僕らはみんな生きている♪

生きているから顔がある。花や葉っぱ、酒の肴と独り呑み、ぼっち飯料理、なんちゃって小説みたいなもの…

「パトスとエロス」 家の中へ

2009年07月04日 | お知らせ
「お父さんお父さん」と叫びながら誰かを捜している。

ただ事ではないと感じた辰雄は「どうかしましたか?」と木戸をくぐった。
木戸は見た目よりずっとスムーズに動き、きしんだりがたつくこともなかった。

老女は近づく辰雄を認めると「ああシゲルさん、お父さんが、お父さんが変になっちゃった」と言って手を伸ばした。
辰雄はシゲルさんを否定しないまま老女に引かれて行った。

室内は薄暗かったが隅々まで清潔に整理されていた。
もともと家具や調度品はほとんど無く8畳ほどの居間には布団のない炬燵と仏壇、小さなテレビがあるだけで旅館の一室のようだった。

その奥の台所だけは生活感にあふれ、漬け物の壺や土鍋、使い込んだ飴色のザル、菓子のブリキ缶、薬の袋、手ぬぐいなどが雑然と置かれ、テーブルには食べかけの餅、昔風に少し広めの土間には二槽式の洗濯機があり、じゃぶじゃぶと回っている。

「こっちこっち」と言う老女についてさらに進むと、廊下を曲がったところに人が見えた。
濃紺の袴に白い胴着、弓の練習をする為に整えた服装で倒れている。

70歳は超えているだろうと思われる老人であったが、髪の毛のほとんどない頭はほどよく日焼けして、骨太の手足も健康そうに見えた。

老女は「お父さん、シゲルさんが来たよ、起きて起きて」と肩を揺する。辰雄はしゃがみ込み冷静に脈をみた。

ある。









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