goo blog サービス終了のお知らせ 

日々発見

日々新しい事に挑戦して・・・

2013年 ヨーロッパへの旅 4

2013-10-21 10:55:56 | 2013年 ヨーロッパへの旅

 

9月5日(木) (クレタ島・イラクリオンからハニアへ)

今日はバスで島の東側にあるハニアの町に移動する。
右手に美しい海を眺めながら、約3時間の旅。
30分毎に出発するバスを、
丁度30分待って乗り込んだら
満席だった。

途中で5~6ヶ所停車。
数人が入れ替わるが、それでも立っている人はいない。
たまたま今日はそうだったのか、それとも、
立つ人がいないようにチケットを売っているのか不思議だった。

決して華美でなく、高い建物や木々もなく、真っ青な海と、
白っぽいリゾートハウスの点在する様は、
日本の海岸線とは全く違っていたが、ずうっと平坦で美しかった。

今朝、ホテルからバス停まで乗せてもらった
タクシーの運転手によると、
ハニアはイラクリオンよりずっとずっと美しい街だと言っていた。

交通手段はバスのみ。(もちろん自動車はあるが・・・)
ハニアのバスセンターはたくさんの人達で混んでいた。

バスセンターから5分と聞いていたホテルまでの街並みは、
埃っぽくて、汚くて、お世辞にも美しいとは言えず、がっかりした。

キドンホテルはこの町で一番大きな4つ星のホテルと聞いていた。

従業員も皆感じ良く、部屋も広く、古いが清潔だった。

しかし、トイレに入って???
このマークはどういう意味だろう。

夫は「トイレットペーパー以外の物を流すな、
という意味かな。」と言ったが、
これはどう見てもトイレットペーパーその物。 

昨年、スイスのユングフラウヨッホの山頂で見た情景を思い出した。
トイレの隅に大きなバケツが置いてあり、
使用済みの紙が山積みになっていた。
決して水洗機能が壊れているわけではなく、普通に使用出来るのだ。

7~8年前にはなかったので、最近は中国の観光客が増えて、
トイレの床に積み上げるので、
どんどん大きなバケツを用意し始めたのかと
思っていたが、中国人だけではなかったのかもしれない。

日本のことだけしか知らない私にとって
外国で見ることは全て勉強、気付き、感謝、感動、反省だ。

一休みして、ホテルから歩いてすぐの旧市街を目指した。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2013年 ヨーロッパへの旅 3

2013-10-20 10:06:55 | 2013年 ヨーロッパへの旅

 

9月4日(水) (ギリシャ・クレタ島イラクリオン2日目)

朝食はプールサイドで。

食事は豪華で、私の大好きな果物も豊富。

かわいい坊やのヨチヨチ泳ぎを見ながら最高の気分。

11時、イラクリオンの市内見物に出かける。

イラクリオンはクレタ島の商業の中心であり、
メイン空港とメインポートがあり 
市内にはヴェネツィア時代の面影を色濃く残す旧市街が広がっていて、
歴史的な建造物も多い。 


まず、ホテルから歩いて20分、国立考古学博物館へ。

クレタ島に起こったミノア文明の遺産の全てがここに集められ、
石器時代からローマ時代に至るまでの出土品が展示されている。


すばらしい現代的な建物で、20室に分れており、
撮影が許されている部屋もあるが、禁止の部屋もあり、
うっかりカメラを構えていると、係員が飛んでくる。
その不可の理由はよく分らなかった。

クノッソス宮殿の壁画を修復した物などもあり、
この後に行く宮殿の遺跡がどういうものなのかとても興味が湧いた。

 ここからバスで20分、クノッソス宮殿跡に向かった。

ギリシャ神話にクレタ島のミノス王は、
一度入ったら二度と出ることの出来ない宮殿を建て、ミノタウロスという
牛頭人身の怪物を閉じ込めていた、という話があるそうだが、
考古学者のアーサー・エヴァンスの1900年代の発掘調査によって、
それが神話ではなく、実在の宮殿だったことが判明したという。

