大滝詠一に御用心

2014年06月15日 | 大瀧詠一

大滝さんのことを好きになったのは2011年3月21日だ。
時刻は夜9時頃か、10時頃だったかと思う。
大滝さんの70年代の曲を続けて何曲も聴いて、俄然ウキウキして、それから3年(大滝さんの曲を聴いている時は)ウキウキしっぱなしの状態で今に至る。

なんで好きになった日時までわかるかと言うと、それはラジオを聴いたのがきっかけだったから。NHK FMの「今日は一日“大滝詠一”三昧」を聴いたのがその日の夜だったから。そこからはいっぺんに夢中になっちゃったのだ。

 

それ以前の長い間、大滝さんのことは実はあんまり好きじゃなかった。
レコードコレクターズ誌でのインタビュー記事を何回か読んで、もう自分はアーティスト活動をしていないのに「な~んか偉そうな物言いのおじさんだなぁ」と面白く思わなかったのだ。

大滝さんのことを少しわかった今なら「で、なんだい、その”アーティスト活動”ってのは?(笑)”と思う。大滝さんの声でそう聞こえてくる。

そんな感じで積極的に聴こうとしなかったのですが、そんな私でも実は幾度も出逢っていたのが偉大なるナイアガラ・マジック。

 

ハイ、ここからどんどん過去にさかのぼっていきますよ。

●まず、97年のシングル「幸せな結末」だけはリアルタイムで短冊のシングル買って割と喜んで聴いていました。その前にはっぴいえんどにハマってた時期があるので、レジェンドの久々の新曲か~って軽い気持ちで。これが思えば私的初ソロ大滝さんとの出逢いだったんだな。

 

●さかのぼって94年に出たシュガー・ベイブの『SONGS』再発。これも買ってズッパマリしてたけど、長い間これが大滝さんプロデュース作でナイアガラから出てたって知らなかった。知らずに大好きだった。あと同時期に買った金延幸子の『み空』も同じく。

 

●もうちょいさかのぼって私が20歳前後くらいかな?はっぴいえんどにハマって。ここは大きく出逢ってる。でもその時はどっちかというと細野さんのイメージが大きかったなぁ、いや、なんとなくなんですけど。

 

●もうちょいさらにさかのぼって高校生の時、クラスでスチャダラパーやフリッパーズギターを流行らせた我がクラスのトレンドセッターの友達がトニー谷のCD「ジス・イズ・ミスター・トニー谷」を持ってきてクラス中に流行らせた!これには参った。すっごく面白くて。

その流れでその後の「スーダラ伝説」なんかでクレイジー・キャッツにもいきました(これは私のみ)。おかげで私の当時のカラオケの十八番はクレイジーの「ハイそれまでヨ」とその後のおもしろ曲を探して行き着いたところの小林旭「自動車ショー歌」。なんとも大滝三昧じゃないか。
(「ジス・イズ・ミスター・トニー谷」は監修、「スーダラ伝説」はプロデュース。小林旭も楽曲提供&編集CD監修)。

 

●もうちょいさらにさらにさかのぼること中学生の時。私は映画が大好きで特に昔のサイレント~50年代のハリウッド映画が好きで、いっぱしの映画小僧(いや、娘)気取りだったのですが。ある時図書館で借りて何度も愛読してたのが小林信彦著の「世界の喜劇人」。後で知るには大滝さんの生き方、作風に多大なる影響を与えた本。ここでクロスしていたのは嬉しかったナ。私が読んでたのはグルーチョ・マルクスが表紙の赤い本。

 

●もううーーんとさらにさかのぼること小学生の時。時は80年代。アイドル全盛期。
そりゃあ普通に歌ってましたよね、「風立ちぬ」、「快盗ルビイ」、「探偵物語」、「冬のリヴィエラ」。
「うなずきマーチ」も大好きだったし、「熱き心に」、こっちは父のカラオケの十八番曲だった。
あと幾多のCM曲でだってむっちゃ出逢ってる。出前一丁だとか(あとはどんなのがあるのかはまだよく知らないのだけど)

 

