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日々発見

日々新しい事に挑戦して・・・

2012年 イタリア コルティナダンペッツオ ミラノヘの旅(5)

2025-03-05 14:51:31 | 思い出 再アップ
9月21日 (金)

ミケランジェロホテルは朝食も豪華で、種類も多く、
一日だけの滞在では物足りない気がした。

朝食の時、昨日のレストランの責任者が、
あれこれ忙しそうに周りのスタッフに指示を与えていたが、
私に気付くと寄って来て、
握手をして「家族は?」と聞いてくれた。


学生達が私達の子供に見えたのだろうが、
これだけ忙しい中でも見落とさずに
見せる気遣い、これだけのホテルの部門の長になるには、
それだけ才長けていなければならないのだろう。



11:25 ミラノ駅からバーゼル行きの列車に乗り、



シュピーツで乗り換え、いよいよスイスのグリンデルワルトに。


イタリアとスイスの国境辺りで、
一度、イタリア側の検札がやって来たが、

今度はスイス側の検札がやって来た。

パスポートを出すように言われたが、
私達に対しては軽く形式的なもの。

横に座っていたアラブ系と思われる男性には、
かなり厳しい取調べをしていた。
他の車両ではトランクの中身まで調べられている人もいた。

そして、また、しばらくすると、
又反対側から他の検札がやって来て、

我々には甘過ぎるほどの取調べで、
パスポートも一人分しか見なかったが、
隣の男性にはきつかった。

結局、何の問題もないままに下車したが、
別れ際、その男性と手を振りあった。
自分は何も悪い事をしていなくても、
宗教や人種の違いで
このような扱いを受けている人達が大勢いるが、

本当にお気の毒に思う。

  
この後、スイスのグリンデルバルトに到着。
これからも我々の旅は続くが、
イタリアヘの旅はここでひとまず終わりたい。

一番見ていただきたかったページを失ってしまい悲しい~~~。
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2012年 イタリア コルティナダンペッツォからミラノへ(4)

2025-03-04 22:54:39 | 思い出 再アップ

9月20日

コルチナダンペッツオの駅前で、アンドレアさんに見送られ、
一旦ヴェニスに戻り、初めての地、ミラノへ。



    おしゃれなミラノ駅


                               
    ホテルの玄関から見えるミラノ駅

ミラノ駅前にあるミケランジェロホテルは
すばらしいホテルだった。

同じ4つ星でもどうしてこんなに違うのだろうと思う。

ホテルから地下鉄で5つ目、
ドゥオーモ(ミラノ大聖堂)に出かけた。





ミラノの町の中心に立つイタリア最大のゴシック建築
(幅93m、奥行き158m)で
屋根は135本の尖塔と2245体の彫刻で飾られている。

外壁は赤みを帯びた白大理石で造られており、
1386年に
時の権力者ジャン・ガレアッツオ・ヴィスコンティによって

工事が始められたが、500年以上も後、19世紀の半ばに
多くの芸術家によって完成されたという。
一番高い(108,5m)尖塔の先端に金のマリア像が輝いていて、
昔はこのマリア像より高い位置に建物を建ててはいけない
とされていたらしいが、今はどうなのだろう。

バチカンのサン・ピエトロ大聖堂に次いで2番目の大きさとのこと。
外観の大きさ、内部の広さ、美しさ、何と説明してよいか言葉がない。




一体何メートル四方あるのか分らないが、
とにかく大きな絵画が何枚も展示されていた。


祭壇も



パイプオルガンも



たくさんの窓にはめられたステンドグラスも



荘厳な雰囲気に包まれていた。

残念ながら、宝物殿があるという地下と、エレベーターか
158段の階段を登るという屋上には行かなかった。


ドゥオーモに向かって左側には、
1878年に完成したアーケードがあり、
十文字に交差するガラス張りのアーチ型の天井で被われており、
歩道は美しいモザイク模様で彩られていた。









全くブランド品と言われる物に興味がない私ですら、
聞いたことのある有名ブティックや、
レストラン、カフェが通りの両側に並び、
たくさんの観光客や
世界各国からのバイヤー達が行き交っていた。




特に中国人のグループ旅行者が多く、
正直に書けば、マナーの悪さが目立っていた。
大声で我が物顔に歩き、
フラッシュ禁止の所でも平気でフラッシュを使い、
人が撮っていてもお構いなしに前を横切り、
店のドアの前でタバコを吸い、
中に流れ込む煙のことも考えず、同じアジア人として
早く「恥を知る」ことに気付いてほしいと思った。

もっとも、日本人だって
昔は同じようなものだったかもしれないのだが・・・



朝も早く、お昼を取る時間もなかったので、お腹が空いた。
夕食は今夜泊まるミケランジェロホテルの
レストランにしようかな、と覗いてみた。

りょうさんがイタリアに来て以来、
ずっとリゾットが食べたいと言っていたが、
今までその機会がなく、
待ち焦がれたリゾットがあったので、ここに決定。

あれもこれもおいしそうで、迷っていたら、
店長?ボーイ長?がアドバイスをくれた。
「コース料理が39ユーロだから、
それぞれ違う皿を取って、四人で分けたらいかがですか。」

デザートもフルーツ、アイスクリーム、ケーキ、
それぞれお好みの物、最高!



