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空飛ぶ自由人・2

旅・映画・本 その他、人生を楽しくするもの、沢山

連作短編集『成瀬は天下を取りにいく』『成瀬は信じた道をいく』

2025年04月11日 23時00分00秒 | 書籍関係

[書籍紹介]

独特な感性を持つ女子高生・
成瀬あかりの自由奔放な行動と、
それに振り回されつつも惹かれていく
周囲の人々の姿を描いた青春小説

収録作の「ありがとう西武大津店」が
新潮社主催の第20回『女による女のためのR-18文学賞』
史上初のトリプル受賞(大賞、読者賞、友近賞)に輝いて、
『小説新潮』2021年5月号に掲載され、
「階段は走らない」が
『小説新潮』2022年5月号に掲載された後、
書下ろしの4編を加え、
2023年3月17日に新潮社から刊行された。
このデビュー作が
発売から半年で書籍、電子書籍合わせて
発行部数10万部を突破し、
第39回『坪田譲治文学賞』
2024年『本屋大賞』など数多くの賞を獲得。
なんともラッキーな展開だ。

滋賀県大津市を舞台に、
主人公・成瀬あかりの中学2年生の夏から
高校3年生の夏までの間の出来事を描く5編と、
スピンオフ的作品「階段は走らない」1編の全6編から成る。

「ありがとう西武大津店」

成瀬あかりは14歳の夏休み前、
近く閉店を控える西武大津店に
西武ライオンズのユニホームを着て毎日通い、
ローカル番組「ぐるりんワイド」の生中継に映り込む。
同じマンションに住む幼なじみの島崎みゆきを巻き込み、
二人組のユニホーム姿が話題となる。

「膳所から来ました」

西武大津店通いを終えた成瀬は、
「わたしはお笑いの頂点を目指そうと思う」と言いだす。
又も島崎が巻き込まれ、
「膳所(ぜぜ)から来た」ということで
漫才コンビ「ゼゼカラ」を結成し、
M1グランプリに出場、
いずれも一回戦敗退する。

「階段は走らない」

大阪に勤める敬太は、
西武大津店の閉店を知って、行ってみると、
小学校時代の同級生に次々と遭遇する。
家庭の事情で転校し
音信不通となったタクローを探し出そうとするが、
「閉店の日西武の屋上で」というタクロー名のメッセージが投稿され、
半信半疑で閉店の日に屋上へ向かう・・・

「線がつながる」

大貫かえでは進学した県内屈指の進学校・膳所高校で、
中学時代に苦手であった同級生の成瀬と同じクラスとなる。
成瀬は坊主頭になっており、
3年で何センチのびるかを検証するのだという。
その上、かるたのサークルに入り、活躍し始めた。
大貫は同じ東大志望の男子・須田と親しくなり、
一緒に東大のオープンキャンパスに行ってみた。
すると、そこで成瀬に遭遇し・・・

「レッツゴーミシガン」

滋賀県で開催される全国高校かるた大会に
広島県代表として出場した西浦航一郎は、
他校の出場者の成瀬に一目惚れし、
幼馴染の協力もあって成瀬とデートの約束を取り付け、
琵琶湖の観光船ミシガンに案内される。

「ときめき江州音頭」

成瀬と島崎の「ゼゼカラ」は、
地元自治会の「ときめき夏祭り」の総合司会を毎年務めるようになる。
父の転勤に伴って東京へ転居し、
東京の大学に進学すると島崎から聞かされた成瀬は、
受験勉強が手につかなくなる・・・

成瀬のどこが特別かというと、
興味のままに我が道を進み
ブレないところ。
人の評価を気にしないところ。
しかし、意外なところで顔を出す人間臭さ
そして、200歳まで生きる、と宣言する。

中学生、高校生が主人公だが、
書いたのは、大津在住の41歳の主婦・宮島未奈

 

その続編で、
収録作の「やめたいクレーマー」が
『小説新潮』2023年5月号に掲載されたのち、
書下ろしの4編を加え、
2024年1月24日に刊行された。
前作に続き滋賀県大津市を舞台に、
主人公・成瀬あかりの高校3年生の秋から
大学1回生の年末年始までの出来事を描く全5編から成る。

「ときめきっ子タイム」

小学4年の北川みらいは、
総合学習のテーマが、
ときめき地区で活躍している人だと聞き、
憧れのゼゼカラの成瀬あかりを対象にすると決める。
通学路に成瀬の標語があったと聞かされ
現地に見に行くと、パトロール中の成瀬に遭遇する・・・

