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変化を受け入れることと経緯を大切にすること。バランスとアンバランスの境界線。仕事と趣味と社会と個人。
あいつとおいらはジョージとレニー




前回の記事

彼女が目覚めた。隣には彼が寝ていた。時計は午前4時を指している。
豪奢なレストランでは、二人の将来に関わる会話は途切れてしまった。
階下の部屋に移った二人は、まるで現在を堪能しようとでも云うが如く
に互いを求め合い、無限に続くかと思えた行為は、力尽き眠りに落ちる
ことで終焉を迎えた。
何も身に纏わずに眠っていた彼女は、湿って素肌に纏わり付くシーツに
不快感を覚えた。それは数時間前の営みによる生々しい類のものでは
なく、寝ている間に代謝された汗に違いない。悪い夢をみたのだ。
燃え尽きて眠る場合、多くは朝までの快眠となる。見た夢を覚えている
ことすら珍しい。だが今は、うなされ、苦しみ抜いて目が覚めた。

夢の中で草原に立っている少女は、自分だったのだろうか? そして、
優しく、どこまでも優しく少女を包み込んだ男性は誰なのだろう? 隣の
彼とは少し違っていたようだ。しかし、一緒にいることで得られる安心感
とトキメキ。長い間、忘れていたような気がする。彼と付き合い始めた頃
に味わった甘酸っぱい思い出。幸せには慣れてしまうと云うが、それは
事実なのだろう。人は新しい刺激を常に求めてしまう生き物なのだ。

1年前のこの日、恋人達の隣の部屋で少女が断末魔の中に描いた妄想。
それが残留した思念として、彼女の思考に割り込んだのである。勿論、
そんなことに彼女は気付かない。少女の思念はいつの頃からか自走して
いて、そういう状態を魂と云うのだろうか。誰彼構わず思考に割り込む訳
ではなく、特定の相手を選定していた。彼女は知らず知らずの内に少女に
選ばれたのだ。
花開く前に摘み取られた命。無念と云うのも無常に思える魂は、本来なら
その先にあったであろう未来、それを奪われずに淡々と生きる者に憎しみ
を持つ。増してや、明日があることを当然とし、それに満足していない者が
許せるだろうか。

優しさと愛情に満ちていた男性は、彼女の前で豹変した。少女が1年前に
見た幻想そのままに。そして、鬼の形相が言う。

「お前が憎い!」

再び彼女の全身から冷や汗が滴った。
夢を思い出したのではない。隣の彼が寝言を言ったのだ。「お前が憎い」と。
彼女は、恐る恐る半ば枕に埋もれた彼の顔を覗き込んだ。

<続く>

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前回の記事

悪循環という言葉がある。現象がある。
当事者達の意思を超越した次元で、目的も手段も負の連鎖に陥ってしまうこと。
誰も望まなくとも、停めることができない。あるいは、停める手段を持っていても、
自らがその役割に応じようとはしない。それを卑劣と蔑むのは簡単だが、大概
は痛みを伴うその諸行に躊躇したとして、責めることはできないだろう。それで
も尚、立ち向かう勇気を持つ者は賞賛されるべきにしても。

ことの発端は、社会の階層化とその問題点を危惧した一握りの人間が、何かを
せねばならないと強く感じたことによる。その意識自体は、安定と安全だけを重
んじる風潮にあって、立派と云えよう。ところがいざ行動に移す時には、問題点
の本質や行動の結果がもたらす影響、それらを鋭く洞察する能力が無ければ、
一連の経緯の全てが無為なものとなる。いや、無為であれば上等であって、多く
の場合は迷惑以外の何者でもなくなってしまう。
彼らの意思の高尚さとは裏腹に、その拙速で稚拙な行動は、社会への憂さ晴ら
しの次元を超えるものではなかった。正義漢あるいは救国の志士たらんと立ち
上がった彼らからすると、何とも皮肉な結果となった訳である。
彼らにとって、過去を継承するだけで富裕層を形成する者達、それが許せない。
人は生まれながらにして平等であり、誰かの子孫とかそういった理由だけで世の
ヒエラルキーの上層部に君臨することは、民主主義の根底を揺るがす愚の骨頂。
同列の意味で、後ろ盾の無い殆ど全ての人達が、予め用意された下位階層に組
み込まれていくこと、それが馬鹿げたシステムであって、打破すべきものなので
ある。幼稚ではあっても、ある一面は的を得ているかもしれない。しかし、その為
に彼らがとった行動は暴力。良家に生まれ育ったというだけで、さしたる落ち度も
なかった少女。彼女を拘束し、蔑み、そして殺めた。いったいそれで何が変わると
思ったのか。身代金の要求は、富の再配分だと主張した。誘拐は、真の警察的
行為だと言って憚らなかった。そして殺人は、彼らなり法の執行だと云う。
こういった行動が、専制国家と共産主義の闇の部分だけを取り出したものである
ということに、なぜ気付かなかったか。せめて、これから先の人生において、気付き、
悔やむことが期待できるだろうか。

