言語空間+備忘録

メモ (備忘録) をつけながら、私なりの言論を形成すること (言語空間) を目指しています。

労働運動に対する中国当局の態度

2010-05-22 | 日記
アレクサンドラ・ハーニー 『中国貧困絶望工場』 ( p.207 )

 当局による妨害行為は、中国大陸で展開中の労働関係NGOの活動範囲を狭めている。報復を恐れ、香港人の労働者支援スタッフが匿名を条件に説明する。
「我々の活動は相変わらず狭い範囲に限られています。活動自体は継続できていますが、活動拠点がいつ閉鎖されてしまうのかわからないからです」
 いくつかの香港NGOに本土の協力先はどこかと尋ねてみたが、いずれも断られた。「今はタイミング的に悪い」とのことであった。
 だが、当局の監視体制は強化される一方なのに、労働者支援グループは依然として活動が許されており、国際組織が中国の労働団体に資金援助を継続することも認められている。当局は香港や大陸の労働運動支援者に対し、国境をスムーズに通過できる旅行許可証を発行している。また、大陸の労働者の権利を大胆に擁護する中国労工通訊 (中国労働者通信) のようなグループも、中国政府が労働者をいかに粗末に扱っているかを詳細に説明した報告書の発表を認められている。広東省で活動している中国人の労働運動家は国内で外国の外交官と面談できるし、研修や会議で発言するための海外渡航も可能である。大陸で動いている香港人の労働運動家も不思議に思っている。
「我々が刑務所送りになっていないのは素晴らしいことだ。今でも国内で活動しているよ」

(中略)

 社会不安を抑え、労働者に対するコントロールを強化するために、全総は組合員を増やそうと注力している。特に、外資企業は草刈場として労働組合から長年注目されてきた。
 中国法によれば、二五人以上の従業員を抱える企業は、従業員から要請があれば労働組合 (要するに「全総」) の支部組織を設置する必要がある。だが、中国では地域間での外国投資誘致合戦が激化していたので、外国投資家の嫌がる労働組合の支部設置はなかなか実現しなかった。輸出工場の多くでは労働組合の支部は設置されていない。特に台湾資本や香港資本の工場では皆無である。二〇〇六年の半ばまでを見ても、全総の支部を設置している外資企業は約三〇パーセントしかない。
 二〇〇三年以降、労働組合は従来対象外としていた出稼ぎ労働者も積極的に加盟させるようになった。これに伴い、国際労働機関 (ILO) や労働・社会保障部と協力して失業労働者に訓練を施し、求職活動の支援や法的アドバイスを提供するセンターを開設している。また、未払い賃金を取り戻すための支援を行い、不当な処遇に対する苦情を受け付ける直通電話を設置している。二〇〇六年、全総は出稼ぎ労働者の貢献を認めようと、「模範労働者」の該当者を前年のわずか一名から一八名に増やして表彰した。
 そして、外資企業に対する最近の加盟攻勢により、反労組で悪名高いウォルマートを取り込むことに成功した。これは国際的大金星である。二〇〇六年三月、中国の最高指導者である中国共産党中央の胡錦濤総書記は、労働者層に漂う不安定感に警鐘を鳴らし、外資企業における労働組合設立を促進すべしとの指令を出した。この頃、全総は外資企業における支部設立の比率を二〇〇六年に六〇パーセント、二〇〇七年には八〇パーセントにすることを目標に定めた。全総は前年からすでにウォルマートや他の外資企業を視野に入れており、支部設立を拒否すれば訴訟も辞さない構えを見せるなど相当な圧力をかけてきた。また、ウォルマート攻略に向けて北京からコンサルタントの支援を受けた成果でもある。
 中国初のウォルマートでの労働組合支部設立に関しては、沿海部の福建省泉州市内にある店舗に勤務する精肉部門の一人の男性従業員からスタートし、今では三〇人にまで組合員が増加している。その年の夏の後半、ウォルマートは全総に対し、本部や配送センターも含め、全国の他の店舗にもすべて支部を設立することに同意した。
 全総はかつてないほど全国に支部を設立する動きを見せ始めている。例えば、iPodを含め無数の消費財を製造している台湾資本のフォックスコンを説得し、深圳 (シンセン) にある同社工場での支部設立を認めさせている。マクドナルドも、広東省の店舗で法定の最低賃金を下回る低賃金で働かせているという地元メディアの調査報道を受け、いくつかの店舗で労働組合の支部設立を認めることに同意した。
 以上のような動きがある一方、全総に対する疑念が消えたわけではない。中国労工通訊 (中国労働者通信) の調査担当役員であるロビン・マンローは指摘する。
「中国の労働組合は労働規律を守らせる従来の役割に加え、労働者の不安を緩和させる任務も課せられている。だが、その役割を適切にこなせる手段は与えられていない」
 マンローの指摘は続く。
「将来的には、全総には中国人労働者の代表になってほしいと思っている。しかしながら、現状を見ると、本当の意味で労働者側の立場で彼らの利益を代弁する組織を目指して動いている兆しはどこにも見当たらない」
 マンローは次のように結論付ける。
「真に労働者を代表する機関がなければ、労働者の権利に対する侵害は今後も続くであろうし、抗議活動もエスカレートの一途を辿るであろう。要するに、彼らの利益を代弁してくれる誰かの存在を認めない限り、社会的安定は得られないということだ」


