、守備しているロシア軍に対して日本は下手な戦術で大勢の戦死者を出しながらも攻撃を繰り返し勝利した。これが戦史上「守備より攻撃が有利」との観念を世界に与えた。冷戦終結後、アメリカも中国もロシアの大国としてのメンツを尊重していない。今のプーチンもじりじりとNATOやアメリカに追い詰められている。ここで一転攻撃に出た方が場面が展開できると考えている節はある。
日本のように、敗戦後アメリカの胸に飛び込み、抱かれながらうるんだ目つきで見上げているだけの国には、自分から戦争を起こす心配はないのかもしれないが、一部にはそんな日本の現状に怒りを覚えている人々も少数ながら存在する。彼らはアメリカに対しては強く出ることができないので、かつて日本より弱いと思っていた朝鮮半島や中国大陸にその思いをぶつけているようだ。
歴史は繰り返す。または、歴史に学べ。