ダムの訪問記

全国のダムと溜池の訪問記です。
主としてダムや溜池の由来や建設の経緯、目的について記述しています。

宇根山大池

2017-05-11 19:19:08 | 広島県
2017年5月5日 宇根山大池
 
宇根山大池は広島県世羅郡世羅町宇津戸にある灌漑用溜池です。
ダム便覧によれば1947年(昭和22年)に竣工され、現在は宇根山大池水利組合が管理を行っています。
 
世羅町中心部から国道184号線を東進、宇津戸上交差点を右折して集落の中を進みます。やがて集落を抜け道路はダートになりますが構わず進むと宇根山大池に到着します。
下流面 手前が崩落しているのが気になります。
 
築造記念碑
碑は比較的新しく竣工した1947年(昭和22年)のものではありません。
 
左岸に石仏があります。お地蔵様かと思いきやよく見ると不動明王でした。
この上の斜面が伐採されています。もしや太陽光発電設置するのでは?
 
天端
轍が見えます。
 
左岸の斜樋と機械室
白壁かわら屋根の純和風は珍しい。
 
総貯水容量は21万9000立米
大池というだけあり比較的大きな溜池です。
 
上流面
やはり奥の伐採が気になります。
 
右岸洪水吐に架かる橋。
この橋も比較的新しいものです。
 
 
洪水吐には切れ込みが入っています。
 
3559 宇根山大池(0971)
広島県世羅郡世羅町宇津戸
芦田川水系綾目川
16.9メートル
74.7メートル
宇根山大池水利組合
1947年

野間川ダム

2017-05-11 17:04:38 | 広島県
2017年5月5日 野間川ダム 
 
野間川ダムは尾道市御調町との境界間際の三原市久井町の芦田川水系野間川にある広島県営の多目的重力式コンクリートダムです。
御調川左支流の野間川は総延長5.3キロの小河川ですが、豪雨のたびに流域に洪水被害が発生する一方、瀬戸内海気候に伴う少雨により灌漑用水不足による干ばつも多発していました。
他方三原市久井町は上水道の大半を地下水に依存し安定した水源の確保が課題となっていました。
これらの諸課題に対処するため広島県は野間川総合開発を策定、野間川源流部に2012年に建設されたのが野間川ダムです。
野間川ダムは野間川の洪水調節および、安定した河川流量の維持と既得灌漑用水への補給、三原市久井地区への上水道用水の供給を目的としています。
ダム湖である栗湖の総貯水容量は56万立米でいわゆる生活貯水池です。
 
野間川ダムは県道375号線沿いにあるのでアプローチは簡単ですが、この県道は尾道側は隘路が続くため御調ダムから北上する場合は注意が必要です。
まずは下流から
クレストには自由越流式洪水吐が2門、オリフィスから放流しています。
 
この地域は栗が名産ということでダム湖は『栗(マロン)湖』となかなかしゃれた名称です。
 
左岸から下流面。
 
天端は歩行者のみ通行可能。
 
左岸側が少し屈曲しています。
 
減勢工
減勢工の部分だけ波返しのついた導流壁があります
右手は利水放流設備。
 
真上から。
 
右岸から。
 
ダム湖上流から。
 
追記
野間川ダムには19万4000立米の洪水調節容量が設定されていますが、治水協定により豪雨災害が予想される場合には事前放流によりさらに5000立米の洪水調節容量が確保されることになりました。
 
3213 野間川ダム(0970)
広島県三原市久井町吉田
芦田川水系野間川
FNW
 
31.5メートル
112.6メートル
広島県
2012年
◎治水協定が締結されたダム

御調ダム

2017-05-11 15:34:31 | 広島県
2017年5月5日 御調ダム
 
御調で『みつぎ』と読みます。
御調ダムは広島県尾道市御調町の芦田川水系御調川にある広島県営の治水目的の重力式コンクリートダムです。
芦田川の主要右支流である御調川流域は豪雨のたびに洪水被害が頻発しとりわけ1970年(昭和45年)8月の台風10号では流域で壊滅的な被害が発生しました。一方で瀬戸内海気候に属するため降水量が少なく灌漑用水不足による干ばつも多発していました。
これらの諸課題に対処するため広島県により建設されたのが御調ダムです。
御調ダムは御調川の洪水調節および、安定した河川流量の維持と既得取水権への補給を目的としています。
 
御調ダムは県道406号沿いにありアプローチは簡単です。
左岸にダム管理事務所がありダムカードをもらったのちダムを見学します。
 
左岸から下流面
クレストには自由越流式洪水吐が並び、波返しを備えた堤趾導流壁がダムに精悍な印象を与えています。
 
上流面
オリフィスゲートと取水設備が見えます。
 
 
ダム湖(青龍湖)
今年は水草が異常繁殖してダム湖一面黄緑色に変色しています。
 
減勢工と副ダム。
 
右岸管理事務所とインクライン。
 
天端は車両通行可能。
 
右岸から上流面。
 
堤趾導流壁。
 
下流から。
 
追記
野間川ダムには360万立米の洪水調節容量が設定されていますが、治水協定により豪雨災害が予想される場合には事前放流によりさらに21万立米の洪水調節容量が確保されることになりました。
 