 中国政府は、草の根の労働運動を妨害しつつ、全総の組合員数を増やそうとしている。しかし、全総は「本当の意味で労働者側の立場で彼らの利益を代弁する組織を目指して動いている兆しはどこにも見当たらない」と評されている、と書かれています。



 草の根の労働運動を妨害しつつ、全総の組合員数を増やそうとしているのは、要するに、「政府の息のかかった全総であれば、労働者をコントロールしやすい」ということだと思われます (「全総 (中華全国総工会) の実態」参照 ) 。



 組合員数を増やすにあたって、中国政府は、外資を優先する (狙い撃ちする) 方針を打ち出しています。引用文中に、
「二〇〇六年三月、中国の最高指導者である中国共産党中央の胡錦濤総書記は、労働者層に漂う不安定感に警鐘を鳴らし、外資企業における労働組合設立を促進すべしとの指令を出した」
とあります。これはおそらく、中国資本に比べ、外資の労働環境が劣悪だということではなく、

 労働組合が設立され、労働者の待遇が改善すれば、当該企業の競争力は弱くなる (コストが上昇する) ことから、外国資本の企業において、労働組合設立を促進しようとしたものではないかと思います。



 引用部冒頭の、
 だが、当局の監視体制は強化される一方なのに、労働者支援グループは依然として活動が許されており、国際組織が中国の労働団体に資金援助を継続することも認められている。当局は香港や大陸の労働運動支援者に対し、国境をスムーズに通過できる旅行許可証を発行している。また、大陸の労働者の権利を大胆に擁護する中国労工通訊 (中国労働者通信) のようなグループも、中国政府が労働者をいかに粗末に扱っているかを詳細に説明した報告書の発表を認められている。広東省で活動している中国人の労働運動家は国内で外国の外交官と面談できるし、研修や会議で発言するための海外渡航も可能である。大陸で動いている香港人の労働運動家も不思議に思っている。
「我々が刑務所送りになっていないのは素晴らしいことだ。今でも国内で活動しているよ」
という部分、評価が難しいところですが、とりあえず、
日本政府 (または政府から委託を受けたNGOなどの団体) が「中国人労働者に対する支援活動」を行うことも、中国当局は妨害しない
と考えてよいと思います。

全総 (中華全国総工会) の実態

2010-05-21 | 日記
アレクサンドラ・ハーニー 『中国貧困絶望工場』 ( p.199 )

