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Left to Write

司法書士 岡住貞宏の雑記帳

54歳をむかえて

2021-06-03 14:41:05 | 考えたこと

――多くの人たち、ときには、特別に天分のある人でさえ、自分が体験するすべてのことについて、即座に判断を下さなければならぬと思っている、たとえば、初めて会ったすべての人について、また二、三ページめくっただけのすべての書物についても。それだから、しばしば判断を誤って、あとになって訂正せざるをえなくなる。あるいは誤りとわかっても自分の考えを固執して、その結果、自分の品性をそこない、さらによくないことに、他人をもしばしば傷つけたりする。もしあなたがこのような習慣をもっているなら、しかも新聞通信員を職業としているというのでなければ、そのような癖をすててしまいなさい。―― ヒルティ『眠られぬ夜のために(第一部)』より

 

 現代人はおっちょこちょいで、よく知りもしないこと、聞きかじっただけのこと、思いついただけのことを断言してしまう。そればかりか、根拠のない言葉の暴力で他人を傷付けて、平気な顔でいる。

 最近著しいのは、やはり新型コロナのこと。その他にも東京オリンピックのこと、小室圭さんのこと、大坂なおみさんのこと等々。妄想と憶測、根拠に乏しい誹謗中傷の嵐。ひどいものだ。

 「現代人は」と言ったが、実際、人間は昔からそうだったのだろう。ただSNS等の発達で、現代ではそれが余計に目に付くようになった。そのことを見抜いていたヒルティの言葉は、時代と国境を越えて響いてくる。

 昨日6月2日に54歳となった。上記の言葉を座右の銘として、日々励んで行きたい。あと禁酒(笑)。ヒルティは禁酒主義者だった。

 しかし面白いのは、「新聞通信員を職業としているというのでなければ」というくだり。新聞通信員(すなわち現代でいうマスコミ)は、しばしば判断を誤り、誤った考えに固執し、品性をそこない、他人を傷つける、そういう悪徳が当たり前のヤツラだ、と。この点も時代と国境を超越して普遍的である。

 

 


ワクチンの分配と正義

2021-05-25 11:26:37 | 世の中のこと

 ワクチンが足りない、ワクチンが遅い――何をしても批判ばかりのわが国民は今日も大合唱です。

 しかし冷静に考えてみたらどうなんでしょうか?わが国の感染状況は悪化しているとはいえ、世界的に見ればまだ「マシ」な方です。正確な数字は調べていませんが、人口当たりの感染者数の比較では、たぶん真ん中より下(「感染者数が少ない」って意味)。ワクチンにより急速に、劇的に状況が改善したというイギリスと同等、ドイツ、フランスよりはずっと状況は良いようです。

 一方のワクチンは、世界的な増産体制に入っているとはいえ、世界人口から考えたらまだまだ不足しているのは間違いありません。ワクチンは世界の公共財、それも有限の公共財ですから、その分配には正義が必要でしょう。大国・先進国が金に飽かせて買い占める――なんて、著しく正義に悖ることです。

 分配の基準には、当然、現在の感染状況も斟酌されるべきでしょう。そうすると比較的「マシ」な日本は、やや後回しになっても仕方ないのでは?少なくとも、他国のことを顧みず、世界の状況も考えず、「それっ競争だ!」とワクチン確保に邁進したとしたら、私はそのことの方を恥ずかしいと感じます。わが国の現状では、ワクチンは世界に比べて少し遅いくらいで良いです。その分、状況の悪い国、とりわけ医療体制の整っていない開発途上国に回すべきでしょう。そう、「わが国の金」で、そのような国にワクチンを回すべきでしょう。

 ワクチンは有限ではありますが、将来を見越していうなら、増産によりやがて世界の人々全員に行き渡ることでしょう。少し、待ちましょう。その少しが待てませんか?

 と、そんなことを考えていたら、こんなニュースが飛び込んできました。

 

 ワクチンの75%は10か国に集中、テドロス氏「恥ずべき不公平だ」

 

 ネットニュース記事はすぐ流れてしまうので、おおまかな内容を記しておくなら、次のようなことです。

「ワクチンの75%は先進国10か国に集中している。この状況をWHOテドロス事務局長は、『恥ずべき不公平だ。ワクチンが公平に分配されていれば、世界の医療従事者・高齢者に接種するのに十分な量だった。そうすればもっと良い状況にいられた』と批判した。」

 テドロスというオッサンの評価はちょっと脇に置くとしても、この指摘はおっしゃる通り。グローバル社会だ何だと偉そうに言ったところで、結局は自国中心のエゴイズム。人類はいったい何を学んで来たんでしょう。救い難いとしか言いようがありません。

 このまま行ってもエゴイズムによる殺し合いの未来しか見えません。人類はいっそここで、コロナで滅んでしまうのがいいのではないでしょうか。

 


努力

2021-05-24 17:43:48 | 世の中のこと

 アメリカのロースクール、それもLL.MだけでなくJ.D.を卒業するなんて、英語を母国語としない日本人のうちどれだけの人が達成できるだろうか?それもスカラーシップを受けての修了とは、頭が下がる。

