安倍元首相の国葬の是非について、またもや喧しい議論が起きています。
「イギリスの国葬では~吉田茂元首相の国葬では~」の出羽の守は放っておきますよ。聞いても意味がない、時間の無駄。
指摘したいのは、この是非について、「もしかして国葬ヤバいんじゃないか?」と一番ビビッてんのは実は岸田総理じゃないの?ってことです。
だって衆参両院において、圧倒的多数を握っているわけでしょう与党。国会に附議してどんなに反対論が出て来たって最後はヨユーで可決できるわけでしょう与太。
なんで堂々とやらないの?これだけの功績のあった首相です、非業の最期を遂げられた首相です、国葬に値するでしょう、国葬でみすぼらしい式典するわけにはいかんでしょう、その費用がこれだけかかります、外国要人がたくさん来ます、その警備にはこれだけの費用がかかります。堂々と説明すりゃいいじゃないか。何をためらってるんだ。
あまり話を一般化するのはどうかと思いますが、このあたり、岸田さんの弱点ですよね。グズグズしていて実行力が乏しい。せっかく「新しい資本主義」という良い理念を掲げながら、何ら具体策に移すことができていません。問題の根本は賃金だと分かってんでしょう。なんで早く手を付けない?財界の反対?そんなもん百も承知で理念を掲げたんじゃないのか。
故・中曽根康弘元首相は、自らを「歴史法廷の被告」となぞらえました。首相ってそういうもんですよね。その覚悟なくして首相なんてやってもらっちゃ困る。長くても数年の在任期間、自らの信じる政策を実現せずに何が首相か。毀誉褒貶は後の歴史が裁くこと。いまのままでは岸田さんは、歴史の評価を受けることさえなく、ただただ消えて行ってしまうことでしょう。
ま、そんなにビビッてんなら国葬やめて自民党葬にすりゃいいんじゃね?それほど自信なくおっかなびっくり葬式されたんじゃ、安倍元首相も迷惑だよ。知らんけど。
世上、マスコミの意見などでは「国会の議決がない」ことを問題視する向きがありますが、政府の見解では「儀式」として内閣府の所管で行うものとしており、根拠として一応筋の通ったことだろうと思います。内閣府の予算内であれば執行は内閣の裁量であり、何でもかんでも国会の個別の議決が必要というものでもないでしょう。
国葬とは国が主催する葬儀というだけのことであって、それ以上でもそれ以下でもありません。弔意の強制なんて、どこから出て来た話なのか理解不能です。例によって「国葬の強行で国が滅びる!」がごとき主張を叫ぶお爺さん・お婆さんたちがデモをしてますが、まあご苦労なこって。でもあなたたちの言う通りだとすると、もう100回くらい国が滅んでるよね。そういうのオオカミ少年て言うんだよ。オオカミジジイ(ババア)か笑
記事本文で、「これだけの功績のあった首相です云々」と言ってるのは、岸田首相がそう思ってるなら堂々とそう主張すればいいでしょ?という内容であって、私の主張ではありません。どうも最近文脈を読み取る力が弱い方が多いように見受けられますので、野暮を承知で注記しておきます。