 一九二五年に設立された全総は、中国共産党と緊密な協力関係を保ってきた。共産党が政権の座についた一九四九年の翌年、政府は全国的な労働組合の設立を認める法律を成立させ、共産党は労働組合の活動を常に指導してきた経緯にある。ちなみに、一九五〇年代初期、共産党から独立した役割を主張しようとした労働組合のリーダーは解任の憂き目に遭っている。その後、全総は共産党の宣伝を伝える「ベルトコンベア」および労働者を締めつける存在として知られるようになった。その代わりに、中国の職場に相当する「単位」というものが労働者の利益を擁護する役目を担った。一九六六年から一九七六年の狂乱的な文化大革命の時代には、労働組合は「経済論者」や「福祉論者」というレッテルを貼られ、会合を禁じられていた。そして、経済改革が始まるまでは、社会の片隅に追いやられていたのである。
 経済改革は労働市場を変えた。国有企業は民営化されて破産するようになり、改革の過程で何百万人もの労働者が職を失った。出稼ぎ労働者は外資企業や民営企業の仕事に殺到した。また、全総の基準や経済のあり方も全般的に激変した。だが、労働組合は旧体制の砦として生き残った。それは、動き始めた列車に何とか飛び乗ろうとしている人間のように、片方の足は列車に引きずられながら、もう片方の足はプラットホームに残したままの姿に似ているとされた。
 中国で唯一存在を許された労働組合である全総の独立性を高める動きは、一九八九年の天安門事件 (天安門を中心に展開されていた学生の抗議活動を弾圧した流血の惨事) で立ち消えになった。学生は自らの手で独立性のある学生会をいくつも立ち上げたが、北京の高官はこれに戦慄したのだ。政治的な反対運動が激化することを恐れ、中国政府は独立志向の強い組織を断固として認めなかったのである。現在、全総の上層部は政府から指名された人間ばかりである。
 中国法では労働組合の役員は労働者またはその代表者による選挙で選ばれると定めているが、実際には政府か共産党が指名した人間である場合が多い。たとえ労働者が自分たちの労組指導者を選出する場合でも、実はその指導者が往々にして政府や共産党が指名した人間であると判明する。
 大抵の場合、工場経営者または共産党書記は労働組合の指導者も兼ねているが、独立性や労働者の利益擁護という仮面は脱ぎ捨てている。一九九三年、外国投資を受け入れた最初の経済特区の一つである深圳 (シンセン) の蛇口地区の二五〇社を調査したところ、労働組合の専従役員がいたのはわずか二社にとどまった。一方、労働組合の役員が社長や副社長も兼務していた企業は一四三社に達した。労働組合の役員が労働者でもあった事例も注目すべきである。
 工場経営者にとっては当然の話である。広東省の靴工場の管理職兼労働組合の代表が説明する。
「工場のトップが労働組合のトップも兼ねている理由は何かって? 簡単なことです。何か問題が発生しても、工場のトップならば当局と話ができますからね。ウチの工場では、労働組合の委員長は工場長が引き受けています。でも、彼はいい人ですよ。国際的な基準で見ると限定的な話ですが、私の役割は工場が従業員を適法に処遇しているかどうかに目を光らせることです」
 中国法は全総に対し、相当広範囲な責任を負わせている。例えば、職場の危険性調査活動、労働者の権利侵害の可能性、労働者に対する法的支援活動、従業員に対する労働契約締結の際の助言、労使紛争における労働者の代理人としての活動などである。
 意外なことでもないが、歴史的に見ると、海外の労働組合の多くは全総とほとんど接触していない。さらに、労働者も全総のことをそれほど高く評価しているわけではない。一九九〇年代に実施された調査では、労働者は労働組合の存在を知らないか不満に思っている状況が一貫して続いていた。
 全総は、従業員側と経営者側の間を調停し、明白かつ立証可能な権利侵害案件における法的弁論に関する労働者への助言を行うなど、労使紛争に介在する役割がある。また、労働者を代表し、賃金や労働条件について経営者側と団体交渉を行うものである。ただし、労働者の抗議活動を支援することは拒絶する。政府に対する挑戦と受け取られてしまい、全総の手に余る話になるからだ。労働者がデモ行進を決行するならば、労働組合の役員はそれを中止させることが求められている。
 全総の地域拠点である広州市総工会の陳偉光主席は主張する。
「労働組合が労働者の利益を代表しようにも、一つには財源不足という問題がある」
 陳偉光主席は、一般大衆レベルの労働組合、地域レベルの労働組合、産業レベルの労働組合で構成されるピラミッドの頂点に立っている。以上のすべてを合計すれば、組合員は一二〇万人になるとのことであり、労働者であれば非組合員でも支援すると約束している。
 だが、二〇〇五年に陳偉光主席と面談した頃、この労働組合は労使紛争解決のために労働者を支援する法務部を設置していたが、そこには職員が六人しかおらず、仕事量が多すぎるために臨時職員を雇って対応している状況であった。労働組合の活動資金は賃金総額の二パーセント相当の組合費にかなり依存している。この組合費は全総の各拠点で企業から徴収しているが、すぐには集まらないことが多い。
「組合費を集めるのはなかなか難しい。何しろ、払いたがらない経営者が多いからね。労働組合法では、そういう経営者を訴えることはできるが、通常はそこまでやらない」
 広州市内で全総の拠点がある民営企業や外資企業のうち、組合費を支払っているのは四〇パーセント未満である。喫緊の課題である現金収入を得るために、労働組合では事務所のロビーに旅行代理店を開設したほどだ。


