雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

上の御局の

2014-11-22 11:00:02 | 『枕草子』 清少納言さまからの贈り物
          枕草子 第八十九段  上の御局の

上の御局の御簾の前にて、殿上人、日一日、琴・笛、吹き遊び暮らして、大殿油(オオトナブラ)まゐるほどに、まだ御格子はまゐらぬに、大殿油差し出でたれば、戸の開きたるがあらはなれば、琵琶の御琴を、縦ざまに、持たせたまへり。

紅の御衣どもの、いふも世の常なる袿、また張りたるどもなどを、あまたたてまつりて、いと黒う艶やかなる琵琶に、御袖をうちかけて把へさせたまへるだにめでたきに、稜より御額のほどの、いみじう白うめでたく、けざやかにて、はづれさせたまへるは、譬ふべきかたぞなきや。

近くゐたまへる人にさし寄りて、
「『半ば遮したりけむ』は、得かくはあらざりけむかし。あれは、ただ人にこそはありけめ」
といふを、道もなきに分けまゐりて申せば、笑はせたまひて、
「『別れ』は、知りたりや」
となむ仰せらるるも、いとをかし。


上の御局の御簾の前で、殿上人が一日中、琴を弾き笛を吹いて合奏しくらして、御灯台を差し上げる頃になって、まだ御格子はお下げしていないのに、中宮様のもとの御灯台に火をともしたものですから、戸の開いているのが外から丸見えなので、中宮様は琵琶の御琴を立ててお持ちになり、お顔をお隠しになられている。

紅のお召物などで、いうだけ野暮なほどのすばらしい袿、また糊張りをした衣などを、幾重にもお召しになっていて、大層黒々と艶のある琵琶に、御袖をうち掛けて、お持ちになっていられるだけでも素晴らしいのに、そのわきから御額のあたりがとても白くお美しく、くっきりとお見えになるのが、たとえようもない素晴らしさです。

上座に座っていらっしゃる上臈女房に近付いて、
「『半ば顔を隠していた』という女(ヒト)も(白楽天詩集からの引用)、きっとこれほど素晴らしくはなかったことでしょう。あれは、身分の低い人だったでしょうから」
と私が申しますと、その女房は、隙間もないところをかき分けて参上し、中宮様に申し上げますと、お笑いになられて、
「『別れ』は、少納言は知っているのか」
と仰せになるのも、大変風雅であられる。



宮中の豊かで美しい情景が描かれています。特に、少納言さまが敬愛してやまない中宮定子の魅力を懸命に描かれているように感じられます。

最後の「『別れ』は、知りたりや」という中宮の言葉の意味は、諸説あるようです。
例えば、少納言さまが引用した白楽天の「琵琶行」という詩の中に、「別れ」の部分があり、それを指しているとするもの。
あるいは、自分が琵琶を弾かずに縦に持っている理由が分かるか、と反問されたというもの。
他にも、殿上人たちの別れ、すなわち解散時を知っているのかというものもあるようです。
ただ、中宮の言葉を受けて、少納言さまは、「いとをかし」と書き残されているのですから、中宮の言葉にはかなり深い意味が込められているように思うのですが、さて・・・。

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