宇宙のはなしと、ときどきツーリング

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太陽の8倍以上の質量を持つ“大質量星”が、星の種から効率的に成長するには質量よりも密度が重要だった

2023年07月23日 | 宇宙 space
大質量星と小質量星は同じシナリオで星が形成されるのでしょうか?

今回の研究では、太陽よりも8倍以上の質量を持つ星“大質量星”が誕生すると期待される領域をアルマ望遠鏡で観測。
すると、これまでにないほど多くの“星の種”の発見に成功したんですねー
この研究を進めているのは、東京大学/国立天文台の大学院生 森井義穂さん、国立天文台のパトリシオ・サヌエーサ特任助教、中村文隆准教授らの国際研究チームです。
大質量星がどのようにして誕生するのかは、天文学の未解決問題の一つですが、多くの星の種のサンプルを用いることで、この問題を統計的に議論することが可能になります。

さらに、過去最大のサンプルを注意深く調べることで、雲に埋もれていた星の種の質量や密度、分布なども明らかになることに…

これまでの小質量星形成モデルでは、星の種は形成される星の質量の2~3倍ほど重いことが必要でした。
でも、それとは矛盾して大質量星形成には、星の種がガスをさらに集める必要があるようです。
アルマ望遠鏡で明らかになった赤外線暗黒星雲の内部構造(イメージ図)。星の材料であるガスとチリの分布を、密度が高くなるにつれ青から白色で表している。形成されたばかりの赤ちゃん星の中には、ガスを噴出するものがあり、ピンク色で表されている。(Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), K. Morii et al.)
アルマ望遠鏡で明らかになった赤外線暗黒星雲の内部構造(イメージ図)。星の材料であるガスとチリの分布を、密度が高くなるにつれ青から白色で表している。形成されたばかりの赤ちゃん星の中には、ガスを噴出するものがあり、ピンク色で表されている。(Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), K. Morii et al.)

太陽の8倍以上の大質量星はどのようにして生まれるのか

太陽のような小質量星の場合、核融合反応は水素からヘリウムでほぼ終わります。
最終盤にヘリウムの暴走的な核融合反応であるヘリウムフラッシュが起きて、炭素までは生成されると考えられている。
それに対して、質量が太陽の8倍以上の大質量星は、その先も核融合反応を続け、宇宙で最も安定した元素である鉄までが生成されます。
鉄より重い元素は恒星の中心部では生成されない。鉄の核融合反応ではエネルギーが放出されないので、鉄を生成するようになった恒星は自重を支えきれずに超新星爆発を起こしてしまう。このため、鉄よりも重い元素は超新星爆発などの激しい現象にともなって生成されると考えられている。
そして、最終的に超新星爆発を起こして、惑星や生命を生み出すために必要な重元素の数々を宇宙に拡散させます。

ただ、大質量星は、小質量星に比べると数がとても少なく、遠方に位置しているんですねー
このため、形成過程が未だ確立しておらず不明な点が多く残っていました。

それでは、大質量星はどのように誕生したのでしょうか? 太陽のような星と同様にできているのでしょうか?

このことを探るため、今回研究の対象として選んだのは、大質量星が誕生すると期待されるけど、まだ星が形成されていない静穏な領域でした。

星形成の初期段階を明らかにし、形成過程を議論するには、小質量星形成領域における先行研究相応の、星の種を識別できるほどの観測性能が求められます。

さらに、典型的な星の性質を知るには、統計的な研究、大きなサンプル数も必要でした。

ガスとチリからなる雲が高い密度・冷たい状態で存在する場所

今回の研究では、大質量星の形成過程を探るため、その誕生が期待される39の領域をアルマ望遠鏡で観測しています。

これらの領域には、星の材料になるガスとチリからなる雲が、高い密度でかつ冷たい状態で存在しています。
この雲は赤外線観測では暗いシルエットとして見えるので、赤外線暗黒星雲として知られていました。

今回対象にした赤外線暗黒星雲は、星形成の兆候がこれまでに見つかっていない領域。
星が誕生する前の状態と考えられるので、研究を進めるには最適な環境といえるんですねー

観測の結果、雲に埋もれている800個以上の“星の種”を検出することに成功。(図2)
これは、赤外線暗黒星雲で特定されたこれまでで最大のサンプルでした。
将来の大質量星形成の最も有望な場所を表しているといえます。
宇宙空間には星の材料になる水素原子や水素分子を主成分としたガスが漂っている。その中でも特に水素分子が豊富に存在する場所が分子雲。さらに濃くなった場所は分子雲コアと呼ばれていて、いわゆる星の卵(種)に相当する。分子雲コアがさらに収縮することによって、太陽のような恒星や、それよりもさらに重い星(大質量星)その連星が誕生する。
どうして、このように冷たいチリやガスが密集した領域で、これほどの数の星の種を見つけることが出来たのでしょうか?

それは、高感度、高空間分解能、そして効率的なマッピング能力を持つ、アルマ望遠鏡による電波観測のおかげでした。
アルマ望遠鏡で観測した“雲39”領域のチリの分布。(Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), K. Morii et al.)
アルマ望遠鏡で観測した“雲39”領域のチリの分布。(Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), K. Morii et al.)

大質量星と小質量星では異なる星の形成メカニズム

小質量星の形成シナリオでは、星の種の質量の約30~50%が星の質量に変換され、残りのほとんどは赤ちゃん星“原始星”から噴き出すガス流“アウトフロー(双極分子流)“として放出されます。

同じ様に大質量星も形成されると仮定するとどうなるのでしょうか?
驚くべきことに、これらの星の種の99%以上は、大質量星を形成するのに必要な質量を持っていないんですねー

このことが示しているのは、大質量星形成領域にある星の種は、周囲のガスを取り込むことで成長する必要があること。
どうやら、大質量星には小質量星とは異なる星の形成メカニズムが存在するようです。

さらに、研究チームが調べたのは星の種の分布、つまり密集の度合いについてですね。

まず、星そのものの集団を見てみると、大質量星はまとまって、小質量星は散らばって存在しています。
このことから、星の種の段階でも、星の種の質量の違いによってその密度の度合いが異なることが期待されました。

でも、今回の観測で得られた統計データを分析して見ると、期待に反して、星の種そのものの質量による密集の度合いに違いは見られませんでした。

代わりに、星の種そのものの物質密集度によっては、密集の度合いが異なる様子が見られました。
これは、大質量の星の種よりも、物質密度の高い星の種が、大質量星に成長する可能性を示唆しています。

今回の研究では、大質量星形成が小質量星とは異なる成長シナリオを持つ可能性を、これまでの研究よりも多くのサンプルからより確実に示すことができました。

また、まとまって存在する密度の高いコアは、周囲の物質を蓄積することで、より効率的に成長する可能性があることが推測できます。

大質量星形成の初期段階では、星の種の初期質量よりも、その密度が重要なようですね。


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なぜ、ブラックホール同士は次々に合体しているのか? 答えは連星になり合体を起こしやすい領域の存在にあった

2023年07月21日 | ブラックホール
2019年のこと、太陽質量の約85倍と約66倍のブラックホール同士の合体による重力波が検出されました。

この合体現象で謎になっていたのは、2つのブラックホールが理論的に予測されていたよりも著しく重いこと、合体に付随して突発的な可視光での放射が観測されたことの2点。

今回、この謎を説明できる新たな説を国立天文台が発表しました。
この研究成果は、国立天文台 科学研究部の田川寛通特任助教らの国際共同研究チームによるものです。

隔週程度の頻度で見つかるブラックホール同士の合体

2016年2月にアメリカの重力波望遠鏡“LIGO”が検出したのは、13億光年彼方で発生した、それぞれ太陽質量の約36倍と約29倍のブラックホール同士の合体イベント“GW150914”による重力波でした。

それ以降、現在では隔週程度の頻度で、重力波観測によりブラックホールの合体が発見されています。

これだけ頻繁に観測されているとなると、2つのブラックホールが強大な重力でお互いを引き付け合って、一気に正面衝突で合体するようなイメージを持ちますよね。

でも、そうではないようです。

それは、2つのブラックホールは、ある程度まで接近すると共通重心を回る連星ブラックホールになり、膠着状態に陥ってしまうと考えられているからです。
3つ目のブラックホールにより、均衡が崩れて合体するという説がある。
そのため、宇宙のどこでどのようにして対をなし、そして合体に至ったのか?
まだ良く分かっていない点が多く残されているんですねー

巨大ガス円盤に存在する恒星質量ブラックホール

そうした中、2019年5月には“LIGO”とイタリアの重力波望遠鏡“Virgo”が、それぞれ太陽質量の約85倍と約66倍のブラックホール同士の合体による重力波イベント“GW190521”を報告。

