報道写真家から

我々が信じてきた世界の姿は、本当の世界の実像なのか

アフガニスタンの治安問題

2005年08月28日 16時40分25秒 | ●アフガニスタン05
「タリバーンよりも、軍閥の方が問題だ」
カルザイ大統領は、暫定大統領時代に、そう警鐘を鳴らしている。

残念ながら、国際社会はカルザイ氏の発言の真意が、まったく理解できなかった。
軍閥は、タリバーン打倒の「ヒーロー」ではないか、米軍と軍閥がアフガニスタンに民主主義をもたらしたのではないのか、その軍閥がなぜ問題なのか、と。

一見、アフガニスタンは平穏で秩序があるかのように見える。
しかし、極端に言えば、いまのアフガニスタンは無法状態だ。
秩序を守るべき立場のものが、根本的に秩序など持っていない存在だからだ。
つまり、カルザイ大統領が言う「軍閥」である。

現在のアフガニスタンの状況を知るには、まず、軍閥について理解する必要がある。

<ムジャヒディンの正体>

対ソビエト戦争時代、欧米のメディアは「悪の帝国」と戦うムジャヒディンを、手放しで賞賛した。アメリカ政府は、ムジャヒディンの中で有望なものに多量の武器弾薬、資金を提供した。こうしたムジャヒディンは規模を拡大し、各地方で軍閥を形成するようになる。最も有名な軍閥は、パンジシール地方のマスード司令官だろう。他に、マザーリシャリフのドスタム将軍、ヘラートのイスマイル・ハーンなど多数存在する。軍閥は団結して、ソ連をアフガニスタンから放逐した。そこまではいい。

ソ連軍を放逐した軍閥は、アフガニスタン政府の要職を分け合うのだが、すぐに権力闘争になり、結局内戦をはじめてしまった。軍閥は、民族や宗派単位で構成されており、軍閥の覇権争いは、すぐに民族間、宗教間の殺戮へと発展する。軍閥間の内戦により、5万人のカブール市民が虐殺され、カブール市の60%が破壊され廃墟と化した。軍閥の内戦は、ソビエト軍よりもひどい殺戮と破壊をもたらしたと言われている。

結局、軍閥とは「聖戦士(ムジャヒディン)」でも何でもなかった。覇権のために、同じアフガニスタン人を平気で殺戮する凶暴な存在でしかなかった。2年にわたる内戦で、市民生活は完全に破壊された。軍閥は通行税を徴収したり、市民への略奪や乱暴狼藉を繰り返した。移動には、つねに盗賊の危険がつきまとった。盗賊とはすなわち軍閥のことだ。アフガニスタン国内は文字通り、無法地帯と化した。産業は衰退し、国土は荒廃した。

この状況を、見かねて立ち上がったのが、カンダハールのムッラー・ムハマンド・オマル師と30人の弟子だった。武器はたったの15丁だったとされている。ここから、タリバーンの歴史がはじまる。軍閥の横暴に耐えかねていた市民の圧倒的支持を得て、タリバーンはまたたくまに勢力を拡大し、南部から北部に向かって、軍閥を駆逐していった。一部の軍閥は、タリバーンと同盟しようと試みるが、一蹴されてしまう。タリバーンは、2年後に首都カブールを陥落し、国土の90%を平定した。

タリバーンが強力とみるや、それまで互いに虐殺しあっていた軍閥は、あっさり同盟を結ぶ。北部同盟だ。共通の敵が出現したときだけ団結する。しかし、ソビエト軍を放逐した軍閥も、タリバーンの治世には北部を死守することしかできなかった。

<国際社会の過ち>

2001年、米軍は空から爆弾を降り注ぎ、地上からはこの北部同盟を使って、タリバーン政権を打倒する。カブール市民にとっては、かつての虐殺者である軍閥がパワーアップしてもどってきたことを意味する。しかも、「ヒーロー」という肩書きまでつけて。

