庭のバラが盛りの花を咲かせている。
帰国は済州から釜山、そして名古屋と予定通りだ。
但し釜山出発が30分程度遅れた。
名古屋には3時前に着いたが、バスが5時発なのでそれまで時間をつぶす。
家にたどり着いたのは8時前だ。
ランが狂ったように喜んで迎えてくれた。
久しぶりの我が家の夕食を堪能した。
旅行中口にできなかった煎餅などを食後に食べた。
食後すぐに、腹に膨満感を感じた。
少し食べすぎたかなと思った。
その内、その膨満感が痛みに変わった。
散歩にでも行けば収まるかと、ランを連れて散歩に出る。
短い散歩だったが、帰宅しても、その痛みは消えない。
消えないどころか、さらに苦しくなってきた。
座っていられないので横になって、妻に背中をさすってもらうが冷や汗が出てきた。
今までも食べすぎた後、腹が苦しくなることはあったが、暫くすれば消えてくる。
それが今回は1時間近く過ぎても、ますます苦しくなる。
これは異常だと感じたので妻に市立病院に連れて行ってもらった。
すぐにCT 検査をしてくれて、腸閉塞だと診断された。
内臓を手術した人はなりやすいとのこと。
入院が必要だが、この病院にするか、手術をした病院にするかと問われた。
言外に他の病院へ行ってくれとの気持ちが読み取れる。
それなら浜松の手術した病院にと答えると、すぐ電話してくれて先方の了解を取ってくれた。
救急車に乗せられて向かった。
病院に着いたときは食後3時間以上経過していたが痛みは治まらない。
レントゲン、エコーで調べてくれて、腸捻転を起こしている疑いがあるといわた。
その時は少し痛みは治まりかかっていた。
それまでの検査で、閉塞はなさそうだというので、場合によっては帰宅できるといわれた。
念のためCT検査をすることになった。
検査に赴く時、外で待っている妻にも多分帰れるよと伝えた。
検査1度目は造影剤なしで行い、2度目に造影剤を注入した。
薬液が全身に回り始め、身体全体に熱を感じるようになったら、喉が少しいがらっぽくなった。
次にはせき込み始め、まさに喘息の症状が出てきた。
呼吸困難になり、顔や胸部に赤く発疹が出た。
すぐに酸素吸入が行われ、薬剤の点滴も打たれた。
救急に戻るときはストレッチャーに乗せられ酸素吸入を付けて苦しそうにあえいでいる私を見て、妻も驚いたことだと思う。
救急のベッドに寝かされて、症状の治まるのを待った。
呼吸が少し楽になったのを見て病室に移った。
午前3時ごろになると、呼吸も楽になり、腹の膨満感も薄らいできた。
落ち着いたところで、症状の説明を受けた。
腸捻転で流れが悪くなったが、その後流れが回復して閉塞状態は解消されつつあるとのこと。
このまま回復するだろうといわれた。
夜が明けたら、担当の消化器外科で診察を受け、そちらに移管されることになる。
翌日消化器の先生の診断を受け、念のため昼食を摂ってみて様子を見ることになった。
結局もう一晩病院で過ごすことになった。
16日の午後退院した。
暫くは酒もひかえ、食事でも咀嚼を多めにしなければならない。
また、今後造影剤を使ってのCT検査を受けることはできなくなった。
以上の事情で、ハルラ山登山記のアップが遅れた。