「成瀬慶彦の憂鬱」

成瀬あかりの父・慶彦は、
家族共用のパソコンの検索履歴から、
大学進学したら、
あかりが京都で一人暮らしを始めるのではないかと気を揉む。
京都大学の受験当日、慶彦はあかりに付き添う。
雪が降る芝生でテントを設営している受験生・城山に
あかりは「うちに来たらいい」と声をかける。
城山は、高知からヒッチハイクで受験に臨んでいるのだという。
あかりも城山も合格した。

「やめたいクレーマー」

近所に住む主婦・呉間言実(くれまことみ)は、
近所のスーパーにクレームを入れるのが、やめられない。
やめたいとは思うのだが、
ついつい目についたことを書いて、箱に入れてしまう。
呉間(くれま)という名字がいけないのではないかとさえ思う。
クレームを書いているときに
そのスーパーでアルバイトをしている成瀬に声をかけられ、
万引が多いのでパトロールの協力を頼まれるが拒否する。
しかし、万引きの現場を目撃してしまい・・・

「コンビーフはうまい」

篠原かれんはびわ湖大津観光大使に任命される。
成瀬も当選し、
一緒に行動するうち、
親子三代観光大使にまつりあげられる
自分の存在に疑問を持ち始める・・・

「探さないでください」

2025年(!!)の大晦日、
成瀬は「探さないでください」との書置きを残し突然姿を消す。
成瀬と年末年始を過ごす予定だった島崎は
慶彦と共に探しに出かけることになり、
自主パトロール中のみらいも捜索に加わる。
成瀬がスタンプラリーに参加している姿がニュースに映り、
名古屋に向かうも、すれ違いに終わる。
やがて、成瀬が意外なところにいることが分かり・・・

話としては、
前作より充実している印象。
自分の目指すところに向かってまっすぐ突き進んでいく
成瀬の姿が清々しくて気持ちいい。
読後感はすこぶるいい。

題名が新鮮。

ただ、中学生、高校生が主人公の小説は、
私のような大人には、
ちょっと食い足りない

このシリーズ、
成瀬が大学を卒業して、
社会人になった時、
どんな行動を取るのか楽しみ。

 


短編集『藍を継ぐ海』

2025年04月07日 23時00分00秒 | 書籍関係

[書籍紹介]

先の直木賞受賞作
陶土・野生動物・原爆・隕石・海洋生物を題材に
科学の知識をまぶして文学作品に仕立てた。
「小説新潮」「週刊新潮」に掲載された短編を一冊にまとめたもの。

「夢化けの島」

山口県内の国立大学の
地球科学科で火成岩岩石学を専門としている久保歩美(あゆみ) は、
地質調査に訪れた見島で、
陶芸に使う粘土を求める青年・三島光平に出会い、
見島土の採掘に協力することになる。

見島は、ここ↓。


光平は、萩焼に絶妙な色味を出すという
伝説の土を探していた。
やがて光平の来歴が明らかになると、
幻の陶芸家の系譜が現れて来て・・・
海中噴火で生成した島や岩石の蘊蓄が沢山。

「狼犬ダイアリー」

フリーのWEBデザイナーのまひろは、
奈良の山奥に移住したが、
負け犬の感覚が深まっていた。
そこで、絶滅したはずのニホンオオカミ
生き残っているかもしれない、
という事態に遭遇する。
オオカミと交配した
狼犬(おおかみけん)かもしれない。
オオカミがどういう経過で
人が飼う犬になったか、の蘊蓄があふれる。

「祈りの破片」

役場で空き家対策を担当する小寺は、
ある空き家に、夜、光がともるという知らせを受けて、
その空き家に行ってみる。
家の中に入ると、
石や陶磁器の破片が詰め込まれた木箱が一杯だった。
その中から加賀谷昭一なる人物のノートが見つかり、
そこから、それらの石や陶磁器は、
長崎で投下された原爆の被害を受けたものだと分かる。
やがて、原爆の被爆資料をめぐる研究者と
神父の交わりが現れて来て・・・
原爆投下直後の惨状を学究的に遺そうと
身を挺して挑む地質学者と
それに共感した神父が引き継いだものとは・・・

「星隕つ駅逓」(ほしおつえきてい) 
                                        北海道に隕石が落ち、
その落下点を探しに、
「日本流星ネットワーク」という団体の人々が
探索にやって来る。
閉鎖される郵便局の局長を義父に持つ嫁が
隕石のかけらを発見するが、
閉鎖郵便局の名前を隕石に付けてもらいたくて、
発見場所についてをつく。
義父の人生をかけた仕事を残したい嫁のやさしい思いだが、
夫は板挟みになり・・・

