散歩
幼い日
八木 重吉
幼い日は
水がものをいう日
木がそだてば
そだつひびきがきこえる日
子どもが一人で遊びながら しきりに何かしゃべっている。
あれはひとり言ではなくて 会話である。
会話の相手は もの言わぬ石であり 草であり 水である。
子どもにはわかるのだ。
水のことばが。 風のことばが。木のことばが。
子どもにとっては 一切が生きているのだ。
生きて動いているのだ。
全身で語っているのだ。
子どもは 人間のことばが未熟であるがために
かえってもの言わぬ世界の一切のものの
・・・ 語りかける声がきこえるのだ。
人間のことばを覚えるにつれて
・・・ 水や石と語ることを忘れてしまうのであろう。
コンクリートの壁がそびえるようになってから
私たちの耳に入るのは 騒音ばかりになってしまった。
自然は はるか彼方に後退して
人間の暴力におびえるような目つきで
・・・ じっと沈黙を守っている。