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ミーロの日記

日々の出来事をつれづれなるままに書き綴っています。

掃除

2024-10-30 15:08:47 | 日記

ここ数日とてもよく眠れる。

いつもなら夜中に二回くらいトイレに起きて、そのあとしばらく眠れず、やっと眠れたと思ったら、朝4時半ごろにはもう目を覚ましてしまうというパターンだった。

それがどうしたことか、ここ最近トイレは一回あるかないかで、トイレに行っても、そのあとすぐに眠ることができる。

さらに翌朝は7時までぐっすりと眠れる。

長女の仕事がある日は、食事の準備のために遅くても7時前に起きなければいけないのに、それが7時だと少し慌てるが、「よく寝た」という満足感は、ここ最近感じたことがない心地よさ。

なぜこんなによく眠れるのだろうと、前日の行動を振り返ってみれば「掃除」じゃないかという結論に達した。

家の中の掃除は毎日しているが、ここ数日は普段の掃除以外の掃除もやっていた。

例えば庭の掃除に建具や家具の掃除。

庭の掃除は落ち葉を掃き、野草を抜いて増えた花の苗を移植した。

しゃがんで長い時間作業をしていた為、足の筋肉痛が今も治っていない。

そして建具と家具。

乾燥でカサカサになっていた建具(木製ドア)と家具を、家具用オイルをつけてぴかぴかに磨いた。

こちらも長い時間をかけて、伸ばした腕を大きく動かしていたので上半身のいい運動になった。

掃除というのは、きれいになることと運動不足の解消になるのが良いところだけど、もう一つ良いことがある。

それは知らないうちに「無」になれることだと思う。

日常の短い時間の掃除では、なかなかそこまで感じることができなかったが、一心不乱に目の前の作業に集中して体を動かしていると、頭の中がいつの間か空っぽになっている。

掃除に没頭すればするほど、頭の中からも心の中からも、いろいろな考えや思いが消えていく。

ほんの短い時間だけど座って毎日行う瞑想では、いろいろな考えが頭を巡って無になることが難しい、というかなれないのだけど、いとも簡単に無になれるというのが、掃除のすごいところだと思う。

禅寺のお坊さんが、掃除をとても大事にしているというのは、ただ汚れをきれいにすることだけではないのだとあらためてよくわかる。

というわけで最近よく眠れるのは、無になれたから、、ではなくただ単に運動不足が解消したからだと思う。

日中家に居ることが多くなった夫が、掃除を手伝ってくれるようになり、すっかり楽をしていたけど、これが運動不足になっていたのかもしれないという贅沢な悩み。

幸いにもまだやろうと思っている場所の掃除が残っているのでいいが、それが終わったら、また眠れないかも?それは困るなぁ、、、

ちなみに禅寺のお坊さんは、掃除を一番大切な作務と考え、行として取り組んでいるので、「汚れていようがいまいが掃除をする」のだとか。

そうか、また同じ場所の掃除を繰り返せば良いのだと閃いたが、掃除を行だと思っていなかった者(私)には、これを継続するのはなかなか難しいかもしれない。

とはいえ今日も普段の掃除しました。

部屋のほこりを払って掃除機をかける、トイレを掃除する、台所の壁が汚れていたので拭く、玄関のたたきに塩を撒いて掃き出すなど。

数日前の掃除に比べれば、ほとんど疲れはないが、とりあえず今日の掃除は終了で、これからウォーキングへ行って読書をしようと思う。

好きなことができる幸せ。ありがたいことです。


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二歳の誕生日会

2024-10-24 22:48:50 | 日記

初孫の二歳の誕生日会があり、お嫁さんの実家に集まることになった。

一歳の誕生会は我が家に集まったので、お嫁さんのご両親が「次はうちで」と言って下さったのだが、食事の用意などで忙しくさせてしまうのが申し訳ない。

昨年はお寿司を持って来て頂いたので、今回はウチでお寿司を買って行くことにしたが、ほかに何か作って持って行った方がいいのか、でもそんなことをすると、余計に気を使わせてしまうのではないだろうかなどと悩んだ。

でもうちへ来て頂いた時は、お寿司だけをお願いしたので、私もお寿司だけにして、あとはささやかなご両親への手土産だけ持って行くことにした。

これが気心の知れた友人や古い付き合いの親戚であれば、ざっくばらんに持ってきて欲しいものを聞けるのだが、まだつきあいの浅い長男の伴侶のご両親というと非常に気を使う。

でもこれは向こうも同じだと思う。きっと気を使って準備されているのではないだろうか、、などとまたまた申し訳ない気持ちになる。

とはいえ初孫の二歳の誕生日会はとても楽しみだった。

長女と次女もお祝いしたいというので、大勢で申し訳なかったが我が家からは四人で参加し、総勢九人の誕生日会になった。

向こうのご両親と会うのは、一歳のお誕生会以来なので一年ぶりで、お会いした回数はまだ四回目。

週に一回は送られてくる孫の写真の数々に、毎回おバカなコメントを入れている私だが、これは向こうのご両親にも笑ってもらおうと思う(一方的な)コミュニケーションのつもりだったが、逆効果にはなっていなかっただろうか、、、(バカなお母さんねと思われているとか)

なんて少し、いや、かなり緊張してお宅に伺ったが、本当にあたたかく迎えて頂いて嬉しかった。

会ではみんなでハッピーバースデーを歌い、用意して下さった美味しい料理を食べ、二歳になった孫を中心に話に花が咲いた。

そして話題は、孫の将来のことになった。

誕生プレゼントにもらったバスのおもちゃに夢中になる孫を見て「将来はバスの運転手になるのかな」と夫が言うと、「でも将来は自動運転になっているかもしれませんよ」と向こうのお父さんが言う。

一同「それもそうだ」と納得し、今度はおもちゃのピアノに夢中になる孫を見て「将来はピアニストだろうか」と向こうのお父さんが言う。

すると「いやピアノに限らないかもよ。もしかすると音楽家になるんじゃない?」と向こうのお母さん。

「音楽家というと、ギター抱えてストリートミュージシャンになったりしてね」

「そうそう。狸小路(札幌の古いアーケードの商店街)で歌ってたりして」

「そうなったら聴きに行かないとね」

「でも聴いている人、ここにいる家族だけだったら悲しいね。そうなったら拍手喝采して盛り上げないと」

あちこちからそんな声が聞こえてきて大笑いだった。

この時、とても心地よく温かい気が周囲に満ちたような感じがした。

ほんの2〜3年前は、まったく知らない他人同士だったのに、同じ血が流れている小さな孫を中心にして、家族のようになっているってすごいことだ。

もしかすると、縄文時代ってこんな感じだったのだろうか。

そうだとしたら、きっと生きやすくてよい時代だったのだろう。

初孫の二歳の誕生日会、最初の緊張感はすっかり溶けて無くなり、向こうのご両親や長男夫婦のおかげで、思い出に残る楽しい時間になった。

 


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捨てられないもの

2024-10-18 22:01:29 | 日記

今、断捨離の真最中、、、と言うほどではないのだけど、少し前に古い布団のほとんどを捨てたのをきっかけに、家の中や物置小屋にある不用品の処分をしている。

使わなくなった植木鉢や一本しかないバドミントンのラケットは迷わず捨てることにした。

また古い大工道具が出てきたが、なんと五十年前に夫が中学の技術家庭で使ったもので、夫に聞くと「捨てていい」とのことだったので捨てることにする。

さらに着なくなった洋服や着物の反物(義母の持ち物)や木材、古い家具なども処分。

まだ使えそうなものはリサイクル店に買い取ってもらい、買い取りできなかったものでリサイクルできるものは、無料で引き取ってもらった。

そして残った不用品は、市のごみ処分場へ持って行った。

ごみの処分場は初めて行ったのだけど、車に不用品を積んだまま計量し、捨てた後、また車を計量して料金を支払うシステムになっている。

ゴミ袋に詰めてちまちまと出すより、一気に終わるのでとても便利だった。

というわけで、ずいぶん家の中がすっきりとしてきたのだけど、まだ大量に残っているものがある。

それは本。

夫も本好きなので、二人合わせるとかなりの量になる。

読みたい本だけを残して市立図書館へ寄贈したが、まだ残すべきか否かで悩んでいる本が多く残っている。

迷って残した本に森村桂さんの本がある。

また読みたい日がくるはずと思うと、どうしても手放せない。

森村桂さんの本を初めて読んだのは小学生の時だった。

やはり50年以上前、、、

小学校の図書館で借りて大ファンになり、以来、本が発売される度に買って二十代まで読み続けた。

だから森村桂さんの本はほとんど持っているのだけど、実はいつか読み返そうと思いながらずっと読んでいない。

子どもの頃は、わくわくしながら読んだ本も、森村桂さんが離婚をしてから書かれたものは、森村桂さんの苦しさが伝わってくるようで、私も読むのが苦しかった。

さらに自死という衝撃的な結末になってしまい、あんなに好きだったのにすっかり読まなくなってしまった。

でもどうしても手放すことができなかった本たち。

もう手放そうかな、、と思っていたら、ある女性作家さんが森村桂さんのことを書かれているものを読む機会があった。

お元気だった頃の森村桂さんとの交流のエピソードが書かれていて、久しぶりに元気で明るい森村桂さんに会ったような気がして嬉しかった。

そして、その中に書かれた一文に思わず涙してしまった。

「ちょっと変わってはいるけれど、決して人の悪口を言ったり、愚痴をこぼしたりしない無邪気で可愛い桂さん。私はそんな桂さんが大好きだったのです」(みつはしちかこさんのエッセイより)

まるで私の気持ちをそのまま書いてくださったような文章。

やっぱり残そう、、、本棚から出した本をまた戻した。

どうしても捨てられないもの、ありますね。


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男の道楽

2024-10-14 18:11:53 | 日記

「飲む」「打つ」「買う」といえば、ほとんどの女性たちがまゆをひそめる男の道楽。

ちなみに「飲む」はお酒で「打つ」はギャンブル、「買う」は女遊びのことだが、これらは昔々のお話で現代では死語に近い言葉になっている。

ところが、死語となった「飲む」「打つ」「買う」を友人の口から聞くとは思わなかった。

二十年ぶりに友人二人と三人で会うことになった。

長らく会っていないので、お互いに顔がわからないのではないかと心配したが、みんな変わっていなかったのが嬉しかった。

これまでの会わなかった年月にあった出来事など、話に花が咲いたのだが、話題は家族のことになり「ご主人はお元気?」という流れになった。

昔は配偶者同伴で集まったことがあり、安否確認の意味で話題に出たのだが、友人二人のご主人はみな定年を迎えていて、今は自宅に居ることが多いとか。

一人の友人のご主人は、自転車や山登りなどをして定年ライフを楽しんでいるそうだ。

それを聞いていた別の友人が、急に恥ずかしそうになって「充実していていいねぇ」と言った。

そして「うちの夫の趣味は、飲むと打つだよ」と教えてくれた。

元々、お酒を飲むことが好きな人だと知っていたので、飲む事は驚かなかったが、「打つ」話を聞いて驚いた。

なんと奥さんが知らないうちにギャンブルで大金を失くしたのだという。

その金額は、高級外車が買えるほどだというから驚く。

「もう貯金通帳みて、その場に座り込んじゃったわよ。盗まれたんじゃないかと思ったけど、帰ってきた夫に聞いたら、(すみません、私です)って謝られて、、、でもそれは夫が義父から貰ったお金だから、私のお金じゃないから何も言わなかったの。ただお金をくれたおじいちゃんには申し訳ないなぁと思った」