被害者の無念、親族の嘆き、知人の哀しみ、いったいこれらは何によって埋め
合わされると云うのか。忘れ去られ、風化を待つのみであると考えるしかないの
か。そんなことは有り得ない。

念が残る。

悪しき手段で残された悪しき念は、悪しき連鎖にはまり込む。悪循環である。
悲劇の被害者の念は、悲劇の克服や、再発防止を願う心として萌芽するのでは
なかった。悲劇が訪れたのが、たまたま自分であったという不運。悔やむにして
も悔やみきれない。他の誰でもよかったはずで、自分以外の候補者全てが恨め
しく思えた。今置かれた状況が、如何に恵まれたものなのか、それを認識せずに
過ごす者達は、その存在が既に罪であり、罰を与えねばならない。

ここに、テロリズムの被害者がテロリズムの思念を残すという、循環が生まれた。
被害者側に漏れなく生まれる、復讐の誓いとともに。
誰も望んでいないように見え、テロリズムが根絶しない一つの理由である。

<続く>

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前回の記事

彼は、彼女の視線が空間を彷徨った一瞬を見逃さなかった。
事前に彼が想定していたオプション、そのどれにも当てはまらない光景が
彼の脳裏に焼き付く。所詮、彼が考えていたことは、彼女が「Yes」を言う
バリエーションでしかなかったのだ。そこには、はにかむのでもなく、笑顔
を振りまくでもない彼女が、無表情を銅像よろしく凍りつかせている。
暫くの間、彼の眼差しが彼女の視線と絡み合うことはなく、彼の所在無さ
と彼女の無表情が、二人の空間をクリスマスの雰囲気から冬の情景へと
変わらしめていた。

「少し考えさせて。」

彼女の精一杯の気遣いは、彼には最後通牒に聞こえた。肩を落とした彼
に次の台詞は出ない。彼女とて話題を変えるような機転を利かす余裕は
なく、二人の思念は現実を超越した妄想へと逃避した。
念というものに力があるのか。それとも、人とは念の中に逃避する性向を
持つ生き物なのか。いずれにせよ脳内に格納された記憶が、複雑な処理
を経て思考に至る膨大なプロセスにおいて、何者かが介在したとしても、
それに気付く術はない。たとえば他者の念や残留した思念が、同時並行
的に反応していくシナップスの受容体として機能したとしても、DNAレベル
で制御される神経反応の一つ一つが意識されることはなく、一瞬の内に
循環されていくことだろう。

「あなたたちは充分に幸せなのに、未だ不満があるの?」

二人の深層意識の中に、あるいは潜在意識の一つとして、若い女性の声
が同時にささやきかけた。
窓外に広がる美しい夜景。その中には、遠くからでもそれと分かる新宿の
高層ビル街があって、昨年、二人で始めてのクリスマスを過ごした老舗の
ホテルも含まれている。今も昨年の二人のように、多くの恋人達が愛を確
かめ合っていることだろう。そういった幸福の念が、輝くネオンの光とともに
二人にも届いていた。昨年に二人がそこに残してきた、幸せと美しい未来
への予感をも伴って。しかし、届いた念はそれらだけではなかった。

