月のmailbox

詩或いは雑記等/小林貞秋発信。

さんぶん詩  扉   

2009-10-24 22:28:58 | 


部屋の入口に中年の恰幅良い紳士と若い綺麗な女が、手を取り合って向き合うように立っている。どうも様子からすると恋人同士のようだ。紳士が舌をだすと、女が自分の舌をそこに近づけようとするのである。
場所をまちがえて入り込んで来ていながら、こちらに遠慮する気配もない。
──あんまり待たせられたから、見境がつかなくなっているのだ。分かるだろう? ほうら。
男が体を押しつけるようにして、言う。
街はざわめき立っているにちがいないが、いまは遠く青黒く沈んだ背景として、まるで無関係のもののよう。忘れられている。
──どうぞ、ご自由に。
とも言わずに白い壁を見つめている。なにもかもがその白いひろがりの中に、形をもって現われ見えてくるようだ。交差点も、うろたえながら歩く人の姿も。
戸口に立っていたふたりはこちらに近づいてきて、ベッドに腰を下ろしていた私を、簡単に押しのけてしまう。香水だのポマードのにおいが、鼻をつく。
──なにか食べるものを運んでもらおうか? それとも近くに出かけて食べることにする?
ふたりをどこかで見たことがあるような気もするが、思い起こすのが面倒なので彼らのことなど構わずに、部屋を出ることにする。長い廊下を歩いて、女友達が来て絵を描いているアトリエに入る。どういうわけか、彼女は絵筆を持つとすぐに扉を描きはじめる。それも、いつも閉じた扉ばかり。その向こうで起きていることを思い巡らせながら、色を塗りつけていくのだという。そうしたあとで、扉の向こうに消えてしまうのだ。通り易いように、すつかり脱ぎ捨てて。他の者には、到底そのような真似はできない。だが、誰かがそのように仕立てているだけなのかもしれない。
──あのひとたち、あなたの部屋でお互いにかじり合ってるわ。灰皿から煙草が落ちて、シーツの端からけむりがあがってる。
こちらを向いて、彼女は舌を出した。いやな仕草をする。絵の中の黄色の扉の向こうから、おびえてやみくもに飛回っているような、小鳥の鳴き声が聞こえてくる。壁に当たって床に落ちる音がする。おどろいたような眼で歩きだすだろう。
──行って、連れてこなきゃ。
ドアーを開いたまま、自分をそっくり真似て進んでいる。

                       30 May 1990 
コメント
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