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「郵政民営化」とメディア(5)

2005年08月04日 20時17分42秒 | □郵政民営化
<タブー:年次改革要望書>

「年次改革要望書(規制改革要望書)」というものの存在は、まだあまり知られていないようだ。今回取材に出る前に『拒否できない日本』(関岡英之著、文春新書)という本を読むまで、僕もその存在をまったく知らなかった。

8月2日の国会で、民主党の櫻井議員は、「年次改革要望書」について言及し、”民営化というのは米国の意向を受けた改正なのではないのか”と小泉首相に質問した。それに対して首相は、「私は米国が言いだす前から民営化を説いてきた!あんまり、島国根性は持たない方がいい!」と少し興奮したが、「年次改革要望書」につてはいっさい言及しなかった。

 桜井議員は、竹中大臣にも質問したようだが、そこは中継を見ていなかった。竹中大臣は、「年次改革要望書など見たこともない」と答弁したようだ。郵政民営化・経済担当相が知らないということはありえない。「年次改革要望書」の仮訳は、在日アメリカ大使館のサイトでも公開されている。そもそも、この要望書は日米双方が、毎年交換し合う公式文書だ。それを、竹中大臣が知らないとは考えにくい。

 政府は「年次改革要望書」の存在を知られたくないのだろう。
 マスメディアの間でも「タブー」だ。ここでも、マスメディアは国民の知る権利を無視している。
「郵政民営化」に関する「年次改革要望書」の歴史をざっと見てみてみたい。

1996年11月15日 『日本政府に対する米国政府の要望書』
米国政府は、日本政府が以下のような規制緩和及び競争促進のための措置を取るべきであると信じる。
・郵政省のような政府機関が、民間保険会社と直接競合する保険業務に関わることを禁止する。
・政府系企業への外国保険会社の参入が構成、透明、被差別的かつ競争的な環境の下で行えるようにする。
1999年10月6日『規制改革要望書』
米国は日本に対し、民間保険会社が提供している商品と競合する簡易保険(簡保)を含む政府及び準公共保険制度を拡大する考えをすべて中止し、現存の制度を削減または廃止すべきかどうかを検討することを強く求める。
http://www.kobachan.jp/katudouhoukoku/sekioka.htm
2003年10月24日『年次改革要望書』
・米国は日本に対し、郵便金融機関と民間の競合会社間の公正な競争確保のため、郵便金融機関に民間と同一の法律、税金、セーフティーネットのコスト負担、責任準備金条件、基準および規制監視を適用することを提言する。
・米国は日本に対し、郵便金融機関(簡保と郵貯)は、民間が提供できるいかなる新規の保険商品の引き受け、あるいは新規の元本無保証の投資商品を提供することを、上記にあるように公正な競争が確保されるまでは、禁ずることを求める。
・米国政府は、2007年4月の郵政民営化を目標に、小泉首相が竹中経済財政・金融担当大臣に簡保、郵貯を含む郵政3事業の民営化プランを、2004年秋までに作成するよう指示したことを特筆する。
http://japan.usembassy.gov/j/p/tpj-j20031024d1.html
2004年10月14日『年次改革要望書』
・保険、銀行、宅配便分野において、日本郵政公社に付与されている民間競合社と比べた優遇面を全面的に撤廃する。民営化の結果、歪められていない競争を市場にもたらすと保証する。
・日本郵政公社の保険および貯金事業においては、真に同一の競争条件が整うまで、新規または変更された商品およびサービスの導入を停止する。これらの事業に、民間企業と同一の納税条件、法律、規制、責任準備金条件、基準、および規制監督を適用するよう確保する。
・ 宅配便サービスの公正な競争:郵便業務の規制当局は日本郵政公社から独立しかつ完全に切り離された機関であることを確実にし、民間部門と競合するビジネス分野における競争を歪曲するような政府の特別な恩恵を日本郵政公社の郵便事業が受けることを禁止する。
・ 相互補助の防止:日本郵政公社の保険および銀行事業と公社の非金融事業の間で相互補助が行われないよう十分な方策を取る。競争的なサービス(すなわち、宅配便サービス)が、日本郵政公社が全国共通の郵便事業で得た利益から相互補助を受けるのを防止するため、管理を導入する。
http://japan.usembassy.gov/j/p/tpj-j20041020-50.html

 アメリカ政府は実に細かく「要望」している。独立国に対する要望にしては、少し具体的すぎるのではないだろうか。「要望」というより、内政干渉と言った方が妥当なような気がする。小泉首相の「郵政民営化」が、この「年次改革要望書」とまったく関係ないと言えるだろうか。
 小泉首相は、”米国が言いだす前から民営化を説いてきた”と言うが、だとすれば、自民党内において、たいした基盤もない弱小派閥の長だった小泉氏が、首相の座につけたということも理解しやすい。米国が小泉氏に白羽の矢を当てた、ということだ。

 この「年次改革要望書」の中身は、民営化にとどまらない。
電気通信、情報技術(IT)、エネルギー 、医療機器・医薬品、金融サービス、競争政策、透明性およびその他の政府慣行、法務制度改革、商法、流通、と多岐にわたっている。現在、小泉首相が進めているほとんどの改革が、この米国による「要望書」の中に見出されるはずだ。ただ、僕がこの中身をすべて検証し、紹介するには、時間も能力も足りない。個人的には、随時検証していくつもりだが、紹介できるかはこころもとない。すでに関岡英之氏のすぐれた著作もある。各専門分野の方は、あるいは各項目に興味のある方は、一度アメリカ大使館のサイトを覗いていただきたい。

「独立国」に対して、ここまで多岐にわたり、細かい「要望」をするのは、常軌を逸しているように思う。アメリカ政府は、日本を「独立国」とは思っていないのではないだろうか。形式上、「要望書」は相互交換ということになっているが、アメリカ政府が日本の要望を実行するかは、はなはだ疑問だ。これは、アメリカ側からの一方的要望だと考えるのが妥当だろう。

 確かに、日本はとっくの昔に制度疲労を起こしている。「構造改革」が必要なことは事実だ。しかし、それは日本国民の利益になるというのが大前提だ。アメリカ政府は、日本国民の利益のために改革を「要望」しているのだろうか。アフガニスタンやイラク市民の頭上に平気で爆弾を降り注ぐアメリカ政府が、日本国民のことをおもんぱかっているとは考えにくい。「年次改革要望書」の内容は、明らかにアメリカの利益のための改革を要望していると考えるのが妥当だ。そして小泉首相は、この「年次改革要望書」を忠実に実行しようとしている。その「本丸」が「郵政民営化」だ。

 インターネットの中では、「年次改革要望書」は頻繁に取り上げられているが、既製メディアが取り上げることはまずない。従って国民の大部分は、その存在など知らない。竹中平蔵大臣でさえ、見たことがないそうだ。しかし、奇しくも情報公開大国アメリカの在外公館自身が公開しているのは、何とも皮肉としか言いようがない。