 ああだこうだ愚にもつかない悪口を言う人はいる。だけど断言していい。文字どおり死ぬほど努力しないと無理だよ、彼のやり遂げたことは。そんな努力をしたことがある人なんて、世の中にどれだけいるんだろう。努力の欠片もせず、ただ他人を妬んでる奴らばかりだ。

 日本で結婚しても糞蠅どもがうるさくて、どうにもならないだろう。Bar exam通ったらそのままアメリカのローファーム(日本企業をクライアントとするところでは重宝されるだろう)に就職して、アメリカで結婚したらどうだろうか。皇籍を離れれば自由なはずだ。


オリンピック中止の場合の損害賠償

2021-05-17 14:10:18 | 世の中のこと

 東京オリンピック開幕まで残り日数もあとわずか。中止!中止!の大合唱のさなかではありますが。

 

 オリンピック中止に対する私個人の意見としては・・・分かりません、何も言えません。だって、新型コロナウイルスのこともスポーツのこともオリンピックのことも全くのシロウトなのに、なんもモノ言えませんや。「中止以外あり得ない」とか「政府はバカ」とか、自信たっぷりに断言する輩を見ては、世の中にはずいぶん「専門家」が多いんだなぁと感心して嗤っています。

 

 さて、そうは言っても中止はだいぶ現実味を帯びて来たのかなと、トーシロの私でもそう見える状況にはなって来ました。

 この場合、「オリンピック中止という意思決定をする」のは、一体だれ(どの組織)なんですかね?オリンピックの主催者は国際オリンピック委員会(IOC)なのだそうですから、最終的な決定を下すのは当然、IOCなんでしょうね。無論、それは開催都市である東京、開催国である日本と協議の上でのことでしょうけど。本当の最後の最後、中止を「決める」のはやっぱり主催者であるIOCなのでしょう。

 

 「オリンピック中止を決定しない政府はバカ」と言うけれど、それは少し筋違いなんじゃないですかね?日本政府又は東京都ができるのは、「オリンピックを中止してください」というお願いか、あるいはもう少し強硬に「オリンピック開催を強行しても協力しないし、会場を貸さない」という通告か。裏返して言うと、開催都市として手を挙げ決定された以上、オリンピック開催に協力し、整備された会場を提供するなどの「義務」を負っていることになります。

 もし、IOCが「どうしても東京オリンピックはやる」と決定した場合、それに反し、日本国及び東京都が開催に協力せず、会場を提供しない場合(結果としてオリンピックは中止に追い込まれます)は義務違反(債務不履行)であり、損害賠償の対象にもなり得ます。IOCが日本国又は東京都に対し、損害賠償請求するってことです。もっとも、コロナウイルスの蔓延は不可抗力ですから、日本国又は東京都はそれを理由に損害賠償を免れる可能性もあります。

 

 報道では橋下徹さんがオリンピック中止の場合の損害賠償の問題に触れ、その金額は「限定的ではないか?(そう多額にはならない)」という趣旨のことをおっしゃっていました。私もおおむねそう思いますが、この結論を下すにはなお綿密な検討が必要でしょう。

 

 どうやらIOCの方でオリンピック中止を決定した場合には、開催都市・開催国に対し責任を負わないとする免責条項があるようです。つまり日本国および東京都はIOCに、オリンピックを「開催しなかった」ことについての損害賠償請求をできないと。その逆の条項はないのかな?あってもよさそうなもんですが、その辺は知りません。

 

 コロナもオリンピックもドシロウトですが債務不履行・損害賠償についてはそうでもないので、多少モノ言いましたよ笑。悪しからず。

 

 


みっともないね

2021-05-07 23:56:20 | 世の中のこと

政府の対策は生ぬるいと言う一方、政府が国民の行動を制限するのはけしからんと言う。

こんな時期にオリンピックはあり得ないと言う一方、飲食店の時短営業は一刻も早く解除せよという。

 

私自身は何も言えないと思っている。感染症のことも公衆衛生のことも、経済のことも、全く素人だから。

 

でも、ダブルスタンダードは容易に分かる。そして、そういうご都合主義の、みっともない真似だけはしたくないと思っている。

 

みっともないね、マスコミ。今に始まったことじゃないけど。

 

そして国民の一人一人。あなたはみっともない真似してませんか?

 

どうも心許ないです。みっともないですよ、ダブルスタンダードは。ご都合主義は。

 

あなたのことです。


秘密の合言葉

2021-04-27 10:57:34 | 世の中のこと

 パスワードで入るサイトなどにおいて、通常と異なる方法・環境でログインしようとすると「秘密の合言葉」の入力を求められることがあります。

 この「合言葉」は、あらかじめ自分で設定しておくものですが、サイト側で提示される「設問」がどうもビミョーで困ります。

 

『卒業した小学校は?』

 私は○○市立△△小学校卒業ですが、入力は正式に○○市立からにすべきか、単に△△小学校にすべきか、もっと省略して△△小なのか、悩みます。

 そんなもん自分で事前に決めときゃいいだけの話だろ?というご批判はごもっとも。だけどね、自分で決めたとしてもそれを「決めた時」と「合言葉を入力する時」は、ずいぶん時間が経ってるんですわ。何に決めたのかを忘れたよ、ということになります。

 △△小学校か?あれ、違うな。じゃあ○○市立△△小学校?んんっ、これも違う・・・それじゃ単に△△小?でもなぁ、そんな簡略形で合言葉設定したのかいな・・・?

