だーばぁの流儀

児童文学作家・岡田なおこブログです。
全身マヒ+オストメイト・作家・アラ還ならではの日々を気ままにつづっています。

真面目なお出掛け 「花田春兆展」の巻

2018年12月16日 | 日記
年内の「お出掛け」は、お・わ・りー

この半月位、チョーハードに外出してました、ワタクシメ。
我ながら「障がい者」とは思えないほど、よくぞ、いろんな所に行きました ♿

Facebookには「乗り換え案内が不親切だった」とか「○○駅は不便だ」とか「おまわりさんも道がわからなかった」とか・・・(笑)
本来の目的とは関係ないことを書いて遊んでいましたが、大公開しているブログには、真面目なことを書くことにします!

昨日で「デカイ外出」は終わりまして、まったり寝坊もできたので、気合を入れて更新します。



花田春兆-その人と作品-展

昨年5月13日、91歳で旅立たれた花田春兆先生。
俳人として、作家として、障害者運動のリーダーとして、活躍されてきた春兆先生の人柄と業績を多くの方々に知っていただくために花田春兆展。
その締めくくりとして開催された、荒井裕樹氏(二松學舎大学専任講師)による記念講演を聴いてきました。12/1

「もし花田春兆氏がいなかったら、日本に障害者運動は起こらなかったのではないか」と。
荒井氏はそこから話を始めました。
学生時代純粋な国文学徒であった荒井氏は、「文学者」としての春兆先生にひかれたようですが、先生の強力な吸引力によって、
いつの間にか弟子兼私設秘書(介護も含)になっていたそうです。
荒井氏は「僕は車いすを押したことはない。いつも追いかけていました。春兆先生の電動車椅子のスピードが速くって・・・」と笑っていました。

春兆先生が創刊した「しののめ」誌が、障害者の綴り方による文学・政治、総合的な運動として発展していったことを改めて知りました。

障害者が心の奥底に宿している本当の思いを表現するためには、多くの壁が存在します。
作品を投稿する際には(郵便を出す際)、家族の手を借りるので、家族の目に触れることを意識し、当たり障りのないことしか書けなくなってしまう。
ささいなようで大きな抑圧から解き放たれるためには、大きな勇気が必要だった・・・
(こういうことはワタクシメも経験しています)

障がい者の「勇気」が「障害者運動」となり、社会を変えていくわけです。

春兆先生が主催した「しののめ」は、社会の抑圧から障がい者を解放するための、起爆剤でもあったのです。
荒井氏の分析によると、男性障害者が「人間」という言葉を多用するのに比べ、女性障害者は自らが「女」であることを綴った作品が多いそうで、たいへん興味深く拝聴しました。


本講演の「“言葉“から読み解く優生思想」


荒井氏が問題視しているのは、最近話題になっている不妊手術や出生前検診などのように、医療分野にかかわるものだけではありません。
もっと広義の、いわば社会全体の空気のようなもの。
家族や施設職員の「善意や愛情の仮面」を被って現れるため、その本質をつかみきれないのではないかとも話されていました。
それを突き破る武器が「描くこと・表現し発表していくこと」で、春兆先生はそこまで考えて「綴り方・同人誌活動」を始めたのでした。

もちろん一般的にいう「綴り方@作文教育」の役割もあったでしょうが、春兆先生は障がい者が描くことにより「力」を持ち、社会に出て行く道筋を
作って下さったのだとわかりました。

そしてワタクシメも、その「道」により社会人として生きていられるのだと、再認識しました。

現代はネット・SNSにより簡単に発信できるから、逆に「綴る力」が弱くなってしまった気もします。
ワタクシメ、ただ今ブログを書きながら反省しております。 <(_ _)>









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お片付けしましょう@本棚編

2018年12月07日 | 日記
人生の課題は「断捨離」だー❣


前回ココに「叔母の遺品整理」について、ちょっと書きましたが、
あれ以来、念仏のように「遺品整理・いひんせいり」、「断捨離、だんしゃり」・・・と言い続けています、ワタクシメ。

ヘルパーがロング(10時間位)で入った日、よほどワタクシメの“念仏”がうるさかったらしく、
「叔母様のお家に行ったのが、そんなにショックだったんですか? 今日はずーっとその話題ですよ」と苦笑されてしまいました。
だから、ワタクシメは、
「そうよ。ショック、ショック~。ワタクシメは明日から断捨離を始めます!」と宣言したのでありまする。

「死んだ後のことは、なるようにしかなりませんよ」と、たいていの人は言います。

しかーし、
身近な人が突然死ぬのは2回目で、両親の終活も加えると数回「遺品整理」に立ち会っていますので、お片付けする人の苦労も知っております、ワタクシメ。

大バーが達者な頃、
「自分で棺桶に入れる人はいないのよ@人様の世話にならない人はいない」ともっともらしいことを、のたまわっていましたっけ。
そして結局、粗大ごみ山ほど残して逝き、後始末に往生ました。

