RuN RiOt -marukoのお菓子な美術室-

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没後120年記念 月岡芳年 (後期)

2012-11-02 21:30:00 | 美術
見てきました

太田記念美術館

会期は2012年10月2日から2012年11月25日。
前期は10月2日から10月28日。
後期は11月1日から11月25日。

後期を見てきました。
前期は血まみれ作品にビビりつつも素晴らしい作品だらけだったので。

「英名二十八衆句 直助権兵衛」
地みどろ絵の代表作。
"皮はぎ"と呼ばれるもの。
えぇ、皮を剥ぐんです。
直助権兵衛が殺した相手の体にのしかかり、顔の皮を剥ぎろろうとする恐ろしすぎる場面。
殺された男は眼球や歯が露になっています。
抵抗しようとしたのか直助権兵衛の手足には殺された男の血の手形。
飛び散る血はねっとりした感じがリアル……

「血みどろ絵」の血のりですが、芳年はべっとりする感じを表現するために、赤い顔料に膠を混ぜ混ぜ。
特製の「血色」を使っていたとか。
そこまでしなくても……

「奥州安達がはらひとつ家の図」
代表作です。
そして夏目漱石が購入したものの、怖くなって処分した、という逸話が残る作品。
猿轡を噛まされた半裸の妊婦が天井から逆さ吊りされている作品。
その下では火が焚かれ、ガリガリの老婆が刃物を砥いでいるのです。
怖すぎる!!
この絵の前で恐怖で驚く人多数でした。。
いくら代表作とはいえ、欲しくない!!
美術館で見れば充分過ぎるよ……
なんで買ったんだ、漱石……

描かれている妊婦の名は恋絹。
老婆の名は岩手。
これ、ちょっと悲しい&恐ろしい話がテーマになっています。
その昔、岩手は京の都の公家屋敷に乳母として奉公してました。
しかし彼女の可愛がる姫は生まれながらにして不治の病に。
何とかして姫を救いたいと考えた岩手。
妊婦の胎内の胎児の生き胆が病気に効くという易者の言葉を信じ、生まれたばかりの娘を置いて旅に出ます。
奥州の安達ヶ原に辿りついた岩手は岩屋を宿とし、生活を始めます。
長い年月が経ったある日、若い夫婦がその岩屋に宿を求めた。
女の方は身重。
そして偶然にも夫だけが外出。
絶好の機会が訪れてしまったのです。
岩手は出刃包丁を取り出して女を襲います。
目的を果たし、ふと死んだ女を見るとお守りが。
それは自分が京を発つ際、娘に残したもの。
たった今、自分が殺した女は、他ならぬ我が子だった。。
絵も気持ち悪いけどこの話もなんともいえない気持ち悪さ。
ほんとに何でこんな絵買ったんだ、漱石……
で、この出来事の後、岩手は精神に異常をきたし、以来、旅人を襲っては生き血と肝をすすり人肉を喰らう鬼婆に成り果てた。。。
救いようのない話なのです。。

最後は「藤花鯉魚」
池で泳ぐ鯉。
先程の作品のあとで、この爽やかな色使い。
心が洗われるよう。
こちらは浮世絵というより丸山派って感じの作品。

江戸時代があと50年続いたら、彼は師匠の歌川国芳を超えたかもしれません。
長い江戸時代が終わり、元号は慶応から明治に。
動乱の時代となり、彼らのような浮世絵師も変わらなければならない時代がやってきます。
力を入れていた「一魁随筆」という連作が受けなかったことから、神経を病み。
回復する過程で活路を見出したのがジャーナリズム。
新聞や報道写真の代わりに人々の関心のあった西南戦争の様子を描いたりしていきます。
これが成功し、当時の人気NO.1の絵師に。
西洋画の技術を取り入れながらも、あくまで"浮世絵"を描き続けたことから、「最後の浮世絵師」と。
明治25年に54歳という若さでこの世を去った芳年。
血みどろは苦手だけど!!
興味深く楽しい展示でした。



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