 と、「合言葉を3回間違えるとリセットします」という警告を目の前に、いろいろ思い悩むワケであります。

 

『母親の旧姓は?』

 いろいろ微妙な問題を経て結局は出生時の姓=現姓なんだけど、どうするい?

 

『子供の頃好きだった食べ物は?』

 ひとつじゃねーよ。

 

『初めて観た映画は?』

 覚えてねーよ。

 

『ペットの名前は?』

 いつのペットだよ。

 

『親友の名前は?』

 いねーよ。

 

 絶対に答えにブレの生じない『母の氏名は?』とか、『父方の祖父の氏名は?』とか、そういう合言葉にできないもんでしょうか?それだと他人が簡単に調べられるので不適当だと、サイト側では考えているのかな。でも母の氏名はともかく祖父の氏名になると、そう簡単には調べられないと思うのだけどな。サイトによっては自分で質問を設定できるところもあり、そういうとこでは私は『父方の祖父の氏名(漢字)』とすることが多いです。

 

 中には、どんな設問にも「同じ答え」しか設定しないという猛者もいるようです。『母の旧姓は?』「たわし」、『好きな食べ物は?』「たわし」、『はじめてデートした場所は?』「たわし」というように。

 そりゃナイスアイデアだ!と思いましたが、ダメなようです。だって既に合言葉登録しちゃったサイトがいくつもありますから。ちゃんとした合言葉を設定したサイトなのか、「たわし」で登録したサイトなのか、区別ができません。「たわし作戦」で行くなら、最初から一貫していないとダメです。

 

 とまぁ、久しぶりに投稿したブログがこんなネタですいません(^^;;

 


煙草と酒、依存の性質の違い

2021-03-02 14:56:36 | 考えたこと

 私は20歳から煙草も酒も始めました。真面目だったので、20歳まではやりませんでした(笑) しかし薬物に対する依存体質なんでしょうか、煙草はヘビースモーカーになりましたし、酒もやや病的な依存をするに至りました。

 

 煙草は35歳頃に禁煙し、現在に至ります。実は30歳頃から止めたいと思っていて、何度も何度も禁煙に失敗し、やっと35歳の時に止められた、というのが実情です。アレン・カーの有名な本「禁煙セラピー」は大変役に立ちました。また、当時「インターネット禁煙マラソン」というのがあって(今でもあるのかな?)、当初3か月くらいはそのアドバイスを受けました。ニコレット(ニコチンガム)も使いました。そういう援助手段を使って、やっと止めたのです。

 禁煙は楽だったか?――率直に言って、苦しかったです。止めて1か月くらいは、起きている間のほとんどの時間、煙草のことを考えていました。半年くらいまで、毎日毎日、猛烈に煙草を吸いたいと思っていました。ところが、半年過ぎたころから、薄皮を1日1枚ずつ剥いで行くように煙草を吸いたい気持ちが薄らぎ、1年経った頃にはほぼ「何でもない」状態になりました。禁煙から1年間で劇的な変化があったということです。

 

 一方の酒。30代の後半から悪酔いをするようになり、ブラックアウト(飲酒時の記憶を失うこと)も頻発、酔って他人に暴言を吐くなどの問題が起こり、多分37歳から42歳まで、5年間禁酒をしました。

 煙草と同じ問いを立てるなら、禁酒は苦しかったか?――これが、たいして苦しくなかったのです。止めようと思い立ち、止めた。それだけのことでした。禁断症状は特にありませんでしたし、強い忍耐力を必要とする場面もありませんでした。抗酒剤という、酒を飲めなくなる薬(「飲みたくなくなる」わけじゃなく、体質的に「飲めなくなる」だけ)を処方してもらいましたが、ほとんどお守り程度で、多分、抗酒剤なんてなくても禁酒はできたでしょう。

 「全然お酒を飲みたくなかったの?」と聞かれるなら、そりゃ飲みたかったです。でも、「あー飲みたいなぁ」と、のんびり思う程度。煙草を止めたときには、ひと月くらい「チックショー!煙草が吸いてぇ!煙草!煙草をくれー!」と毎秒(毎日でも毎時間でもなく)思っていましたから、その差は大きいものがありました。

 

 ところが。

 

