勝部善一(かつべぜんいち)は、潮の匂いのする空気の中を歩いていた。
海岸沿いに、曲がりくねった道が続いている。
波の音とともに、浜風が運んでくる冷気は、もっと温暖な季節なら、心地よかったかもしれない。
しかし、今は11月。古希を過ぎた身体には、少々こたえた。
勝部は歩道を歩きながら、もっと厚手のものを羽織ってこなかったことを後悔していた。
(おお、寒いな)
村の診療所で血糖値が少しばかり高いと言われ、運動のためにこの道を歩くことを始めたが、無理をすると風邪を引きそうだった。
(引き返すか)
そう思ったとき、遠くに、軽自動車が停めてあるのに気づいた。
(お? こんな朝早くから、釣りでもしているのか)
釣り人と、夏の海水浴客は、村の重要な収入源だった。勝部は、遠くの海岸のほうを見やった。
(誰も、いないな)
釣りでないとすると、あれか……と勝部は思った。このあたりは深夜から早朝にはほとんど人通りはないので、車の中で乳繰り合うために、アベックがよくやって来るのは知っていた。
(よくやるもんだね、狭かろうに)
勝部は、邪魔をしてはまずかろうと、車には近寄らず、来た道を引き返そうとした。
その時、奇妙なものに気がついた。
何気なく遠くを見たときは、わからなかったが、近くの波打ち際に、マネキンのようなものが横たわり、波にもまれている。
(あれは……)
よく見ると、それは、マネキンではないことがわかった。
(まさか!)
勝部は、寒さも、自分の年も忘れて、砂浜に駆け下りた。
近寄ってみると、それは若い女、いや、若い女だったものだった。
長い黒髪と、白いワンピースは、海水と砂にまみれ、眼と口は半開きで、もはや生命の息吹は消え去っていた。
しかし、勝部には、それが誰だか、すぐにわかった。
「アッちゃん!」
顔なじみの片桐巡査が、肩にコートを掛けてくれた。
片桐は、パトカーの無線で、どこかと連絡をとっていたようだった。
勝部は、力が抜けたように、砂浜に座り込んだ。
「善さん、あんた……」
片桐は、勝部の肩を叩いた。
「これから、刑事さんたちが来るからの。しっかりしんきゃ駄目だよ」
片桐は洟をすすった。
「アッちゃんが死んだなんて、おらもまだ、信じられねえども……」
「亡くなられたのは、飯田敦美(いいだあつみ)さんですね?」
「はい……」
「お知り合いでいらっしゃったのですか」
「こんな小さな村です。みんな、家族みたいなもんです」
「今日はどちらへ行かれるご予定でしたか」
「あの、散歩を……」
「勝部さん、ご職業を、伺ってよろしいですか」
「仕事は、その……定年で」
刑事の問いかけは、あくまで丁寧で、事務的だった。
アッちゃんは、ブルーシートにくるまれ、担架に乗せられて、運ばれていった。
知り合いの死なら、何度も経験してきた。
自分の死も、そう遠い未来ではないことも、自覚している。
しかし、これは……
(アッちゃんが死ぬなんて)
勝部は放心して、妻の繁子が迎えに来たのにも、気づかないでいた。
(つづく)
海岸沿いに、曲がりくねった道が続いている。
波の音とともに、浜風が運んでくる冷気は、もっと温暖な季節なら、心地よかったかもしれない。
しかし、今は11月。古希を過ぎた身体には、少々こたえた。
勝部は歩道を歩きながら、もっと厚手のものを羽織ってこなかったことを後悔していた。
(おお、寒いな)
村の診療所で血糖値が少しばかり高いと言われ、運動のためにこの道を歩くことを始めたが、無理をすると風邪を引きそうだった。
(引き返すか)
そう思ったとき、遠くに、軽自動車が停めてあるのに気づいた。
(お? こんな朝早くから、釣りでもしているのか)
釣り人と、夏の海水浴客は、村の重要な収入源だった。勝部は、遠くの海岸のほうを見やった。
(誰も、いないな)
釣りでないとすると、あれか……と勝部は思った。このあたりは深夜から早朝にはほとんど人通りはないので、車の中で乳繰り合うために、アベックがよくやって来るのは知っていた。
(よくやるもんだね、狭かろうに)
勝部は、邪魔をしてはまずかろうと、車には近寄らず、来た道を引き返そうとした。
その時、奇妙なものに気がついた。
何気なく遠くを見たときは、わからなかったが、近くの波打ち際に、マネキンのようなものが横たわり、波にもまれている。
(あれは……)
よく見ると、それは、マネキンではないことがわかった。
(まさか!)
