宇宙に存在するほとんどの天体には固有の磁場があります。
磁場は個々の銀河にも存在していて、銀河の進化において基礎的な役割を果たしていると考えられています。
でも、遠く離れた(古い時代の)天体の磁場を観測することは難しく、銀河における磁場の役割には多くの謎が残されていました。
また、銀河の磁場が発生する理由もよく分かっていません。
今回の研究では、アルマ望遠鏡(※1)による観測を通じて、地球から約200億光年彼方に位置する銀河“9io9”の固有地場を測定することに成功しています。
これは史上最も遠い固有地場の観測記録になるそうです。
磁場による偏向の観測
地球は1個の磁石に例えられるように、地磁気という固有の磁場を持っています。
ただ、磁場があるのは地球だけでなく、宇宙に存在するほぼ全ての天体には磁場が存在しています。
多数の恒星などが集合した銀河も例外ではなく、銀河にも磁場があり“銀河磁場”と呼ばれます。
磁場は様々な物質に作用するので、銀河という天体の進化にも関わりがあるとされています。
でも、これまでその役割はあまり理解されていませんでした。
その理由の1つは、一般的に遠く離れた天体の磁場を直接測定することができないからです。
銀河の磁場の構造や強度を知るには、その天体を電波で観測して“偏光”と呼ばれる性質を測定する必要があります。
電波は文字通り“波”であり、進行方向に対して垂直に振動しています。
通常、その振動方向はバラバラですが、何らかの理由で振動方向が一定の角度に揃っている場合があります。
この現象が“偏光”になります。
銀河には、星だけでなく大量のチリも含まれていて、チリは電波を発しています。
銀河磁場はチリの配列を一定方向に揃える性質があるので、チリから発生する電波の振動方向も一定の角度に揃う傾向にあります。
つまり、チリから発せられた電波の偏光を観測できれば、銀河磁場の強度や向きを知ることができるはずです。
でも、遠い天体になればなるほど、地球に届く電波の強度は弱くなってしまうんですねー
そのうえ、磁場による偏向は非常に弱く、観測自体が技術的に難しいことから、遠い銀河の磁場の研究はほとんど進んでいませんでした。
宇宙は遠くを見れば見るほど初期の宇宙に近づくことになります。
言い換えれば、初期の銀河における磁場の情報が不足している状況でした。
史上最も遠い固有磁場の観測記録
今回の研究では、地球から約200億光年彼方に位置する銀河“9io9”をアルマ望遠鏡で観測しています。
“9io9”が選ばれた理由の1つは、過去にアルマ望遠鏡やハッブル宇宙望遠鏡で詳細な観測が行われていたからでした。
これに加えて、“9io9”は重力レンズ効果(※2)によって増光されているので、遠くの天体としては明るく、詳細な観測に適しているという特徴もありました。
その結果、“9io9”の偏光成分を取り出すことに成功しました。
偏光成分は1%程度であり、これは近くにある渦巻銀河と同程度のもの。
この結果から結論付けられたのは、“9io9”には約1万6000光年の範囲に渡る500μG以下の磁場構造があることでした。
これは、史上最も遠い固有磁場の観測記録になります。
磁場の強度は地磁気の1000分の1ですが、これは通常の渦巻銀河と比べて50倍も強い値で、銀河磁場としては極めて強い値でした。
“9io9”は今から110億年前、誕生から25億年後の宇宙に存在する若い銀河だと考えられています。
銀河磁場の形成過程
銀河磁場の形成過程は、まだよく分かっていません。
ただ、個々のチリの非常に弱い磁場が増幅されたものだと考えられているので、銀河磁場程度の強度と規模にまで成長するには、10億年程度の時間が掛かるはずです。
これは、“9io9”という若い銀河に銀河磁場が見つかったこととも矛盾していませんでした。
また、個々のチリの磁場の増幅は、星形成(※3)や超新星爆発によってチリの中に乱流が発生したためだと推定されています。
特に星形成は、固有の磁気構造の維持に主要な役割を果たしていると考えられています。
今回の“9io9”の観測結果は、観測史上最も遠い固有磁場の観測記録となりました。
ただ、詳細な観測が行われたとまでは言えないので、まだまだ追加の観測を行う余地があります。
例えば、“9io9”の銀河磁場の強度はかなり強く、銀河磁場が測定されたことがあるいくつかのスターバースと銀河(※4)よりも高い値でした。
でも、“9io9”の銀河磁場は、場所ごとの細かな強度があまりよく分かっていないんですねー
このことから、“9io9”では局所的に磁気強度の強い部分があると考えれば説明が付くので、より詳細な磁気強度の測定が必要と言えます。
赤外線やマイクロ波の放射の研究に影響を与えるかも
今回の研究結果は、“宇宙赤外線背景放射”や“宇宙マイクロ波背景放射”という別の要素にも影響する可能性があります。
これらは、宇宙全体を満たしている赤外線やマイクロ波の放射になり、その起源は全く異なると推定されています。
宇宙赤外線背景放射は銀河に分布するチリからの放射であるのに対して、宇宙マイクロ波背景放射は“宇宙の晴れ上がり”(※5)時の光が宇宙の膨張によって引き伸ばされたものだと考えられています。