 禁酒1か月で「あー飲みたいなぁ」と思った気持ちは、1年経っても同じように「あー飲みたいなぁ」。2年、3年、そして5年経っても「あー飲みたいなぁ」と、全然消えないのです。禁酒5年経ったところで、適当な言い訳のもと飲酒を再開するに至りました。再開しても、すぐに飲みたいだけ飲みまくるということはなく、「これからは節度を持って飲んで行こう」とのんびり思いました。が、1か月後には元通り、5年前と同じ酒飲みになっていました。

 

 これは薬物における依存の性質の違いなんでしょうか?専門的なことは分かりませんが、とても不思議なことです。5年ぶりに飲んだ酒(飛行機内で飲んだビールでした)は、うまくもまずくもなく、「酒ってこんなもんだよな」という印象でした。5年のブランクを感じさせないものでありました(笑)

 私がもし、禁煙後5年ぶりに煙草を吸ったらどう思ったことでしょう?しかし、この仮定はナンセンス。だって禁煙後5年経ったら、私にとって煙草はもはやゴミになっていましたから。煙草を吸ってみろと言われても、「ゴミに火をつけて煙吸う馬鹿はいないでしょ?」と思ったことでしょう。禁煙から5年、日常生活において煙草の存在を忘れていました。20年近く経った今では、あれ?自分は煙草なんて吸ってたっけ?とすら思います。

 

 さて、酒の方ですが、今では年齢的にあまり飲めなくなり、まず実害と言えるほどのこともありません。ですが、飲めば体調は良くないし、習慣的に飲んでいると時々は飲み過ぎてしまうこともあるし、体重は増えるしで、やっぱり完全禁酒したいと思っています。

 実は本日現在、禁酒10日目です。最近はこうして長めの休肝日を設けることが多くなっています。それで飲みたくならないか?そう、のんびりと「あー飲みたいなぁ」と思います。そして、この「のんびり感」が、1年も5年も10年も続くのでしょう。

 

 恐るべし酒、その依存力。強烈な禁断症状より、じわじわ来る方が強力だとは。最近の若い人は酒離れが進んでいると聞きます。とても良いことだと思います。酒の悪魔に魅入られると、一生じわじわ責められ続けるのですから。


方言?中国語?

2021-02-02 07:14:09 | できごと

 私は比較的「言葉にうるさい」ほうだと思います。「最近の若いモンは言葉遣いが」というヤツです。オヤジクセーと思われるかも知れませんが、実際オヤジなんで仕方ありません。

 言葉は時代によって変化して行くもの――それはそのとおりだと思います。源氏物語の時代から見たら、現代の正しい日本語もずいぶん変な言葉でしょう。また、「表現の妙」として斬新な言葉遣いを案出することも否定はしません。そういう表現に接して「面白い」と思うこともしばしばあります。文学では顕著にそう思います。

 しかし、だからといって、変化を安易に、無限定に認めてしまう訳にはいかないだろうとも思っています。変化して行こうとする力と、伝統を守ろうとする力と、その微妙なバランスの上に言語は成り立っているのではないでしょうか。

 

 さて、そのような「言語シーン」において、気になる傾向をひとつふたつ。

 

 最近の若いモンは(笑)、自分の知らない言葉に接すると、それを「方言」であると簡単に片づけてしまう傾向があるように見えます。

 自由民主党幹事長の二階氏が、保守分裂となった岐阜県知事選挙について、「しこってもしょうがない」と発言したことが報道されました。

   山形知事選敗北は「努力不足」 二階自民幹事長

 ハイ、「しこって」に妙な反応しない、第二次性徴期じゃないんだから。ここで「しこる(凝る、痼る)」は、無論「しこりを生じる」という意味です。「しこり」という言葉すら知らない人はあまりいないでしょう。

 ところが、ネット上では嘲笑気味に「どこの方言だ」という声が多く上がりました。嘲笑されるべきはどっちなんだ?と思いますが。一方、熊本には「カッコつける」という意味で「しこる」という方言があるそうで、「熊本出身でもない二階が何でわざわざ熊本弁使ってるんだ」と、ワケ知り顔で別の嘲笑をする輩も見かけました。だから嗤われるべきはどっちだって。

 私も以前、「しゃっちょこばる」と言ったらひどく笑われた経験があります。まさに「どこの方言だ」と。

 

 しゃちほこ‐ば・る【鯱張る】[動ラ五(四)]

 1 鯱のようにいかめしく構えた態度をとる。しゃちこばる。しゃっちょこばる。「―・って訓辞を垂れる」

 2 緊張してかたくなる。しゃちこばる。しゃっちょこばる。「―・ってお辞儀をする」

 

 どうだバカヤロウ。何が方言だバカヤロウ。

 

 方言とは違いますが、ネット上で「好好爺」という言葉を使った人が「中国人認定」される場面も先日目にしました。ネトウヨの多いWeb空間で中国人認定されるのはツラいものがあります(笑)これに対してはさすがに、「好好爺という言葉も知らないのか?小学生かお前は」という反論が数多くありましたが、それでもなお「『好好』というのは中国語だ」と頑迷に譲らない輩が見られました。

 