 

 

クノッソスへ行くと、約3700年前の宮殿がかなり復元されていて、
一辺が160メートル、中庭を持つ複雑な、かなり大きな建物で、
4階建ての部分もあり、部屋の数は
1200以上あったと推定されているらしい。

ミノア(クレタ)文明は紀元前3000年頃に始まり、
紀元前18~15世紀に栄華を誇った。
建築、壁画、貿易、農業などに秀で、
当時の世界最高水準だったとされているが、
紀元前1400年頃に突然滅んだと言われている。

原因は不明だが、
サントリーニ島の大噴火と時期が重なるところから、
地震と津波ではないかとも、後に文明を築くミケーネ人達の
攻撃を受けたからではないかとも言われているそうだが、
私は、地震と津波のせいだろうと思っている。

なぜって、人の力だけでこれだけの物を破壊出来るとは思えない。
3.11の地震、津波の恐ろしさが重なった・・・・。

日陰に入れば空気が乾燥しているせいかとても涼しいのだが、
炎天下は日差しが強く、ジリジリと肌が痛い。

大勢の観光客がズラズラと歩いているが、
帽子をかぶっている人は少なく 、
特に女性は背中をむき出しにしている人も多く、
その背中の日焼けは、日本では考えられないほど痛々しく、
赤黒いシミや真っ黒なそばかすの塊だらけだ。
私は意を決して日傘をさした。
たった一人だった。

2時間ほど歩き続け、入り口横の店で絞りたてのジュースを飲んで
ようやく一息付き、又、バスに乗って町中へ戻った。
いつも思うのだが、日本語のパンフレットもなく、
ガイドもいないのが悔しい!

旧市街地の土産物屋が並ぶ一角には、
最近、日本ではあまり見かけなくなったヘチマや海綿などが
天井からいっぱいぶら下がっており、何だか懐かしい感じがした。
この辺りの人達は、今もお風呂で使っているのだろうか・・・

広場に面したレストランで、客引き(?)の女性に捕まり、 
彼女のお薦めで、ギリシャの伝統的な食べ物を頼んだ。

えっ、確かイタリアでも同じような・・・

結局、一皿ずつなのに量が多過ぎて、
二人で半分ぐらい残ってしまったが、味はおいしかった。

伝統的といえば、昨夜もそうだったが、
初めにパンとバター、そして食後にフルーツの盛り合わせが付いてくる。
それは季節によって違うのだろうが、スイカ、メロン、ブドウ・・・
そして、これらは支払いの額には含まれていなかった。

これだけの食事に、ビール、グラスワインも頼んで、
日本円で3000円ほど。
クレタ島は生活のし易い所だと思った。

 
 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2013年 ヨーロッパへの旅 2

2013-10-19 10:58:47 | 2013年 ヨーロッパへの旅
9月3日(火) (アムステルダム→アテネ→クレタ島) 
 
昨夜は時差解消のため、
日本時間の朝方4時ぐらいまで
眠い目をこすりながら、
テニスのUSオープンを見ていた。
 
現地時間に合わせて寝ると、なかなか時差が取れないので
最初の夜に、このような荒療治をすると、
案外早く現地時間に適応する・・・ような気がする。
 
9:30、ホテルの送迎バスに乗りアムステルダム空港へ。
 
アテネ行きの飛行機は12:05。
空港で2時間半近く待ち、ようやく離陸。
そしてすぐにランチ。
 
 
KLMの機内日本食はホテルオオクラ・アムステルダムの
レストラン「山里」の監修に依るものとかで、とてもおいしいが、
洋食はどうも私の口に合わないのか、残念な味だった。
 
