先日、兄貴んちで、
TOEICを受けた甥っ子と三人で話していたときのこと。
700点オーバーという点数だった甥っ子に、
「どのあたりまで目指すつもりやねん?」と兄貴。
甥っ子曰く「800点」だそうで…。
彼が産まれたとき、
兄貴は川崎市、ワタシは世田谷に住んでいて、
心の病の初期状態だったワタシの唯一の生きる支えだった。
小学校のときには(日本でも10例くらいしかないという)大病を患って
大手術を受け、絶食に文句も言わず、院内学級に通っていたあの姿。
模範生だった反動か、
高校の頃に不登校になり、休学ののち退学。
その後、通信教育のような学校で高校卒業の資格を得て、
ちゃんと大学に入ったのだから、
彼の努力や精神力には頭が下がる。
そんな彼も3月でもう22歳。
人よりも少し遅くはなったけれど、
そんな寄り道なんて、どうってことないと今は思える。
そしてそんな彼をあたたかく大きな心で支え続けてきた兄と兄嫁は
すごい!と尊敬の一言に尽きる。
もし自分に子供がいたとしたら、
なにも言わずにひたすら待つなんてことができるだろうか。
ついついなにか言ってしまったり、
思い通りにいかない怒りをぶちまけてしまったりしてしまうかもしれない。
実際、父は兄の頭を参考書の角でどついたり、
就職したいと言っていたところが父の思っていたところとは違ったため、
言うとおりにしないなら出て行け!と追いこんだり、
兄が断ったその就職先に電話をして
再面接をしてもらえるよう無理に頼んだり、
それも愛といえば愛なのだろうけれど、
その表現方法はかなり偏っていて、
素直に受け入れがたい心の傷のようなものが
兄にもワタシにもあるのはたしかである。
だから親子であってもどこか冷たい関係であるのは否めないし、
「自分に対する感謝」を強要する父に素直に甘えるということができない。
そんなことを自分の子供にはしたくない、という強い意志を
甥や姪に対する兄貴の態度から感じとられる。
就職についても、
いろんな可能性があることを認めたうえで、
こんな本読んでみたら就職のときに役にたつかもよ、とか、
和やかでなんでも相談できる雰囲気があってとてもうらやましくさえ思えた。
自分には子供はいないけれど、
ちょっとだけバーチャル体験したような気がしたw。
TOEICを受けた甥っ子と三人で話していたときのこと。
700点オーバーという点数だった甥っ子に、
「どのあたりまで目指すつもりやねん?」と兄貴。
甥っ子曰く「800点」だそうで…。
彼が産まれたとき、
兄貴は川崎市、ワタシは世田谷に住んでいて、
心の病の初期状態だったワタシの唯一の生きる支えだった。
小学校のときには(日本でも10例くらいしかないという)大病を患って
大手術を受け、絶食に文句も言わず、院内学級に通っていたあの姿。
模範生だった反動か、
高校の頃に不登校になり、休学ののち退学。
その後、通信教育のような学校で高校卒業の資格を得て、
ちゃんと大学に入ったのだから、
彼の努力や精神力には頭が下がる。
そんな彼も3月でもう22歳。
人よりも少し遅くはなったけれど、
そんな寄り道なんて、どうってことないと今は思える。
そしてそんな彼をあたたかく大きな心で支え続けてきた兄と兄嫁は
すごい!と尊敬の一言に尽きる。
もし自分に子供がいたとしたら、
なにも言わずにひたすら待つなんてことができるだろうか。
ついついなにか言ってしまったり、
思い通りにいかない怒りをぶちまけてしまったりしてしまうかもしれない。
実際、父は兄の頭を参考書の角でどついたり、
就職したいと言っていたところが父の思っていたところとは違ったため、
言うとおりにしないなら出て行け!と追いこんだり、
兄が断ったその就職先に電話をして
再面接をしてもらえるよう無理に頼んだり、
それも愛といえば愛なのだろうけれど、
その表現方法はかなり偏っていて、
素直に受け入れがたい心の傷のようなものが
兄にもワタシにもあるのはたしかである。
だから親子であってもどこか冷たい関係であるのは否めないし、
「自分に対する感謝」を強要する父に素直に甘えるということができない。
そんなことを自分の子供にはしたくない、という強い意志を
甥や姪に対する兄貴の態度から感じとられる。
就職についても、
いろんな可能性があることを認めたうえで、
こんな本読んでみたら就職のときに役にたつかもよ、とか、
和やかでなんでも相談できる雰囲気があってとてもうらやましくさえ思えた。
自分には子供はいないけれど、
ちょっとだけバーチャル体験したような気がしたw。
またハナシ聞いてやってなー。