 中国唯一の労働組合である全総 (中華全国総工会) の実態が記されています。



 中国の労働組合である全総は、「職場の危険性調査活動、労働者の権利侵害の可能性、労働者に対する法的支援活動、従業員に対する労働契約締結の際の助言、労使紛争における労働者の代理人としての活動など」を行うが、

 (1) 「現在、全総の上層部は政府から指名された人間ばかり」であり、「工場経営者または共産党書記は労働組合の指導者も兼ねている」。

 (2) そして、「労働者の抗議活動を支援することは拒絶する」うえに、「労働者がデモ行進を決行するならば、労働組合の役員はそれを中止させることが求められている」。

 (3) また、「労働組合の活動資金は賃金総額の二パーセント相当の組合費にかなり依存している」が、それを「払いたがらない経営者が多い」ために、全総には「財源不足という問題がある」。




 このような状況であれば、労働組合は「ないよりはまし」だとは思いますが、実質的には (さほど) 機能していない、と考えられます。

 一党独裁の共産党体制下では、このような労働組合のありかたは、やむを得ないのかもしれません。しかし、これでは労働者の利益を擁護するどころか、労働者を弾圧する役割を、労働組合が果たしている、ともいえるでしょう。



 中国が経済の資本主義化を認めた以上、労働組合も、当然、政府から独立した組織になることが求められます。

 したがって、日本が「中国人労働者に対する支援活動」を行う際には、全総に資金を渡して事足れりとするのではなく、草の根の活動を支援したり、直接、市民たる中国人労働者を支援することも必要なのではないかと思います。

中国人労働者に対する支援活動

2010-05-21 | 日記
アレクサンドラ・ハーニー 『中国貧困絶望工場』 ( p.192 )