“GW190521”では、これまで理論的に予想されていた質量よりもブラックホールが著しく重いことに加え、合体に付随して突発的な可視光の放射が観測されました。

これらの特異な特徴は、通常の環境下での合体シナリオでは説明が難しく、議論が続くことになります。

そこで、研究チームが注目したのは、ブラックホールが対になり合体を起こす領域。
その領域は、銀河の中心にあると考えたわけです。

大多数の銀河の中心領域には、太陽の数百万倍から数十億倍という大質量ブラックホールが存在しています。
それらは、しばしば回転する巨大ガス円盤に囲まれています。

これらの巨大ガス円盤に存在するとされているのが、たくさんの恒星質量ブラックホールです。
恒星質量ブラックホールは、大質量星が超新星爆発を起こした後に誕生する、太陽の数倍~数十倍程度の質量を持つブラックホール。宇宙に多数存在している。
この恒星質量ブラックホールたちは、ガスや他の天体との相互作用により均衡状態が崩れやすいので、時間をかけてお互いに近づいて対をなして合体することになります。
連続した合体によって、“GW190521”で観測されるような重いブラックホールを形成可能なことが、田川特任助教らのこれまでの研究により明らかにされている。

巨大ガス円盤のガスとブラックホールのジェットとの衝突

また、この環境では、巨大ガス円盤からブラックホールへのガスの降着によって、電磁波が放射される可能性があります。

でも、これまでは“GW190512”に付随して観測されたような可視光線の特徴や、電磁波がブラックホールの合体の後にのみ放射される過程を説明できる物理過程が解明されていませんでした。
そのため、この光の放射の付随は、偶然の一致によるものだと広く解釈されることになります。

このような背景の下、今回研究チームが明るい電磁波の放射を作り出す過程として着目したもの。
それは、ブラックホールから放出されるジェットと、巨大ガス円盤内のガスとの衝突により生じる、強い衝撃波からの放射でした。

このシナリオでは、一部のブラックホール合体事象で、電磁放射が付随することが予測されています。

これは、連星ブラックホールが合体すると、ブラックホールのスピンの向きが合体前後で変わることにより、合体後に出るジェットが再び活動銀河核の円盤と相互作用して衝撃波を形成するため。
その衝撃波が円盤表面に達すると、様々な波長で観測可能な電磁波が放射されることになります。

このシナリオにより、過去に報告されている重力波イベント“GW1905521”と電磁波の対応天体候補を説明可能なことが明らかになりました。
放射過程の概略図。ジェットの方向がブラックホールの合体時に変化し、冷たいガスと衝突して強い衝撃波を形成することで、電子が加熱・加速され、合体に付随して電磁波が放出される。(Credit: 国立天文台科学研究部)
放射過程の概略図。ジェットの方向がブラックホールの合体時に変化し、冷たいガスと衝突して強い衝撃波を形成することで、電子が加熱・加速され、合体に付随して電磁波が放出される。(Credit: 国立天文台科学研究部)
さらに、この現象から見込まれるのは、ブラックホール合体の起源、活動銀河核円盤の構造、宇宙論、プラズマ物理、重力理論の理解の向上など、様々な天文学・物理学的進展です。

このことからも、今後の連星ブラックホール事象に対する電磁波追観測が期待されています。


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ヘリウム4の融合では宇宙にある炭素12の量を説明できない? 必要なのは高エネルギーで不安定な状態“ホイル状態”だった

2023年07月19日 | 宇宙 space
“炭素”は私たち人間を始め、今知られている全ての生命体にとって不可欠な元素。
炭素は宇宙に豊富に存在する元素の1つでもあります。

ただ、核物理学の長年の歴史の中で、この豊富さは大きな謎になっているようです。

宇宙には炭素12が豊富に存在するけど…

宇宙に存在する炭素の約98.89%は“炭素12(陽子6個・中性子6個)”で、豊富に存在する炭素の安定同位体になります。

この炭素12は、“ヘリウム4(陽子2個・中性子2個)”の原子核が3個融合することで合成されたと考えられています。

ところが、ヘリウム4が2個融合した状態は極めて不安定で、これを持続できるのは1京分の1秒未満…
なので、3個目のヘリウムは、そのわずかな時間内に衝突して融合しないと炭素12にはなれないんですねー

また、単純に3個のヘリウム4が衝突しても、そのほとんどは核融合せず、再びばらけてしまいます。

単純計算すると、ヘリウム4が3個衝突しても、核融合反応が起こるのは稀なことになります。
これでは、宇宙に存在する炭素12の量を説明することはできません。

エネルギーの高い不安定な状態は存在する?