「自分で棺桶に入れない」にしても、生前整理はしなきゃいけませんわー。
元気な時に思い切って捨てるっきゃないんです。

ーーいつやるの、今でしょ👊

始めましたよ、ワタクシメ。

第一弾は本棚でーす 📚

「お遊びブログ」をよく書いていますが(笑)、真面目に、コツコツ、地味な仕事や活動もしているんです、ワタクシメ。
ここ数か月、自転車操業的な日々で・・・
部屋のすみに「マガジンタワー@雑誌の山)ができ、崩れては積みなおし、掃除機をかけてもらう度、配置換えだけしてました(/ω\)
雑誌の間には「プリント類」が挟まってて、怖くて直視できずにいました💦💦💦

でもねー、発掘作業もかねて、着手しましたよ。
最初は手の届く範囲からスタート。
気分が乗ったので、ヘルパーさんに頼み、「古い雑誌」の整理を開始。
そのうち、ヘルパーさんが、
「気分が『お片付けモード』になった」と言い出し(笑)
「この際・・・やっちゃいましょう」と言うことに p(^^)q

ワタクシメの場合、身体が動かないからいいこともあります。
自分自身だと「想い出」や「未練」で捨てられない物も、ヘルパーが無情に捨ててくれることです (^.^)/~~~

例えば、
「この雑誌の何号までは処分して下さい」と頼んで、その後は、見ません (o|o)

同人誌活動をしていた頃のモノの目次には、現在チョー有名な作家さんのお名前もあります。
だから捨てられなかったのですが・・・再読せずに捨てました 🚮

さすがに自分の作品が掲載されている物は残しましたけどねー。
十数年前、家をリフォームした時に間違えて、かなり捨てられてしまって(涙)ごく一部しか残っていないのです。
同じ時期に「中学時代から二十歳代の写真」もなくなって、「ワタクシメの足跡っぽいものは、あまりありませーん」ってことを思い出し、どかどかっと「処分」しました。

「老後の楽しみ」にするつもりだった「子どもたちの文集」も捨てました。
※ 子どもたちや読者からの手紙などは「永久保存」ですけどね。

「いつか役に立つかもしれないマニュアル本」はすべて捨てました(大笑)

  ↓ 写真は「お片付け」しながら、Facebook用・BLOG用に撮ったモノの一枚です。
「SNSに載せようねー」と遊んでいないと、やってられませんからねぇ (^^;)

来週もうひと踏ん張りしたら「子ども文庫」が開ける程度の「本棚」になると思います。
特に「子ども文庫」をやる予定はありませんけどwww

「子ども文庫」を始める前に、ワタクシメが朽ち果てた折には、本棚ごと児童館に寄贈しますので、嫌がらずもらってね (^_-)
                                 笑・笑・笑

涙を飲んで捨てた書籍もありますが、手放した分、新しい何かが得られるモノもあるでしょう 🎁

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終活(おかたづけ)しなきゃ~

2018年12月03日 | 日記
どんぐりコロコロ・・・🌰

  ↓の写真は、10月中頃に撮影しました。
   なかなか機会がないまま季節が変わってしまいましたが、
   親せきのオバサマの作品なのでUPします😊

オバサマは「どんぐり」を使った可愛い小物を作っていたのですが、いつの間にか「その道の大家?」となり、
地元では「どんぐり先生」と呼ばれ、市民ホールみたいな広い会場で個展を開いていただいたり、
華々しく活躍していて時期もあります。

「どんぐりだけではホールいっぱいにならないわー」とオバサマが悩んでいたら、旦那さんが豪快な人で、
「庭の松(古木)を伐って、その切り株や幹や枝を利用して、ディスプレイすれば何とかなる」と言ったとか。

松の木のパーツパーツを舞台にし、どんぐりちゃんたちに四季折々の装いをさせ(塗り)、
「お花見」にはじまり「ぼんおどり」「雪合戦」などなど、メルヘンチックに仕上げてありました。
ワタクシメは部分的な画像しか見ていないので、「松の木伐採作戦」の真偽のほどは存じませんが(笑)

でも、ワタクシメにくれるのは手のひらに載るような小物ばかりで、「松の木はあげないわよ」と言うので、
「くれると言われても、いりませんがー、ほどほどに大きな物を下さい」と事ある度に催促したら・・・ン十年経って、やっと届きました(爆)
それが写真の作品です❣

「もうトシで、細かい作業ができなくなったから、今年で辞める」と、手紙に書いてありましたが、楽しむ程度の小物は作り続けてほしいです⤴⤴⤴


事ある度=弔事


近年「親せきが集まる」のは弔事(葬儀)の時ばかりです。
久しぶりに「どんぐり談義」をしたのは、10月の初め、叔母の葬儀の時でした。

どんぐり先生からの手紙に「ケンカ友だちが亡くなって、なおちゃん淋しいでしょー」と書いてありました。
まったく・・・亡くなった叔母とはケンカばかりしていたから、そのことは親せき中に知れ渡っているのかも知れません💦

