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中性子星の自転が突然速くなる現象“グリッチ”の起源を探る! 中性子星内部の量子流体による量子渦に着目

2024年05月02日 | 宇宙 space
今回の研究では、中性子星の内部の量子流体(※1)が導く巨大な量子渦ネットワークの持つ統計性を、世界で初めて発見しています。
※1.量子流体(超流動体ともいう)は、20世紀初めに冷却したヘリウムで発見された量子的な状態。量子流体は揃っている位相を持つので抵抗を持たない(粘性がない)流体という興味深い性質を持つ。類似的な状態として金属の超伝導(電荷もつ量子がつくる量子流体)があり、そちらは電気抵抗がゼロで電流が流れるので、応用上非常に重要。中性子星の量子流体は、Migdal(1960年)や玉垣‐高塚ら(1970年頃)による先駆的な研究を初めとして、現在も世界中でかっぱすに研究されている。
中性子星は、太陽の10~30倍程度の恒星が、一生の最期に大爆発した後に残される宇宙で最も高密度な天体です。

原子から構成される恒星とは異なり、主に中性子からなる天体で、ブラックホールと異なり半径10キロ程度の表面が存在し、そこに地球の約50万倍の質量が詰まっています。
高速な自転に伴う数ミリ秒から数秒程度の特徴的な電磁波パルスを放射し、一般に強い磁場を持つものが多い天体です。

中性子星の自転が突然急激に加速することがあります。
これは“グリッチ”と呼ばれ、中性子星の放射する電磁波のパルス周期が瞬時に短くなる現象です。
でも、なぜ起こるかは謎でした。

今回、研究チームが見つけたのは、中性子星の二つの異なった種類の量子流体による量子渦(※2)が、巨大なネットワークを形成することでした。

この巨大な量子渦ネットワークが形成される規模を数値シミュレーション計算で調べることで、モデルの詳細によらず、天文学で観測されているグリッチの統計性を説明することに成功しました。
※2.量子渦は、量子流体が回転することによって生じる紐状の(1次元的な)結果。渦の中心部は通常の流体だが、そこから遠く離れると量子流体になる、という空間的な構造を持つ。量子渦は高いエネルギーを持つ状態だが、トポロジーの性質を持つので安定に存在することができる。

この研究は、日本大学 文理学部のGiacomo Marmorini ポスドク研究員、広島大学 持続可能性に寄与するキラルノット超物質国際研究所の安井繁宏ポスドク(現・二松学舎大学 国際政治経済学部・準教授)、同・新田宗士特任教授(慶応大学 日吉物理学教室 教授/自然科学研究教育センター所員兼任)たちの共同研究チームが進めています。
本研究の成果は、イギリスのオンライン総合学術誌“Scientific Reports”に、“Pulsar glitches from quantum vortex networks, Giacomo Marmorini, Shigehiro Yasui, Muneto Nitta, Scientific Reports 14, 7857 (2024)”として、2024年4月3日に掲載されました。


自転が突然急激に速くなるという現象

中性子星は、太陽の10~30倍程度の恒星が、一生の最期に大爆発した後に残される宇宙で最も高密度な天体です。
高速な自転に伴う数ミリ秒から数秒程度の特徴的な電磁波パルスを放射していることから、中性子星は1967年にパルサーとして発見されました。

原子から構成される恒星とは異なり、中性子星は主に中性子からなる天体で、ブラックホールと異なり半径10キロ程度の表面が存在し、そこに地球の約50万倍の質量が詰まっています。

そのため、中性子星を理解するためには、中性子の量子(※3)としての性質が重要となります。
※3.ミクロな世界で粒子は点としての性質だけではなく波の性質も併せ持ち、これを量子という。代表的な量子として電子、原子、核子(陽子、中性子)などがある。量子は量子力学という法則に従うことが知られている。
また、回転速度はとても速く、速いものでは1秒間に千回転にも達することに…
さらに、一般に強い磁場を持つものが多く、地球の磁場の一兆倍にもなるんですねー

このため、中性子星は地上には存在しない究極的な物質を研究する対象として、世界中の天文学者や物理学者たちの興味を集めると同時に、この小さな天体には長年に渡って未解決の問題がありました。

それは、中性子星の自転が突然急激に速くなるという現象のメカニズムです。

私たちの地球は一年の間休むことなく規則正しく自転しています。
これに対して、中性子星の場合は自転の速さは徐々に遅くなる中で、ある日突然速くなることがあります。
このような現象は“グリッチ”と呼ばれています。

それでは、なぜ中性子星の自転は突然速くなるのでしょうか?

