言語空間+備忘録

メモ (備忘録) をつけながら、私なりの言論を形成すること (言語空間) を目指しています。

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「詭弁」について

2010-02-19 | 日記
 このところ更新が止まりがちになっています。私が定期的に読んでいるブログも、未読が増えており、コメント・トラックバック等の反応が遅くなっています。



la_causette」 の 「それは、詭弁だ。

 「問い」に「答え」が対応していないようです(「詭弁」といわれても仕方ありません。)。インタビュワーは、「形式犯の可能性だけでここまで追い詰めるのはやりすぎだ」という批判を取り上げて、形式犯に対する捜査としてはやりすぎではないのかとい点についての見解を求めているのに、堀田氏は「これは、形式犯だ。これの適用がやりすぎだとは、誰も批判しないだろう。」と答えることにより、形式犯を適用することの当否へと論点をすり替えているように見えます。


 「詭弁」とは、「問い」に「答え」が対応していないことである、と示唆されています。



 ここでは、引用元記事の内容には踏み込みません。上記「詭弁」の定義を読み、考えたことを書き記します。



 その前に、ある程度の説明が必要だと思われますので、まず、「適切な催告期間とは、どの程度なのか」をお読みください。この件の概要(の一部)を記載しています。

 以下、上記記事に記載済みの内容を前提として、同じ説明は繰り返さずに書き進めます。



 私は最終的に、とある弁護士さん(以下、Y弁護士と記します)に対して、「相当の期間を定めて、催告を行った」のですが、

 そこに至る過程では、小倉先生の言われる「詭弁」ではないか、と思われる「会話」がありました。すなわち、「問い」に「答え」が対応していない状況が続いていたのです。おおむね、次のような「会話」です。


  1. 私「警察に行ってもかまいませんか?」
  2. Y弁護士「警察に行く必要はない」
  3. 私「警察に行く必要があるかどうかは、尋ねていません。警察に行っても、かまいませんか?」
  4. Y弁護士「警察に行く必要はない」
  5. 私「いや、だから、警察に行く必要があるかどうかは、尋ねていません。警察に行っても、かまいませんか?」
  6. Y弁護士「警察に行く必要はない、と助言します」
  7. 私「私は、助言は求めていません。警察に行っても、かまいませんか?」
  8. Y弁護士「なにが言いたいのでしょうか?言いたいことがあるなら、はっきり言ってください」
  9. 私「ですから、私は、警察に行ってもかまいませんか? と、はっきり言っています。警察に行ってもいいかどうかについて、答えていただけないでしょうか?」
  10. Y弁護士「こだわるのはやめましょう」
  11. 私「私は、こだわってはいませんよ。『絶対、絶対、絶対、絶対、絶対に許されないことをした』と言われたので、それなら自首しようと思うのですが、私が警察に行くと、お困りになるのではないかと思い、お尋ねしています。警察に行っても、かまいませんか?」
  12. Y弁護士「もう何も言うことはありません!!」
  13. 私「助かります。求めてもいないアドバイスをされて、とても、困っていました。それで、私の求めていること、すなわち、警察に行ってもいいかどうかについて、答えていただけないでしょうか?」(同じY弁護士との「会話」を記した、「正義の過信とフラストレーション」参照)
  14. (返事がない)


 ざっと、このような「会話」をもって、Y弁護士との話は、Y弁護士によって「一方的に打ち切られた」たために、やむなく、「適切な催告期間とは、どの程度なのか」に記載したように、「2 ~ 3 週間程度の期間を設定したうえで、回答を要求し、再度、同様の期間を設定して回答を要求した」のですが、Y弁護士からは、まったく返事がありませんでした。

 Y弁護士の態度は、あきらかに、とまで言ってよいかどうかはわかりませんが、「問い」に「答え」が対応しておらず、「詭弁」である蓋然性が、かなり高いのではないかと思います。

 「警察に行ってもかまいません」あるいは、「警察に行かれては困ります」と答えれば、「すぐにすむ」会話であるにもかかわらず、「なぜ、答えようとしないのか」、それが謎です。



 「Y弁護士の言語能力が、異常に低い」可能性もありますが、それなら弁護士は勤まらないのではないかと思います。弁護士として、能力的に不適格でしょう。

 Y弁護士が社会で長年、弁護士として活動してきた事実に鑑みれば、「わざと、答えようとしないのではないか」と考えるのが、適切であるように思われます。「答えるとなにか不都合なことがあるのではないか」と思われます(もっとも、参入規制のために弁護士の人数が少なかったから、能力が低くとも活動することができた、と考える余地もありますが、「わざと、答えようとしていない」と考えるのが適切だろうと思います)。


 しかし、かりに、「わざと、答えようとしない」のであれば、Y弁護士については、今度は別の問題、すなわち、「倫理的に問題があるのではないか」という「疑い」が、浮上してきます。



 いったい、「詭弁」とは、どのような態度なのかが、気になります。どなたか、「詭弁」の定義をご存知のかたがおられましたら、ぜひとも、コメントして教えてください。
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