ただ、ヘリウム4が3個衝突したときに、“ホイル状態”と呼ばれる中間的な状態を経由すると、炭素12を生成する核融合反応が起こりやすいことが分かっています。

でも、ホイル状態を実験的に生み出すことは極めて難しいので、これまでホイル状態の正確な実態は、ほとんど分かっていませんでした。
ヘリウム4の衝突で炭素12が生成されるには、融合後にエネルギーの高い不安定な状態が一瞬でも存在する必要がある。原子核で許されるエネルギー状態には制限があるので、必ずしも存在するわけではないが、宇宙には炭素12が豊富に存在するという“証拠”をもとに、天文学者のフレッド・ホイルはそのような高エネルギーの状態が存在するという予測をした。これがホイル状態。
今回の研究では、ホイル状態の詳細に迫るため、スーパーコンピュータ“JUWELS”を使用し、核格子有効場理論の非制約格子モンテカルロシミュレーションを実施しています。
この研究を進めているのは、ユーリヒ総合研究機構のShihang Shenさんたちのチームです。
本来なら、原子核を構成する陽子と中性子の配置パターンに制限はありません。
なので、シミュレーションの計算時間は無限に増えてしまうことになります。

そこで研究チームが狙ったのは、この配置に制限を付けることで、現実的な時間内で研究を完了させることでした。

それでも、計算が必要な配置パターンは数百万通りになるので、今回の研究における“JUWELS”でのシミュレーション実行時間は500万CPU時間(CPUで処理が行われた時間)に達しています。
赤い四角と青い丸は、異なるシミュレーションで示された値。☆が実験で測定された値。いずれも結果がよく一致していることが分かる。(Credit: Shihang Shen, et.al.)
赤い四角と青い丸は、異なるシミュレーションで示された値。☆が実験で測定された値。いずれも結果がよく一致していることが分かる。(Credit: Shihang Shen, et.al.)
シミュレーションでの結果、ホイル状態では陽子や中性子が個別に存在する可能性は低く、陽子と中性子が2個ずつの塊になった状態(つまりヘリウム4の原子核に極めて近い状態)で、正三角形もしくはかなり平たい二等辺三角形の配列で存在する可能性が高いことが分かりました。

この状態で予測される原子核の物理状態は、実験で測定した結果とよく一致。
これは、シミュレーションの前提条件が正しいことを意味していました。
今回のシミュレーションでは、陽子と中性子の配列の仕方には、ある程度の制約があることが判明した。これは実験結果ともよく一致する結果である。(Credit: Serdar Elhatisari / Universität Bonn)
今回のシミュレーションでは、陽子と中性子の配列の仕方には、ある程度の制約があることが判明した。これは実験結果ともよく一致する結果である。(Credit: Serdar Elhatisari / Universität Bonn)
この結果が示しているのは、ホイル状態の実態に迫るうえで、実験では限界がある原子核の不安定な状態を知るためには、シミュレーション手法が有効であること。
さらに、実験では限界がある様々な物理状態を知ることにもつながったということです。

炭素は、より重い窒素や酸素といった元素の合成にも必須なので、ホイル状態は他の元素の存在とも間接的に関わりがあると言えます。

また、炭素が核融合反応によって他の元素になることは、太陽より重い恒星でのエネルギー生成など、恒星進化論にも関わってきます。

ホイル状態を正しく、かつ詳細にシミュレーションできた今回の研究成果は、核物理学の難題を深く知る原動力になる可能性があります。


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地球生命に似た構成分子を持つ生命が期待できる? 土星の衛星エンケラドスの地下海に生命の必須元素リンが多量に存在

2023年07月17日 | 地球外生命っているの? 第2の地球は?
厚い氷の層に覆われた海を持つ土星の小さな衛星“エンケラドス”。
エンケラドスには間欠泉があり、地表にある割れ目から宇宙空間に向けて海水を噴き上げているんですねー

興味深いことに海水に含まれているのは、水、塩、シリカ(二酸化ケイ素)、炭素を含む単純な化合物。
そう、これらは生命の材料になり得る物質なんですねー

そして今回の研究により、土星探査機“カッシーニ”の観測データから、地球の生命の必須元素になるリンが大量に存在する証拠が見つかりました。

この成果は、日欧米による探査データの分析と実験の綿密な連携によるもの。
これにより、エンケラドスの生命を構成する物質を、具体的に予見可能にしてくれました。
“カッシーニ”に続く次のエンケラドス探査が楽しみになってきますね。
土星探査機“カッシーニ”の挟角カメラで2005年7月14日に撮影されたエンケラドス。紫外線・可視光線・赤外線のフィルターを使用して取得したデータを元に作成されている。(Credit: NASA/JPL/Space Science Institute)
土星探査機“カッシーニ”の挟角カメラで2005年7月14日に撮影されたエンケラドス。紫外線・可視光線・赤外線のフィルターを使用して取得したデータを元に作成されている。(Credit: NASA/JPL/Space Science Institute)