そんなわけで、幾度も幾度も出逢っていたわけです。
なんと知らずに出逢っていたのが多いことか!
2011.03.21以降に「え!あれもこれも!?」ってなったことが多いのですが。
そこで恥じるわけです。「アーティスト活動してないのに」なんて思ってた自分を。
知らなかっただけで随分お世話になっていたのです。
こんな私でも同じ時代を間違いなく共有させてもらっていたわけです。

 

そんなわけで、その2011.03.21に「今日は一日“大滝詠一”三昧」を聴いてからは。
すぐ難波のタワレコに行って発売したての『Long Vacation』 30th Editionとレココレ増刊の「Talks About Niagara」をレジに持って行き。ハマる気満々で。
もうあとはずぶずぶと。


今持ってるアルバムはその『Long Vacation』、『ナイアガラ・ムーン』に『ナイアガラ・カレンダー』。

そして今年の3.21に発売された『EACH TIME』 30th Edition。
それに昨日届いた『Go! Go! Niagara』。この5枚。
わざと我慢してちびちび買っていってます。お楽しみを早々に終わらせたくないから。

 

でも2013.12.30に逝ってしまわれた。
私が好きになってから2年しか経ってないよ。
それでもラジオ番組『アメリカン・ポップス伝」は出来るときは生で聴いたし、当時1歳だった子供もご機嫌なRock'n'Rollチューンに身体ワサワサを動かして笑ったりして。
子供の夜泣きやなかなか寝付いてくれない時も「Sunday Songbook」の新春放談のネットで拾ったやつを聴きながらなんとか乗り切ったり。笑い声をあげながら。

今思えば、初めてのことばかりの馴れない育児で疲れたり悩んでる気持ちを、随分大滝さんに助けてもらったように思う。
大滝さんは、明るいのだ。楽しいのだ。面白いのだ。
くすっ、ふはははと笑えるのだ。脱力的に。
そして照れ屋さんということだが、時々とても、かわいい。
そういったことが曲にも、ラジオでのおしゃべりにも、文章にも、うんと現れている。
私にとって大滝さんの歌と声は、悪戦苦闘中の育児というものと強く結びついている。

そして大滝さんの考え方や生き方そのものにもとても刺激と感銘を受ける。
「偉そうな物言い」に聞こえた言葉には全部裏付けがあったことを知った。
偉そうに聞こえるけど、全然偉そぶらない人だということを知った。
上段に構えるんではなく、冗談ばっかかましていた。
知らずにレココレ読んでる時は説明がくどくどしていると思ってたけど、全部に意味や背景があるからいくらでも説明できるだけなのだ。一旦その魅力がわかれば、もっとやれやれー!とどんどん説明して欲しくなった。もうかなわないけれど。

 

ニュースを知ってからしばらく、春くらいまでは、大滝さんのことを気付けばよく考えていた。
最初の方は現実感があまりないようだったのだけど、大滝さんの最後の言葉を知ってからはもうダメだった。
だけど、最後のラジオ出演だというアルフィーの坂崎さんの番組中で「(中秋の名月の日)孫と月見をした」という大滝さんの言葉を聞いた時も同じで、「幸せに暮らしていたんだな。よかった」と、おこがましいけれど、でもしみじみ思った。

 

昨日届いた『Go! Go! Niagara』は、私が大滝さんの一番好きな持ち味全開の曲ばかりで、参った。一番好きなアルバムかもしれない。


これが私にとって”最後から何番目の恋”かは知らないけど、まだしばらくは冷めて欲しくないです。

 

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4 コメント

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なつかしの昔よ〜育児の手を休めて (ムンドリ)
2014-06-15 06:17:43
こんにちは!モスコさん久しぶり。
元気にしてはったん?・・・育児も順調のようで、
音楽も心して聴けるような心の余裕がでてきたのかな。

> 小林信彦著の「世界の喜劇人」
これ面白い!マルクス・ブラザーズファンは必携本だね。
これと中原弓彦名義の翻訳本「マルクス兄弟のおかしな世界」この2冊はバイブルです。(笑)

