県立牧野植物園は高知県の佐川町に生まれた植物学者牧野富太郎を記念する植物園。
高知県の植物を中心に展示がされている。
ホテルはチェックアウトが10時なので、9時過ぎに出た。
他の客はもういないようで私が鍵を返して階段を降り始めると直ぐフロントの男はロビーの電気を消した。
駅で荷物を預け、コンコースにいた観光ガイドに植物園行きの方法を尋ねた。
バスは一時間に一本のMAY遊バスしかないようだ。
路面電車で一番近くまで行き、徒歩で20分ほど歩いて、植物園のある五台山に上った。
山の上には31番の竹林寺がある。
山門の前で、これなら納経帳を持ってきて打ち終えたことにすればよかったと気が付いた。
スロープを歩いて登る時は痛みがないが、階段になると途端に痛みが襲ってくる。
植物園の中は階段を減らしてスロープへの改造が施されている。
植物の展示レイアウトは展示中心というより、庭としての景観に拘っているように見える。
四季折々に散歩に来る楽しみが期待できる所だ。
散策の途中から激しい雨になった。
合羽上下を着て、頭にはフードをかぶった。
傘を差さずに雨に打たれながら歩くのもまた趣がある。
しかし、市内に戻るのにはバスを使った。
はりまや橋で降りて、高地城まで歩いた。
市内を歩いてみて、ほとんど高知の町を知らないことに気が付いた。
高知にはこの40年近くの間に20回以上来たことがあるが、何時も空港から車で営業所や客先に行き、市内を歩いたことがなかった。
高知城も来たことはないようだ。
高知城の大手門から天守閣を望む。
この二つを一つの画面に写すことが出来るのはここ高知城だけだそうだ。
維新後放置されて相当に痛んでいた天守閣を太平洋戦争後修理して現在の姿に修復したものだ。
熊本城ほど城閾は広くないが、古い面影をよく残していると思う。
雨のウイークデイでほとんど見物客もなく静に楽しむことが出来た。
城を出て直ぐのところに「ひろめ市場」という屋台村があった。
世界中にあるフードコートの形式だが、土佐料理を中心としたメニューが楽しめる。
喉が渇いていたので、生ビールとモツ煮でテーブルに付いた。
土佐藩の名家老であった深尾弘人蕃顕(ひろめしげあき)のあった場所で、彼の屋敷が姿を消した維新後も、この一帯は市民から親しみを込めて「弘人屋敷(ひろめ屋敷)」と呼ばれてきたので「ひろめ市場」と名付けられた。
5時を過ぎると、直ぐに全てのテーブルが埋まるほどになった。
観光客らしい姿も見えるが、大部分は地元の客のようだ。
バスは夜十時の名古屋行きだ。
それまでは繁華街のサウナで時間をつぶすことにした。