飛行機の窓から見るギリシャは、白っぽく乾いた大地で、
ほとんど緑がなく、点描画のように、
オリーブの白くくすんだ緑が見えた。
 
 
アムステルダムから3時間15分でアテネ着。
 
 
ここからさらにクレタ島に移動する。
次の飛行機は18:30。 
少し時間を潰そうとして外に出ると、日差しが強烈で、
気温も35~6度はあるだろう。
慌てて空港内に戻り、また3時間椅子に座って、
目の前を通り過ぎる人達を眺めていた。
 
そうそう、たった一人だけを見て、ギリシャの人を表現するのは
いけないことだと思うのだが・・・・
 
チェックインでのこと。
 
 
私達が待っているのに
カウンターに座っている女性は何も合図をしない。
こちらから手を振ると、うなずいたのでカウンターまで行くと、
めんどうくさそうに「どこへ行くの」と聞く。
チケットを見ればクレタ島に行くことは分るはず。
夫は町の名前を聞かれたのかと思い
「イラクリオン」と答えたら、「何、イラク?」と言った。
 
その横柄な態度に私は驚き、夫は「ギリシャの女性は怖いね。
少なくとも、海外から来た人が初めに会う、その国の代表なんだから、
せめて、日本人の半分でいいから愛想よくしてほしいね。
過去の誇りだけにすがって、ろくに働かない。」と文句タラタラ。
 
 
そして、オリンピック・エアーのプロペラ機に乗り、
クレタ島のイラクリオンに着いた。
 
タクシーに乗ると、その運転手の運転の荒いこと、荒いこと。
笑顔もなく、ずっとブスッとしていた。
 
そして、私も「これだから経済が破綻するのよ。」と小声で言った。
 
しかし、ホテル・ギャラクシーイラクリオ()に入った途端、
この言葉は全て撤回。
全従業員のマナーの良さが隅々まで行き届き、
丁寧で優しく、建物も部屋も最高だった。
 

エントランスと部屋 
 
 
 
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2013年 ヨーロッパへの旅 1

2013-10-17 22:20:18 | 2013年 ヨーロッパへの旅

 

9月2日(土)(成田からアムステルダムへ)
 
昨年で私達の海外旅行は終わったものと思っていたが、
 7月の半ば、夫がまたヨーロッパに行こうと言い出した。
 8月末、2~3日でバタバタと荷物を詰め、
 昨夜は京成成田駅前(徒歩約1分)にある
ホテル・メルキュールで前泊。
 
朝7:56の電車で成田国際空港へ。

搭乗手続きを済ませ、エアー・フランスのラウンジで
1時間ほど過ごし10:35離陸。
KL-862でアムステルダムまで10時間35分の飛行予定。
 
 

 すぐにウェルカムドリンク、ナッツと飲物。そして、12時に食事。

食後も次々にケーキ、アイスクリーム、チョコレートと出てくるが、
私達は満腹で手が出ない。

我々の近くにいた恰幅のよい数人のアイルランド人達は、
陽気に飲み、よく食べ、とっても楽しそうだった。
正直に言うと・・・ちょっと騒々しい・・・・。

家にいてもこんなに長時間のんびりすることはない。
新聞や本を読んだり、映画を見たり・・・
日頃の貧乏性を捨てた。

そして、5時間後にはまた食事。

一体、これは夕飯?朝食?

予定時刻より25分早く、現地時間の2時20分にアムステルダムに到着。

毎日の気温35~6度だった東京から、急に20度のアムステルダムに
降り立って、慌ててコートやショールを取り出したが、とても寒く感じた。

今日は空港からタクシーで5~6分、ベスト・ウェスタンホテルで一泊し、
明日、12:05のKLMでアテネに飛ぶ。

 日本のビジネスホテルのようなこのホテル、
大きなホテルがたくさん集まっている一角にあったが、
外回りが何となく殺風景で、ゴミやタバコの投げ捨てが多く、
とても残念な気がした。

ホテルの窓からは2~3分おきに飛び立つ飛行機が見え、
国際空港の規模の大きさに驚いた。

 
コメント (6)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする