那田尚史の部屋ver.3(集団ストーカーを解決します)

「ロータス人づくり企画」コーディネーター。元早大講師、微笑禅の会代表、探偵業のいと可笑しきオールジャンルのコラム。
 

八王子早稲田会の総会に行って大酒を飲んだ感想

2013年06月07日 | 世直しのためにどうすべきか

昨日、6月8日は夕方から「八王子早稲田会」の総会があり、幸い晴天だったので出かけてみた。

まず私と八王子早稲田会との縁は、10数年前から行きつけの居酒屋で知り合った方(もちろん大酒飲み)が三多摩地区の稲門会の役員で、その方に入会を勧められたことから始まる。現役で大学で教えていたときだった。4年程前には幹事に任命されるなどして協力出来たのだが、その後様々なことが続いて大病を患い、お手伝いが出来なくなっていた。なるべく外へ出て交友の場を広げるよう、と思っている矢先に総会の通知があり、懐かしい先輩や現役の学生たちの顔を見て、感じることがあったので今回のブログで取り上げる。

まず普通、早大のOB会は「○○稲門会」と名称が決まっているが、八王子の場合は非常に古くからOB会が作られていたのであえて「八王子早稲田会」で通しているらしい。(ブックマークにHPをリンクしておいたので、興味のある方はご覧下さい)

総会の後の講演会から出席したところ気仙沼稲門会の幹事長が、東日本大震災の復興の模様、今後の課題などについて語っているところだった。私はかなり疲れていたので、話を聞きながら数息観(丹田呼吸による瞑想の一つ)をしていたらどうにか体調が蘇った。次いで懇親会になって、肝臓、糖尿病に悪いがたまにはいいだろう、とビールやスコッチを飲み、久しぶりに全員(70名ほど)で肩を組み「都の西北」を歌い、とたんに元気が出た。楽曲を貼っておく。http://www.youtube.com/watch?v=uQmSr7_b9_U

そういえば鬱病で苦しんでいた学生時代、このyoutubeの画面にも出てくる大隈講堂の時計台を見ながら校歌を心の中で歌ったら一発で鬱症状が治ったなぁ、と思い出した。この校歌が特に優れているのは曲がいいのは勿論、3番共に「理想」という言葉が出てくる点だ。

 

相馬御風 作詞 東儀鉄笛 作曲

1.

都の西北 早稲田の森に
聳ゆる甍は われらが母校

われらが日ごろの 抱負を知るや
進取の精神 学の独立

現世を忘れぬ 久遠の理想
かがやくわれらが 行手を見よや

わせだ わせだ わせだ わせだ
わせだ わせだ わせだ

2.

東西古今の 文化のうしほ
一つに渦巻く 大島国の

大なる使命を 担ひて立てる
われらが行手は 窮り知らず

やがても久遠の 理想の影は
あまねく天下に 輝き布かん

わせだ わせだ わせだ わせだ
わせだ わせだ わせだ

3.

あれ見よかしこの 常磐の森は
心のふるさと われらが母校

集り散じて 人は変れど
仰ぐは同じき 理想の光

いざ声そろへて 空もとどろに
われらが母校の 名をばたたへん

わせだ わせだ わせだ わせだ
わせだ わせだ わせだ

____________________

相馬御風は口語自由詩の詩人で良寛の研究者でもあった。「カチューシャの歌」「春よこい」などの作詞も手がけている。東儀鉄笛は雅楽の家柄に生まれ役者としても活躍した。西洋音楽も学んだが「都の西北」の独特の高尚で優美な雰囲気は雅楽と西洋音楽のフュージョンで、当時は非常にハイカラだっただろう。イェール大学校歌が下敷きになったとの研究もある。いずれにせよ早稲田の根本は在野精神と共に、理想主義、ロマンティシズムである。

ところで、ブログの愛読者の方ならご存知の通り、私は「最近の早稲田はダメになった」、「入学した時点でダメになっていた」とよく書く。二次会で政経学部の学生から話を聞いたところ、この論は想像以上に当たっていた。以下、箇条書きで纏める。