1992 御調ダム(0969)
広島県尾道市御調町津蟹
芦田川水系御調川
FN
 
53.1メートル
206.2メートル
広島県
1988年
◎治水協定が締結されたダム

昭和池

2017-05-11 14:53:40 | 広島県
2017年5月5日 昭和池
 
昭和池は広島県東広島市安芸津町の三津大川にある灌漑用アースダムで、ダム便覧によれば終戦間際の1944年(昭和19年)に当時の安芸津町の事業で建設されました。
現在は東広島市が管理を行っています。
 
広島呉道路の下三永福元インターから県道32号を南東に進み、市の畑で『夫婦滝 昭和池』という小さな標識に従って左折、そのまま道路を北上すると昭和池に到着します。
堤体は2段で構成されています。
 
 
右岸に洪水吐があり道路から天端に橋が架かっています。
天端手前にフェンスがありますが害獣防止用のフェンスで立ち入りは自由です。
 
右岸洪水吐
越流面に切れ込みがあります。
 
水止用の角落しをはめ込み水位を調節するようです。
 
洪水吐の切れ込みをズームアップ。
 
天端
草が覆っていますが轍があります。
 
左岸の斜樋。
 
貯水容量19万6000立米
周囲は三角形の端正な山に囲まれています。
 
写真では分かりにくいんですが上流面はコンクリートで補強されています。
 
全国で9基の『昭和池』が堤高15メートル以上のダムとしてダム便覧に掲載されていますが、今日だけでそのうちの2基を訪問し都合5基となりました。
残る昭和池は京都、兵庫県淡路島、山口県、福岡県となります。
 
1939 昭和池(0968)
広島県東広島市安芸津町三津
三津大川水系三津大川
18.1メートル
101メートル
東広島市
1944年

三永貯水池堰堤

2017-05-11 13:28:54 | 広島県
2017年5月5日 三永貯水池堰堤
 
三永貯水池堰堤は広島県東広島市の黒瀬川水系三永川にある呉市上下水道局が管理する工業用水供給を目的とする曲線重力式コンクリートダムです。
呉市では1917年(大正6年)に本庄ダムが完成していましたが、これはあくまでも帝国海軍呉鎮守府の軍用水道水源として建設されたもので、一般水道の建設が待望されていました。
これを受け1938年(昭和13年)に着工され、1943年(昭和18年)に竣工したのが三永水源地堰堤で、戦中戦後を通じ長く呉市の貴重な上水道水源として活躍しました。しかし1970年代後半から太田川流域の土師ダムや温井ダムを水源とする広島水道用水供給事業がスタートしたことに伴い呉市の水源としての役割は終了、現在は東広島市八本松にある吉川工業団地に工業用水を供給しています。
 
三永貯水池堰堤本体はほぼ竣工当時の姿をとどめており、その歴史的、文化的価値から国の登録有形文化財に指定されているほかCランクの近代土木遺産、近代水道百選にも選定されています。 
三永貯水池および堰堤は上水道水源だったということで普段は立ち入りが制限されていますが、毎年藤の開花に合わせて2週間程度一般公開されています。
湖畔の藤棚は西日本一の規模といわれ、公開期間中には多くの人が貯水池を訪れるます。
今回はゴールデンウィークの真っただ中、子供の日の昼時の訪問となり15分ほど駐車場待ちを余儀なくされました。
 
ようやく車を止めて正門から貯水池へと向かいます。
 
貯水池右岸に園地が広がり、訪れた皆さんは芝にシートを広げたりお弁当を食べたりとくつろいでいます。
一方我が家は藤にも目もくれず堰堤へと一直線!!
ところで公園各所に設置されたベンチ?どう見ても堰堤の一部分を転用したもののようです。
 
 
ようやく堰堤が見えてきました。
大きなアーチと堰堤中央の丸い取水設備という構図は兄貴分の本庄ダムとそっくりです。
 
堤体も本庄ダムと同じ曲線重力式。
 
天端高覧にはアーチ状の装飾が施されています。
 
下流面
本庄ダムとの最大の違いは石張りではない点
本庄ダムの竣工から遅れること25年、既にコンクリートダムの技術が確立しています。
この先左岸には洪水吐もありますが残念ながら望むことは叶いません。
 
貯水池中央の水神と円形の取水設備も本庄ダムと同じ構図。
 
貯水池右岸上流に水路があります。
 
実はこれ黒瀬川からの導水路です。
三永川だけでは貯水量を賄えないようで、黒瀬川からも導水しています。
 
本庄ダムとは異なり堤体に接近して見学することはできません。
警備の方の話では過去に子供の転落事故があり、以来公開期間中でも堤体への立ち入りは制限しているようです。
 
