青森にはいつも車で行くのだが、車で行くと気ままにあちらこちらを観光できるのがいい。
今回もまた思いつくままに車を走らせた。
まず訪れたのが「禅林街」
私は前にも来た事があるのだけれど、家族が初めてなので来てみた。
数少ない弘前市の観光名所。
写真ではわかりにくいが、道の両側の並木道に沿って、曹洞宗のお寺ばかりがずらりと並んでいる。
そして、禅林街の真正面に立つお寺が「長勝寺」で、下の写真は国の文化財にもなっている長勝寺の三門。
三門とは「欲界」「色界」「無色界」の三界解脱門という意味だそうだ。
「欲界」と「色界」はなんとなく分かったが、「無色界」とは何ぞやと思って調べてみたところ、欲望も物的条件からも超越した世界らしい。
生死を繰り返しながら輪廻する世界を三界といい、仏陀はこの三界から解脱したと言われているそうだ。
この一画には長勝寺も含めると、同じ曹洞宗の33のお寺が並んでおり、禅寺が林の木のように建っている事から禅林街と名づけられたとか。
そして、同じ宗派の寺がこれだけ集まっているのは、全国でも稀なのだそうだ。
弘前市は弘前城を中心とした城下町なのだが、城の守りのために、当時主だった宗派、曹洞宗の寺を城の裏鬼門である南西に集めて軍事施設としたのが始まりだそうだ。
次に向かったのは黒石市で、ここは藩政時代の面影を残す町並みが残っている。
中町こみせ通りと言う。
雪国独自の雪や雨を防ぐアーケード「こみせ」が連なり、江戸時代の情緒を残している全国的に貴重な建造物だそうだ。
江戸時代の人たちもここを歩いていたのねと感慨にふけりつつ、ぶらぶら歩きを楽しんできた・・・と書きたいところだが、あいにく天気が悪く、今にも降り出しそうな空と猛烈な寒さで、ついつい足早になってしまった。
また機会があれば訪れたいと後ろ髪をひかれながら、宿がある浅虫温泉へと向かった。
そして、宿は今回2度目となる浅虫温泉「椿館」
こちらも歴史ある旅館で、県内では最も古く創業は400年以上も前からだとか。
棟方志功が湯治の為に10年間通った常宿だそうで、棟方志功はこちらの宿で作品を作ることもあったそうだ。
そのため館内には、棟方志功の作品が多数飾られている。
また志功自筆の短歌も沢山飾られていて、美術館とはまた違った作品が楽しめる。
青森もそうだが、とかく本州へ行くと歴史的な建造物に目を奪われる。
多分、生まれ育った北海道では見ることのできない物だからだと思う。
歴史好きの夫がポツリと言った。
「どうして自分は歴史の残る場所に生まれてこなかったのだろう」
「それは、生まれる前に自分で生まれる場所を選んできたから」
そう言いたかったが「そうだね」と同意した。
三泊四日の青森滞在は、長男パインのアパートの掃除も含めてあっという間に過ぎた。
帰りは、またフェリーに乗って青森港から函館へと向かった。
この時、とても嬉しい光景を目にすることができた。
たくさんのイルカの群れが、船の後ろや横を泳いでいた!
イルカ達はずいぶん沖まで、かなり長い時間を船について一緒に泳いでいた。
なんとか写真に撮ろうとがんばったのだが、一瞬だけ海面に姿を見せるイルカを写すのは難しい。
結局イルカを撮ることはできなかったのだけど、すごく嬉しかった。
大きな船からミサイル。
絶対にそれだけは嫌だ。
帰宅後に観た海の情景。
あのイルカ達を思い出しては海に向かって感謝をする。
今回もまた思いつくままに車を走らせた。
まず訪れたのが「禅林街」
私は前にも来た事があるのだけれど、家族が初めてなので来てみた。
数少ない弘前市の観光名所。
写真ではわかりにくいが、道の両側の並木道に沿って、曹洞宗のお寺ばかりがずらりと並んでいる。
そして、禅林街の真正面に立つお寺が「長勝寺」で、下の写真は国の文化財にもなっている長勝寺の三門。
三門とは「欲界」「色界」「無色界」の三界解脱門という意味だそうだ。
「欲界」と「色界」はなんとなく分かったが、「無色界」とは何ぞやと思って調べてみたところ、欲望も物的条件からも超越した世界らしい。
生死を繰り返しながら輪廻する世界を三界といい、仏陀はこの三界から解脱したと言われているそうだ。
この一画には長勝寺も含めると、同じ曹洞宗の33のお寺が並んでおり、禅寺が林の木のように建っている事から禅林街と名づけられたとか。
そして、同じ宗派の寺がこれだけ集まっているのは、全国でも稀なのだそうだ。
弘前市は弘前城を中心とした城下町なのだが、城の守りのために、当時主だった宗派、曹洞宗の寺を城の裏鬼門である南西に集めて軍事施設としたのが始まりだそうだ。
次に向かったのは黒石市で、ここは藩政時代の面影を残す町並みが残っている。
中町こみせ通りと言う。
雪国独自の雪や雨を防ぐアーケード「こみせ」が連なり、江戸時代の情緒を残している全国的に貴重な建造物だそうだ。
江戸時代の人たちもここを歩いていたのねと感慨にふけりつつ、ぶらぶら歩きを楽しんできた・・・と書きたいところだが、あいにく天気が悪く、今にも降り出しそうな空と猛烈な寒さで、ついつい足早になってしまった。
また機会があれば訪れたいと後ろ髪をひかれながら、宿がある浅虫温泉へと向かった。
そして、宿は今回2度目となる浅虫温泉「椿館」
こちらも歴史ある旅館で、県内では最も古く創業は400年以上も前からだとか。
棟方志功が湯治の為に10年間通った常宿だそうで、棟方志功はこちらの宿で作品を作ることもあったそうだ。
そのため館内には、棟方志功の作品が多数飾られている。
また志功自筆の短歌も沢山飾られていて、美術館とはまた違った作品が楽しめる。
青森もそうだが、とかく本州へ行くと歴史的な建造物に目を奪われる。
多分、生まれ育った北海道では見ることのできない物だからだと思う。
歴史好きの夫がポツリと言った。
「どうして自分は歴史の残る場所に生まれてこなかったのだろう」
「それは、生まれる前に自分で生まれる場所を選んできたから」
そう言いたかったが「そうだね」と同意した。
三泊四日の青森滞在は、長男パインのアパートの掃除も含めてあっという間に過ぎた。
帰りは、またフェリーに乗って青森港から函館へと向かった。
この時、とても嬉しい光景を目にすることができた。
たくさんのイルカの群れが、船の後ろや横を泳いでいた!
イルカ達はずいぶん沖まで、かなり長い時間を船について一緒に泳いでいた。
なんとか写真に撮ろうとがんばったのだが、一瞬だけ海面に姿を見せるイルカを写すのは難しい。
結局イルカを撮ることはできなかったのだけど、すごく嬉しかった。
大きな船からミサイル。
絶対にそれだけは嫌だ。
帰宅後に観た海の情景。
あのイルカ達を思い出しては海に向かって感謝をする。