牡丹園
「 隠居する 」というのは
一つに 人間を養う力をつける ・・・ ということであり
二つには 道理の正しさを曲げない ・・・ ということのようです。
このように考えたとき 私たちは
あまりにも 外に目を向けた生活をしているのではないか
・・・ と反省させられます。
世間の風に一喜一憂していたのでは 自分自身を養うことはできません。
ですから 一時たりとも 心を内に向け 生活を質素にし 規則ある生活をする
ということが「 現代の隠遁(いんとん) 」ということではないかと思います。
たとえば 朝6時なら6時に決めて 家族全員が起床し
掃除でも 散歩でも 草木の手入れでも
とにかく 身体を動かすことを分担して実行する ・・・ ということです。
朝の食だけ できるだけ質素にし
できれば 一汁一菜ですまします( ・・・我が家では当たり前 )。
夕食も あまり過食にならないように注意し
テレビの時間も きちんと時間を決めて
時間がきたら どんなに見たい番組があっても けじめをつけることです。
一日のスケジュールを定めておき 時間を区切ることです。
時間を区切るということは 心にきまりをつけることですし
決断の力を養う ・・・ よい修行になります。
とにかく 生活を今の生活より 少し貧しくする ・・・ ということです。
それは 貧しいだけ 自然に近くなる ・・・ ということです。
自然に近くなれば 人間性が豊かになる ・・・ ということですし
心の余裕が生まれる ・・・ ということにほかなりません。
現代の隠遁とは こうしたつつましい ひきしまった生活をすることだと思います。
何も 一生せよということではなく 二年でも一年でも
このような願をたてて 現代の隠遁生活をしてみてはいかがですか。
原始時代の自然生活(貧しい生活)の中には
うつも ストレスも 子どもの問題もなかったはずです。
豊かさという外へ向かう心を 貧しく素朴な生活に回帰するとき
人として 家族としての心がもどるからです。
人混み ・ 残ったのは 疲れと虚しさだけ ・・・
今月初め 狂乱のGWの中で ・・・ 心静かに 考えてみたことです。