ミーロの日記

日々の出来事をつれづれなるままに書き綴っています。

孫を預かる

2023-04-25 21:38:58 | 日記

「この日は何か用事ある?無ければ子どもを少しの間、預かってもらいたいんだけど」と、息子から連絡があった。

カレンダーを見るまでもなく、二つ返事で引き受けた。

孫と過ごせるなんて、またとないチャンス。

夫は「大丈夫か?親がいなくて泣かないか?」と心配していたが、泣いたら抱っこすれば何とかなるだろう。抱っこできることさえ嬉しい。

当日は、うちで昼食を食べてから出かけるという息子夫婦の為に、朝から張り切って料理を作った。

孫はまだ六ヶ月なので、残念ながら一緒にご飯は食べられないが、息子夫婦は喜んで食べてくれた。

ところが食べている間、何度も孫はぐずって泣き出し、泣くと即座に息子夫婦は交代で抱っこしてあやしている。

眠たいのに眠れないという状態に陥って、ぐずっているらしい。

予行練習で抱っこを代わってもらったが、いつもと違うとわかるのか、余計に泣かれてしまった、、、

夫には大丈夫と言ったが、本当に大丈夫だろうかという不安がムクムクと沸き起こってくる。

ところで、息子夫婦は親孝行のつもりで孫を預かって欲しいと言ったのだと思う。

息子夫婦は、今年になってお嫁さんの実家近くへ引っ越した。

実家のお母さんに育児を手助けをしてもらう為で、向こうの家も初孫なので、ご両親共に喜んで手伝って下さっているそうだ。

うちと同じで二十数年ぶりの赤ちゃんの世話は、向こうのご両親もきっと大変だと思うが、お嫁さんにとって実の親がそばに居てくれるのは本当に心強い。

いつも手伝ってもらっていると聞いて、やはり実家の近くに住んでよかったと思う。

そんなわけでお嫁さんのご両親に比べて、孫に会う機会が少ない私たちに気をつかってくれたのだろう。

さて少し眠って孫の機嫌が良くなったところで、息子夫婦は私たち夫婦の不安をよそに出かけて行ったのだが、、、

最初はよかった。

最初の10分くらいは、布団の上で機嫌良くしていたのだけど、徐々に雲行きが怪しくなってきた。

ぐずり始めたので、早速抱き上げてやると機嫌が直った。

そこで、そっと布団に下ろすとまたぐずり始める。

慌てて抱っこして、機嫌が直って下ろすと泣く。

抱っこ→泣き止む→下ろす→泣く→抱っこ、、、と無限ループにハマってしまった。

これが自分の子なら、多少泣いてもそのまま寝かせていたと思うが、孫となるとそういう訳にいかず、ついつい泣かせないように抱っこしてしまうので肉体的にも大変だった。(腰が、、、)

向こうのご両親のご苦労がよくわかった。心からありがとうございますと言いたい。

でも抱っこしてあやすと、声を上げて笑ってくれるのが、たまらないかわいさで、夫にも手伝ってもらって交代で抱っこして、大変だったけど楽しい時間だった。

息子夫婦が外出から戻り、三人で帰って行ったあとに夫が言った。

「赤ちゃんの世話って大変だな。親の手も借りずに、よく(私が)三人も育てたよね。表彰してあげたいくらいだ」

この言葉は今更だけど、本当に嬉しかった。

親の助けが無くて、何人もの子育てしている人は世の中にたくさんいるので、それが当たり前だと思っていたが、こうしてあらためて夫に言われると、涙が出るほど嬉しかった。

手伝ってくれる親が居れば、また違った人生になっていたのかもしれないが、子どもと一緒に泣いたり笑ったりしながら、夫と二人で子育てができたことは、私のこれまでの人生の中では、ダントツで輝いている時代だった。

不思議なもので、長い年月と共につらかったことより楽しかったことしか思い出さなくなったので、余計に輝いた時代に思えるのかもしれないけど、、、

さて、息子夫婦はきっとまた気を使って「子ども預かって」と言ってくるかもしれない。

その時は「もちろん!」と答えよう。

 