友人の嫁いだ家はかなりの資産家で、大金が消えても生活には支障はないようだけど、それでも私が妻ならきっと怒る。

いくら自分のお金じゃなくても、そんな大金をギャンブルで使い果たすってどーゆう事?と詰め寄りそうだが、友人はそうではなかった。

おおらかに笑い話にして、逆にご主人の良いところに目を向けている。

友人の話を聞くと、ご主人は本当にいい人で、自分が損をしても相手の得になるように考える人だそうだ。

これまで騙されたことも多々あったのではないかと思うが、家庭が修羅場にならず、子どもたちも健やかに育っているのは、ご主人の人柄と友人の力ではないかと思う。

ご主人がギャンブルで大金を失くしてから、今はお小遣い制にして、そこからギャンブル代を出してもらうようにしているそうだ。

「まだギャンブルするのかい?」とは決して言わず、笑顔で送り出すなんて妻の鏡、、、

それを聞いていたもう一人の友人が「私には真似できないし、我慢できないと思う」と言った。

いつも真っ直ぐできちんとした性格の友人なら、きっとそう思うだろうなと思った。

好きなギャンブルができるのも、資金力があるからこそだと思うが、幸せなご主人だと思う。

そして友人もまたとても幸せそうだった。

大酒飲みでギャンブル好きな夫との暮らしというと、不幸な結婚生活を想像するが、視点を変えればとても幸せで穏やかな気持ちで暮らせるのだと思った。

ところで最後の「買う」だが、友人曰く「ギャンブルするくらいお金はあるのに、それだけは無いのよね〜きっとモテないんだと思う」とのことだが、それは違うと思う。

きっとおおらかで包容力のある奥さん一筋だからなのだろう。

 

 


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長男の不思議な体験

2024-10-07 15:54:34 | 日記

長男と電話で話すことがあり、ひと通り用件を話し終えた時、なぜか急に声を小さくした長男が言った。

「この間、不思議なことがあったんだ。心霊現象じゃないかと思う」

長男によると、家族で公園に遊びに行った帰り道、ランチを食べようと長男とお嫁さん、そして一歳の息子の三人で焼肉屋さんへ行ったそうだ。

通された席は窓側で、窓を横に向かいあって長男とお嫁さんが座り、窓を正面に見るかたちで取り付けたベビーチェアに息子が座ったそうだ。

料理がくるのを待っていると、しきりに息子が窓に向かって手を振る。

「何してるの?誰に手を振ってるの?」と聞いても手を振り続けるので、息子が見ている方向(窓)を見たところ、そこには誰もいない。

そして窓は引き戸で、換気のためか少し開いていたそうだ。

「そしたらさ、向こう側には誰もいないのに、開いていた窓が急に閉まったんだよ。これめっちゃ怖くない?」

息子は本当に怖そうだった。

「その窓、自動開閉式だったとか」と言ってみたが、息子曰く、普通の引き戸だったそうだ。

「で、これがどこかの幽霊だったと思ったらすごく怖いから、亡くなったひいおじいちゃんとひいおばあちゃんが、ひ孫に会いに来てくれたんだねと、、、奥さんとそういうことにしておこうと話したんだ」

その後、お店を出るまで一歳の孫は窓に向かって手を振ることはしなかったそうだ。(幽霊さん、いなくなったのかな?)

怖がる息子には言わなかったが、曽祖父母ではなくて、多分その辺りを彷徨っていらっしゃる御霊だったのではないだろうかと思う。

彷徨っている途中で、お店をふと覗き込んだら、かわいい幼児がいて、思わず手を振ってみたら、自分が見えているのか手を振りかえしてくれたという感じだろうか。

では窓が急に閉まったのはなぜだろう。

親たちが一斉に見たので、慌てて閉めたのかな?

そうなら身体がないのにすごいなと思う。

でもまさかとは思うが、孫が念力で閉めたのではないよね、、なんてことも浮かんだ。

お嫁さんによると、家はマンションの八階なのに、孫は誰もいないベランダに向かって手を振ることがよくあるそうだ。

長男も赤ちゃんだった頃、誰もいない方を見て、まるで誰かにあやされているかの様に手足をバタバタさせながら笑っていることがあったが、孫のように二歳近くになってからは、そのようなことはなかった。