 知らない言葉あるのは仕方ないとして(もちろん私も知らない言葉だらけです)、笑う前に、中国語認定する前に、辞書で調べようと思わないのかなぁ?目にしたことない言葉に接すると、「どんな意味だろうと」と興味が湧くもんだけどな。辞書を「読む」のって、楽しいもんだけどな。

 そんなことないのかな、この頃は。

 


国会代表質問にて

2021-01-21 11:50:42 | 世の中のこと

菅総理「判断の遅れが感染の蔓延を招いたとの指摘は当たりません」

野党ヤジ「えーーーっ!」

 

……_| ̄|〇

小学生かよ……

 

良きにつけ悪しきにつけ、社会が大きく動いているときは政治的な変革のチャンスでもある。

民主党政権は悪夢だった。私もそう思う。だけど、それでも政権交代は必要だ。政権交代を繰り返し、失敗も経験する中で国政は発展して行くのだと思う。

その意味で健全な野党が成長することを期待しているのだけど、やってることは「えーーーっ!」。

 

………_| ̄|……((〇

ダメだこの国。もう無理。

 

政府のコロナ対策がとても素晴らしいとは思えない。だけど、一方の野党は素晴らしくも素晴らしくなくもない。だって何もしてないから。

野党だから何もできない?バカめ、そんなことあるかい。もう永遠に野党でいろ、それ以上は無理。


SNSと言論の自由

2021-01-19 14:16:14 | 世の中のこと

 Twitter社がトランプ大統領(本日現在かろうじて現職)のアカウントを凍結し、問題となっています。片や「言論の自由の侵害だ」といい、片や「デマを流し社会に害悪を与える言論は許さない」という。甲論乙駁、激しい議論が展開されております。

 私はちょっと、別の感想を抱いています。

 それは、「Twitterを凍結=言論の自由の侵害」という図式がほぼ出来上がっていることへの驚き。今回のトランプ・アカウント凍結に賛成する人だって、「なにがしかの自由の侵害にはなるが、許される範囲内」と考えているようです。

 TwitterやFacebookが登場して、まだせいぜい10年~十数年ですよね。その新興テクノロジーが、今や言論の自由の核心的部分を握っている。と、少なくともそう信じられている。これはまさに、驚きというほかありません。

 

 いやしかし、こんなことでいいのかなぁ?それって、SNS運営会社に鼻っ面つかまれて引きずり回されているだけのことと違いますか?今回、「アカウント凍結してはいけない」と主張している人々は、言論の自由は「広く認められるべき」と考えているのでしょう。そのカシコき自由人様が、Twitterにはしっかり首根っこ押さえられ、鎖につながれて、不自由さに気付きもしない。そんなことでいいんですかい?

 私がいうまでもなく、TwitterもFacebookも本質的には広告である。広告を収入源としている。あなたのネット上での行動傾向をこっそり監視しては、「ほら、あなたこれ好きでしょ?これも好きでしょ?」と囁き、あなたはホイホイ乗せられ、ポチっと注文する。その注文代金の一部が、巡り巡ってSNSの収入となる。そういうことですよね?分かってますよね?

 アカウント凍結に文句あるなら、本当はこう言うべきなんじゃないですか?

 「たかが『ネット上のチラシ』の分際で偉そうにするな。ツィートなんて『チラシの裏の落書き』だ。凍結すんならお前んとこなんか使わないわ」

 SNSなんてただの娯楽――そう思えない人(言論の自由ガー、と言ってしまう人)は、すでに人生半分SNSに支配されているんじゃないかな?麻薬依存者が麻薬を取り上げられて怒っている。怒っているというより、焦燥に駆られている。アカウント凍結に怒る人は、失礼ながらそう見えてしまいます。

 以前も申し上げましたが、私はかつてよく使っていたFacebookをほとんど止めてしまい、ごく限定的な使用(告知用など。チラシだからねw)しかしていません。Facebookをやめて、実に快適です。特に困ったこともありません。情報不足?この時代、SNSじゃなくても情報にあふれてますよ(笑)フェイクニュースもまともなニュースも。

 

 SNSなんて別に世の中になくてもいいんじゃね?そう思いませんか?

 

【追記】

 上記本文では正面からSNSを批判しましたが、裏から言えば、政治家や大企業など庶民を操りたい勢力にとって、この巨大洗脳装置(SNS)を利用できるかどうかは死活問題なんでしょうな。トランプ(陣営)も、この超重要装置の利用権をにわかに失って焦っている、そういうことでしょう。

 それなのに、当の洗脳されている側(庶民)が「言論の自由」の問題として怒っているという・・・救いがたい〇カですね。

 


「鬼滅の刃」の疑問に答える

2021-01-12 11:40:17 | 考えたこと

 大人気ですね、「鬼滅の刃」。私もNetflixでテレビアニメの終わりのところまでは観ました。映画はまだ観ていないのですが、そのうちNetflixに落ちて来るだろからそれを観ようと思っています(セコい)。