彼は4ヶ国語を話せるらしい。
少し怖いお顔だが、とてもきれいな英語で、
話が楽しく、お料理もおいしかった。



でも・・・りょうさんは又してもリゾットと縁がなかった・・・・

 

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2012年 イタリア コルティナ・ダンペッツオ ミラノ(3)

2025-03-03 16:05:33 | 思い出 再アップ

9月19日 (火)時々

昨日は雲一つないすばらしい晴天で、
肌に突き刺さるほどの強烈な紫外線だった。


二人の学生はたくさんの洗濯物を、
部屋の前の6畳もあるような広いベランダに広げ、
午後からでも十分乾くほどだったのに、
今日は朝から雨が降って、とても寒くなった。

私達が寝坊をして、30分遅らせてもらい、
11:30、約束の運転手さんが現れた。
彼の名前は「アンドレアさん」。
「おはようございます。今日はよろしくお願いします。
ごめんなさいね、雨で。」

彼のせいではないのに、
とてもすまなげに日本語で何度も何度も言われて、
こちらが恐縮してしまった。
車内で、日本語と英語の会話が弾み、
20分ほどで目的地に着いた時には、
雨も止んでいた。


ああ、晴れていたら
 どんなにすばらしかっただろう。






でも、これでも満足だった。



3人はリフトで山の上に登り
帰りは歩いて下ると言う。

私は彼等と分れ、海抜1756m、
ミズリーナ湖の周りを一人で歩いた。




誰もいないので何となく怖く、
前後左右キョロキョロしている内に、

犬を連れた散歩中の夫婦や、
旅行者らしい夫婦が現れては去って行った。




たくさんのダックが足元に群れている二人連れを見て、
写真を撮ってもいいかと尋ねると、
「もちろん!、どこから来たの。」と聞かれた。
「日本から。」と答えると、
日本語で「こんにちは、ありがとう。」
と言われ、びっくり。


聞けば、彼等はドイツ人で、
東京、横浜、鎌倉に行ったことがあるとのこと。
彼等は御夫婦で、ヤマハのバイクに乗り、
家からここまで500kmの距離をやってきたと言う。

15分ほどいろいろな話をして、
お互いに「良い旅を!」と言って別れたが、
傍に頼る人がいなければ、
つたない英語でも何とか通じるものだとうれしくなった。






後で夫から聞いた話だが、リフトに乗って山の上に行ったら、
霧が深くて周囲の景色はよく見えなかったそうだ。



リフトに乗る時、
係員の男性が「今日のお客はあなた達3人だけだが、

また、リフトで下りて来るか?」
と聞かれ、「いや、歩いて下りる。」と言うと

すぐにクローズにして、彼等が湖に下りてきた時、
その係員は釣りをしていたそうだ。  (続く)

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2012年 イタリア コルティナダンペッツオ(2)

2025-03-03 13:56:57 | 思い出 再アップ
私は大変な失敗をしてしまった。
9月18日分のブログ、
一番見ていただきたかった1956年冬期オリンピックの
コルティナダンペッツオの町や記念の写真、
ホテルの内部、貴重なホテルオーナーのお話など
コピーをしながら新しいページに移している間に

間違えて全て消してしまったようで
あちこちどんなに探しても見つからなかった。


余計なことをしなければ良かった・・・
  
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2012年 イタリア コルティナ ダンペッツォ、ミラノ (1)

2025-03-02 21:35:15 | 思い出 再アップ
2012年 ヴェニスからコルティナ ダンペッツオへ
 
先日来、思い出話から、ご本人にお読みいただきたくて
かなり昔の私のブログを再アップさせていただいている。

第25回冬期オリンピックの各競技の予選会が世界中で
行われ、今、正にイタリアのミラノ、
コルティナ ダンペッツオに集おうとしている最中、
13年前のこの地の思い出、
ひかるさん、りょうさんとの4人旅を紹介させていただきたい。

9月17日 (月)