「藍を継ぐ海」

徳島県南西部にある姫ケ浦は、
昔、ウミガメが産卵に訪れる浜だったが、
今はウミガメの来訪が途絶えていた。
しかし、4年ぶりに産卵するウミガメが現れ、
その場所は囲いがされるが、
中学生の沙月(さつき)は、
そこから卵を5つ持ち帰り、
自分の家の納屋で孵化させようとする。
そこへ、カナダ人の青年が現れ、
カナダの海岸で保護された
ウミガメに付けられたタグを持って来る。
「姫ケ浦 JAPAN 」と書かれたタグは
確かに姫ケ浦のものだが、
その番号は記録にないという。
その事情を知っているのは、
ある人物だった・・・
ウミガメが誕生してから
生まれた浜に戻ってくるまでの
長距離の旅についての蘊蓄に目を見張る。
ウミガメは地磁気を感知する方位磁針を持っているらしい。
それは、孵化するまでの間に獲得した能力だという。

舞台は、山口県の見島、奈良県の東吉野村、長崎県の田之坂郷、
北海道の野地知内、徳島県の姫ケ浦。
いずれも都会から離れた過疎化の進む土地での物語。

作者の伊与原新は、東大大学院で地球惑星科学を専攻した方。
その科学的知識と話が融合して、
独特の物語世界を生んだ。

 


小説『虚の伽藍』

2025年04月03日 23時00分00秒 | 書籍関係

[書籍紹介]

バブル期の京都。
日本仏教の最大宗門・錦応山燈念寺派の宗務庁に勤める若き僧侶・凌玄は、
末端の寺で仏堂がブルドーザーに潰される現場に立ち会ったことから、
本山の不動産取引の不正に気づいてしまう。
その疑念を上に訴えたことから、
逆に懲罰をかけられそうになる。
その凌玄の前にメフィストフェレスのように現れた、
和久良という男。
彼によって暴力団と引き合わされた凌玄は、
その力を借りて窮地を逃れる。
それをきっかけに、
本山の上層部の腐敗を正し、
仏教の正しい教えを実現しようと志す。
しかし、そのためには、
闇の力を借りねばならず、
それも改革のためと目をつぶり、
金と利権渦巻く闇社会との人脈を広げていく。
その過程で寺格の高い寺院の婿となり、
寺格の低い生まれの凌玄の弱点が一つ克服される。
地上げと表裏一体の再開発計画を進める中で、
フィクサーとして暗躍する和久良の導きで
際どい交渉や情報戦を制し、
凌玄は燈念寺派の組織内でのし上がっていく
様々な策謀で上層部を排除していき、
統合役員筆頭・宗会議長という地位までのぼりつめた時、
病気で急死した総貫首の地位に手が届くところまで来る。
この時、48歳。
「どうせならば宗派のトップを目指したい」
と立候補する凌玄。
しかし、その前に立ちはだかったのは、
大学時代の親友であり、改革の盟友でもあった
清廉を好む同期僧・海照だった。
海照の妻・佐登子と、凌玄の妻・美緒は親友同士だ。
海照だけでなく、他に候補者が名乗りをあげ、
選挙の結果は混沌となり、
怪文書も飛び交う。
票も金で売買される。
選挙に敗れれば、自分の命もあやうい。
そして、選挙の結果は・・・

若く理想に燃える僧が、
闇世界に捕らわれていく過程が痛々しい。
腐敗した燈念寺派を正道に戻すためには、
自分が力を持たなくてはならない、との思い。
だが、いつしか、力を持つことが目的になってしまう。
相手はフィクサーの和久良、インテリヤクザの氷室、
武闘派ヤクザの紅林、財界重鎮に市役所職員、
外国起源宗教団体、北朝鮮と
古都の金脈に群がる魑魅魍魎が暗躍する腐敗の横溢する世界。
しかし本人は、地獄への道を仏への道と思い込み、
あえて悪に染まっていくが、
ヤクザを利用して敵を排除、人殺しすら躊躇わない。
果たして、金と欲にまみれた求道の果てに待っていたのものは・・・。

本を読む醍醐味の一つに、
未知の世界に誘ってくれることがあるが、
本書は、仏教界最大会派の本山での
権力闘争という、
全く知らない世界に連れて行ってくれる。

改革出来なければ、衆生も救うことができないとの
理屈をもって凌玄は悪に手を染めていくが、
しかし、その手法は、
宗教とはかけ離れたヤクザまがい。
煩悩あふれる生き方だ。
その結果、親友をはじめ、
周囲の人間を全て失い、
残ったのは、自ら築き上げた大伽藍が空虚という
苦い思いだった。