勝部は、寒さも、自分の年も忘れて、砂浜に駆け下りた。
近寄ってみると、それは若い女、いや、若い女だったものだった。
長い黒髪と、白いワンピースは、海水と砂にまみれ、眼と口は半開きで、もはや生命の息吹は消え去っていた。
しかし、勝部には、それが誰だか、すぐにわかった。
「アッちゃん!」
顔なじみの片桐巡査が、肩にコートを掛けてくれた。
片桐は、パトカーの無線で、どこかと連絡をとっていたようだった。
勝部は、力が抜けたように、砂浜に座り込んだ。
「善さん、あんた……」
片桐は、勝部の肩を叩いた。
「これから、刑事さんたちが来るからの。しっかりしんきゃ駄目だよ」
片桐は洟をすすった。
「アッちゃんが死んだなんて、おらもまだ、信じられねえども……」
「亡くなられたのは、飯田敦美(いいだあつみ)さんですね?」
「はい……」
「お知り合いでいらっしゃったのですか」
「こんな小さな村です。みんな、家族みたいなもんです」
「今日はどちらへ行かれるご予定でしたか」
「あの、散歩を……」
「勝部さん、ご職業を、伺ってよろしいですか」
「仕事は、その……定年で」
刑事の問いかけは、あくまで丁寧で、事務的だった。
アッちゃんは、ブルーシートにくるまれ、担架に乗せられて、運ばれていった。
知り合いの死なら、何度も経験してきた。
自分の死も、そう遠い未来ではないことも、自覚している。
しかし、これは……
(アッちゃんが死ぬなんて)
勝部は放心して、妻の繁子が迎えに来たのにも、気づかないでいた。
(つづく)
こんばんは トロさん。
いきなり、ギョッとする展開。
古希を過ぎた人の生活が一変しそうな幕開けに、早く事の真相が知りたい。
田舎の風景がなんとも心地よさそうです。
次回を楽しみにしてます。
いきなり水死体が出てきて、驚かれた方もいるかもしれません。
でも、まあ……まだ始まったばかりですので、
これからどうなるか、お楽しみに!
これから(ほぼ)毎日、更新する予定です。
よろしくお願いします。
これが殺人だとミステリーになるけど、どうなのかな?
勝部さんがどう活躍してくれるのか、楽しみにしています♪
お読みいただきありがとうございます!
前作とはだいぶ雰囲気が違うと思いますが、
これからの展開をお楽しみに!
なるほどーーーーーー!!!
出だしで、一気に、読者の心をつかんじゃう!!!
なかなか、やりますねーーーーーー!!!
このあと、どうなるんだろうって
思うもんねーーーーーー!!!
あ、片桐巡査の方言、
なんか、新潟県弁っぽい???
ってか、柏崎弁???
今回は、いきなり初回に、ショッキングなエピソードをあえて持ってきました。
本当は、安易に人の死を書きたくはないのですが。
あ、片桐巡査の方言?
柏崎弁……かな?
まあ、地域密着型のお巡りさんということで(笑)
今度の物語は衝撃的な出だしで…サスペンスっぽい?登場人物も個性的で、つづきが気になります!
トロさんは試験の勉強もあって忙しい時期だと思いますが、無理せず自分のペースで連載を楽しんでくださいね!
そちらは大雨、大丈夫ですか?
うーん、今回はサスペンスのような、そうでないような?
いきなり衝撃的ですが、次回をお楽しみに。
そうそう、試験勉強もあるんでした(笑)
無理せずに、頑張りますね。
お読みいただき、ありがとうございます♪
トロさんに素朴な質問ですが、小説の登場人物の名前はどんな風に決めていますか?
実はその昔のサスペンス劇場で、冒頭に水死体で発見される登場人物の名前が家族や親戚の名前と同じだった事がたまたま数回あったので、何となく作家さんの心理に興味がありまして。ちなみに、私の名前はアッちゃんではないです(笑)
なるべく普通の、親しみやすい名前をつけるよう心がけております。
恋愛小説などで、すごいキラキラネームの登場人物が出て来たりしますけど、
まあ、ああいうのはイメージも大切ですからね。
主人公だからかっこいい名前にしようとか、悪役だから悪そうな名前にしようとか、そういう風には考えません。
読者様の頭の中でイメージがふくらんで、初めてそのキャラクターが生きる、と思っています。
ご質問ありがとうございます!