 ところで今や世界的に人気の日本アニメ、海外でも「鬼滅」は話題沸騰のことと思います。

 そうなると気になるのは、背景的にかなり日本色の濃い「鬼滅」ですから、「これ何?」と疑問を抱く外国人が後を絶たないのではないかということ。心配ですので、ちょっと先回りして、外国人からの仮想の質問に答えようと思います。大きなお世話ではありますが。

 

1質問「禰豆子のくわえているアレ、何?」

 回答「うーん・・・よく分かんね」

 

 まぁ一応ね、「猿轡(さるぐつわ)」なんでしょう。竹筒を口に咬ませて、後ろで縛る。何のためにそんなことをするかと言えば、発声を禁じたり、噛みつきを防止したり。舌を噛む事故や自害を防止する用途もあるでしょう。

 それは分かるんだけど、日本人にとってそれほどポピュラーなものかと言えば、そんなことはないですよね。もっと正確に言うと、猿轡に使うものとして、アレが日本では普通の形状なのかと言えば、そんなこたぁないです。普通は手ぬぐいなどを噛ませるのではないでしょうか。半裸の「くのいち」が縛り上げられ、禰豆子のアレを噛まされて切ない呻き声を上げる、そういうエロチックな映画だか時代劇だかを観たことがある気はします(笑)SMの道具・・・?いや知らんがな、誘導尋問はやめてください(爆笑)

 という訳で、あんまり断定的に「コレ」と言えません。よって回答は「よく分かんね」です。すいません、外国の方。

 

2質問「SLが走っている時代にカタナ?日本では最近までカタナを使ってたの?」

 回答「それはあくまでもアニメの中の話。あの時代に刀を差していた人はいません」

 

 「鬼滅の刃」の時代設定は、大正だそうです。廃刀令は明治9年、さらにそれ以前から廃刀は進んでいたと言いますから、大正時代に一般人(軍人や警官ではない人)が刀を差して往来を歩いていたら、大騒ぎとなったでしょう。確か劇中でも、刀を差している姿を見咎められるシーンがあったと思います。大正では、むしろそれ(刀を見咎められる)が普通のことでした。

 と、ここまで書いて、ちょと不安。いまの日本人の若い人たちは、ちゃんと分かってるのかなぁ?若い人と話してて、戦争以前の時代認識が暗黒に過ぎて驚いたことがあります。大正デモクラシーは、わが国の近代化が大いに進んだ時代です。

 

3質問「鬼殺隊はニンジャなの?」

 回答「えー・・・まずは忍者の定義を聞こうか?」

 

 戦国時代などに、諜報活動を行ったり、破壊工作、暗殺、後方攪乱などを担当する技能集団がいたかどうかと言えば、そりゃいたんでしょう。徳川幕府で大身旗本となった服部半蔵家なんてそういう集団の首領だったのですから。そしてそのような集団を「忍者」と呼ぶかどうかと言えば、それはそう呼んでもいいでしょう。

 でもさぁ、外国の人たちよ。あなたたちが想定しているニンジャって、黒装束で手裏剣投げて忍法・影分身使って大きなカエルを口寄せする・・・そういうヤツでしょ?でも、それ自体が架空の存在ですから。したがって、アニメの中の登場人物が架空の存在であるニンジャか?と聞かれても、それは「人物の設定次第」としか答えようがありませんわなぁ。夢のないお話で恐縮ですが。

 ただ、日本で(服部半蔵のような実在の)忍者が活躍したのは上記のとおり主に戦国時代。年代がまったく合わない(400年以上離れている)ので、「忍者ではないよ」というのが一応の答えかも知れません。しかしそれは、鬼殺隊が影分身を使わないからでもカエルを出さないからでもありません。悪しからず。

 

【補足】一応ググってみたら、鬼殺隊の宇髄天元という人は元忍者(忍者のお家に生まれた)という設定なんですってね。テレビアニメがそこまで行ってないので知らんかったです。ということで、そのような「人物設定」はあり得るというのが答えです(笑)

 しかし「鬼殺」と書くと「鬼ころし」が飲みたくなりますね。全然関係ありませんが。

 

 


年賀状

2021-01-05 15:35:22 | 考えたこと

 私は年賀状を廃し、1枚も出していません。今年でもう3年目となります。

 いくつか理由はありますが、最大の理由はやはり「煩わしい」から。一年で最も忙しい年末に、年賀状に多くの時間と労力を取られるのはかないません。

 こちらが送らないせいでしょうか、頂く年賀状もかなり減りました。

 それでも送って下さる方、特に私が年賀状を廃したことを知りながらなお送って下さる方もいます。そういう方々は年賀状という制度・風習を大切にしていらっしゃるんだろうなと思います。それはそれで結構なことですし、ありがたく頂戴致したく存じます。

 しかし一方で、減った年賀状についてのことが気になります。

 いや、「オレは送らないけどお前らは送って来いよな」と、理不尽な威張り方をしているのではありませんよ(笑)多くの方々は、「相手から来ないのだから自分から送るのもやめる」そう判断して、私への送付を取り止めたのでしょう。いやいや、言い訳を重ねるようですが、それが「悪い」と言っているのではありません。かつて年賀状を出していたときの私は、まさにそう考えていました。「相手が送って来るから自分も送る」。逆に言えば、「そちらから送らないで頂ければ、こちらも送らないで済むのに」とも考えていました。