息子さんの寝顔を眺めつつSir.ポールのエントリーも
余裕のあるときヨロシクです
http://www.youtube.com/watch?v=zBiV5PhivsQ
返信する
カラオケ (デフレおじさん)
2014-06-16 08:37:30
>私の当時のカラオケの十八番はクレイジーの「ハイそれまでヨ」と
>その後のおもしろ曲を探して行き着いたところの小林旭「自動車ショー歌」。なんとも大滝三昧じゃないか。

あはは モスコさんのカラオケ 楽しそうだ でもカラオケ行くヒトだって思わなかったょ
なんでだろ 

デフレ爺のはぴいえんど体験は大滝さんで始まる 
1stの日本語のロック論争も松本さんの詩を大滝さんが英語風に巻き舌で歌うあたりが攻撃された
新しかったが好きになれなかった 周囲の誰もがとんがったバンドだと理解してたのではないか? URCだもんね
2nd風街は細野さんと半分半分の力関係になってきたように感じた 混沌とした60's末の前作から70’s的な個人的なコンセプトアルバムにガラッと色彩が変わった
前衛から水彩に…
3rdハッピーは同い年鈴木茂さんが育ちビートルズにおけるGハリソンみたいに新しい柔らかさが加わり3人がソロ曲を持ち寄った感のあるLAからの逆輸入品みたいなフシギなラストアルバムに仕上がってリリースされたのでした

大滝さんが一番先に亡くなられたなんて… やっぱJレノンだったんだ と隠居生活を総括したデフレだったのです。。。
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>ムンドリさん (モスコ)
2014-06-17 00:33:12
ムンドリさん、こんばんわ!
ひさしぶりー!です!

元気なのかな、順調なのかな。
嵐のまっただ中にいて、心の余裕がまるでなかったので、むりくり作ってみたんですよ(笑)
余裕ってほんと大事ですね。

「世界の喜劇人」名著ですよね!
長い間読んでないのですっかりどんなんか忘れちゃってるので、文庫でいいから手元に置いときたくなりました。

>これと中原弓彦名義の翻訳本「マルクス兄弟のおかしな世界」この2冊はバイブルです。(笑)

あ、マルクス兄弟の伝記本のことかな?
伝記本なら昔図書館で借りて読んだことありますよ!すんごい好きだったんだなぁ、マルクス兄弟!ビートルジョンがグルーチョの扮装した写真とかあったでしょ?顔も中身も似てるからおかしいよね。
ちなみに私はハンサム四男がいいな。って全然ファンじゃないねコレ(笑)

ポールのエントリ、またいつかゼシ!
でも今はポールについて何書けばいいのやら~って感じ。

リンク先は何故あの曲!?
渋いっすね。
返信する
>デフレおじさん (モスコ)
2014-06-17 00:48:04
おじさん、こんばんわー!

うん、カラオケは好きですよ。
2次会のんとかは苦手だけど。
一緒に行く人によるなぁ。
おじさんもあまり積極的には行かなさそうよ(笑)
最後にカラオケ行った時はこれまた大滝三昧しました。

>1stの日本語のロック論争も松本さんの詩を大滝さんが英語風に巻き舌で歌うあたりが攻撃された

へぇ~、そうなんだ!
あれがかっこいいのに(笑)

って、今でこそ思うんですが、私はっぴいえんどを聴いていた時、ぜーんぜん大滝さんを意識出来てないんですよねぇ。なーんでだろう。誰が歌ってるとかあんま考えてなかった。よく知らなかったんだろうなぁ。

おじさんの1st~3rd論、実に的確!
私的にはやっぱ水彩の2ndがベストかなぁ。

>大滝さんが一番先に亡くなられたなんて… やっぱJレノンだったんだ 

わぁ...。ほんとですねぇ。
細野さんはさしずめ性格の穏やかなポールってとこで(笑)

そう言えば、大滝さん、プロになる前に就職してたとこで上司の前で"Girl”を歌ったエピソードがありますね。「君はここでこんなことしている人間じゃない」って言われたとか(笑)それすんごい聴きたくてたまに妄想で脳内再生してみたりしてます(笑)
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