無念、あるいは喪失感。

一瞬に凝縮された思いは何者をも凌駕する力を有し、一つの生命体の如く
伝播する対象を探す。実体を伴わぬそれは、永遠に満たされることがない
という宿命を帯び、自己解決の術を持たないことで絶望が助長されていく。
ここに芽生えたのは、実社会におけるテロリズムの動機と酷似していた。
より良い未来が完全に否定されたと感じる時、自滅的暴力によって他者に
自らの絶望を周知させようとするのは、人が人たる所以とでも云うのだろう
か。未熟として片付けるには、あまりに節操が無いではないか。

悲劇とは連鎖しようとする。断ち切る策は、対極の感情か。あるいは一層
の悲劇か。

<続く>

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前回の記事

犯行声明が出されたのは数日前のことだった。
一億総中流と揶揄された時代が過去となって久しい現在、テロリズムの
温床が日本国内に創出されてしまったのだという事実を知る者は少ない。
その構図はカウンターテロを目的にした組織にしても例外ではなく、多く
の国民にとって、テロは外国の問題なのである。
いったい日本という国において、正義とは如何にして主張されて来たの
だろうか。前世紀が欧米化とその進化の時代だとすると、誰もが進歩し
繁栄することを正義と見なし、漠然とした目的と考えていた。故に国民の
意識は統一され、そこから導き出される恐るべき生産性が、戦後日本の
奇跡と呼ばれる繁栄をもたらしたのだ。

そんな時代は終わった。

気付いている人の多少に関わらず、社会は階層化されていく。個人主義
という美辞麗句の下、責任の所在だけを社会に帰結させ、行動の自由は
なりふり構わず主張する。そのことにジレンマを感じることさえなく、個人
の属性たる社会がカテゴライズされていったのだ。

既に模倣する相手はいない。

少なくとも経済面において、世界の先頭集団の一員になったのだから、
前を行く者はいないのだ。自ら工夫し創出する苦悩、そしてその克服。
これが現代日本の本質的命題であって、成し遂げねばこの国に未来は
無い。だが、この問題の根は深い。
日常に汲々とする事態に陥った人々が求めるのは、今日の糧であって
その後にある明日の改善なのである。ところが対処療法の効果は少なく、
即効性が期待できるはずもない。

膿がたまっていた。

そして、膿の浄化が多様性を帯びる。それぞれの信念に基づいて、
あるいはそれぞれが考える責任の所在、根本原因の解消を求めて。

「万人から搾取することで成り立つ一極集中、我々は一部の者だけが
繁栄する社会を許さない。その者どもは、人のありようを思い知ることに
なるだろう。恐怖を通じて。」

哲学的でも文学的でもない脅迫文が、声明として流布してから数日後、
クリスマス・イブの夜のことである。

<続く>

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前回の記事

彼女は、二人のイベントの企画を基本的に彼にお任せにしていて、今年
のクリスマスも彼がどのように演出してくれるのか、楽しみにしていた。
楽しみに何かを待つということ。それ自体が恋人達の特権と云えようか。
より大局的には、若者の特権と言い換えられもしようが、いずれの要素
をも満たす彼女にとって、その日を待つ心境は無邪気でさえあった。

山手線の内側、東京の中心地。昨年同様に美しい夜景が見られるが、
今年は360度全方にそれが広がっていた。皇居の周辺だけが暗くなって
いて、まるで大きな穴が穿たれているよう。右手に新宿の高層ビルと
ネオンが広がり、前方の煌めきは六本木だろう。左手の太い柱の向こう
には、銀座から大手町方面の明かりが見える。そんな夜景を強調する為
だろうか、店内の照明は控えめに抑えられていた。
恋人達のテーブルを最初に彩ったのは、豆のスープ。彼女は、もう少し
明るければと思ったが、乾杯用の辛口シャンパンとの相性は抜群だった。
その後の料理も食の進みや会話との絶妙なタイミングで供され、贅沢で
はあっても既に料理自体に新しさを二人が覚えることはなかったが、大人
びたサービスにとても満足していた。
そしてテーブルには、チョコレートムースに苺のソースがアクセントを描く
デザートが静かに置かれた。フレンチ風のコース料理からすると、やや
イタリアンなアンマッチを感じさせはしたが、コーヒーもエスプレッソ風な
もので、それはそれで絶妙なマッチングを見せていた。
彼女がフレンチコーヒーが苦手なのを知って、彼がアレンジしたのだろう。
そういう繊細さを彼はもっている。彼女にはそれがとても嬉しいことだった
が、飲み下したコーヒーの温かみを胃に感じたその刹那、彼の手が彼女
の前に伸び、そして一つの小さなケースを置いた。