 けれども、これって不毛ですよね。「相手が送るから自分も送る」と、両サイドで考えている。いっそ両方で止めればいい、そうならないものでしょうか。

 いやいやいや、本稿言い訳ばかりですが、上記のとおり年賀状を大切に考えていらっしゃる方は、それでいいんですよ。どうぞお送りください。私から返書はありませんが、お送り下さって感謝しています。けれども、相互義務的に、「相手が送るから自分も送る」というだけの理由で年賀状を出している方々は、そろそろ考え直すべきときなのでは?年賀状、もうやめてもいいのではないでしょうか。自分から止めれば相手も止めます。その「自分から」の勇気を持つべきなのではないでしょうか。

 私は届く年賀状が3分の1くらいになりました。私の周囲の方々について言えば、3分の2は「相手が送るから自分も送る」という相互義務年賀状だったということです。日本全国でこの相互義務を止めたら、やはり私において減ったのと同じくらいの割合で、年賀状が減るのではないでしょうか。

 減った年賀状が気になる――とは、そういう意味においてです。日本郵便の職員は大変そうです。年末年始、郵便局はとても混雑しています。不毛な相互義務ならもう少し減らしてもいいよね。そう思います。

 


デカルトに学べ

2020-12-02 14:15:19 | 世の中のこと

 

 

 アメリカ大統領選挙はようやくバイデン勝利という結果に落ち着きそうです。

 それにしても、実に興味深い現象が起きています。どうあってもトランプの敗北を認めない、バイデンは不正をしたと信じる層がかなりの数います。当初はネット(匿名掲示板等)上のいわゆる「煽りネタ」だと思っていましたが、Facebook等において「顔出し」で堂々と、奇妙奇天烈な陰謀論を繰り返す人々が現実にいて(そしてその友達が好意的コメントを寄せる)、「あー、本気でそう思っている人がかなりいるんだ」と知りました。

 彼らは「マスコミなんて信じない。マスゴミめ!」と既存メディアを攻撃し、それがどうもおかしな方向に向かっているのは前回記事に記したとおりです。しかし「マスゴミ」を批判する彼らとて情報源は必要な訳で、何を根拠に主張を繰り返しているのかと見れば、怪しいSNS記事だったり、YouTubeのまとめ動画だったり、新興(信仰?)メディアだったり。いや、いいですよ、百歩譲ってそれらを情報源とすることは構わないとしても、そのような情報を「鵜呑み」にして信憑性を疑わないというのなら、彼らの批判する「マスゴミに洗脳されている人々」と、何も変わらないのでは?対象がマスゴミからSNSに代わっただけで、その依存的・他律的メンタリティは同じなのではないかと思います。

 マスコミであれSNSであれその情報を鵜呑みにしてはいけないし、さりとて情報源は必要。それではどうしたらいいのか?という嘆きも、ネット上にはあふれています。「もう何が真実なのか分からない」と。

 デカルトは「方法序説」で真理に至るための方法的懐疑を提唱しています。

 

・わたしが明証的に真であると認めるのでなければ、どんなことも真として受け入れないこと

・わたしが検討する難問の一つ一つを、できるだけ多くの、しかも問題をよりよく解くために必要なだけの小部分に分割すること

・わたしの思考を順序にしたがって導くこと

・すべての場合に、完全な枚挙と全体にわたる見直しをして、なにも見落とさなかったと確信すること

 

 つまり、「とことん分析・検討・統合し、これが正しいと確信できるまでは何も信じない」ということ。デカルトは「我思う、ゆえに我あり」という結論だけが有名ですが、真骨頂はその「方法論」にこそあります(だから「方法」序説なのです)。情報をそのまま信じるのではなく、それを元にとことん考え抜くことで、多少なりとも真実に近づくことができるのではないでしょうか。

 「とことん考えろ」なんて、当たり前のことを言ってるに過ぎない?

