一燈照隅

日本が好きな日本人です

インスタントラーメンの百福さん死去。

2007年01月06日 | Weblog
「百福さんありがとう」 ラーメン記念館の見学者
5日死去した日清食品の創業者、安藤百福さんが設立した「インスタントラーメン発明記念館」(大阪府池田市)で6日、訪れた見学者らは、インスタントラーメンの思い出とともに「百福さんありがとう」と口にした。

 入り口のガラスドアに訃報(ふほう)を知らせる張り紙が。娘2人を連れた京都市右京区の男性公務員(35)は「米国留学したとき、田舎町のスーパーでカップヌードルをよく買い、食べるたびに日本を思い出してすごくうれしかった。亡くなられたのは残念だが、ありがとうと言いたい」。

 安藤さんと20年来の付き合いという近くの飲食店経営者(72)は「雲の上の人だったけど、気さくに声を掛けてくれ、地元の誇りだった。100歳まで現役でいてくれると思っていたので、びっくりした」と話した。

 同館は平成11年11月にオープン。安藤さんが昭和33年、世界初の即席めん「チキンラーメン」を発明した自宅庭の小屋を再現。即席ラーメンの手作り体験ができる工房などが人気を集め昨年7月、入場者が100万人を超えた。

(2007/01/06 13:16)産経新聞


子供の頃食べたチキンラーメン、おいしかった。
どんぶり鉢に麺を入れ、お湯を注ぎ、鍋の蓋を載せて三分待てば、ちりちり麺のラーメンが出来上がり。
ラーメンが出来るまで三分待たなければならないので、ウルトラマンは食べることが出来ないなどのなぞなぞもありました。
麺自体に味が付いていたので、そのままかじったりもしました。

カップヌードルが発売された時もすぐ食べました。発売当初は箸でなく、プラスチックのフォークで食べるスタイルだった。
どんぶり鉢が要らなくて、お湯をカップに注ぐだけで良かったのが、ものすごく便利でした。
浅間山荘事件で機動隊員が食べていたのが写真に出て一遍に広まりました。

今世間には数え切れない種類のインスタントラーメンが出ています。中にはラーメンの有名店も出しています。
これも最初にチキンラーメンがあったからこそです。

「即席めんで世界の災害、飢え救済 日清食品・安藤百福さん」
■大阪ラーメンサミットに情熱
 インスタントラーメン(即席めん)の生みの親で、5日亡くなった日清食品創業者会長、安藤百福さんが晩年に意欲を燃やしていたのは、平成20年に大阪で「世界ラーメンサミット」を開くことだった。「世界では今も飢えに苦しんでいる人は多い。インスタントラーメンで貢献したい」。即席めん誕生の地の大阪でサミットを開くねらいを、こう語り、被災地などに非常食を送る「災害援助ラーメン基金」の創設を目指していた。




最新の画像もっと見る

コメントを投稿