リングケース。

この時点で、彼女は全てを悟った。
そろそろ、そういう時期かもしれない。
先延ばしする理由はない。
ところが、現実として結婚を受け入れる心の準備はしていなかった。
準備が必要だろうか? 彼女の頭脳が自己問答を始める。

「結婚してください。」

彼の声が、所在無さげに宙に浮いていた。

<続く>

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前回の記事

スイッチがあった。
少女が座る椅子に仕掛けられていたスイッチは、少女が立ち上がると
同時に通電し、仕組まれた機構が活動を開始する。
少女の身体スイッチは、極限まで分泌されたアドレナリンによってOn
状態となり、しなやかなその肢体は、脳幹や脊髄での反射レベルで
反応を始める。
急激に立ち上がった少女。恐らく、彼女の記憶にこの部分の動作は
残らないことだろう。なぜなら、彼女の心のスイッチはこの時点で途切
れてしまったのだから。
埃すらも残らないように清掃された絨毯、少女の身体はその上に倒れ
込んだ。

そして、眠った。
失神したと云ってもいい。

薄れていく知覚はまるで、五感に霞がかかっていくようであった。同時
に、記憶の引き出しの中身と彼女自身の想像力で構築される幻想は、
美しい映像とともに研ぎ澄まされていく。

少女は草原に立っていた。朗らかに頬を撫でる風、そして鼻腔を埋める
草木の香り。振り返ると、そこには将来を誓った男が立っていた。彼女
には未だ、人生を歩む上でのパートナーを選ぶ裁量はない。しかし、
今この時点で心から愛しているという気持ち、それを大切にしようと思う。
彼がいない未来は、想像するだけで苦痛だった。

「ありえないわ。」

思わず口から漏れた台詞は、彼が去ることを考えてしまったことによる。
この言葉が引き金となって、彼女の置かれた状況は途端に変化した。
小奇麗に纏っていた衣服や装飾品が、みるみる内に朽ち果てていく。
笑顔を絶やさなかった彼の形相が、鬼のそれに変わった。

「何て言ったの?」

恐る恐る彼女は訊いた。
底辺を知らぬ者どもを駆逐する? 彼女には意味がわからない。
狩が始まったのだよ、最高の獲物だ? 
輝く未来が消え失せていく。少女の意識とともに。

現実と幻想の合間で少女が流した涙は、絨毯に染み込んでいき、彼女の
最後の意志とともに誰に気づかれることもなく消え失せていった。

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前回の記事

二人で過ごした初めてのクリスマスから1年が経った頃、再び恋人色に
染まった街並みの中で、彼はプロポーズすることに決めた。

未だ早いか。
延ばす理由もない。

断られることを彼は想像すらしなかった。二人で寝食をともにして約1年。
冬には、スキー場ではしゃいだ。ともに上手くはなかったし寒さは苦手な
方だったが、二人で滑っている時間が輝いて見えた。宿で見た湯上りの
彼女の美しさは、魅惑という言葉すら陳腐に思えた。
春に仲間と出かけたキャンプで、皆にカノジョとして紹介した。たったそれ
だけでご満悦な自分に酔った。
夏の海辺では、ちょっと大胆なビキニの水着にドギマキした。二人で買い
に行ったのだから、予め知っていたのに。
お盆には休みをとって、両親に彼女を紹介した。そのとても素敵な容姿と
立ち居振る舞いが、言いようも無く誇らしく感じたものだ。
そして秋、夕日に染まったハワイの海辺でのキスは、人生で最良の思い
出となった。
彼は、普段の日々の営みに彼女を求めていた。それだけでは飽き足らぬ
思いが、四季を通した大袈裟なイベントを彼に催させたのである。
そして今、2年目のクリスマスには、プロポーズという花が添えられようと
していた。

