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短編集『老神介護』

2024年07月23日 23時00分00秒 | 書籍関係

[書籍紹介]


 
「三体」(2008)で世界を震撼させた
中国のSF作家・劉慈欣(リュウ・ジキン)が
それ以前に書いた短編を集めた本。
驚天動地のSF世界を構築する。

「老神介護」

ある日、地球の空を覆って現れた
2万1513隻の宇宙船から
次々地球に降り立ったみすぼらしい老人たちが、こう言う。
「わしらは神じゃ。
 この世界を創造した労に報いると思って、
 食べものを少し分けてくれんかの」
話を聞いてみると、三十億年前に
地球に生命を植え付け、
その進化を見つめていたという。
恐竜という失敗例もあるが、
人類が生まれたことにより、
地球は高度な文明を築いた。
浮浪者のような老人たちの姿に
人々はその事実を疑うが、
老人たちの言う通り、
地中から監視機械が出てきたことや、
最初の地球生命の設計図や
太古の地球の映像を見せられたりすることにより、
彼らが生命を創造した神々であることを、
認めざるを得なくなる。
国連事務総長は、
この老神たちを扶養するのは人類の責任だと認め、
二十億柱の神は、十五億の家庭に受け入れられることになる。
彼らの高度な科学的知識を提供することと引き換えに。

神文明は地球が生まれるずっと前から存在し、
誕生したばかりの地球に生命を育てた。
老神たちの遠い先祖の遺伝子を植え付け、
地球には、神たちとそっくりの種属が生まれ、
文明が発展した。

一方、神文明は晩年を迎え、
自分たちの最後の時を
過去の記憶に残る
家族たちとの中で過ごしたいというのだ。

しかし、ほどなく、彼らの科学的知識が高度すぎて、
地球人の手に負えないことが分かる。
それと共に神々と地球人の蜜月は終わりを告げ、
ただ食べて寝るだけの老いぼれたちを
人類は持て余すようになる。
二十億もの余分な人口を抱えるようになった地球。
彼らは何の価値も創造しない超老人、
その上、大半が病気持ちで、
人類にとって未曽有の重荷となり、
世界経済は崩壊寸前となる。

それは神たちに対する虐待に発展し、
家を追われた老神たちは、
自分たちの寄り集うコロニーに逃げ込む。
やがて、決断した老神たちは、
待機していた宇宙船に再び乗り込み、
地球を去っていく・・・

という話を神を受け入れた中国の一家庭を中心に描く。

何と言う卓抜な発想と豊かな想像力
しかも、宇宙の創造、生命の進化だけでなく、
人類の抱える老齢化問題をも含んでいる。
この作を天才の所業といわず、何と言おうか。

「扶養人類」

「老神介護」の後日談。
実は、老神は、地球を去る前に、
驚くベき事実を告げていた。
老神たちが創造した地球が他にもあるというのだ。
人類以外に、同じように文明が発展した地球が3つ存在し、
今の地球は一番若く、第四地球という。

その「兄地球」が地球に来訪して来た。
まず一隻が先遣隊として到着し、
数年後に到着する1万隻には、十億人が乗っているという。
兄地球の人口は、20億人。
一人に富が集中し、
あとは全員貧乏人という特殊な世界を形成していた。

という話に並行して、
ある狙撃者の訓練の話、
13人の大富豪による
貧乏人に対する施し、
(それは、兄地球人に対する第四地球の富の平等を示すものだという)
それに従わない者は、
狙撃者によって殺戮される。

これも天才の所業。
しかも、富の偏在に対する強烈な皮肉が込められている。

「白亜紀往事」

人類が登場するはるか昔の6500万年前。
地球には、恐竜と蟻が共存していた。
恐竜の二つの帝国と、蟻の国。
それぞれは危うい均衡の上に成り立っていた。

恐竜・蟻サミットで、
蟻世界は恐竜世界に対して、
全ての核兵器を廃棄するように求めるが、
この要求が拒絶された結果、
蟻たちがストライキに突入する。

これで困ったのは恐竜たち。
体が大きすぎて、
配線一つつなげることが出来ない。
恐竜世界のすべての工場で蟻が働き、
恐竜が作れない微小部品の製造や
精密機械の操作と修理を担当していた。
医学も同様。
恐竜の手術は、蟻の医師が恐竜の体内に入って行う。

恐竜と蟻の対立は、ついに破綻し、
恐竜帝国の核兵器が作動し、
地球は滅亡する

それを阻止しようとする蟻の奮闘がめざましい。
核兵器の解除信号を出すため、
使えない翻訳機の代わりに、
蟻の作る人文字で伝達しようとする涙ぐましい努力など。

残った蟻が、
「恐竜のように大きすぎず、
蟻のように小さすぎない動物」の台頭を予言して終わる。
その結果として、現れた人類も、似た道をたどろうとしている。

「彼女の眼をつれて」

休暇を申請すると、許可された際の条件が、
「目を連れていくこと」。
宇宙服を着て作業している若い女性の目と連動した眼鏡を装着しての旅行。
旅行先の自然や花々に女性は感動の声を上げる。
苛酷な環境の中、
短調な作業をしている女性に束の間の平安を与えようという
その試みは成功したように見える。

最後に、その女性のいる意外な環境が明らかになる。

5篇中、最も叙情的な作品。
筆者は気に入らないらしいが、
指示する読者は多い。

「地球大砲」

末期白血病の科学者が
治療法が確立する時を求めて、
凍結冬眠する。
予定より長く、74年の冬眠から目覚めると、
何やら不穏な雰囲気があり、
囚われの身となる。
どうやら眠っている間に、
科学者の息子が何かどえらいことをしたらしいのだ。
そして、拉致された科学者は、
地球の穴に放り込まれる。
それは地球を貫くトンネルで、
自然落下して、地球の反対側に至るのだ。
マントル層を通過し、地球の核をも通る。
そして・・・

この話に「彼女の眼をつれて」がからんでくる。

5篇全て、
そのスケール、着眼点、展開が
並のSFを越えている
天才にしか書けない世界。
そこらへんの「SF作家」が裸足で逃げ出すような作品群。
さすが「三体」の作者。
眼がくらむような思いで楽しませてもらった。

兄弟作として「流浪地球」があるが、
それが宇宙編ならこちらは地球編。

現在61歳の劉慈欣。
まだまだ驚くようなSFを読ませてくれそうだ。

訳者あとがきにあった「小衆文化」という言葉が興味深い。
「大衆文化」の対義語で、
2000年代、SFはまぎれもない「小衆文化」であったが、
今は、「大衆文化」を飛び越えて、
「主流文学」の一部になったという。
中国では。

それに続く劉慈欣のエッセイで、
「われわれはいま、人々のはるか先頭に立ち、
 世界が追いつくのを
 辛抱強く待っている」
という言葉も味わい深い。