朝一番、朝食も取らず、7時20分の水上バスで、
サンタルチア駅に出て、

カラルゾ・ドュカドーレ行きの電車に乗った。
直通は一日に1本しかないから、これを逃す訳にはいかない。

心残りは、昨日も喉の痛みで食べられなかった朝食。
我々にすれば、かなり高いホテル代だったのに・・・・

水上バスの中から見る朝の町はとてもきれいだった。





カラルゾ・ドュカドーレの駅からバスで1時間、
コルティナ ダンペッツオに着いた。



今回の夫の大きな目的は
イタリアの「コルティーナ ダンペッツオ」だった。

昔「ドロミテ」の写真を見て、
死ぬまでに一度ここに行ってみたいと思っていたらしいが、
今までその機会は全くなく、
今回、初めていろいろ調べたらしい。

JTBに行っても、インターネットでも
詳しい情報がなく、かなり苦心したらしい。



地図の上では、
このままスイスに行けそうだと思ったらしいが、

山があるため鉄道もなく、
バスの定期便もあるかどうか分らない。

結局、又ヴェニスに戻るしか手段がないらしいとのこと、
3泊の予定を2泊にした。

バスの窓から見える景色はとてもすばらしかった。



しかし、私は「何だか、スイスのツェルマットと
ほとんど同じ景色・・・

こんなに苦労をする必要はなかったんじゃないかしら。」
と心の中で思った。

駅から数分というホテルまでの道が分らず、
迷っていたら、
日本語が話せる男性が寄ってきて、
タクシーに乗せてくれた。


ParcHotel Victoria Cortina
「パークホテル ヴィクトリア コルチナ」


窓から見える景色は本当に美しい!



部屋は小さいが清潔でかわいらしかった。





体調を戻すため、私はホテルで昼寝をすることにし、
夫と学生達はドロミテの絶景を堪能するために、
ゴンドラに乗りに出かけた。

ところが、ゴンドラは動いていなかったらしい。

バスセンターに戻ったら、先程の日本語の話せる男性が
「今日は終ったけど明日は動くよ。」
と言って、窓口まで一緒に行ってくれ、
イタリア語でいろいろ聞いてくれたけれど、
結局、冬季に入ったので運行中止になっていたのだ。

彼は地元の運転手だったのだが、
その観光に携わっている人でも知らないというほど、
この地域はまだ観光地としては整っていないのだ。

そして、この彼が明日すばらしいミズリーナ湖周辺の
案内をしてくれることになったという。
そして、断片的に彼の奥さんとお子さんは
浦和に住んでいるらしいという情報もあった。

3人で近くの生協で夕飯のあれこれを買ってきてくれて、
豪華な?夕飯をいただいた。

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2019・3・24 「うれしいお客様」の再アップ

2025-03-02 14:49:13 | 思い出 再アップ

うれしいお客様

先日お訪ね下さったお二人の思い出話から、
ご本人にお読みいただきたくて
かなり昔の私のブログを再アップさせていただいている。

以前は、簡単にクリック一つで同じページにお送りできたのだが、
いつの間にかそのシステムがなくなったらしい。
再度、コピーをしてここに上げる方法を思い付いた。
でも・・・少し変?

 3月21日(木)

卒業生のお一人がアメリカに転勤になり、
御家族で遊びにいらっしゃった。

大学時代に1年休学し、9ヶ月間、アメリカへ単身で
自転車旅行に出かけ、その時、初めてお会いした方が、
それも、何人もの方達が気軽に自宅に泊めて下さったとか。

お話を伺った時は驚いたが、我が家での集まりや、
毎年のスキー旅行で、その誠実な人柄に触れる度、
この方なら私でも、きっと初対面でも、
我が家にお泊めするだろうと思った。

もう、奥様のゆうこさんともお顔馴染み、
山岳会で長いお付き合いの末結ばれたとか。
穏やかで、落ち着いた感じがとっても好き。

 

いつも代わり映えしないが、
簡単な食事とワインを用意した。

 カボチャのポタージュ

生ハムサラダ  スライストマトの下は新玉葱のスライス

ベーコン・玉ねぎ・トマトのチーズ焼き

ポルポットーネ 
(お肉をしっかりこねなかったのでちょっと失敗作)

ブルスケッタ 
フランスパンにニンニクを擦り付け、軽く焼き、
角切りトマト、オリーブオイル、塩、胡椒少々、パセリを
混ぜて、上に載せる。

もうすぐ4歳のあさみちゃんは、全く好き嫌いがなく、
お野菜にトマトや生ハムを挟んだり、フランスパンも大好きで、
御機嫌でおしゃべりしたり、笑ったり、
まるで孫が来たような・・・

満腹になって、少しお眠になったものの、
気が散って・・・ぐっすりとはいかなかったようだ。

あさみちゃんの「もう夕方ですよ、夜になりますよ~。」
の言葉にせかされて、5時半過ぎにはお開きになった。

何年か後、帰国される頃には、きっと小学生、中学生?
又、来てね。

「行っていらっしゃ~~~い。」「体に気を付けてね。」

 

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