地球生命にとっての最重要元素

今回の研究では、エンケラドスの地下海に地球生命の必須元素であるリンが、地球海水の数千から数万倍という高濃度で濃集していることが明らかになりました。

土星の衛星エンケラドスは、表面を覆う分厚い氷の下に液体の地下海を持ち、生命を育む熱水噴出孔や複雑な有機物も存在しています。

生命存在可能な条件を満たす天体として、注目を集めているんですねー

今回、欧米チームがNASAの土星探査機“カッシーニ”のデータから明らかにしたのは、地下から噴き出した海水中にリン酸を含む粒子が含まれること。
NASAの土星探査機“カッシーニ”は、2017年9月に土星大気に突入してミッションを終了。13年以上に及んだ探査で得られたデータの解析は、現在も続けられている。
日本チームは、エンケラドス内部を再現する実験を行い、リン濃集要因がアルカリ性かつ高炭酸濃度の海水と岩石との反応にあることを突き止めています。
日本は、東京工業大学 国際先駆研究機構 地球生命研究所の関根康人所長/教授、丹秀也研究員(現 海洋研究開発機構 超先鋭研究開発部門 ヤング・リサーチ・フェロー、海洋開発研究機構の渋谷岳造主任研究員らの研究チームです。
リンは、DNAや細胞膜などの材料になる地球生命にとっての最重要元素なんですが、天然での存在の量は極めて低い元素です。

そのため、リンの濃集を可能にする場所の存在が、地球生命の鍵になると考えられています。

この研究では、リンが濃集した水環境を地球外で初めて発見したもの。
エンケラドスでも地球と似た構成分子を持つ生命の存在が期待されると同時に、原始地球での生命誕生の場の特定にもつながる極めて大きな発見といえるんですねー

生命存在の期待が高まる地下海を持つ氷衛星

土星の2番衛星エンケラドスは直径約500キロで、水の氷を主成分とする氷衛星です。

なぜ、この小さな衛星が世界中の科学者のみならず、広く一般から熱い注目を集めてきたのでしょうか?

その理由は、エンケラドスが液体の水、有機物、エネルギーという生命存在の必要条件を満たす天体だからです。

探査機“カッシーニ”は、エンケラドスから噴き出したチリや氷で構成された土星のE環を通過したことがありました。
その時、“宇宙塵分析器(CDA)”により収集したデータからは、海水に塩分や二酸化炭素、アンモニアなどのガス成分、複雑な有機物が含まれることがが明らかなっています。
2009年に探査機“カッシーニ”が撮影したエンケラドスの間欠泉。この画像では30か所以上の噴出口が確認された。(Credit: NASA/JPL/Space Science Institute)
2009年に探査機“カッシーニ”が撮影したエンケラドスの間欠泉。この画像では30か所以上の噴出口が確認された。(Credit: NASA/JPL/Space Science Institute)
2015年に明らかになったのは、エンケラドスの地下海に海底熱水噴出孔が存在することでした。
熱水噴出孔は、地球生命誕生の場の有力候補で、現在も原始的な微生物が生息しています。

この発見は、生命を育みうる環境が地球外の太陽系に存在することを初めて実証したもので、各種メディアでも大きく報道されることに…
2015年の海底熱水噴出孔の発見以降、エンケラドスに関する知見が得られるたびに、生命存在の期待も高まっていきました。

でも、解決されていない重要な問題も残されていました。

それは、地下海に存在する生命の体を作る元素のこと。
どういった種類の元素が地下海に含まれているのか、どのくらいの量が存在するのかが、分かっていなかったんですねー

海水に含まれる元素の種類によって、そこで生まれる生命を作る構成分子が規定されます。

なので、具体的な生命の構成分子が予想できなければ、次の探査でどのような生命を想定したらよいのか、どのような物質を生命発見の指標としてよいのかが、分からないままになってしまいます。