①ダメになった理由の一つは、昔は早大の先輩が大学教員になって後輩に教える、という兄弟的な親身な関係だったものが、次第に国公立出身者の教員が多くなり、在野精神、反骨精神がなくなっている、という私の持論に対して、「その通り」との答えだった。ちなみに、私は彼らを官学出身者と呼んでいる、と言うと、その学生もこの呼び方を気に入ってくれた。

実際、私が教えていた頃はまだ教員の多数派は早大出身者だったようだが、中に「母校愛なんて言ってたら今時の学生に馬鹿にされる」と言った人物がいた。彼は官学出身者だった。この感覚の開きには公務員と自営業の差ぐらい埋められない溝がある。

②話を聞いて愕然とした事実がある。私の学生の頃は、六大学野球の最終戦:早慶戦が土日に行われ一勝一負で決勝戦が月曜にずれ込んだ場合、教員は当然授業を休みにして、中には「この授業の出席不足の者でも早慶戦のチケットの半券をレポートに貼り付けたら優にする。絶対に応援に行きなさい」という、ものの分かった先生が何人もいた。私も、今は無き一文、二文の非常勤講師だった頃、同じ規則にしていた。ところが今の早稲田の教員はその古き良き伝統を全く無視して休校にしないのだという。

これにはあきれ果てた。教育者として自分の授業の一コマがそれほど重要だと思っているのだろうか?傲慢なのか鈍感なのか薄っぺらい人柄なのか理解しがたい。母校の運動部を応援し、隣に座った名前も知らぬ学生やOBとスクラムを組んで応援歌を合唱し胸を轟かせる体験は、どんな立派な授業でも教えることが出来ない貴重なものである。

誤解を恐れずに言えば、武士道における「義、勇、仁、礼、誠、名誉、忠義」(この詳しい解説はhttp://yururi.aikotoba.jp/samurai/spirit/nitobe2.htmlを参照)、もっと簡単に言えば、同じ大学の仲間の日頃の鍛錬を、称え、応援し、励まし、一喜一憂し、酒を飲み交わすことで、自己中心の世界観よりも遥かに感動的な友愛精神があることに気付く、その場を今の教員たちは奪っているのである。早大OBとして、野球に限らず、対抗戦の大事な決勝が行われるときは、応援に行った者は出席と見做す、という校則を作ることを真剣に提言する。

③非常に面白いことに「ワセウヨ」という言葉が生まれていると聞いた。つまり母校に誇りを持つ学生たちを「ネトウヨ」をもじって「ワセウヨ」と呼ぶらしい。私は可笑しくて笑ってしまった。私は学生時代に「早稲田ナショナリスト」を自称していたし、尊敬すべき先輩たちの中には「ネトウヨ」ど真ん中の方々もおられ、私自身も「ネトウヨ」と思われているかもしれない。どうでもいいことだが、それは蔑称なのか尊称なのか微妙なニュアンスを知りたかった。

ともかく、久しぶりに大酒を飲み、私としては大枚をはたいて深夜まで騒いできた。糖尿病・肝臓病の重症者にとってはタブーだったが、驚いたことに今朝起きたら嘘のように体が軽い。何事も中庸が肝心で、真面目な闘病生活の合間に時々掟を破ってストレス発散するという、両方のバランスが取れているのが健康の秘訣と改めて知った。そういえば早稲田のモットーは「よく学び、よく遊べ」だった。確かに大学生、大学院生の頃は、思い切り遊び、その代わりに同じエネルギーで学んだものだった。私が現役の頃と比較するとかなり線が細くなっている気がするし、先輩たちから見るとさらに物足りないだろうが、このような時代の閉塞感を打ち破るのは自分たちだという気概を現役の学生は忘れないで欲しい。蒋介石も孫文も中国革命の英雄たちが集い、暖かく応援したのが早稲田の懐の大きさである。

最後に、八王子早稲田会は会員の拡大に力を入れていると聞いた。早大OBは八王子に800人ほどおり、会員は200人強とのこと。OBでなく現役の学生でも入れるようなので、関係者の皆様はぜひ左下のブックマークから入会手続きを取ってください。以上です。

 



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