まがりかどの先に

まがりかどの先にはきっと良いことがあると信じ、目の前の人生の小路をてくてく歩き続ける日々の雑記です。

ジャンボ宝くじ

2022年05月18日 | 日記

「年に一千万つかっても、五十年!」
ジャンボ宝くじのCMである。

年収200、300百万円の庶民には、まさにドリームジャンボである。

でも、年収200、300百万円の人に、例えば今の自分に、5億円が当たったら、人生が狂ってしまうように思う。

働けど、働けどの毎日の中では、たくさんお金があったら一生遊んで暮らしたい!と思うのが人情だし、ある意味『夢』だけど、人はなかなか遊んでは生きていけない。

そもそも今の自分を例にすれば、毎年一千万のお金を五十年間も使い続ける知恵もパワーもない。

毎朝、さて今日は何をしようか?という日々を50年も送れたら、数年で病気になってしまうだろう。

毎日、毎日、雑用に追われて、やること、ゆくところがたくさんあるから元気でいられるのだと思う。

精々
投資に失敗!

詐欺に騙し取られる!

遺産相続で骨肉の争い!

そんな筋道だろう。

宝くじも、一定の収益を上げるからくりだから、こういう高額当選の方が良いのかもしれないけれど、もっと庶民的に当選金を少なくし、当りをたくさん出したらどうなんだろう。

家の残債が払えた。

子どもの学資ができた。

事情のあった借財が完済できた。

そんな結末の方が泥臭いけれど、ああ、ありがたい!と『夢』があると思う。

このごろ宝くじはめっきり買わなくなった。

その分、ユニセフやMSFに寄付している。

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般若心経×イマジン

2022年05月14日 | 読経の日々

雨ぶりの徒然にYutubeで動画を見て過ごしている。

たまたま『般若心経と×イマジン』(https://www.youtube.com/watch?v=Ya12UpAMUJ0)という動画に出遭う。

これが驚きの不思議な世界。

ジョン・レノンのイマジンの世界とお釈迦様の世界観がピッタリハマっている。

お釈迦様のいわれていることはこうゆうことなのかもしれないと、視覚と聴覚から入ってくるイマジンのイメージに感じ入り、ゆったりした気持ちになる。

こういうお坊さんもいい。
実にたいしたものである。

臨済宗の薬師寺寛邦(やくしじかんほう)さんとおっしゃる方らしい。

他の動画もみて、すっかりファンになってしまった。

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他の過ちを責めない

2022年05月13日 | 読経の日々

今週は雨降り続きでシルバーバイトも入らず、家事の外作業もできずで、『今日行く』と『今日用』にことかいている。

午後にかけてかなり強い雨が降る雲行きなので、ドロとホコリまみれの軽四を天水で洗おうと目論んで今スタンバイしているのだけれど、待てば不思議と雨が降らない。(笑)

少し時間があるので、お釈迦様にお世話になっているという話をブログに書いてみたい。

「信じる宗教は仏教です」と言い切れるほど強い思いはないのだけれど、わが家は曹洞宗の檀家で、子供の頃から生活の中に、農村に伝わっていた仏教の生活習慣のようなものがあった。

両親も亡くなり、自分が家の最年長となったここ十年ほどは、仏壇の前に座ることが増え、お経にも関心がでてきて、毎日短い間だけれど、呼吸を整え、正座して、曹洞宗のお経を読んでいる。

曹洞宗の先人たちがまとめた『修証義』というお経の中に、お釈迦様が正しいと信じ歩んだ道程を3つの誓いと10の戒め(実践すべき事項)にまとめた部分がある。

どれも言われればそのとおりという感じの言葉だけれど、これを行うのは至難な事柄ばかりで、煩悩だらけで、その煩悩によって自分が苦しんでいる人の行動を非常によく捉えていると思う。

10の戒め(実践すべき事項)の中の第六に『不説過戒』という教えが示されている。
漢字で書かれるとなんのことかとなるけれど、「他の過ちを責めない」ということ。

「他の過ち」というのは、時間の流れの関係性の中でたまたま生じた事象を、自分の目から見た感覚であり、立場を変えれば自身も常に起こしていることだ。

ここに強くこだわると、相手にも強くあたることになり、関係を悪くするし、結局自身の心が苦しくなる。

人間関係不得手で生きてきたけれど、今思うと随分と他を責め立てて生きてきた。

「他の過ちを責めない」と言葉では分かっていても、こんにち只今、目の前でトラブれば頭にくる。

自分の責を棚に上げてカッカし、他を責め、自分を正当化しようとする。

実践は容易いことではないけれど、他を責め、怒り出す前に、「まてまて」とちょっとだけブレーキを掛ける愛語の気持ちがあると、人間関係はむしろ良い方に向かうように思う。

仏教、宗教というものは今ひとつ分からないけれど、分かった部分だけでも、お釈迦様の教えを日々の生活の中で少しずつでも実践することは、自分にとってはご利益がある、有難いと思っている。

強い雨を待てど、未だ降らず。(笑)

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そろそろつまんでみるかな

2022年05月12日 | 家事・雑草との日々

このGWの家庭菜園作業に先立ち、冷蔵庫野菜室に保管してあるタネの整理をした。

そうとう古いものもあって、いかんなぁと、ちと反省。

古いものはこの際と思い、捨てたのだけれど、使いかけのカイワレダイコンのタネが気になって、もしかしたらまだでるかもと欲をだし、ダメ元で蒔いてみた。

これ、2017年のもの。(笑)

で、これ。


おどろき桃の木カイワレダイコン!である。


5年あまり冷蔵庫の中にあったわけだけれど、しっかり命をつないで、芽を出すときをうかがっていたようである。

命のパワーってすごいな。
わが家のうす汚れた冷蔵庫の中にも、命のパワーが潜んでいたんだ。
すごい。

上出来のカイワレダイコンができたので、そろそろつまんで、むだなくいただこう。

※ちなみに、カイワレダイコン栽培のポイント

農薬処理をおこなっていないタネを入手。

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今年は雨ぶりが多いなぁ

2022年05月09日 | 家事・雑草との日々

土日は空を見上げながら急ピッチで家庭菜園、宅内の草刈り作業を進め、どうにか格好がついた。

今年は雨ぶりが多いせいか、収穫時期になったタマネギ、ニンニクがくさりはじめているのを発見。

タマネギは少し早い感じがしたけれど、掘り上げてみた。

本格的な栽培と違って、ホームタマネギという球根を昨秋植え付けたもの。

房総の白子町などはタマネギの産地で、千円も出せば編み袋いっぱいの新鮮なタマネギが手に入るのだけれど、自分で栽培したものはまた格別の思いがあって、毎年続けている。

ニンニクはまだ球根が充実していない。
肥料も少なかったのかな。

雨ぶりばかり続くと、掘り上げる頃にはだいぶ腐ってしまうものも出てきそうだ。

まあ、趣味道楽だから、それも仕方がない。

昨年の今頃は、梅毛虫、マイマイガなど『進撃の毛虫』状態で、庭先の鉢にもニョキニョキやってきて困ったけれど、今年はほとんど見えない。

このあたりも天候と関係があるのかなぁ。

毛虫はゾクゾクするほど嫌いなので、見えなくていいけれど。(笑)

今年も草との戦いの幕があいた。

今年こそは草に負けずにきれいな畑を維持するぞと決意も新たにしたところだけれど、例年梅雨のあける頃には連戦連敗である。

でも、草ものびてくれるから仕事もでき、やらなければという気持ちになる。
今年も頑張ってみたい。

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