聖書通読日記 2

2001年ペンテコステに受洗、プロテスタントのキリスト者

エステル記2章 その1

2007年07月11日 | 旧約聖書日記
『 ◆エステル、王妃に選ばれる
2:1 その後、怒りの治まったクセルクセス王は、ワシュティとそのふるまい、彼女に下した決定を口にするようになった。
2:2 王に仕える侍従たちは言った。「王のために美しいおとめを探させてはいかがでしょうか。
2:3 全国各州に特使を送り、美しいおとめを一人残らず要塞の町スサの後宮に集め、後宮の監督、宦官ヘガイに託し、容姿を美しくさせるのです。
2:4 御目にかなう娘がいれば、ワシュティに代わる王妃になさってはいかがでしょうか。」これは王の意にかない、王はそうすることにした。

◆モルデカイとエステル
2:5 要塞の町スサに一人のユダヤ人がいた。名をモルデカイといい、キシュ、シムイ、ヤイルと続くベニヤミン族の家系に属していた。
2:6 この人は、バビロン王ネブカドネツァルによって、ユダ王エコンヤと共にエルサレムから連れて来られた捕囚民の中にいた。
2:7 モルデカイは、ハダサに両親がいないので、その後見人となっていた。彼女がエステルで、モルデカイにはいとこに当たる。娘は姿も顔立ちも美しかった。両親を亡くしたので、モルデカイは彼女を自分の娘として引き取っていた。
2:8 さて、王の命令と定めが発布され、大勢の娘が要塞の町スサのヘガイのもとに集められた。エステルも王宮に連れて来られ、後宮の監督ヘガイに託された。
2:9 彼はエステルに好意を抱き、目をかけた。早速化粧品と食べ物を与え、王宮からえり抜きの女官七人を彼女にあてがい、彼女を女官たちと共に後宮で特別扱いした。
2:10 エステルは、モルデカイに命じられていたので、自分が属する民族と親元を明かさなかった。
2:11 モルデカイはエステルの安否を気遣い、どう扱われるのかを知ろうとして、毎日後宮の庭の前を行ったり来たりしていた。
2:12 十二か月の美容の期間が終わると、娘たちは順番にクセルクセス王のもとに召されることになった。娘たちには六か月間ミルラ香油で、次の六か月間ほかの香料や化粧品で容姿を美しくすることが定められていた。
2:13 こうして、どの娘も王のもとに召されたが、後宮から王宮に行くにあたって娘が持って行きたいと望むものは何でも与えられた。
2:14 娘は夜行き、朝帰って別の後宮に連れて行かれ、側室たちの監督、宦官シャアシュガズに託された。王に望まれ、名指しで呼び出されるのでなければ、だれも再び行くことはなかった。
2:15 モルデカイの伯父アビハイルの娘で、モルデカイに娘として引き取られていたエステルにも、王のもとに召される順番が回ってきたが、エステルは後宮の監督、宦官ヘガイの勧めるもの以外に、何も望まなかった。エステルを見る人は皆、彼女を美しいと思った。
2:16 さて、エステルは王宮のクセルクセス王のもとに連れて行かれた。その治世の第七年の第十の月、すなわちテベトの月のことである。
2:17 王はどの女にもましてエステルを愛し、エステルは娘たちの中で王の厚意と愛に最も恵まれることとなった。王は彼女の頭に王妃の冠を置き、ワシュティに代わる王妃とした。
2:18 次いで、王は盛大な酒宴を催して、大臣、家臣をことごとく招いた。これが、「エステルの酒宴」である。更に、王は諸州に対し免税を布告し、王の寛大さを示すにふさわしい祝いの品を与えた。
2:19 再び若い娘が集められた時のことである。モルデカイは王宮の門に座っていた。
2:20 エステルはモルデカイに命じられていたので、自分の属する民族と親元を明かすことをしなかった。モルデカイに養われていたときと同様、その言葉に従っていた。
2:21 さてそのころ、モルデカイが王宮の門に座っていると、王の私室の番人である二人の宦官ビグタンとテレシュが何事かに憤慨し、クセルクセス王を倒そうと謀っていた。
2:22 それを知ったモルデカイは王妃エステルに知らせたので、彼女はモルデカイの名でこれを王に告げた。
2:23 早速この件は捜査されて明らかにされ、二人は木につるされて処刑された。この事件は王の前で宮廷日誌に記入された。』
(日本聖書協会 聖書 新共同訳 エステル記より)


つづく

マルコ福音書 たとえを用いて語る

2007年07月10日 | 新約聖書日記
◆たとえを用いて語る
『 4:33 イエスは、人々の聞く力に応じて、このように多くのたとえで御言葉を語られた。
4:34 たとえを用いずに語ることはなかったが、御自分の弟子たちにはひそかにすべてを説明された。』(日本聖書協会 聖書 新共同訳 マルコによる福音書から)

日本聖書略解 日本基督教団出版局をまとめて
『「このように」でなく、「このような類の、多くの譬えによって(イエスは)彼らに御言葉を語っていた」で始まる。
これによって以上の三つの譬えは模範的実例となる。
イエスは群衆の「聞く」能力に合わせて語った。
譬えでの宣教は、事柄を把握しやすくし、「聞かれる」ことを求めている。
しかし譬えによる宣教は外郭を聞いても、その真の事柄を理解する者と拒絶する者との「聞き方」の相違を生み出す。
そのような自ら選び取った「聞き方」の相違に対応して、外の者と周りの者が分かれた。
一方には「譬えなしに(イエスは)彼らに語らなかった」。
マルコにとって「譬え」は開き示すと共に閉ざす契機を持つようである。
しかし他方に対しては、「自分たちだけの間で(イエスは)自らの弟子たちにすべてを解き明かした」。
イエスと彼の宣べ伝える事柄に答えることを決めた者には、イエス自身によってすべてが解き明かされていく。
ここに10節の「彼の周りの者たち」と「十二人」が包括的に「御自分の弟子たち」とされた。』



お祈りしますm(_ _)m
恵み深い天の父なる神さま
今日、聖書が読めることを感謝します。
また、聖書日記が書けることを感謝します。
また、ここに祈ることができることを感謝します。
イエスさまの話されるたとえ話しの、真の意味を理解することができますように。
求めつづけることができますように。
主イエス・キリストの御名によってお祈りします。
アーメン