まだ末端の寺の職員でしかなかった凌玄は、海照に言う。
「仏教で人を救う。
人を救い、社会をちょっとでもええもんにする。
それが俺の夢なんや。
それを現実にせなあかん。
燈念寺派には力がある。
俺はその力を、仏教本来の真理のために使いたい。
そのためには、
もっともっと偉ならなあかんのや」

しかし、行き着いた所は、
「おまえは仏教のためだとか、
燈念寺派のためだとか言ってるようだが、
やってることは極道も真っ青の悪事だらけだ」
とヤクザに批判される始末。

凌玄が声明(しょうみょう=お経に節がついたもので、
仏教寺院で僧侶が儀式の時に唱える男性コーラス。
仏さまの教えを讃歎する仏教の聖歌。)
の響きの中に
恍惚を感じるところは、
宗教者らしい。
また、幼少期の自分の寺の仏堂での経験が、
やがて、瓦礫に帰するあたりも切ない。

京都駅前の土地の地上げ物件の攻防、
無住寺の増加、仏像の盗難、
親友のはずだった佐登子と美緒の確執も描かれる。
和久良が先々代総貫首の落とし胤というのも
近親憎悪を感じさせる。

昭和天皇の大喪の礼の日、
独自に開催した法要のさ中に、
敵を暗殺する計画が進行する様は、
「ゴッドファーザー」の終わり近く、
孫の洗礼式の背後で行われた殺戮を想起させる。

固有名詞が覚えにくく、
428ページの大部であり、
なかなか読み進まなかったが、
終盤の4分の1、
総貫首選挙のあたりから
俄然面白くなり、
ページをめくる手が止まらない。

先の直木賞の候補になったが、
選ばれなかった。

モデルはどこ? 誰?

 


小説『罪名、一万年愛す』

2025年03月30日 23時00分00秒 | 書籍関係

[書籍紹介]

吉田修一の新聞小説。
産経新聞に2024年4月から9月まで連載したものを書籍化。

横浜で探偵業を営む遠刈田蘭平(とおがった・らんぺい)のもとを、
九州を中心にデパートで財をなした
梅田家の三代目・梅田豊大(とよひろ) が訪ねて来る。
創業者で成功をおさめ、現在は引退している祖父、
梅田壮吾の素行がおかしいというのだ。
壮吾は現在、長崎の九十九島に所有する
プライベートアイランド・野良(のら)島で余生をすごしているが、
夜な夜なある宝石を探していると、
住み込みの家政婦から連絡が入ったのだという。
その宝石の名前は「一万年愛す」といい、
ボナパルト王女も身に着けた25カラット以上のルビーで、
時価35億円ともいわれるものだ。

そんな折、壮吾の米寿(88歳)の祝いが野良島の豪邸で催され、
遠刈田も招待される。
離れ小島に集まったのは、
壮吾の息子の一雄と妻の葉子、
その双子の子どもの豊大と乃々華、
元警部の坂巻丈一郎。
それに住み込み家政婦の清子と
庭仕事から電気工事、船の操縦等なんでもする三上と
専属看護師の宗方。
島には、10人が泊まっていた。

既に公職を退いて15年になる元警部が
なぜ招かれたというと、
45年前、多摩ニュータウンの主婦が失踪する事件があり、
その時、壮吾が捜査線上に浮かび、
当時刑事だった坂巻の尋問を受けたことがあり、
それ以来の付き合いだったからだ。

祝賀会は台風が接近する中で行われたが、
翌朝、壮吾の姿が見えなくなる。
海は荒れており、
島から出た形跡はない。
寝室に置かれた封筒には、
「私の遺言書は、昨晩の私が持っている」
という謎の言葉が壮吾の筆跡で残されていた。
地下のシアタールームには、
映画のDVDが3本置かれていた。
「人間の証明」「砂の器」「飢餓海峡」
警察に連絡すると、
大型台風が接近中で、
明日にならないと、
島には到着できないという。

というわけで、
台風で閉じ込められた孤島という、
推理小説定番の「クローズドサークル」が出来上がる。

一体、壮吾はどこにいるのか、
生きているのか、死んでいるのか、
残された遺言書にかかわる言葉の意味は?
3本の映画に隠された謎は?
そして、45年前の主婦失踪事件との関わりは?
と謎が謎を呼ぶ展開になる。