 ここ数年、米国政府は中国における労働者の権利擁護計画を支援してきた。その総合的支援の主要な資金供給源は、国務省東アジア・太平洋局と民主主義・人権・労働局 (DRL) である。資金の大半は、中国国内で活動中の米国のNGO経由で中国のNGOに対して供与されている。また、一部は一九九八年に議会が設立したDRLの人権・民主主義基金を経由し、海外の民主化促進を後押ししている。
 議会の議決を経た人権・民主主義基金の予算は、二〇〇一~二〇〇二年会計年度の年平均一三〇〇万ドルから二〇〇三~二〇〇五年会計年度における年平均三三七〇万米ドルへと増大している。さらに、米国議会図書館の議会調査局 (CRS) のレポートによれば、二〇〇六年に議会が認めた予算は六三〇〇万米ドルに達する。この基金の約四分の一は中国関連の計画に充当されるのである。
 また、米労働省国際労働局も中国国内の活動を支援する資金の提供者である。例えば、二〇〇二年一〇月、中国政府が法意識を向上させ、労使関係を改善し、労働者を保護する法律の策定を促進し、女性と出稼ぎ労働者の法的支援を拡充することに資するために、四年間で四一〇万米ドルの助成金を交付している。この資金支援は実働部隊であるワールドワイド・ストラテジーズ、アジア・ファンデーション、米中関係全国委員会の三団体に供与された。また、労働省は中国における炭鉱の安全性向上のために、全米安全評議会にも四年間で二三〇万米ドルの助成金を供与している。
 これら以外に中国の出稼ぎ労働者を支援する海外団体としては、国連関発計画 (UNDP) と在北京のベルギー大使館が中国政府に対し、出稼ぎ労働者を守る弁護士の研修と一五省に法律支援センターを設立するという計画 (二〇〇六年に発表) に資金提供している。広東省広州市にある英国領事館は、企業の社会的責任 (CSR) に関するセミナーをシリーズで開催している。サンフランシスコに本部を置く非営利NGOのアジア・フアンデーションは出稼ぎ労働者のコミュニティを支援する複数のプロジェクトを資金支援している。オックスファムの香港拠点も華南地域の出稼ぎ労働者と連携している。


 米国政府のほか、さまざまな機関が中国の労働者を支援している、と書かれています。



 日本政府もこの種の活動を行っているのか、外務省のウェブサイトを見てみましたが、わかりませんでした ( 私には、みつけられませんでした ) 。

 もし日本が行っていないのであれば、日本もぜひ、行うべきではないかと思います。このように考える根拠を、次に列記します。



 1 人権保護につながり、中国の人々 (一般の労働者) から感謝される

 これは説明はいらないと思います。必要であれば、「中国における労働運動の背景」を参照してください。



 2 中国政府が不快感を表明することは、おそらくない

 中国政府が好意的に受け取るか、不快感を表明するかが問題ですが (「中国人労働者の意識変化」参照) 、

 中国政府としても、人権保護につながり、中国人労働者の待遇改善に有益とあれば、反対しづらいでしょう。米国政府も行っている活動であり、中国政府が不快感を表明することは、おそらくないだろうと予想されます。



 3 長期的にみて、日中関係にも好ましい影響を及ぼす

 中国人の対日意識が改善すると思います。



 4 日本国内における、日本人労働者の待遇改善にも効果を及ぼす

 日中の賃金格差・待遇格差が縮小すれば、日本国内における、日本人労働者の待遇を改善しやすくなります。



 5 日本国内からの批判も考えられない

 対中経済援助については、「巨額の外貨準備を持つに至った中国に対して援助する必要があるのか」「日本周辺で軍事力を急速に強化している中国に対して、援助する必要があるのか」といった批判がありますが、

 (中国人労働者を弾圧している) 中国当局に直接、活動資金を渡すなどの方法をとらなければ、なんら問題はないと思います。

 人権保護活動であり、日本の労働問題の改善にも寄与するのですから、国内における批判・反対はあり得ないと思います。



 6 日本の安全保障上も有益である

 中国人の対日意識が改善すれば、(現在の) 日本の国是たる軍事力によらない安全保障にもつながると考えられます。

司法修習生の給費制廃止

2010-05-20 | 日記
仙台 中堅弁護士のつぶやき」 の 「司法修習生給費制廃止反対署名運動

以前にも記事にしましたが、司法修習生の給料が11月からなくなることになっています。

(中略)

