言語空間+備忘録

メモ (備忘録) をつけながら、私なりの言論を形成すること (言語空間) を目指しています。

中国当局は怖くない?

2010-05-11 | 日記
アレクサンドラ・ハーニー 『中国貧困絶望工場』 ( p.79 )

 だが、チャンは記録の偽造・捏造で対応することに不安を覚えていた。先方に見破られたら、取引はご破算になってしまうと心配でならなかった。たとえ従業員に十分言い含めたとしても、「こちらの望む通りに振る舞ってくれるという保証はあるのか」と考えてしまうのであった。その一方、ライバル工場は法律を無視して長時間働かせていながら、ウォルマートの監査をうまくすり抜けていることも知っていた。八割の工場がルールを守っていても、残りの二割が破っていたら、そんなルールなど存在しないも同然ではないか。
 そこで、チャンは次の戦略を採用した。旧式の工場で書類の偽造・捏造を陣頭指揮していたちょうどその頃、地元の有力企業家と密かに取引し、近くの工業団地にあるビルのワンフロアを借りることにした。ごく簡単な設備を発注するとともに、各種保険や労働契約はなくても法定の上限以上の長時間労働を求める労働者を雇用した。この工場はどの当局にも登録されていないので、職場の健康や安全に関する煩わしい規定に縛られることもなければ、納税する必要もない。職場に関する記録もほとんど残さない。このようにして、自分の名刺にも記載しないこの工場の存在がウォルマートや米国の小売業者に納品する国内の取引先に知られないように万全の注意を払った。
 チャンは第一工場を従来通り続けることにしたが、ウォルマートのルールを遵守することは忘れないようにした。タイムカードは細工せず、従業員に対する面接指導もやめた。その代わりに、第二工場では従業員に精一杯働いてもらうことにした。ウォルマートが目にするものは真実であっても、必ずしもそれがすべてというわけではないのである。
 中国では、チャンの第一工場のような存在を「五ツ星工場」と呼んでいる。五ツ星の最高級ホテルのように素晴らしい工場という意味だ。または、「モデル工場」や「展示用工場」という表現もある。当局に登録されていない工場は「黒い工場」や「陰の工場」と称されるが、これは究極の下請工場といえよう。米国企業が安価な仕入れ値を求めて中国の工場に発注すれば、受注した工場は同じ理由でその仕事を別の国内工場に下請に出すという仕組みになっているのである。
 アウトソーシングとサプライチェーン・マネジメントのコンサルティング会社チャイナ・アドバンテージ社のポール・ミドラー社長は、「この国では下請に回すのは一般的だが、取引先の了解を得ずにやっている場合が多い」と説明する。一〇年以上も中国の工場を見てきた人物によれば、取引先である小売業者のニーズに対応するために、工場の九九パーセントが「陰の工場」を持っているという。


 「陰の工場」を持つようになった理由 ( 記録の偽造・捏造を避けつつ、監査を免れる ) が説明されています。



 「工場ぐるみの不正」 は、バレると困る。しかし、他社 ( 他工場 ) が不正をしているときに、自社 ( 自工場 ) のみが、ルールを守っていれば競争に負けてしまう。そこで、「表向きの工場と、ウラ工場」 を用意する、というのですが、
この工場はどの当局にも登録されていないので、職場の健康や安全に関する煩わしい規定に縛られることもなければ、納税する必要もない。

という記述が、ひっかかります。



 当局が、「脱税」 を見逃すとは考えられません。労働法違反に比べ、脱税に対する当局の態度は厳しいはずです。とすれば、「陰の工場」 を用意する方法は、ウォルマートの監査を免れるには 「うまい方法」 かもしれませんが、中国の当局に摘発される危険性が高く、トータルで考えれば 「うまくない方法」 ということになると思います。

 それにもかかわらず、工場の 99 %が 「陰の工場」 を持っている、というのですから、実際には、やはり、「うまい方法」 だということなのでしょう。

 それはなぜか。

 本当のところはわかりませんが、「万一のときには、賄賂を贈るなどの方法で逃れる」 などすればよいのかもしれません。これは憶測にすぎないのですが、ほかには考えられないと思います。役人の腐敗が常態化しているなら、当局は怖くない。むしろ怖いのは取引先による監査である、ということになると思います。

 もっとも、これは 「五ツ星工場」 と 「陰の工場」 を用意するほうが都合がよいということから、推論したにすぎず、本当の理由はほかにあるのかもしれません。