彼にとって、結婚ということがそんなに大事な訳ではない。世間体や経済
面、あるいは自分の立ち位置、そんなものが有利になることは理解してい
る。だが、彼の結婚への動機はそんなところにはない。
自分と彼女を結びつけるもの、それがどんな種類の証であれ、全てを実践
しておきたいのだ。結婚という行為からは、戸籍上の証、血縁からの承諾、
知人友人への周知、その他多くの要素が、二人の結び付きを強めてくれる
気がする。そして、そういった効果に見合うだけの演出をしたいとも思った。

彼が彼女に贈れる指輪は知れたものかもしれないが、それでも彼はとても
真剣に、そして時間をかけて選んだ。多くの男性と同様、ダイヤモンドの品
質を量る基準は、この時に知った。知ってしまえば、なるべくいい物が欲しく
なるのも、人並みと云えよう。結局、一面に突出するよりも、まずはデザイン
を優先し、あとはクラスとクラリティとカラットとカラーのバランスを重視した。
手にとった指輪の美しさは、彼の一途な思いを伴って、彼女の可憐な指を、
そして全体の艶やかさを見事に飾ることだろう。

いよいよその日は明日。言いようのない緊張感と高揚が、彼を包んでいた。

そんな彼のオーラに彼女の第6感も反応したのだろうか。ある種の予感が
彼女にもあった。

<続く>

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前回の記事

一言で犯罪と云っても、それは様々な側面を持っている。分類する方法も
無数に存在し得るが、一般には動機か被害規模に応じて区分するだろう。
それらとは異なるアプローチとして、顕示性での区分を試みてみると、どう
なるだろうか。
多くの犯罪は、隠蔽方向に向く。しかし、一部のものは敢えて開示される
ことを欲し、そういう性向を持つ犯罪は、基本的にはテロだと言っていい。
つまり、主義・主張を暴力によって周知させる、あるいは受け容れを強要
する類のものである。極論すると、多くの犯罪とテロとの決定的な差異は、
顕示性の有無として表面化し、より本質的には被害者を個人としては選
ばないという処に帰結する。個人は象徴としてのみ選ばれ、その人間性が
攻撃の対象とはならないのだ。唾棄すべき性質は似ているように見えても、
通り魔事件や一部の詐欺事件が、テロリズムに分類されない所以である。

ホテルの一室で、愛を確かめ合い、そして将来の夢を思い描いている恋人
達がいたとして、彼らに落ち度があったかどうかということに、テロリストは
関知しない。テロの結果を醜く彩る手段として、被害は悲しみと苦しみに満
たされるべきなのだ。

恋人達の部屋と同じフロアには、多くの部屋がある。その殆どが彼ら同様
に恋愛に満ちていることだろう。しかし、彼らの隣の部屋では、一人の少女
が今まさにその人生に幕を降ろそうとしていた。自ら望んだものではなく。
誰であっても、生の終焉を望むことはないだろうが、自然現象以外の要因
であることは、法的にも道徳的にも、認められないものである。唯一、社会
や人間自身の未熟さに起因する不可抗力だけが、不可避な偶然として、
具体的には何らかの事故として、生命を奪う要因となってしまうのみである。
彼女が置かれた環境は、そういったものとは一線を画していた。暖房が効
いているとはいえ、高級ホテルのこと、それは適温に調整されている。だが、
彼女の全身は、薄着であるにも関わらす汗でグッショリと濡れていた。

椅子に座っている。
もう何時間も前から。

動けないのだ。彼女の身体を拘束する器具は何ら取り付けられていなかった
が、彼女は動けない。どうやら、椅子に細工があるようだ。彼女が立ち上がり
でもすれば、その細工が作動する仕掛けだ。彼女をそこに座らせた者達は、
大きな音でもスイッチが入ると言った。大声は出せない。