映画3本について、
ある成功者が、隠したい過去を暴かれそうになり、
殺人に及ぶ、という共通点があげられるのが面白い。
その内容が後半投影してくる。

戦後の一時期に起こったある状況に焦点が当てられ、
物語の背景が明らかになる。
そしてラストに作者の吉田修一が登場し、
この小説が書かれた意図が分かって来る。

全体的な印象としては、
「悪人」や「国宝」の吉田修一にしては緻密さがなく、
まるでシナリオのよう。
もしかして本人が書いたのではないのでは、
と疑念を持つほどだ。
そんなはずはないのだが、
ちょっといつもの吉田修一とは違う

語りの「」とその後に続く
「」なしの語りが混ざるのが、読みにくい。
どうしてこんな書き方にしたのか。
意図が分からない。

宝石にまつわるミステリーかと思いきや、
戦後社会の出来事に話が及び、
最後はSFかファンタジーかオカルトの様相を帯びる。
不思議な小説だ。

 


小説『沈黙法廷』

2025年03月26日 23時00分00秒 | 書籍関係

[書籍紹介]

赤羽駅に近い岩淵に住む独居老人が絞殺死体で発見された。
不動産屋から手付金として受け取ったはずの
3百万円が無くなっていた。
捜査線上に山本美紀という三十歳の女性が浮上した。
フリーの家事代行業で、電話で依頼を受けて、
その日、老人宅を訪問したものの、
不在だったため、家に戻ったという。
警察は重要参考人として身柄を押さえようとしたが、
タッチの差で大宮署に奪われてしまう。
実は、一年半前の変死事件の重要参考人として、
山本美紀の身柄が拘束されてしまったのだ。
自宅の風呂場で溺死した老人のもとに
山本美紀が家事代行で通っていたのだという。
それ以外にも、
さいたま市の独居老人の入水自殺にも、
山本美紀がかかわっていたらしい。
この場合、老人が作った遺書に
家事代行をしてくれた山本美紀への遺贈が
書かれていたという。
自筆のものでなかったため、
この遺言は無効となっている。

大宮署は、山本美紀を逮捕したものの、
検察は立件せず、
釈放されると、今度は赤羽署が代わって山本美紀を逮捕し、
裁判となる。
果たして山本美紀は犯人か。
それとも・・・

本編は、大きく3つの部分で構成される。
第一章は、赤羽署と大宮署の刑事たちの捜査の動向。
第二章は、国選弁護士の担当となった矢田部完(やたべ・たもつ)の動向。
これに仙台で働く青年・高見沢弘志の話がからむ。
3年前、ネットカフェで知り合い、
実家に連れていくはずが
約束の場所に現れず、
その後音信不通になった中川綾子という女性が
山本美紀だったことをテレビのニュースで知ったのだ。
また、並行して、孤独な老人に取り入って金品を巻き上げる
悪女として山本美紀像を作り上げた
マスコミの報道も描く。
第三章は、仕事をやめて傍聴のために上京してきた高見沢弘志の視点から
山本美紀の裁判を描く。
ある時点で、山本美紀が証言を拒絶するようになり、
それが「沈黙法廷」という題名の由来。

文庫本で738ページ。
大部だが、
停滞もなく、ページをめくる手が止まらない。

捜査方針を早々と美紀の犯行として絞り込む
警察の見込み捜査の弊害
マスコミの理不尽さも切り込む。
また、家事代行業の大変さも描く。

この程度の状況証拠で逮捕し、立件する
警察と検察が相当愚かしい。

山本美紀の人となりが真摯なので、
読者は美紀に感情移入し、
無実を疑わないようになる。

マスコミ報道について、
次の記述が目覚ましい。

山本美紀のプライバシーの暴き立てについても、
それを好んで受け止めている視聴者がいる一方、
嫌悪感を覚えている視聴者も多い。
テレビの関係者は気づいていないだろうが、
市民は必ずしもそれほど下司ではないし、
カネやセックスにまつわる
勘繰りだけが生きがいでもないのだ。

直木賞作家の佐々木譲による小説。
北海道新聞、中日新聞、東京新聞、西日本新聞、河北新報などに連載され、
加筆・修正されて2016年に新潮社から刊行。
2017年に永作博美主演でWOWOWでドラマ化された。
(実は私はドラマを観ているが、内容は忘れていた)

警察小説、法廷小説の側面があり、
更に冤罪小説でもある。
手を抜かない、詳細な記述は目を見張る。