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道はわかれる

2023-04-21 16:53:39 | 日記

母方の先祖(曽祖父)は、北海道へ来て宿泊業を始めたのだけど、母から聞いた話によると、その昔はずいぶん繁盛したそうだ。

母が子どもの頃は、列車が駅に着くと大勢の従業員が提灯を持って、お客さんを出迎えに行き、毎日が大忙しだったとか。

そんな風に儲かっていたものだから、母は幼いころから「お嬢さま」として育てられ、雨の日は足が汚れるというので、従業員の背中におぶさって小学校まで行っていたという、信じられないお嬢さまぶりを聞かされていた。

借金の保証人になり逃げて来たことを考えれば、まさに奇跡の大逆転劇であり、めでたし、めでたしとなるはずだったが、栄華は永遠には続かないもので、曽祖父が亡くなって二代目の祖父の代になると宿はさびれ始める。

私が小学生だった時、夏休みに祖父の家に遊びに行くと、まだ従業員さんは二人くらいいたが、お客さんはそれほど居なかったように記憶している。

当時、嫁に来て仕方なく女将をやっていたような祖母は、いつも不機嫌そうだったし、祖父といえばなぜかいつも家に居なかった。

娘である私の母は、自分の両親よりまだ存命だった曽祖母の方が好きなんだなあと子どもながらに感じるほど、実母とはあまりうまく行っていなかった。

その後、母が大好きだった曽祖母が亡くなると商売は益々傾き、残っていた従業員も居なくなり、ついでに祖父も他所にできた女性の所に入り浸りで居なくなった。

三代目の叔父は、最初からサラリーマンの道を選んだので、結局二代で商売はおしまいとなったが、その後も嫁姑問題や祖父のことなど問題が多かった。

そして私はといえば、だんだんさびれていく祖父母の家を見るのはさびしかった。

ボーンという大きな音が鳴る、玄関ホールの大きな置き時計。

従兄弟たちとかくれんぼをした客室、先が見えないような長い廊下。

夕食の支度で忙しい厨房の匂い。

どれもこれも子どもの頃の懐かしい思い出だが、今、その場所はどこにも無い。

ところで曽祖父が出て来た故郷では、親戚になる一族が長く商売を続けている。

親戚と言っても、もう関わりは無いが、ホームページを見ると繁盛されているようですごいなあと思う。

最初は同じだったと思うが、この違いは何なのか。どこで道が別れてしまったのだろう。

それはきっと、それぞれ個人の生き方、考え方の違いなのだろうと思う。

「こういうことはいけないことだ」と、身をもって教えてくれたご先祖たちに、今朝も感謝のお線香をお供えした。

 


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卵がない

2023-04-16 17:49:44 | 日記

先週スーパーに行った時にはあった卵が、今はどこにもない。これは札幌だけなのだろうか?

徐々に卵の値段が上がってきて、これまでの二倍以上の値段になったと思っていたが、それでもまだあっただけよかった。

今は欲しくてもお店に無い。

Twitterなど読むと、コンビニやドラッグストアで売っているとかいないとか。

うちは卵をさほど使わなくて、家族四人で10個入りを一週間かけて食べるのだけど、たまに卵を使う料理をすることがあるので、やはりまったく無いというのも困ってしまう。

今が旬のニラを、ニラ玉にしようとたくさん買ったので、卵が必要となって探している。

昨日と今日で3軒のスーパーを見て周り、どこも売っていなかった。

明日はコンビニに行ってみる予定だけど、仕入れ自体が少ないそうなので買えるのかどうかわからない。

そういえば、平成の米騒動というのがあったことを思い出した。

平成五年は冷夏による不作で、どこへ行ってもお米が売っていなかった。

当時の我が家は、まだ小さな子どもが一人で、お米の消費も少なかったので、備蓄していた分でなんとか間に合ったけれど、ご近所の方と会えば、どこに米が売っていたとかタイ米を買ったとか、、という会話をしていた。