司法修習生は弁護士・裁判官・検察官になるため、実地で1年間研修を受ける人たちです。修習専念義務という義務があり、期間中はバイトをすることもできません。それなのに給料もなくなったら、どうやって暮らしていけというんでしょうか。余りにも酷い話だと思います。ただでさえ法科大学院に行くのにお金がかかるのに、これでは本当にお金持ちの子どもしか法律家になれなくなってしまいます。世の中そんな法律家だらけになっていいんでしょうか。


 11 月から、司法修習生の給料がなくなる。ところが、司法修習生には修習専念義務があり、バイトをすることもできない。どうやって暮らしていけばよいのか、お金持ちしか法律家になれなくなってしまう、と書かれています。



 私なりに、調べてみました。最初に、関連法規を引用します。



法令データ提供システム」 の 「裁判所法(昭和二十二年四月十六日法律第五十九号)

第六十六条 (採用)  司法修習生は、司法試験に合格した者の中から、最高裁判所がこれを命ずる。
○2  前項の試験に関する事項は、別に法律でこれを定める。

第六十七条 (修習・試験)  司法修習生は、少なくとも一年間修習をした後試験に合格したときは、司法修習生の修習を終える。
○2  司法修習生は、その修習期間中、国庫から一定額の給与を受ける。ただし、修習のため通常必要な期間として最高裁判所が定める期間を超える部分については、この限りでない。
○3  第一項の修習及び試験に関する事項は、最高裁判所がこれを定める。

第六十八条 (罷免)  最高裁判所は、司法修習生の行状がその品位を辱めるものと認めるときその他司法修習生について最高裁判所の定める事由があると認めるときは、その司法修習生を罷免することができる。


首相官邸」 の 「裁判所法の一部を改正する法律(平成十六年法律第百六十三号)

裁判所法(昭和二十二年法律第五十九号)の一部を次のように改正する。
 第六十七条第二項中「国庫から一定額の給与を受ける」を「最高裁判所の定めるところにより、その修習に専念しなければならない」に改め、同項ただし書を削り、同条第三項中「第一項」を「前項に定めるもののほか、第一項」に改める。
 第六十七条の次に次の一条を加える。
第六十七条の二 (修習資金の貸与等) 最高裁判所は、司法修習生の修習のため通常必要な期間として最高裁判所が定める期間、司法修習生に対し、その申請により、無利息で、修習資金(司法修習生がその修習に専念することを確保するための資金をいう。以下この条において同じ。)を貸与するものとする。
  修習資金の額及び返還の期限は、最高裁判所の定めるところによる。
  最高裁判所は、修習資金の貸与を受けた者が災害、傷病その他やむを得ない理由により修習資金を返還することが困難となつたときは、その返還の期限を猶予することができる。この場合においては、国の債権の管理等に関する法律(昭和三十一年法律第百十四号)第二十六条の規定は、適用しない。
  最高裁判所は、修習資金の貸与を受けた者が死亡又は精神若しくは身体の障害により修習資金を返還することができなくなつたときは、その修習資金の全部又は一部の返還を免除することができる。
  前各項に定めるもののほか、修習資金の貸与及び返還に関し必要な事項は、最高裁判所がこれを定める。
   附 則
 (施行期日)
1 この法律は、平成二十二年十一月一日から施行する。
 (経過措置)
2 この法律の施行前に採用され、この法律の施行後も引き続き修習をする司法修習生の給与については、なお従前の例による。
 (裁判官の報酬等に関する法律の一部改正)
3 裁判官の報酬等に関する法律(昭和二十三年法律第七十五号)の一部を次のように改正する。
  第十四条ただし書を削る。


裁判所」 の 「司法修習生の修習資金の貸与等に関する規則

平成二十一年十月三十日最高裁判所規則第十号

 司法修習生の修習資金の貸与等に関する規則を次のように定める。
司法修習生の修習資金の貸与等に関する規則

(貸与申請の方式等)
第一条 裁判所法(昭和二十二年法律第五十九号。次条第一項及び第六条第二号において「法」という。)第六十七条の二第一項に規定する申請(以下「貸与申請」という。)は、最高裁判所の定める事項を記載した申請書(以下この条及び次条第一項において「貸与申請書」という。)を最高裁判所に提出してしなければならない。
2 貸与申請書には、第四条第一項第一号に掲げる者を保証人に立てる場合にはその者の保証書を、同項第二号に掲げる金融機関を保証人に立てる場合には当該金融機関に保証を委託する旨を記載した書面を添付するほか、最高裁判所の定める書面を添付しなければならない。
3 貸与申請書の提出は、司法修習生の採用の申込みをした者もすることができる。

