晴れ、6度、42%
道に甲高いおじいさんの声がします。香港に来たばかりのことですから、なんと言っているか解りませんでした。ある日、そのおじさんが、道端に腰掛けて包丁を研いでいるのを見ました。それ以来、なんて言っているのか解りませんが、甲高いおじさんの声がすれば、あー、研屋さん、と思ってきました。このおじさん、天秤棒をかついでいます。片方には自家製の腰掛け、もう片方には、研ぎの道具の入った道具箱。もちろんここは香港ですから、研いでいる包丁といったら、あの大きな中華包丁ばかりです。あるとき面白い光景を目にしました。マンションの2階から声がかかったのか、研ぎのおじさんが上を向いて話していました。その次に、その2階の窓から、何か新聞に包まれたものが、ひもにぶら下がってするすると下りてきました。包丁でした。おじさんは、腰掛けに座って研ぎ始めました。この後は見ていないのですが、きっと、また新聞に包まれて上に引き上げられたのでしょう。代金は、包丁と一緒に下りて来たのかしら?などと想像したことでした。
寒いみそかの朝を迎えた香港です。さて、おせちを作り始めます。おせちの準備の一番始めに私がすること、包丁研ぎです。月に2度ほど研ぐのですが、今日は、いつもより丁寧に。包丁に、この1年のお礼とおせちがうまくできますようにと気持ちをこめます。不器用な上に料理を習ったことがありません。お頼みするのはよく切れる包丁です。
包丁は一生ものではないと知ったのは、自分で包丁を研ぎ始めてからです。これまた、見聞きしただけで研いでいるものですから、うまいも下手もありません。研いで行くうちに、だんだん包丁が痩せて行きます。そのうち、新しいのと取り替えることになります。
2代目のセラミックの砥石、使い出がよく重宝しています。初めの砥石は、真ん中ばかりが凹んでしまいました。心穏やかに大きくと言聞かせながら研いでいます。
さて、切れ味を、 日本の赤かぶで試してみましょう。なますにします。
香港の研ぎのおじさんを見なくなって、4、5年が経ちます。道端でする仕事でしたが、時間をかけて仕事をしていました。一度研いでもらいたかったなと、今になって思います。