今回は、お米が卵になったかな。

とはいえ、お米と違って卵は主食では無いので、無ければ無いで他のメニューにすればよい。

でも飲食店や菓子店、パン屋さんなどの方は、困っていることだろうなと思う。

これまで、お店に行けばなんでも欲しいものが買えた。

お米が無くなったことも喉元過ぎればすっかり忘れて、今や売っているのが当たり前になっていたが、そうでは無いことを思い知らされた気がした。

次は何が無くなるのだろう?、、、なんてことが頭をよぎるのも、今の時代になんとも言えない不安定さを感じているからなのかもしれない。

さてと、、ではニラ玉の代わりにニラ炒めを作ろうか。

食べるものがあるだけありがたいのかもしれない。

 


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パジャマで外出

2023-04-11 22:37:13 | 日記

朝八時過ぎに、ゴミを出しに行ったらゴミ袋を持った女の人が向こう側から歩いてくるのが見えた。

上下同じ柄のゆったりとした上着とズボンを身につけている。

全身がブルーの生地に赤い花柄の服は、遠くから見てもとても目立っていた。

女性の方が先にゴミステーションに着いて、ゴミを出して去って行くところだったが、間近で女性を見たら着ている服はパジャマに見えた。

いや、どう見てもパジャマだと思う。

ゴミ出しが間に合わず、パジャマで来たのかな?

それにしてもけっこう長い距離を歩いて来られた様子。

その間に何人の人とすれ違ったのだろう。恥ずかしくなかったのかな?

なんて余計な心配をしてしまったが、そういえば以前、若いタレントの女性がパジャマで買い物に出かけると言っていた。

「パジャマで買い物?」と、その時も驚いたが、買い物に行くくらいならゴミ出しくらいどうってことないかもしれない。

ところで、ご近所の中国人、ワンさんもパジャマのままで庭仕事をする。

そして普通に立ち話をする。

なんでも中国の人は、パジャマで外出する人が多いのだとか。

北京オリンピックの時に、中国政府がパジャマで外出しないようにと、パジャマで外出禁止令を出したとニュースで観た。

きっとお国柄なのだろう。

みんながパジャマなら、パジャマで外出も恥ずかしくないという感じだろうか。

若い女性タレントさんはわからないが、もしかしたらゴミステーションで会った女性も中国の方だったのかもしれない。

最近、近所に外国人が増えてきたと思う。

20年くらい前までは、近所で外国人に会うことは滅多になかったが、今はたくさんいる。

それがいいのかどうかはわからないが、時代と共に変わって行くのは仕方がないことなのかもしれない。

とはいえ、パジャマで外に出る(他人に会う)ことは抵抗がある。

それは、やっぱりできないと思う。

 


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おしゃべり

2023-04-05 17:23:28 | 日記

もう3年くらい友人たちと会っていない。

「もうそろそろいいよね、コロナ」という話がラインで出たので、今年の夏はまたみんなで集まるかもしれない。

会っていなかった3年間を取り戻すべく、おしゃべりするのが今から楽しみ。

最近つくづく他人との会話を欲しているなあと思っていた。

やはり3年間は長かった。

他人と関わりすぎると一人がいいと思うが、他人と関わらない生活が続くと、また会っておしゃべりしたくなる。

我ながら身勝手なものだと思う。

そんな時に夫の友だちから、奥さんと一緒に遊びに行くと連絡がきた。

奥さんとはこれまで何度か会ったことがあるが、そもそも奥さんも夫の古い友人なので、私はなんとなく遠慮があって、これまでは進んで会話をするということはそれほど無かった。

しかし、、、

「よく喋ってたねー」と、友だち夫婦が帰った後に、夫が驚いたように言った。

「本当は話し好きだったんだね」と言われ、そんなに喋ったかなと恥ずかしくなった。

でも、とても楽しかったのだから仕方がない。

この歳になると必ず出る健康の話から始まって、孫の話に旅行の話、趣味の話やこれからやりたい事などなど話は尽きず、たくさんおしゃべりして、たくさん笑って本当に楽しかった。