随分と泣いた。
精一杯考えた。
答えは見当たらない。

自らの運命を嘆くことにすら疲れ果てた彼女の精神は、既に限界を超えて
久しく、心が折れてしまうのに、何がトリガーになっても不思議ではない。
その時、そんな状態など知る由もない隣の恋人達は、互いの未来を祝う為、
2本目のシャンパンを開けた。

ポン。

軽衝撃音は、防音しにくい。プライバシーを保護するはずの壁を易々と通り
抜けてしまう。本来は歓喜を誘発するはずのその音は、決して大きなもの
ではなかったが、隣の少女が狂気するには充分だった。

<続く>

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前回の記事

都心から25分の駅。そこから徒歩で5分。利便性に富んだワンルームと
云えよう。彼女の住む僅か20平米程度の空間が、恋人達の寝城になる
までに、クリスマスの朝から長い期間は必要なかった。
シングルのベッドが部屋の大部分を占めていたが、肩を寄せ合う二人が
狭さに不満を持つことは無い。また、電気コンロが一つだけ設置された
キッチンでは、大したご馳走を期待すべくもないが、それは二人にとって
最上のメニューであり続けた。

腕枕をしていると腕がすぐに痺れてしまうこと、その事実を彼が知ったのは
いつのことだったか。前の彼女か、それとも他の誰かか。
なのに彼は、腕枕をせずにはいられない。彼女の最も魅力的な側面の一つ
がそこに現れるからだ。
疲れればいびきもかく。朝方には言いようもない口臭が襲っても不思議では
ない。人とはそういう生き物であることを彼女は知っていた。そんな部分まで
を愛していると言えば、それは嘘になる。しかし、一つの望まざる側面だけで
全てを形容してしまう程、彼女とて乙女ではなかった。

彼らの関係を恋人ならしめているのは、彼らを結びつけている因子が恋心だ
からで、恋心は幸せをエネルギーにして存続し得るものである。
どうやら彼らは、年齢相応の人並みな常識と感性は持ち合わせているようで、
それらは、然るべき経験と考察の積み重ねから得られたものだろう。
しかしながら、恋心に絶えず幸せを供給し続けるということは、変化が求めら
れ続けるという事実、既に幸福感に満ちた二人がそれに気付かないのは、
止むを得ないと云うにも口惜しい。同等の恋心を存続させるには、同じ大きさ
の幸せを感じておく必要があり、それには継続的に変化すること、つまりは
異なったアプローチでなければならないのだ。
とは云え、変化し続けることなど、不可能事である。よって、多くの人間関係
が結末を迎える。二人の将来も同様なのだろうか。
変化を求める姿勢、結果ではなく姿勢を共有すること、あるいは敬意を持って
その姿勢に接すること。それが継続の要素であり、結局何らかの形や要素で
尊敬できる相手とのみ継続できるということなのだが、概念的にしろ理解して
いたとして、なかなか上手くいかないのが世の常。これから二人に押しては
寄せる現実が、恋色とは違った盲目に彼ら導こうとてぐすねを引いていた。

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前回の記事 

都心のホテルとしては広い部屋。恋人達に用意されたキングサイズの
ベッドとは反対側に位置する窓には、今も幸せ色の夜景が広がっていた。
しかし、彼らの目には恋人色のフィルターがかかっている。彼らには美しく
きらめいて見える夜景の中には、クリスマスイブの夜には不似合いな哀愁
や苦痛も存在するのだ。それは遠い世界の話ではない。

深く愛に溺れれていた二人。そんな彼らから僅か十メートル少々の距離。
恋人達が愛し合っていたその時、隣の部屋は恋愛とは対極の感情で満ち
溢れていた。言葉にするならそれは、憎悪や恐怖と呼ぶのだろうか。

それぞれが隔離された空間を占有する。ホテルというのはそういう場所だ。
故に、隣近所で何が起こっていようとも、それに関知しないことは責められ
ないだろう。同様に、たまたま隣接してしまったという偶然についても、それ
は誰の責任でもない。
邪悪に蝕まれた空気が、徐々に周囲に拡散していく。それを停める手立て
は、恋人達の与り知らぬことなのである。