これまで中性子星のグリッチについては、天文学の多くの観測実験によって報告されています。
でも、グリッチが起こるメカニズムは大きな謎のままでした。

中性子星のグリッチの重要な特徴の一つは、統計性としてスケーリング則解(※4)を持つことです。(図1)
※4.スケーリング則は、フラクタルに代表されるように階層性と構造安定性を兼ね備えた複雑系に広く見られる現象で、平均値のような明確な尺度を持たないことが大きな特徴。スケーリング則の有名な例として、地球上の地震の規模の分布(グーデンベルグ‐リヒターの法則)や、経済における企業の規模や人々の収入の分布(パレートの法則)がある。パレートの法則にしたがうと、社会全体の8割の財産が2割の人々に集中することが知られている(2:8の法則)。
これまで蓄積された研究の結果、エネルギーEを持つグリッチの確率的な分布は、スケーリング則P(E)≈E^(-α)に従うことが分かりました。
さらに、最新の観測データを含めると、今回の再解析によってスケーリング則の指数はα≈0.88±0.03だと分かりました。

これまでも“渦糸の雪崩的ピン止め外れ”説などが提案されていましたが、このスケーリング則を説明することは難しい研究課題でした。
図1.観測された中性子星のグリッチのスケーリング則。(出所: 広島大プレスリリースPDF)
図1.観測された中性子星のグリッチのスケーリング則。(出所: 広島大プレスリリースPDF)


複雑に絡み合う中性子星内部の量子渦

今回の研究では、中性子星のグリッチのスケーリング則を解明するため、中性子星の内部の性質として量子流体による量子渦に着目しています。

量子渦は、水中にできる渦と同じような構造を持ちます。
ただ、水中の渦は通常すぐに消えてしまいますが、量子渦はトポロジー(※5)という性質を持つので壊れずに安定に存在し続けます。
※5.数学で発見された概念で、トポロジーは空間や物体が連続的に変形しても変わらない性質を表す。トポロジーを表す有名な例として、“穴の空いたドーナツ”と“持ち手のついたマグカップ”の形状が、トポロジーとして同じものであることが知られている。飲む・食べるといった機能性を忘れて“形状”だけに着目すると、ドーナツを連続的に変形していってマグカップに変えることができ、逆方向の変形も可能なので、両者は穴がひとつ空いているという意味で同じとなる。
中性子星の内部には、1019本という莫大な数の量子渦が一つの回転方向に揃って並んでいて、隣の渦同士はおよそ1マイクロメートル(1ミリの千分の1)という近距離のため、ぎっしりと詰まっている状態です。(図2)
図2.(a)これまで考えられていた中性子星の内部の量子渦の構造。(b)今回、新たに提案された整数渦(IQV)および半整数渦(HQV)の構造。(出所: 広島大プレスリリースPDF)
図2.(a)これまで考えられていた中性子星の内部の量子渦の構造。(b)今回、新たに提案された整数渦(IQV)および半整数渦(HQV)の構造。(出所: 広島大プレスリリースPDF)
量子流体は粘着性がゼロなので、永遠に回り続けるという不思議な性質を持っています。

中性子は、二つずつ対を組むことで量子流体になります。
その際、S波対とP波対(※6)と呼ばれる二種類の組み方があり、中性子星の内部の外側(クラスと)ではS波対、内側(コア)ではP波対という二重構造を持ちます。
※6.中性子はフェルミオン(粒子の入れ替えに対して反対称)のため、対を組むことによってボソン(粒子の入れ替えに対して対称)となり、量子流体になることができる。(金属の超電導では、電子が対を組む)この時、“お互い回っていない対(S波対)”と“お互い回っている対(P波対)”の二種類が存在する。今回の研究には直接関係がないが、P波対はトポロジカル超流動・超電導という著しい性質を持っている。
今回、研究チームが着目したのは、“S波対は1本の量子渦(整数渦)を作る”と“P波対は2本の量子渦(半整数渦)を作る”という二つの異なる性質でした。
その結果、S波対の量子渦とP波対の量子渦が複雑に絡み合うことを見つけています。

クラスととコアの違いに着目して、両者がどのように絡まるのか見てみると。

クラストからコアに向かって、S波対の1本の整数渦からP波対の2本の伴整数渦に別れます。
このような構造はブージャムと呼ばれています。
反対側でコアからクラストに向かうと、この2本の伴整数渦が再びくっつくことになります。
でも、多量の量子渦が存在するので、他の2本の伴整数渦の一方とくっつく場合があります。

このため、量子渦は隣同士で絡み合った状態になる訳です。

このようなことから研究チームでは、量子渦は中性子星全体において複雑で巨大なネットワークを形成するという理論仮説を立てています。(図3)
そして、この巨大なネットワークの回転の勢いがコアからクラストへ突如移行することで、中性子星の自転が突然速くなってグリッチが起こると考えました。
図3.整数渦(IQV)と反整数渦(HQV)が作る量子渦ネットワークの模式図。(出所: 広島大プレスリリースPDF)
図3.整数渦(IQV)と反整数渦(HQV)が作る量子渦ネットワークの模式図。(出所: 広島大プレスリリースPDF)
本研究では、実際に量子渦のネットワークの分布について、数値的にシミュレーション計算を実施。
すると、期待されていたスケーリング則を見つけ、その指数としてα≈0.8±0.2という値を得ています。
この値は、天文学の観測データに基づく値であるα≈0.88±0.03に非常に近いものでした。

このように量子渦による巨大ネットワークは、中性子星のグリッチを自然に再現することが示されました。

今回の発見の重要なポイントは、物質や模型のパラメーターの詳細によらず、単純な仮定からスケーリング則およびその指数を理論的に導き出すことができたことです。

本来、電子などのミクロな系のみに現れると思われていたトポロジカルな量子現象が、天体のようなマクロな系にも表れるというのは大変興味深いことです。

全く異なる大きさの二つの世界が、トポロジーを通してみると表裏一体である。
このような考えは、私たちの自然観の新たな基盤になるかもしれません。


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