軍閥は、まさしく「官軍」としてカブールに乗り込んできた。軍閥の本質は、内戦時代から何も変わっていない。軍閥は、タリバーンがいなくなると、すぐに麻薬栽培と密売を拡大した。その収益は年間23億ドルに達する。軍閥=麻薬組織でもある。そんな軍閥が、アフガニスタン政府、軍、警察で強固な権力を保持してしまった。もちろん、各地方のテリトリーは国家内国家の状態だ。もはや、軍閥にとって怖いものは何もない。やりたい放題なのだ。

「タリバーンより、軍閥の方が問題だ」
とカルザイ大統領が警告したのは、こういう事態を憂慮してのことだった。しかし、国際社会は、自分たちが「ヒーロー」の称号を与えた軍閥を、本気で無力化する気はないように見える。現在、DDR(武装解除、動員解除、社会復帰)が進められているが、単に数字上の成果があるだけで、実質的な効果はない。軍閥はいまでも、戦争ができるだけの十分な武器弾薬を隠匿している。DDRに同意するフリをして、助成金をせしめているに過ぎない。

国際社会は、アフガニスタンの治安を真に攪乱しているのが、軍閥であることを認めようとしない。タリバーンの残存勢力は、市民を巻き込むテロは行わない。アフガニスタンがイラク化しないのはそのためだ。タリバーンには自爆テロという発想はない。市民を傷つければ、それはタリバーンの信念そのものを否定することになるからだ。

しかし、軍閥による襲撃事件は、海外メディアによってタリバーンや「アル・カイーダ」の犯行に摩り替えられて報道される。これをいいことに、軍閥は安心して、政府機関や国際機関への襲撃を行っている。軍閥は、テリトリー内での政府機関や国際機関の活動を嫌う。テリトリー内の住民がこれら機関を頼りにすることによって、テリトリー内での中央政府の影響力が増すからだ。地方での、政府機関、国際機関に対する「テロ」のほとんどは、軍閥によるものと考えて間違いない。

国際社会が小手先の政策でごまかしている限り、軍閥の無力化など夢のまた夢でしかない。

<犯罪者天国>

現在のアフガニスタンの治安が一見安定して見えるのは、軍閥の横暴に対して、市民は耐えるしかないからだ。市民は、軍閥がどれだけ残虐であるかを内戦時代に身を持って経験している。表にはほとんどでないが、地方では金銭目的の誘拐が頻発している。軍閥を母体とする犯罪組織の犯行と見られる。潜在的にはアフガニスタンほど治安の悪い国はない。

カブールに2年半滞在しているフランス人特派員は、最近の一年で治安は急激に悪くなっている、と暗い顔をしていた。一年前は、夜中でも一人で歩けたと言う。いまでは、昼間のカブールでも、外国人など見ない。この5月に、イタリア人の女性NGOワーカーがカブールで誘拐された。当初、誰もがタリバーンか「アル・カイーダ」の犯行と思った。しかし、これも犯罪組織の犯行だった。目的は、逮捕された組織員の親戚を開放させることだった。(24日後、イタリア人女性は解放され、犯行グループは逮捕されたが、これは特殊なケースだ)

軍閥を母体とする犯罪組織にとってカブール市ほど居心地のよいところはない。軍、警察には軍閥の強固な基盤がある。つまり、取り締まられることはないのだ。米軍も国際社会も、軍閥の問題などないかのようなフリをしている。したがって軍閥や犯罪組織はこの世の春を謳歌している。

9月18日には、アフガニスタン下院選と34州の州議会選が同時に行われる。立候補者は6000人という乱立状態だ。軍閥はここでも勢力拡大、影響力拡大を画策することは間違いない。投票日が近づくにつれ、選挙にまつわる軍閥のテロが急増するだろう。もちろん海外メディアは『タリバーンの犯行』と伝えることだろう。

このまま、軍閥の勢力が中央政府で拡大すれば、いずれ軍閥間の争いが再燃することにもなりかねない。軍閥は、武器も兵力も資金も潤沢なのだ。いつでも戦闘を行える状態にある。米軍の撤退を、今や遅しと待っているかも知れない。

いい加減に国際社会が、「ヒーロー」軍閥の正体を認めなければ、アフガニスタンはまた戦乱に陥るかもしれない。