僅かに隣の部屋から漏れ聞こえる声。聞き耳を立てていたとしてもそれが
テレビ等の騒音か、あるいは悲鳴のような窮地の知らせか、聞き分けるの
は難しかっただろう。増して、愛の語らいに夢中な恋人達にとって、そこは
彼らだけの世界なのである。周囲からのサインを受け止めることなど、有り
得ないのだ。

幸せな状況故にこれから起こる事象に気付かないとは、何たる巡り会わせ
か。しかし、その時点の幸せを満喫せず、常に周囲のアラームにアンテナ
を張り巡らせていたとしたなら、本当の幸せはいつになったら訪れるのか。
そんなジレンマを感じることもないまま、恋愛と邪悪の時間軸が、今ここで
交差しようとしていた。

続・おまけのクリックⅡ。
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前回の記事 

二人で過ごす初めてのクリスマスは、彼らにはやや分不相応な
高級ホテルからのチェックアウトを迎え、終わろうとしていた。
互いのプレゼントや着替えを仕舞い込んだ洒落た紙袋、そして
幸せと未来への希望といった大荷物を纏って、家路につくのだ。

二人はいつから恋人だったのだろう?
互いの時の流れが接したのは、この年の春のことだった。
出会った時点で既に恋人だったのだろうか。
確かに彼は、一目惚れした。社交辞令的な挨拶までが、彼を
虜にしてしまった。
彼女はと云うと、一目惚れではなかったが、いつか彼が自分を
口説きに来ることを直感したという。
そんな彼らにとって、恋人の定義を云々することは無駄に思えた。
二人の出会いは運命付けられたものに違いなく、少なくとも彼ら
はそう確信していた。それ以上に何が必要だろうか。

最初に二人で出かけたのは、出会ってから2ヵ月後のこと。
何気ない週末だった。彼は日用品の買物にいくつもりで、彼女
は美容院に行く予定だった。彼からの電話で落ち合った二人は、
各々の予定を変更することもなく、表面上は淡々としていた。
その時の心の昂ぶりを彼は忘れない。決定的だったのは、彼女
が髪を切り終わった時に、「美容師さんに、外で待っているのは
カレ氏? って言われちゃった」 と告げられたこと。
舞い上がった自分を可笑しくも思ったが、忘れられない思い出に
なった。そしてその夜、彼は決心した。

この時点では、彼にはカノジョがいた。
その女性が嫌いになった訳ではない。
もっと好きな女性が現れてしまったのだから、しょうがないとも
思う。しかし、それを認めてしまえば、キリがないのではないか。
また別の女性に恋してしまう未来の自分を想像し、それがとても
おぞましく感じた。
ところが、そんな女性はもう現れないと思えた。もし現れたとして
も、一時の心の迷いとして片付けられるはず。それは打算という
ことではなく、残りの人生を賭ける価値があると信じる自分を見出
していたのだ。
意を決して付き合っていた女性の肩書きと元カノに変えた彼は、
彼女のもとに走った。

彼女とて迷いが無かった訳ではない。
カレシはいなかったが別れて間もない頃で、節操が無い女になり
下がる気がした。なのに気付いた時には、彼の胸に抱かれている
自分がいた。

二人の時間軸は、この時から重なり交わり、あるいは絡み合って
流れ始めた。

この世に確固たるものは無いと云うが、彼らにとってそんな常識は
何の意味も持たない。そんな幸福による盲目に陥った彼らの眼が、
改めて現実を見据えた時、いったい何が起こるのだろう?