S503 三永貯水池堰堤(0967)
登録有形文化財
近代土木遺産Cランク
近代水道百選
黒瀬川水系三永川
14.2メートル
100メートル
呉市上下水道局
1943年
◎治水協定が締結されたダム

有江上池

2017-05-11 02:30:01 | 広島県
2017年5月5日 有江上池
 
有江上池は広島県尾道市高須町にある灌漑用アースダムで、ダム便覧によれば竣工は1899年(明治32年)となっています。
上池の名が示すように下流に下池がありますが、こちらは堤高が15メートルに満たずダム便覧には掲載されていません。
この辺りは大河がないうえに年間を通して降水量が少なく農業用の水源として多数の溜池が点在していますがその中では唯一有江上池だけがダム便覧に掲載されています。
 
国道2号線バイパスの高須IC交差点を北に折れ市道を北上するとすぐに右手に有江上池が見えてきます。
温暖な気候に適したブドウ栽培が盛んな地域で池の直下にもブドウ畑が広がります。
 
市道が池の右岸に隣接しています
右岸の洪水吐に架かる管理橋。
 
洪水吐導流部
右手は建設資材業者の敷地になっています。
 
洪水吐に降りることができます。
 
天端
池の周辺は交通の便を生かして工業団地になっています。
 
上流面はコンクリートで補強されています
下段のコンクリートはまだ新しく近年改修があったようです。
 
左岸の斜樋。
 
池の貯水量は11万3000立米
池の上流も工業団地になっています。
 
池の直下はブドウ畑
海が見えるか?と思いましたが惜しくも見えません。
 
1968 有江上池(0966)
広島県尾道市高須町
太田川水系太田川
16.7メートル
91.4メートル
管理者未確認
1899年

久山田ダム(久山田貯水池堰堤)

2017-05-11 00:34:49 | 広島県
2017年5月5日 久山田ダム(久山田貯水池堰堤)
 
久山田ダムは広島県尾道市の栗原川にある尾道市水道局が管理する上水道用水供給を目的とする曲線重力式コンクリートダムです。
1924年(大正13年)に神戸市水道を整備した工学博士の佐藤藤次郎の監修、元神戸市水道課長の水野広之進技師の設計により竣工しました。
堤体はいわゆる曲線重力式で大きくアーチを描いているのが特徴です。本体は粗石の間にモルタルを詰め込み表面に石を張付けた『粗石モルタル積石張』でその文化的、技術的価値から国の登録有形文化財に指定されているほかCランクの近代土木遺産に選定されています。
 
現在の尾道市上水道はその大半を広島県沼田川水道供給事業からの供給によって賄われており、久山田ダムは尾道市上水道の唯一の自己水源となっています。
湖畔には尾道市立大学のキャンパスがあるほか、陸上競技場や野球場などが揃った『びんご運動公園』に近接しています。ダム湖を周回する遊歩道が整備されており周辺は尾道市民の憩いの場となっています。
国道2号線尾道バイパスの平原インターチェンジから門田トンネルを抜けそのまま北西に進むと久山田ダムに到着します。
 
堤体直下に遊歩道が続き下流から堤体を見上げることができます。
真下から見上げるアーチの堤体は実際の堤高22.5メートルよりもはるかに高く感じます。
 
花崗岩がきれいに布積みされています。
 
減勢工には副ダムがあります。
茶褐色に染まり一見レンガのようですが、これも花崗岩です。
 
副ダムをズームアップ。
 
ダムサイトに戻ります。
今度は上流から
半円形の張出が取水設備になります。
 
下流面。
 
取水設備。
 
減勢工
副ダムも同じ同心円のアーチになっているのが分かります。
 
左岸から
天端は二輪車通行可能で見学中に原チャリ利が1台通り過ぎてゆきました。
こうやってみると天端はきれいな円形ではなく、直角の組み合わせになっているのが分かります。
 
越流面の突起は水止めの角落としをはめ込むためのもののようです。
 
登録有形文化財のプレート。
 
湖畔に大学があるせいかなんとなくアカデミックな雰囲気が漂う久山田ダムです。
広島県東部の備後地区は昔から良質の花崗岩の産地で、江戸時代より福山藩は石組の名手として知られ江戸後期には純和風の技術によって日本最古の砂防ダムといわれる堂々川砂留群が建設されました。
今でもこの地域の農耕地の土手の大半が石垣となっており、こうした石の文化の蓄積の上に久山田ダムが花開いたといっても過言ではないかもしれません。
 
1927 久山田ダム(久山田貯水池堰堤)(0965)
登録有形文化財
近代土木遺産Cランク
広島県尾道市久山田町
栗原川水系栗原川
22.5メートル
75メートル
尾道市水道局
1924年