でも、今回の研究結果は、チリから放射される電波の偏光成分を研究しているので、同じくチリから放射される赤外線も偏光している可能性を示しています。
赤外線は宇宙の膨張によって引き伸ばされ、伝わってきた距離によってマイクロ波となるので、宇宙マイクロ波背景放射の偏光成分には、わずかながらも宇宙赤外線背景放射の偏光成分が混ざっている可能性があります。
宇宙赤外線背景放射の偏光は今まで観測されたことは無く、あったとしてもその強度はとても弱いものと推定されてます。
今回の“9io9”のように遠い銀河の磁場を観測する研究は、間接的に宇宙赤外線背景放射の偏光を予測し、宇宙マイクロ波背景放射のノイズを除去することにも繋がるかもしれません。
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磁場は個々の銀河にも存在していて、銀河の進化において基礎的な役割を果たしていると考えられています。
でも、遠く離れた(古い時代の)天体の磁場を観測することは難しく、銀河における磁場の役割には多くの謎が残されていました。
また、銀河の磁場が発生する理由もよく分かっていません。
今回の研究では、アルマ望遠鏡(※1)による観測を通じて、地球から約200億光年彼方に位置する銀河“9io9”の固有地場を測定することに成功しています。
これは史上最も遠い固有地場の観測記録になるそうです。
※1.日本を含む22の国と地域が協力して、南米チリのアタカマ砂漠(標高5000メートル)に建設されたのが、アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計(Atacama Large Millimeter/submillimeter Array = ALMA:アルマ望遠鏡)。人間の目には見えない波長数ミリメートルの“ミリ波”やそれより波長の短い“サブミリ波”の電波を観測する。高精度パラボラアンテナを合計66台設置し、それら全体をひとつの電波望遠鏡として観測することができる。
この研究は、ハートフォードシャー大学のJ. E. Geachさんたちの研究チームが進めています。
この研究は、ハートフォードシャー大学のJ. E. Geachさんたちの研究チームが進めています。
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図1.電波でとらえられた銀河“9io9”の画像に磁気の向きを書き加えた画像。2つに分裂して見えるのは重力レンズ効果による像の歪のため。(Credit: ALMA (ESO, NAOJ, NRAO) , J. Geach et al.) |
磁場による偏向の観測
地球は1個の磁石に例えられるように、地磁気という固有の磁場を持っています。
ただ、磁場があるのは地球だけでなく、宇宙に存在するほぼ全ての天体には磁場が存在しています。
多数の恒星などが集合した銀河も例外ではなく、銀河にも磁場があり“銀河磁場”と呼ばれます。
磁場は様々な物質に作用するので、銀河という天体の進化にも関わりがあるとされています。
でも、これまでその役割はあまり理解されていませんでした。
その理由の1つは、一般的に遠く離れた天体の磁場を直接測定することができないからです。
銀河の磁場の構造や強度を知るには、その天体を電波で観測して“偏光”と呼ばれる性質を測定する必要があります。
電波は文字通り“波”であり、進行方向に対して垂直に振動しています。
通常、その振動方向はバラバラですが、何らかの理由で振動方向が一定の角度に揃っている場合があります。
この現象が“偏光”になります。
銀河には、星だけでなく大量のチリも含まれていて、チリは電波を発しています。
銀河磁場はチリの配列を一定方向に揃える性質があるので、チリから発生する電波の振動方向も一定の角度に揃う傾向にあります。
つまり、チリから発せられた電波の偏光を観測できれば、銀河磁場の強度や向きを知ることができるはずです。
でも、遠い天体になればなるほど、地球に届く電波の強度は弱くなってしまうんですねー
そのうえ、磁場による偏向は非常に弱く、観測自体が技術的に難しいことから、遠い銀河の磁場の研究はほとんど進んでいませんでした。
宇宙は遠くを見れば見るほど初期の宇宙に近づくことになります。
言い換えれば、初期の銀河における磁場の情報が不足している状況でした。
史上最も遠い固有磁場の観測記録
今回の研究では、地球から約200億光年彼方に位置する銀河“9io9”をアルマ望遠鏡で観測しています。
“9io9”が選ばれた理由の1つは、過去にアルマ望遠鏡やハッブル宇宙望遠鏡で詳細な観測が行われていたからでした。
これに加えて、“9io9”は重力レンズ効果(※2)によって増光されているので、遠くの天体としては明るく、詳細な観測に適しているという特徴もありました。
※2.重力レンズ効果とは、恒星や銀河などが発する光が、途中にある天体などの重力によって曲げられたり、その結果として複数の経路を通過する光が集まるために明るく見えたりする現象。
光源と重力源との位置関係によっては、複数の像が見えたり、弓状に変形した像が見えたりする。その効果を重力レンズ効果と呼んでいる。