(修習資金の貸与の方法)
第二条 修習資金(法第六十七条の二第一項に規定する修習資金をいう。以下同じ。)は、貸与申請がされた日(貸与申請書を提出した日が同項に規定する修習のため通常必要な期間として最高裁判所が定める期間(以下この項及び第七条において「修習期間」という。)の開始の日前であるときは、当該開始の日に貸与申請がされたものとみなす。)の属する貸与単位期間(修習期間をその開始の日又は各月においてその日に応当する修習期間内の日(その日に応当する日がない月においては、その月の末日)から各翌月の修習期間の開始の日に応当する日(その日に応当する日がない月においては、その月の末日)の前日(当該前日が修習期間内にないときは、修習期間の末日)までの各期間に区分した場合における当該区分による一の期間をいう。以下同じ。)の次の貸与単位期間(貸与申請がされた日が貸与単位期間の初日であるときは、当該貸与単位期間)に係る分からこれを貸与する。
2 修習資金は、次条の規定により各貸与単位期間ごとに定められる額の修習資金を、最高裁判所の定める日までに、最高裁判所の定める方法により交付して貸与するものとする。ただし、貸与申請に係る事実を確認することができない等の事情があるため、修習資金をその日までに交付することができないときは、その日後に交付することができる。

(修習資金の額)
第三条 修習資金の額は、一貸与単位期間につき二十三万円(以下この条において「基本額」という。)とする。
2 修習資金の貸与を受けようとする者又は修習資金の貸与を受けている司法修習生が、次の各号に掲げる場合において、修習資金の額の変更を申請したときは、修習資金の額を一貸与単位期間につき当該各号に定める額に変更する。
一 基本額未満の額の修習資金の貸与を希望する場合 十八万円
二 配偶者(届出をしないが事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む。)、満二十二歳に達する日以後の最初の三月三十一日までの間にある子又は一般職の職員の給与に関する法律(昭和二十五年法律第九十五号)第十一条第二項に規定する扶養親族(同項第一号に掲げる配偶者及び同項第二号に掲げる子を除く。)がある場合 二十五万五千円
三 自ら居住するため住宅(貸間を含む。)を借り受け、家賃(使用料を含む。)を支払っている場合 二十五万五千円
四 前二号に掲げる場合のいずれにも該当する場合 二十八万円
3 前項の規定による修習資金の額の変更を受けた者が、更に同項各号に掲げる場合に該当するものとして修習資金の額の変更を申請したときは、修習資金の額を一貸与単位期間につき当該各号に定める額に変更する。
4 前二項の規定による修習資金の額の変更を受けた者が、修習資金の額の基本額への変更を申請したときは、修習資金の額を基本額に変更する。
5 前三項の規定による申請は、最高裁判所の定める事項を記載した申請書を最高裁判所に提出してしなければならない。
6 前条第一項の規定は、第二項から第四項までの規定による修習資金の額の変更の申請があった場合について準用する。
7 第二項各号(第一号を除く。)に定める額の修習資金の貸与を受けている司法修習生が、当該各号に掲げる場合に該当しないこととなったときは、当該該当しないこととなった日の属する貸与単位期間の次の貸与単位期間(その日が貸与単位期間の初日であるときは、当該貸与単位期間)以降に係る修習資金の額を基本額に変更する。ただし、同項第四号に掲げる場合に該当しないこととなった者が同項第二号又は第三号に掲げる場合になお該当するときは、当該各号に定める額に変更する。