例えば、地球生命は、DNAや細胞膜などの生命活動の根幹をなす生体分子に、リンを主要な構成元素として使っています。

つまり、エンケラドスに地球生命に似た構成分子を持つ生命が期待できるかは、ひとえにリンが存在するか存在しないかに依るわけです。

ただ、エンケラドスをはじめ、地球外の水環境にリンが高濃度で存在することを明らかにした例は、これまで皆無でした。
エンケラドスの内部(イメージ図)。水の氷でできた地殻と岩石質のコアの間に、深さ10キロ程度の液体の地下海があり、この海水がエンケラドスの南極域から噴出している。地下海の海底には熱水噴出孔があると推定されている。(Credit: NASA/JPL)
エンケラドスの内部(イメージ図)。水の氷でできた地殻と岩石質のコアの間に、深さ10キロ程度の液体の地下海があり、この海水がエンケラドスの南極域から噴出している。地下海の海底には熱水噴出孔があると推定されている。(Credit: NASA/JPL)

地下海から噴き出した海水の分析

そこで、今回の研究で注目したのは、エンケラドスの地下海から噴出されるプルーム微粒子の化学組成でした。

プルーム微粒子は地下海から噴き出した海水の飛沫で、この微粒子を調べることで海水の化学組成を直接的に明らかにすることができます。

探査機“カッシーニ”に搭載された“宇宙塵分析器(CDA)”は、探査機と衝突したプルーム微粒子の組成を調べる測定器です。
これまで数百個の微粒子一つ一つに対して、それぞれ組成データを得てきました。

ドイツのベルリン自由大学のFrank Postberg教授を中心とする欧米の研究チームは、ダスト分析器の詳細なデータ解析を数百個の微粒子に対して実施。
プルーム粒子にナトリウム塩のほか、リン酸に富む粒子が少量ですが含まれていることを明らかにしています。

さらに、研究チームが見積もったのは、プルーム粒子全体に対するリン酸を含む粒子の存在割合から、エンケラドスの地下海のリン酸濃度が1~20mmol/L(1リットルの水に1000分の1~20モル)であることでした。

地球の海水のリン酸濃度は500nmol/L程度(1リットルの水に1000万分の5モル)。
なので、エンケラドスの海水には、地球海水の数千倍から数万倍の高濃度でリン酸が含まれていることになります。

それでは、この異常農集はどのような要因で起きたのでしょうか?

この問いに答えたのは日本の研究チームでした。
関根所長を中心とする研究チームが行ったのは、プルームで観測される二酸化炭素やアンモニアを含む模擬エンケラドス海水と、海底を構成する岩石に似た炭素質隕石の粉末を用いた反応実験でした。

実験により突き止めたのは、リン濃集を引き起こした要因が、アルカリ性かつ高炭酸濃度のエンケラドスの水環境にあること。

アルカリ性かつ高炭酸濃度の水環境では、リン酸イオンと炭酸イオンの間でカルシウムイオンの奪い合いが起きます。

つまり、アルカリ性かつ高炭酸では、カルシウム炭酸塩鉱物がより安定になり、リン酸塩鉱物のカルシウムが奪われることでリン酸が溶けだし、海水中の高濃度を実現するわけです。

このような水環境は、エンケラドスのような太陽系外側の氷天体の地下海で達成される一般的なものといえます。

そこで予想されるのは、リン酸の濃集がエンケラドスだけでなく他の土星の衛星、天王星や海王星の衛星、冥王星の地下海、あるいは探査機“はやぶさ2”の訪れたリュウグウの母天体も含めて、ことごとく起きているということ。

この研究では、欧米チームによるリン酸の異常濃集の発見と、日本チームによるその濃集要因の解明を合わせて、一つの論文として報告しています。

リン酸の濃集した水環境が生命誕生のカギ

リンは地球生命にとって、DNAやRNA、細胞膜を成すリン脂質、エネルギー通貨と言われるATPといった生命活動を担う生体分子の根幹をなす重要な必須元素です。

一方で、現在の地球上の水環境にリンは極めて乏しく、生命の進化や活動を律速する最も枯渇した元素と言われています。

生命の起源論では、RNAやリン脂質を合成するため、リン酸の濃集した水環境の実現が生命誕生のカギになると考えられています。
でも、具体的にどのような環境が、それを実現するかは未だ意見が一致していません。

今回の発見は、リン酸の濃集の場が現実にあること。
しかも、地球外の海洋にあることを、初めて実証的に示した点において、極めて画期的なことになります。

これまで地球以外に液体の水が存在する天体が複数明らかになっていましたが、その水環境にリン酸が高濃度で存在することを示した例は他にありませんでした。

この研究が示しているのは、アルカリ性かつ高炭酸濃度という水環境があれば、普遍的にリン酸が海水に濃集することです。

厚い二酸化炭素大気を持つ原始地球で、そのような場所といえば“アルカリ熱水環境”になるんですねー
アルカリ熱水環境だとアルカリ性かつ高炭酸濃度という環境が実現するはずです。