 そうでしょうか。上記の大統領選挙騒動を見る限り、心許ないものです。

 不正があった、というなら、それはいつ誰がどこで何をどのような方法で行ったというのでしょうか。不正は、「顔のない誰か」がやるのではありません。個別具体的な人、Mr.Sadap Okazy(53歳・ペンシルベニア州在住)という人がやるのです。Mr.Okazyは、どんな手段を使ったのでしょうか。不正な票を持ち込んだのでしょうか。いつ持ち込んだのでしょうか。その不正な票は自分でせっせとこしらえたのでしょうか。それとも誰か別の人が作り、準備したのでしょうか。その別の人って誰でしょうか(この人も「顔のない誰か」ではあり得ません)。選挙結果を変えるには大量の票を持ち込む必要があります。Mr.Okazyはどうやって持ち込んだのでしょうか。自分でトラックを運転して運んで来たのでしょうか。段ボール箱に詰めて持ち込んだのでしょうか。何箱あったのでしょうか。そんなに運んで、53歳の腰は痛くならなかったのでしょうか。どうやって票を紛れ込ませたのでしょうか。段ボールからぶちまけたのでしょうか。たくさんの職員がいる開票所で誰にも見咎められなかったのでしょうか。Mr.Okazyは何のためにそんな犯罪をしたのでしょうか。金をもらったのでしょうか。いくらもらったら、そんな大それたことができるのでしょうか。誰が金を払って、誰が頼んだのでしょうか(この「頼んだ人」もやはり「顔のない誰か」ではありません)。「もし捕まったら」と、自分の将来のことや大切な家族のことは考えなかったのでしょうか。選挙も終わり、いまMr.Okazyは何を考え、何をしているのでしょうか。大変なことをしてしまったと、良心の呵責に泣いてはいないのでしょうか。ヤケ酒を飲んでいないでしょうか。秘密を知った家族は怖くて怯えていないのでしょうか。あるいはまたMr.Okazyは、「このネタをトランプ陣営に売り込めば、逆に高く買ってくれるかも?」と、さらなる悪だくみを抱いてはいないのでしょうか・・・

 「バイデンが不正をした」。言葉で言うのは簡単です。でもその実行犯・Mr.Sadap Okazumyひとりのことだけでも、ちょっと「考える」ならば、すぐにいろいろな困難が見えてきます。全米規模での選挙不正は、たった一人でできるものでないでしょう。数百人の実行犯・関係者がいるとして、その一人一人に上記のようなストーリーがあります。そんな不正を一糸乱れぬ統率で実行する――なんて、とても現実的なものとは思えないですね。

 映画やアニメでは、悪の首領が自由に使い捨てできる「顔のない誰か」によって、都合よく犯行が完成します。でも言うまでもなく、そんなのは現実ではありません。映画の見過ぎなのではないでしょうか。「とことん」でもなく、「少し」考えれば分かることです。

 デカルトは17世紀の人。この400年間、人間はちっとも学んでいないのかと思うと、悲しい気がします。

 

 

 


マスコミを信じてはいけない?

2020-11-17 19:03:00 | 世の中のこと

 このブログでも、いままでさんざんマスコミを批判して来ました。「マスコミの言うことなんか信じちゃいけない」と言って来ました。

 ところが最近、どうも雲行きがおかしいです。

 アメリカ大統領選挙についてです。もはやバイデン氏勝利はほぼ揺るがないと思いますが、わが国でもことのほか「トランプ信者」多いようで、ネット上には怨嗟の声が飛び交っています。その怨嗟がマスコミ(メディア)批判に向かっています。

 

①メディア:オブライエン大統領補佐官「敗北をほぼ認める」

 信者:バイデン派のメディアの言うことなど信じない

②メディア:○○州の選挙当局がバイデン勝利の選挙結果を公表した

 信者:メディアが勝者を決めるのではない

③メディア:トランプは○○州で提訴したが敗訴した

 信者:メディアはトランプに不利なことばかり報道して事を有利に運ぼうとしている

 

 はぁ・・・(ため息)・・・間違いを指摘する気も失せますが・・・

 

①いや「言って」るのはオブライエン氏であって(動画もあり)、メディアが「言って」るわけじゃないでしょ?

②そうだよ、メディアが決めるんじゃないよ。州の選挙の結果が決めるんだよ。だからそう報道されてるでしょ?

③敗訴したのが事実ならそれを伝えるのは仕方ないでしょ?勝訴・敗訴を決めるのは裁判所であって、敗訴を報道したからといって有利・不利に関係ないでしょ?

 

「マスコミを信じちゃいけない」と言って来たし、それは今でもそう思うんだけど、そういうことじゃないんだよなぁ・・・しかし、さんざんマスコミ批判を繰り返してきた身としては、一種の責任を感じてしまうような。


みんな大好き「陰謀論」

2020-11-12 23:21:46 | 世の中のこと

 みんな大好き陰謀論には様々なパターンがありますが、共通の要素もあるように思います。

 

①陰謀を企む敵は超強力、超優秀で、ほとんどの人に気付かれないままに、自己の欲望を満たすための行為を実行する。

②ところが匿名の「事情通」や「内部告発者」や、「ネットの画像w」によって陰謀の綻びが見えてきてしまう。

③「ほとんど誰も気付いてないのに気付いたオレSugeeee!」となる。

 

 最後のオレSugeeee!が、たまらない味なんでしょうねぇ。しかし、①と②の間に大きな矛盾があるのには気付きません、Sugeeee人たちは。

 人口甘味料も地球温暖化も、コロナウイルスもアメリカ大統領選挙も、同じ構図ですな。誰も気付いてないのにあなた(とその愉快な仲間)だけが知ってる真実、なんてものは、ただのか・ん・ち・が・い。お・も・い・こ・み()

 真実とはつまらないくらい常識的、なんじゃないかな。