研究チームでは2022年4月に“9io9”を2日間にわたって観測しデータを分析。光源と重力源との位置関係によっては、複数の像が見えたり、弓状に変形した像が見えたりする。その効果を重力レンズ効果と呼んでいる。
その結果、“9io9”の偏光成分を取り出すことに成功しました。
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図2、銀河“9io9”の赤外線画像。VISTA望遠鏡とカナダ・フランス・ハワイ望遠鏡の撮像画像を組み合わせたもの。中心部で光っているのは重力レンズ効果の重力源となっている別の銀河で、その周りを囲む赤い孤が“9io9”の像。(Credit: ESO, J. Geach et al.) |
この結果から結論付けられたのは、“9io9”には約1万6000光年の範囲に渡る500μG以下の磁場構造があることでした。
これは、史上最も遠い固有磁場の観測記録になります。
磁場の強度は地磁気の1000分の1ですが、これは通常の渦巻銀河と比べて50倍も強い値で、銀河磁場としては極めて強い値でした。
“9io9”は今から110億年前、誕生から25億年後の宇宙に存在する若い銀河だと考えられています。
銀河磁場の形成過程
銀河磁場の形成過程は、まだよく分かっていません。
ただ、個々のチリの非常に弱い磁場が増幅されたものだと考えられているので、銀河磁場程度の強度と規模にまで成長するには、10億年程度の時間が掛かるはずです。
これは、“9io9”という若い銀河に銀河磁場が見つかったこととも矛盾していませんでした。
また、個々のチリの磁場の増幅は、星形成(※3)や超新星爆発によってチリの中に乱流が発生したためだと推定されています。
特に星形成は、固有の磁気構造の維持に主要な役割を果たしていると考えられています。
※3.銀河を満たすチリやガスが重力で集まり、恒星が生まれること。
“9io9”では、現在の天の川銀河の1000倍ものスピードで星形成が行われていると考えられていて、星形成による乱流から発生する磁場の理論的強度は、今回の観測結果と良く一致しています。今回の“9io9”の観測結果は、観測史上最も遠い固有磁場の観測記録となりました。
ただ、詳細な観測が行われたとまでは言えないので、まだまだ追加の観測を行う余地があります。
例えば、“9io9”の銀河磁場の強度はかなり強く、銀河磁場が測定されたことがあるいくつかのスターバースと銀河(※4)よりも高い値でした。
でも、“9io9”の銀河磁場は、場所ごとの細かな強度があまりよく分かっていないんですねー
※4.通常の銀河と比べ、非常に激しい星形成が行われている銀河。
“9io9”の星形成の激しさからすると、銀河全体でそこまで強い磁場は発生しにくいと考えられます。このことから、“9io9”では局所的に磁気強度の強い部分があると考えれば説明が付くので、より詳細な磁気強度の測定が必要と言えます。
赤外線やマイクロ波の放射の研究に影響を与えるかも
今回の研究結果は、“宇宙赤外線背景放射”や“宇宙マイクロ波背景放射”という別の要素にも影響する可能性があります。
これらは、宇宙全体を満たしている赤外線やマイクロ波の放射になり、その起源は全く異なると推定されています。
宇宙赤外線背景放射は銀河に分布するチリからの放射であるのに対して、宇宙マイクロ波背景放射は“宇宙の晴れ上がり”(※5)時の光が宇宙の膨張によって引き伸ばされたものだと考えられています。
※5.生まれたばかりの宇宙は、電子や陽子、ニュートリノが密集して飛び交う高温のスープのような場所で、電離した状態にあった。でも、宇宙が膨張し冷えるにしたがって、電子と陽子は結びつき電気的に中性な水素が作られる。この時代には、光を放つ天体はまだ生まれていなかったので“宇宙の暗黒時代”と呼ばれている。その後、宇宙で初めて生まれた星や銀河が放つ紫外線により水素が再び電離されていく。これにより、宇宙に広がっていた中性水素の“霧”が電離されて晴れていくことになる。この現象を“宇宙の晴れ上がり(宇宙の再電離)”という。
特に、宇宙マイクロ波背景放射は、宇宙のごく初期の段階での情報を多数含んでいることから、積極的に観測が行われていて、その中には偏光成分もあります。でも、今回の研究結果は、チリから放射される電波の偏光成分を研究しているので、同じくチリから放射される赤外線も偏光している可能性を示しています。
赤外線は宇宙の膨張によって引き伸ばされ、伝わってきた距離によってマイクロ波となるので、宇宙マイクロ波背景放射の偏光成分には、わずかながらも宇宙赤外線背景放射の偏光成分が混ざっている可能性があります。
宇宙赤外線背景放射の偏光は今まで観測されたことは無く、あったとしてもその強度はとても弱いものと推定されてます。
今回の“9io9”のように遠い銀河の磁場を観測する研究は、間接的に宇宙赤外線背景放射の偏光を予測し、宇宙マイクロ波背景放射のノイズを除去することにも繋がるかもしれません。
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