<続く>

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新宿東口改札前。
クリスマスイブの午前11時、多くの待ち合わせ客と同様に、
彼は彼女の到着を待っていた。
彼女が現れると、彼はすぐにその手をとって歩き始めた。事前に計画した
この日の計画が走り出したのだ。

まず最初に、老舗洋食屋で軽めのランチだ。
それから、デパートに行って互いのプレゼントを買う。予め欲しいものは
聞いてあるし言ってある。一旦別れて、それぞれが相手に贈る品物を
買いに行く。持ち時間は3時間。
彼はアメリカブランドの指輪を買った。それだけではなく、イタリアブランド
のバックもあげよう。
ちょっと陽が陰りだした昼下がりに再び待ち合わせて、お茶を飲む。
ここではプレゼントの話は敢えてしないで、今夜にとっておこう。
それからは、今晩泊まるホテルに向かう。ゆっくり歩いて行くんだ。
老舗の高層ホテル、43階に部屋をとってある。

窓からは幸せ色に染まった街並みが見え、徐々に灯りがともされていく。
ロマンチックな風景に酔う彼女はあまりに魅力的で、彼は思わず後ろから
抱きついた。夕食までの短い時間の間に、夕日の中で愛を確かめ合った
二人は、火照った体をレストラン用の洋服に押し込め、部屋を出た。

最上階のレストランで席に着いた時には、既に夜景が美しく輝いていた。
他愛のはい話で盛り上がり、お決まりのワインを空け、専任のシェフが
目の前で調理していく料理を次々に咀嚼した。
彼女といれば、何もかもが旨かった。楽しかった。
ソファ席に移って、デザートとコーヒーを堪能した恋人達は、見る者までを
幸せにするかのような笑顔を振りまきながら、部屋へと引き上げていった。

部屋にはシャンペンが用意してある。改めて乾杯して、いよいよプレゼント
交換をはじめる。なぜこれを選んだのか、これに決めるまでにどんな迷いが
あったのか、これがどれだけ素晴らしいものなのか、互いに品物を餌にした
話を続けた。
そして、恋人達の為の長い夜、ぞんぶんに心身のふれあいを楽しんだ。

ありきたりだが、まぎれももなく、二人は恋人であった。

<続く>

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性懲りも無く、長編物語の執筆を続けています。
ただ、思う処があって、ちょっと路線変更しようかと。

幾つかの体験談を盛り込もうとしていた。勿論、脚色
してはいるけど、人には言えないような事柄ですよ。
そしたらさ。
背徳的と云うか、非常識というか、アホです。
そんな自分が浮き彫りになって、これ以上続けると
凹みそうだからね。

何の為に書いているのやら。

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暫く鎖国しておりましたが、昨晩やっと黒船が来まして、
本日より開国でございます。そして、3週間ぶりの休日!
脳内的には、幸凹愛凹疲、みたいな感じです(?)。



さて、本題の「ボキャブラリー」の話。

谷崎潤一郎。

おいらと云えば、『痴人の愛』しか読んだことが無かった。
知人に薦められて、『文章読本』という作品を読んでみた。
紹介してくれたのは【知人】です。【痴人】ではない。

含蓄満載。

物語を書く輩の端くれとして、興味深い内容だった。
最も感銘を受けたというか、驚いたのは、日本語というのは
本来、語彙の少ない言語だということ。
おいらは、日本語って多くの語彙で機微を現す言語なんだと
思っていた馬鹿野郎なので、新鮮でした。

昭和初期と現在。
共通している事項と、全く違っている分野がある。

そういう面白さと、耳が痛い指摘。

モノ言わぬ文化や真実は沈黙にあるとする思想、こういった
ものを継承する末裔として、果たしておいらが今学ぶべきは
何なんだろう? おいらが伝えたいことってばいったい何だ?

ビールに答えがありそうだ。

現実逃避とか言わない。

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 ここはまだ海の底ではないが、昼下がりだというのに陽の光が届かない場所。そんな処に深海艇が佇んでいるのを見るのは、深海魚くらいのものだ。深海に潜ることを生業とした『月光』を名乗る船の中で一人、琢磨洋介は考え込んでいた。

 やるべきか、やらざるべきか。

 深海特有の静けさと機器や船体が発する音達、サラリーマンではあってもベテランであれば、そんなものに遮られることなく考え続けられる。日常は遠く地上にあり、ここは何物をも押し潰す地獄。そんな極端な対比が、究極の選択に結論を出そうとしている状況を見事に演出していた。

やるなら、いかにして?
変化を好む本能の声。
やらざるならば、なにゆえに?
歳相応に多くを知る知識からの警鐘。

結論を得るには、今暫くの時が必要と云えよう。

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