近年の私の一番の興味あるテーマは「幸せになる」である。
最近思うのは、ほんとうに「幸せ」というものは、環境に依存するものではなく、(もちろん影響はされるが)、自らが作り出す、感じるものである、ということである。
今日一日を生きているという、「ありがたさ」にまずもって感謝する。そして、家族の健康や、自然の中にあることへの驚きにもまた感謝である。考えて見ると、私たちの廻りには、感謝することだらけである。それは生の貴重さから言えば当然かもしれない。
昔読んだ本に、ソール・ベロ―の「この日をつかめ」というのがあった。ストーリーは例によって忘れてしまい、感動したことだけを覚えている。内容が、どうなのかはわからないが、この本のタイトルが好きだ。
このタイトルをもじって、いつかひとつ小説でも書いてみたい。
「この日を愛でろ」という題名、どうだろう? ・・・なんか、すわりが悪いな。愛でろ、なんて。やはり、「この日を愛でる」か。なんか、インパクトが足りないなあ。
それはともかく、幸福になるための感謝日記などいいなあ。毎日、感謝したことを書くのである。この日記を二週間、三ヶ月、1年・・・と書き続けていくにつれて、どんどん幸福になってくるという趣向である。
どうだろうか。
最近思うのは、ほんとうに「幸せ」というものは、環境に依存するものではなく、(もちろん影響はされるが)、自らが作り出す、感じるものである、ということである。
今日一日を生きているという、「ありがたさ」にまずもって感謝する。そして、家族の健康や、自然の中にあることへの驚きにもまた感謝である。考えて見ると、私たちの廻りには、感謝することだらけである。それは生の貴重さから言えば当然かもしれない。
昔読んだ本に、ソール・ベロ―の「この日をつかめ」というのがあった。ストーリーは例によって忘れてしまい、感動したことだけを覚えている。内容が、どうなのかはわからないが、この本のタイトルが好きだ。
このタイトルをもじって、いつかひとつ小説でも書いてみたい。
「この日を愛でろ」という題名、どうだろう? ・・・なんか、すわりが悪いな。愛でろ、なんて。やはり、「この日を愛でる」か。なんか、インパクトが足りないなあ。
それはともかく、幸福になるための感謝日記などいいなあ。毎日、感謝したことを書くのである。この日記を二週間、三ヶ月、1年・・・と書き続けていくにつれて、どんどん幸福になってくるという趣向である。
どうだろうか。