アルカリ熱水環境で原始生命が誕生したという考えは、進化生物学が示唆する原始生命の生息環境とも一致します。

また、アルカリ熱水環境が、エンケラドスのような太陽系氷天体にも広く存在することを考えると、この研究は宇宙における生命の存在可能性、特に地球生命に物質的に類似した生命の可能性を広げるものになります。

“カッシーニ”に続く次のエンケラドス探査に期待

もし、エンケラドスに生命が存在するのであれば、この研究の成果はエンケラドスの生命も、地球に似たリンを使った生命を期待させます。

35億年前の火星表面には、液体の水が存在していたことが確実視されていて、火星探査車による地層の分析の結果、当時の水環境に存在していた有機物は極めて硫黄に富んだ組成をしていたことが明らかになっています。

もし、火星生命がこのような有機物からなるのだとしたら、リンを多く使う地球生命とは元素レベルで根本的に異なることになります。

エンケラドスは、物質的に地球生命に類似した生命を宿しているのかもしれない。
地下海の海水が宇宙空間に噴出し、探査機で捕獲回収可能。
この2つは、他の太陽系天体に類似例を見ません。

そこで期待されるのは、世界各国で計画されている“カッシーニ”に続く次のエンケラドス探査です。

今回の研究成果は、エンケラドスの生命を構成する物質を、具体的に予見可能にしてくれました。
太陽系生命探査、地球外生命の発見のための検証可能な指針を与えるという、今後の展開を持っているといえますね。


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なぜヨーロッパ宇宙機関は重力波望遠鏡の宇宙空間投入を計画するのか? 地上では検出できないタイプの重力波が存在するから

2023年07月15日 | 重力波の観測
2015年に地上の重力波望遠鏡が、ブラックホール連星の合体が原因の重力波を初めて検出しました。

それ以来、“LIGO”や“Virgo”、“KAGRA”などの重力波望遠鏡で日常的に重力波が検出されるようになっています。

今回、ヨーロッパ宇宙機関が計画しているのは、3機で構成される重力波望遠鏡を宇宙空間に投入すること。
これは、重力波には地上では検出できないタイプのものがあるためでした。

超大質量ブラックホールの合体に伴うゆっくり震動する重力波は、地震波のような地面の振動の周波数に近くなります。
なので、地面の振動の周波数に埋もれてしまい、地上の重力波望遠鏡で観測することが非常に難しくなるからです。

ヨーロッパ宇宙機関が打ち上げを計画している宇宙重力波望遠鏡は、このような重力波の観測手段になるようですよ。
宇宙重力波望遠鏡のイメージ図。(Credit: ESA)
宇宙重力波望遠鏡のイメージ図。(Credit: ESA)

重力波の存在は約100年前に予言されていた

1915年にアルベルト・アインシュタインによって提唱された一般相対性理論によると、中性子星のような高密度な天体の周りでは時空(時間と空間)が歪んでいます。

このような高密度な天体が運動することで、歪みが波として宇宙空間に伝播する現象を重力波といいます。

一般相対性理論の提唱から約100年後の2015年のこと。
LIGO科学コラボレーションの重力波望遠鏡“LIGO”が、ブラックホール連星の合体が原因の重力波イベント“GW150914”を検出しています。

以来、現在では“LIGO”とヨーロッパ重力波観測所の“Virgo”、日本の重力波望遠鏡“KAGRA”で日常的に重力波が検出されるようになっています。
LIGOハンフォード観測所(ワシントン州)の空撮写真。全長4キロのアームが2本、直角に配置されている様子が分かる。(Credit: LIGO Scientific Collaboration)
LIGOハンフォード観測所(ワシントン州)の空撮写真。全長4キロのアームが2本、直角に配置されている様子が分かる。(Credit: LIGO Scientific Collaboration)
重力波の検出には“レーザー干渉計”という装置が用いられます。