でも孫もそのうち自我が芽生えると、見なくなるのかもしれないと思う。いつまでも見えていたら可哀想だしね。

ところでこのようなことは、今や超常現象ではなくて、当たり前に起こりうる事というように、世の中の意識が変わって来ているような気がしている。

不思議な体験談など昭和の時代であれば変人と思われるのではないかと、とても人前で口に出せなかったことが、今はYouTubeなどでたくさん出てくる。

良い時代になったなぁと思う。

そしてこれから将来は、超常現象(心霊現象)と言われるものも科学的に解明できる部分が出てくるのではないかと思う。

とはいえ、人はなぜ存在するのかとか、人生の意味とは?などは、もはや哲学なので、すべてが科学で明らかになることはないだろうが、このような面白い時代に生きることができたことは幸せだと思う。

 


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函館トラピスチヌ修道院

2024-10-01 16:36:13 | 旅行

函館の旅の続きです。

函館の街を歩いていておもしろいなと思うのが住宅の形で、和洋折衷になった住宅を見かけることがある。

こちらの建物も和風建築の一部が洋館になっている。

函館は横浜、長崎と同じ時期に開港したことで、外国の文化が入ったのだが、他都市のように外国人遺留地がかたまっておらず、市中に混在したため、至る所でこうした住宅が見られるようだ。

でもこれが函館らしい風景なのかもしれない。

というわけで函館では主に神社仏閣巡りや街歩き少々をしたが、最後に修道院に行ってきた。

女性の修道院で聖トラピスチヌ修道院。

修道院の門をくぐると、大天使聖ミカエル像が迎えてくれる。

ドラゴンに向けて槍を振り下ろそうとする大天使ミカエル像。とても強そうですね。

 

さらに進むと両手を広げた慈しみの聖母マリア像が迎えてくださる。

マリアさまを見るとき、いつも遠い昔のことを思い出す。

 

そして聖テレジア像。

テレジアは実在した修道女で24歳という短い生涯を閉じるまで、神を信じて祈りの生活をされたそうだ。1925年に聖人として認定されている。

 

 

ところでほとんどの人は、これまで幾つもの人生を生きてきている。

それらのことを前世と呼ぶのだが、前世のことはほとんどは忘れて生まれてくるらしい。

たしかに新しい人生を始めるにあたって、過去の人生の思い出は邪魔になる。

でも私は、なぜか二つの前世を憶えている。

そのうちの一つが、修道院で生活していた人生で、これは物心ついた子どもの頃には今よりもずっと多く、しばしば思い出していた。

修道院の孤児院にいた頃のわたし、修道女となったわたし。

断片的ではあるが、脳内に鮮やかにその時の映像が浮かぶことがあり、現実でも偶然マリアさまの像を見かけると、いつまでも見入ってしまう。

マリアさまを見る時の感情は、なかなか言葉では言い表せないものがあり、懐かしさとか、悲しみとか、訳のわからない感情で胸がいっぱいになる。

今回もマリアさまの前に行ったら、そのような感情が湧き上がるのかもしれない思ったが、不思議と平常心だった。

前世のことが、今やっと自分の中から浄化されたなと思った。

それが嬉しかった。

でももう一度修道女として生活してみなさいと言われたら、今でも喜んでやれるだろうと思う。

祈りと労働と読書の日々。

トラピスチヌ修道院のホームページには「神を探し求める生活」と書かれている。

これは今の人生でも同じようなことをやっていると思う。

でも当時と決定的に違うのは、今は市井の中で自由に暮らしていることで、自由というと何かポジティブに思うが、規律のある中で決められたことを規則正しく行うよりも、自由に暮らす方が私にとっては難しい。

(自分にとって)難しいことにチャレンジしている今の人生は、レベルが一段階上がってるのかも?

実は、この記事を書くのは二回目で、一回目は前世のことをもっと詳しく書いていたのだが、ちょっと目を離した隙に全部消えてしまっていた。

変な操作もしていないのに、そしてせっかく苦労して書いたのになぜ消える?と残念に思ったが、もしかすると書いてはいけないことを書いたのかもしれない。

というわけで、投稿ボタンを押すまで記事が消えないことを祈つつ終わりにしたいと思います。

 

 


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