友人ご夫婦は、夫と同級生なので64歳になる。

とても若々しいお二人で、ご主人の方は現役の会社経営者だが、仕事は順調で多忙な日々の合間を縫って、趣味もしっかり楽しんでいるそうだ。

若い頃に夫と遊んでいたバイクが今でも趣味で、何台も持っている高級バイクは観賞用もあるのだとか。お金持ちだ、、、

バイク好きの夫とバイクの話で盛り上がる隣で、奥さんとお話していた。

奥さんは、喫茶店を開きたいと思っていて、着々と準備を進めているそうだ。

「儲けようとは思ってないし、儲かるとも思っていないの。ただ一人で寂しいなと思っている人たちが、気軽に来れる場所を作りたいの」とおっしゃる。

もともと喫茶店をやっていたことから、ノウハウはしっかりあるのできっと実現するだろうと思う。

友人夫婦が帰ったあと「みんな経済的に成功してすごいなあ」と夫が言った。

本当に夫の友人は、すごい人が多いと思う。

でもそれは経済的に成功したからというより、人生を楽しんでいるのがすごいと私などは思う。

「寝る間を惜しんで働いてきたから」と、ぽつりと漏らした奥さまの言葉が心に響いた。

明るく冗談を言って笑っているが、本当は大変な苦労の末に今があるのだろう。

久しぶりにしゃべって、笑って、刺激を受けて、本当に楽しい時間だった。

というわけで、また今日から貝になって?私は私でやるべきことをやっていこう。

でも一旦開いてしまった口が戻るかどうか。。

 


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人生が変わる

2023-04-02 22:30:18 | 日記

遊びに来た長男夫婦が連れてきた孫は、一ヶ月前より成長していてよく笑うようになっていた。

(かわいい、、、)

孫の笑顔を見ると幸せな気持ちになって、この子の未来がどうか明るいものであってほしいと願ってしまう。

できることならずっと守ってあげたいと思う。

そんな気持ちになって思ったのは、このような気持ちは、今はあの世にいらっしゃるご先祖も同じなのだろうということで、ご先祖様たちは、一生懸命に子孫の危険を回避させようとしてくれたり、進むと良い道に誘導してくれたりしているのだと思う。

これは実体験として、日常的にとてもよく感じている。

しかし時にはつらい道を歩くことも子孫の為だと、涙をこらえながら黙って見守っていらっしゃることもあるのだろう。

この現世で生きていれば、色々なトラブルが発生する。

ただそれが先祖供養をしていなかった頃と違うのは「なぜ自分だけがこんな目に遭うの」と思わなくなったことで、これもカルマを消化している最中なのだと受け入れることができるようになった。

受け入れることができれば、トラブルも突然降って湧いた災難だと思わなくなり、前向きな気持ちになれる。

このように決してご利益を期待して先祖供養を始めた訳ではないが、先祖供養を始めから、家族みんなが良い方向へ向かって歩いているように思う。

本当にありがたいことだと思う。

だからこそ、益々ご先祖さまに感謝したいという想いがわきあがってきて、毎朝お線香をあげてご供養するのが楽しみで仕方がない。

ところで楽しみなのは、神棚に向かっての御参りも同じ。

こちらは先祖供養とは違って、なにかわからないが畏れ多い存在に対して、生かされていることへの感謝を捧げている。

先日も神棚に向かって感謝の御参りをしていたら、神さまを御守りしたいという想いが、ふつふつと湧き上がってきた。

大いなる存在に対して御守りしたいなんておこがましいと思う一方で、よく考えてみれば、日本人は古来から自然の中に神を見てきたのではなかったのかと思った。

自然は今までも、そしてこれからも守っていかなければいけないものだし、長い歳月をかけて守り続けてきた神社もたくさん存在する。

ピンチの時は「神さま助けて」と思わず口にしてしまうように、これまで神さまは私たちを助けてくれる存在だと思ってきたが、(もちろんそうではあるのだけど)、もしかしたら私たちが、神さまを御守りしなければいけないのではないだろうか、、という想いにいたった。

これは私にとって衝撃的だった。

この時から毎朝の御参りの時、感謝だけではなく御守りいたしますという気持ちになった。

とはいえ、個人個人で神さまに向かう気持ちは違うのだろうと思う。

あくまでも私個人の想いですのであしからず、、ですが、先祖供養と神祀りは本当に人生観が変わるほど大きなものだということをお伝えしたくて記事にしました。

 


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