この装置では、レーザーから出た光をスプリッターで分離し、2つのアームを通過した光を重ね合わせたときの干渉を利用しています。

通常の状態では、重ね合わせた2つのレーザー光は、干渉によって互いに打ち消しあうことになります。

でも、重力波がレーザー干渉計に届いた場合には、2つのアームを通過する光の航路が時空の歪みによって変化することに…

結果として、レーザー光の振幅を強めるような干渉縞が発生。
これにより、重力波を検出したと判断できるわけです。

地上で検出できないタイプの重力波

重力波として検出される時空の歪は、地球~太陽間の距離でも水素原子1個分ほどでしかないので、重力波の検出にはレーザー干渉計の規模が大きく関与することになります。

基線長(アームの長さ)が大きくなるほど検出できる重力波の周波数は低くなるのですが、感度は高くなります。

現在稼働中の“LIGO”や“Virgo”、“KAGRA”といった地上の重力波望遠鏡は、10Hz~10kHzの周波数帯で重力波を検出する設計になってます。

10~10kHzというと波の振動回数は毎秒10~1万回です。

一般に、2個の天体が回り合う連星が重力波を放出する場合、その重力波の周波数は公転の周波数の2倍になります。
つまり、地上の重力波望遠鏡がターゲットにしているのは、互いの周りを回るような激しい公転天体からの1秒間に数十回から数千回もの重力波なんですねー

これまでの検出例では、質量が太陽の10~30倍程度のブラックホール連星や中性子星同士の連星が、猛烈に公転しながら合体する最終段階で出る重力波がキャッチされています。

一方、宇宙にはもっとゆっくり震動する重力波も存在すると考えられています。

たとえば、極めて接近した白色矮星同士の連星や、質量が太陽の数百万倍から数十億倍という超大質量ブラックホール同士の連星が、合体した場合に発生する重力波です。

これらは公転周期が数分~数時間という長さになるので、発生する重力波の周波数は0.0001~1Hz(1~1万秒に1回振動)という比較的ゆっくりとしたものになるんですねー

このようなゆっくりとした重力波は、地震波のような地面の振動の周波数に近くなります。
そう、地面の振動の周波数に埋もれてしまい、地上の重力波望遠鏡で観測することが非常に難しくなるわけです。
重力波の周波数と対応天体、検出可能な観測装置との関係。(Credit: ESA)
重力波の周波数と対応天体、検出可能な観測装置との関係。(Credit: ESA)

超大質量ブラックホールに伴う重力波の検出

超大質量ブラックホールの合体に伴う重力波を検出するために、ヨーロッパ宇宙機関が打ち上げを計画しているのが“LISA(Laser Interferometer Space Antenna:レーザー干渉計宇宙アンテナ)”です。

“LISA”はヨーロッパ宇宙機関による10年単位の大型宇宙開発計画“Cosmic Vision(2015~2025)”の大規模プロジェクト(Lクラス)の1つで、2035年に打ち上げを予定しています。

“LISA”では3つの衛星が連携し、衛星間でレーザー光を往復させることで干渉計として機能させます。
約250キロの基線長を実現できるので、1mHz(ミリヘルツ)以下の周波数帯で重力波を検出できる感度を持たせるようです。

これによって、超大質量ブラックホールの合体に伴う重力波の検出が期待できるんですねー

ただ、Martensさんの研究チームでは、“LISA”が本当にそのような重力波を検出できるのかどうかは不明だと考察しています。

研究チームが指摘しているのは、“LISA”では超大質量ブラックホールが合体する直前の状況しか観測できないということ…

そこで、ヨーロッパ宇宙機関が検討しているのは、“Cosmic Vision”に続く大型宇宙開発計画“Voyage2050(2035~2050)”で、異なる周波数帯でより高い感度を持つ宇宙重力波望遠鏡“LISAmax”を実現できるかどうかです。

研究チームによると、地球と太陽からの引力と衛星の遠心力が釣り合う5つのラグランジュ点のうち“L3”、“L4”、“L5”に、それぞれ衛星を1基ずつ配置することで、基線長が約2億5900万キロの重力波望遠鏡が実現可能になるそうです。

これにより、“LISAmax”では“LISA”よりもさらに低いmHzからμHz(マイクロヘルツ)の周波数帯で重力波が検出可能になり、感度は“LISA”の100倍ほどになると予測されています。

さらに、“LISAmax”は超大質量ブラックホールが合体する数千年ほど前に、お互いが公転し合う“インスパイラル期”の状況も観測できるようです。
2つのブラックホールが合体し重力波を放つ様子をシミュレーション。(Credit: NASA)
“LISAmax”の実現は、検出される重力波イベントの範囲を拡げるだけでなく、重力波を放つ対応天体を遡ってより多くのイベントを追跡することを可能にしてくれます。

その結果、宇宙を支配する物理法則の探求や、惑星・衛星の研究にも役立つことが期待されています。


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