大遠足
壷
坂村 真民
壷の 美しさよ
からっぽの
からっぽの
壷の 美しさよ
火を くぐった
この からっぽの
壷の 美しさよ
その人の傍らにいるだけで
一語も交わさないでも 心暖まる人というのがあるものです。
そういう人は この世の辛酸をなめつくして
しかも その影すらもとどめない人です。
どんな人の どんな悲しみにも共感でき
しかも 自身については ・・・ いささかの愚痴もこぼさない
それこそ ・・・ からっぽの人です。
辛酸のすべてが その人をつくり上げるのに
なければならなかったものとなっているからでしょう。
苦労が その人の精神的栄養に転じているからでしょう。
壷は 黙っています。
その姿のよさ 色合いのよさ
おのずと手が出て
壷の肌をなでずに入られない魅力をもった壷
それは 黙ってはいるけれども
高熱の火の中で ・・・ 幾晩も焼かれた過去をもっているのです。
中には
高熱に耐え得ないで 砕けたものもあるし
隣の壷とくっついて ゆがんでしまったものもあるから
その点では 選ばれた壷であろうけれども
高熱にきたえられ それに耐え得たことが
・・・ この美しさを生み出したのでしょう。
人生を楽しく過ごそう ・・・ ということばが流行( はや )る。
なにか ・・・ 軽薄な響きがあります。
私たちは 一生かかって
人間とはなにか
自身とはいかなるものかを ・・・ 身をもって学びつつ
自身を成就すべきものとして 人間に生まれているらしい。
人間の楽しみというのも
苦労に耐えてきたところから
・・・ おのずとにじみでてくるものなのでしょうね。
人生の楽しみも ・・・ 深いしみじみとした味わいのものでしょう。