亡くなった叔母の姉や義姉妹で家の片づけをしてくれていますが、いつになったら終わるのか???
昨日はオヤジ様の車で、ワタクシメも一緒に「叔母なき家」に行ってきました。
片付け隊も高齢ですから「だいぶ片付いたわよ」と言っていましたが・・・先は果てしなく遠い感じです(泣)

「お宝」もあるかもしれませんが、クリーニング屋のハンガーや何かのキャップが山ほどあって⤵⤵⤵
何個も45ℓのゴミ袋を埋めているのを見てため息が出ました。

そして、思わず、
「叔母ちゃん、何やってんのよ! 馬鹿じゃないのー」とつぶやいてしまいました。
もう、ケンカ相手はいないのに (ノД`)・゜・。

叔母が亡くなる前から叔父は入院中で、留守宅で「片付け隊」が奮闘している状況です。
捨てたり寄付したりリサイクルに出しているようですが、叔母の手あかのついた物は、いったん我が家で預かり、血縁者だけで「形見分け」することになりました。

なにしろ老夫婦の世帯ですからガチャガチャで、叔母の家に集合して、故人をしのびながら形見分けをするような場所もないので、
我が家(オヤジ様)が預かることになるだろうねーと密かに話していたら、その通りになりました(苦笑)

昨日はオヤジ様の車で「第一弾」の荷物を運んできましたが、ワタクシメとヘルパーと車いすも載せていたので、あまり運べなかったのです。
とは言っても、段ボール3箱分位は持ってきましたけど(笑)

車を運転して荷物を運ぶのが、86才のオヤジ様ですから、日本の高齢化はハンパないっすよー ●~*

「松の木を使ったどんぐり細工」をもらうよりはマシですがwwwとうぶん亡き叔母の遺品が運ばれてくるみたいです (;´д`)トホホ

「終活」は晩年やるものと考えている方が多いですが、スタミナが要りますからね。
日々の「おかたずけ」が肝心ですわぁ 😠



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雪辱戦(笑)大竹しのぶの“ピアフ“

2018年12月01日 | 日記
念願でありました、大竹しのぶの「ピアフ」を観てきました❣


先週から半月位「お出掛け」が続きますのよ、ワタクシメ。
ビッグなことから見繕って、ココに書きますね ( ..)φ。。。

何と言っても、大竹しのぶ様の“ピアフ“ですわぁ。

世界的歌手、エディット・ピアフを演じた「ピアフ」は2011年に初演。
ワタクシメは母上の影響で「観劇」は好きでしたが、ネットで簡単にチケットを購入できるようになったのは最近で、
2011年頃は「観たいなー」と思っても、抽選に申し込むほど熱心な演劇ファンではありませんでした。
ハード面で「車いすで出掛けられる環境」ではなかったからかも知れません。

で、初演は観ませんでしたが、勘三郎さんが亡くなった時に、
大竹しのぶ様が「勘三郎さんからピアフの評伝を勧められたエピソード」を話されているのを聞き、
「再演があったら絶対観よう」と決めていました!

しかし人気の舞台ですから、なかなか「抽選」にあたらず、
やっと手に入れた2016年、ワタクシメは人生初の大骨折とインフルエンザのダブルパンチを受けてノックアウト😢

今回は第一次の抽選はハズレで泣いていたんですが⤵⤵⤵
第二次で、値段の高い席が空いていたので、財布の紐をゆるめて購入しました!

「高い」だけあって、とてもいい席で、間近でしのぶ様を堪能してきました。
話題になっている駿河太郎(鶴瓶の息子)とのラブシーンも素敵でしたよ♥

歌と恋に生きたピアフの激動の人生はしのぶ様の生き様とリンクする部分があると思いました。
迫真の演技というか「憑依した」かのような振る舞いに、魅了されました。

16年には劇中で歌うピアフの代表曲「愛の讃歌」でNHK紅白歌合戦に初出場。
しのぶ様の歌声は評判になり、今回カバー盤「SHINOBU avec Piaf」が出ました。
劇場でプログラムとセット販売オマケ付にひかれて買っちゃいました(笑)

毎晩寝る時に聴いてまーす 🎶


想いのままに生きていく姿を見て、勇気がもらえました


ピアフは道で歌いながら体を売って稼ぐ少女でした。
才能を見出されスターダムに乗り、様々な男性との出会いと別れを繰り返します。
酒や睡眠薬に依存し、モルヒネ中毒となってからの禁断症状。その姿は狂気に満ちています。
ピアフの歌に胸を打たれるのは、ボロボロになっても歌い続ける(生き続ける)、凄まじいまでの激しさと悲しさゆえだと思いました。


夏の終わりに「企画」がボツになりほんとーに落ち込んでいたんですが、
この秋は「自主制作の絵本」と別の企画に専念していました。
「ピアフ」を観に行く前に全部片付いたので、(自己満足ではありますが、ごほうび)サイコーの“雪辱戦“でしたよ (*^^)v



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