加地尚武の佐倉新町電気街

「福音の少年 Good News Boy」シリーズ(徳間書店 徳間デュアル文庫)著者による電脳生活と意見。

【DVDこれだけは】愛と尊敬のあいだ。「ラウンドミッドナイト」

2005年04月22日 12時36分23秒 | 音楽・映画のこと
人間の感情には境界線というものがあるのだろうか?
好意、嫌悪、愛情、憎悪、偏愛、博愛、羨望、嫉妬。言葉は単語として独立しているけれど、心の中にあるとき、それらの感情と感情の間には、たとえば白いチョークで引かれたような線が、存在するのだろうか?

わたしは、高校生から大学生にかけて、ジャズという音楽を聴きまくっていた。
毎日、大学の近くにあった「52番街」というジャズ喫茶で、何時間も過ごした。月末まで三千円しかないというときに、二千円のジャズのレコードを買ってしまい、一週間近く食パンだけで生活したことがあったほどだった。

そんなジャズファンが、偉大なジャズマンに対して抱く感情。これはちょっと言葉にしがたい。尊敬と愛情の間の、なんとも言い難い特別な感情である。
今日紹介する映画、「ラウンド・ミッドナイト」という映画に出会ったとき、学生の時に抱いたその特別な感情を代弁してくれる映画だと思った。

まるで、即興演奏のようにルーズで自由な感じのする映画である。ストーリーは単純なのだが、時間順に語られるのではなく、印象的なフレーズをつなぎあわせるように、過去と未来が交錯していく。
本物のジャズの巨人、デクスター・ゴードンが演じる「デイル・ターナー」というテナーサックス奏者が、アメリカにいられなくなって、パリに流れてくる。そして、フランス人のフランシスという主人公が、献身的にそのアルコール中毒のジャズマンの世話をするという設定からして、たまらない。

そして、どうしても言及しておかなければならないのは、本物のテナー奏者であるデクスター・ゴードンの「演技」である。もちろん本業の俳優ではない。ところが、それはすばらしく胸を打つ名演なのだ。「デイル・ターナー」という架空のジャズ・ジャイアントの、圧倒的な存在感。長い人生を背負っているという感じ。いくら言葉を重ねても表現しつくことができない。「奇跡的演技」と評され、映画初出演のデクスター・ゴードンは、なんと「アカデミー助演男優賞」にノミネートされたほどである。

そして、ラスト。
わたしは生まれてはじめて、映画を観て、声をあげて泣いた。泣きじゃくった。エンドクレジットが終わったあとも、五分ほど泣き続けた。
だめだ。思い出しただけで、泣きそうになる。

万人にすすめられる映画かどうかはわからない。ジャズファンで映画好きの人はとっくに観ているだろうから、薦める必要もないだろう。
どんなジャンルの音楽でもいい。「お気に入りのアーティスト」「尊敬している奏者/歌い手」という存在がいる音楽ファンならば、この映画の主人公に共感できるのではないだろうか。
すべての音楽好きにおすすめする。

ラウンド・ミッドナイト

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