 上記を読むと、たしかに、司法修習生の給与は 11 月からなくなることになっていますが、

 代わりに、「無利息で、修習資金(司法修習生がその修習に専念することを確保するための資金をいう。以下この条において同じ。)を貸与する」ことになっています (「裁判所法の一部を改正する法律(平成十六年法律第百六十三号)」によって改正後の裁判所法第六十七条の二 ) 。

 金額的にも十分であると考えられ ( 月額 23 万円前後の無利子貸与 ) 、給与制が廃止された後も、司法修習生は暮らしていけるのではないかと思います。



 したがって、「仙台 中堅弁護士」さんの「どうやって暮らしていけというんでしょうか」「これでは本当にお金持ちの子どもしか法律家になれなくなってしまいます」という意見は、やや誇張に過ぎると思います。

( なお、この問題を改善すべく活動されている弁護士さんが、無利子貸与制になることを知らなかったとは考え難く、おそらく意図的に誇張されたのだろうと思います。これについては、法律家が意図的に事実の一部を隠して誇張し、市民が誤解するように誘導してよいのか、という疑問がありますが、本題から外れるので、ここでは論じません。)



 私も、「本当に無利子貸与でよいのか、給与を支給すべきではないか」といった疑問は感じます。しかし、給費制廃止の是非は日本の財政状況を抜きにしては語れないと思います。したがって、とりあえず、

   給費制廃止後も、司法修習生は「暮らしていける」

と述べるにとどめたいと思います。

犯罪にあたる場合には

2010-05-19 | 日記
la_causette」 の 「「被害者がネット上で反論すればいい」などという世迷い言

 例えば、女子学生Aについて、その顔写真とポルノ写真とを合成したアイコラ写真が作られて画像掲示板に投稿され、かつ、その画像掲示板に投稿されたアイコラ写真にリンクをはる形で、女子学生Aが如何に性的に乱れた生活を送っているのかをまことしやかに摘示する投稿が匿名掲示板や女子学生Aの開設するブログのコメント欄に執拗に投稿されたというケースを考えてみましょう。

 この場合に、ネット上でどのような「反論」をすれば女子学生Aは救済されるというのでしょうか。

 あるいは、広告代理店に勤めるBについて、学生時代レイプを繰り返していた旨の投稿が執拗に匿名電子掲示板に投稿された場合はどうでしょうか。「それは事実無根だ」と抽象的に繰り返す以外に、どんな反論が可能でしょうか。


 私が「「法的な解決」 が必要とはかぎらない」において、「『なぜ、法的な解決』 が必要なのか ( なぜ、ネット上で反論するのでは不都合なのか ) を示すことが、有益なのではないかと思います」と述べたところ、弁護士の小倉先生が「法的な解決」が必要である例を示しておられます。



 たしかに、このような場合には、「法的な解決」が必要であると思います。

 しかし、犯罪にあたる場合には、刑事告訴を行えばよいのではないでしょうか。そうすれば、捜査機関による捜査によって「匿名の情報発信者」を特定しうると思います。情報発信が匿名でなされていても、サーバのログ等によって特定が可能だと思います。

 したがって、「匿名の情報発信者」を特定して、民事訴訟を行うことも可能だと思います。

 また、捜査機関による捜査が行われる場合には、捜査の過程で「被害者であると主張する者」が「本当に被害者なのか、たんなる自称被害者なのか」も判明すると思われますので、「被害者を装って不都合な情報の削除を要求する者」がいたとしても、問題は発生しないと思われます。



 問題になりうるのは、犯罪とはいえない場合、すなわち、捜査機関による組織的捜査が期待しえない場合だと思います。

 犯罪にあたらない場合には、被害も相対的に軽微であると考えられますし、ネット上において反論を試みようとしたにもかかわらず、「匿名の情報発信者」が「根拠を提示しない」のであれば、その段階で、かかる情報を目にした者は「匿名の情報発信者」の発信した情報そのものに、疑問を感じるのではないかと思います。