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Left to Write

司法書士 岡住貞宏の雑記帳

『酔っぱらいの歴史』マーク・フォーサイズ

2023-09-27 09:18:11 | 酒にまつわる言葉

 アメリカの禁酒法はご機嫌に上手く行っていた。そうでないとは誰にも言わせない。憲法修正第18条〔禁酒法〕が、13年間の施行を経て1933年に廃止されたとき、この法は首尾よく行った、やるべきことを見事に果たしたと、法の支持者のほとんどは思ったのだった。

 歴史上最も愚かな法として普通言及されるのに、かなり奇妙な診断のように思われるかもしれない。だがそれは、この時代全体があまりに神話と神秘に包まれてしまっているため、博識な人でさえ、何がなぜ起こったのかを正しく理解できていないからだ。 (18禁酒法・p228)

 

 


『酒虫』芥川龍之介

2023-08-02 14:15:17 | 酒にまつわる言葉

 第三の答。酒虫は、劉の病でもなければ、劉の福でもない。劉は、昔から酒ばかり飲んでいた。劉の一生から酒を除けば、後には、何も残らない。して見ると、劉は即酒虫、酒虫は即劉である。だから、劉が酒虫を去ったのは自ら己を殺したのも同前である。つまり、酒が飲めなくなった日から、劉は劉にして、劉ではない。劉自身が既になくなっていたとしたら、昔日の劉の健康なり家産なりが、失われたのも、至極、当然な話であろう。


『福翁自伝』福沢諭吉

2023-01-17 14:44:18 | 酒にまつわる言葉

 ソレカラ又酒の話になって、私が生得酒を好んでも、郷里に居るとき少年の身として自由に飲まれるものでもなし、長崎では一年の間、禁酒を守り、大阪に出てから随分自由に飲むことは飲んだが、兎角銭に窮して思うように行かず、年二十五歳のとき江戸に来て以来、嚢中(のうちゅう)も少し温かになって酒を買う位の事は出来るようになったから、勉強の傍ら飲むことを第一の楽みにして、朋友の家に行けば飲み、知る人が来ればスグに酒を命じて、客に勧めるよりも主人の方が嬉しがって飲むと云うような訳けで、朝でも昼でも晩でも時を嫌わず能(よ)くも飲みました。夫(そ)れから三十二、三歳の頃と思う。独り大(おおい)に発明して、斯う飲んでは迚(とて)も寿命を全くすることは叶わぬ、左ればとて断然禁酒は、以前に覚えがある、唯(ただ)一時の事で永続きが出来ぬ、詰り生涯の根気でそろ/\自から節するの外ほかに道なしと決断したのは、支那人が阿片(あへん)を罷(や)めるようなもので随分苦しいが、先ず第一に朝酒を廃し、暫くして次ぎに昼酒を禁じたが、客のあるときは矢張り客来を名にして飲んで居たのを、漸く我慢して、後にはその客ばかりに進めて自分は一杯も飲まぬことにして、是れ丈けは如何やら斯うやら首尾能く出来て、サア今度は晩酌の一段になって、その全廃は迚も行われないから、そろ/\量を減ずることにしようと方針を定め、口では飲みたい、心では許さず、口と心と相反して喧嘩をするように争いながら、次第々々に減量して、稍や穏になるまでには三年も掛りました、と云うのは私が三十七歳のとき酷い熱病に罹かって、万死一生の幸を得たそのとき、友医の説に、是れが以前のような大酒では迚も助かる道はないが、幸に今度の全快は近年節酒の賜に相違ないと云ったのを覚えて居るから、私が生涯鯨飲の全盛は凡(およ)そ十年間と思われる。その後酒量は減ずるばかりで増すことはない。初めの間は自から制するようにして居たが、自然に減じて飲みたくも飲めなくなったのは、道徳上の謹慎と云うよりも年齢老却の所為でしょう。兎に角に人間が四十にも五十にもなって酒量が段々強くなって、遂には唯の清酒は利きが鈍いなんてブランデーだのウヰスキーだの飲む者があるが、アレは宜くない。苦しかろうが罷めるが上策だ。私の身に覚えがある。私のような無法な大酒家でも、三十四、五歳のときトウ/\酒慾を征伐して勝利を得たから、況(ま)して今の大酒家と云っても私より以上の者は先ず少ない、高の知れた酒客の葉武者(はむしゃ)だ、そろ/\遣やれば節酒も禁酒も屹(き)っと出来ましょう。


『大宰帥大伴卿讃酒歌十三首』大伴旅人

2023-01-15 12:16:55 | 酒にまつわる言葉

痛醜 賢良乎為跡 酒不飲 人乎熟見者 猿二鴨似 (原文)

 

あな醜賢しらをすと酒飲まぬ人をよく見ば猿にかも似む (訓読)

あなみにく さかしらをすと さけのまぬ ひとをよくみば さるにかもにむ

 

小頭がよくて自分を勝ち組って信じて酒も飲まないような奴ってよく見ると猿に似てるよね (現代語訳・町田康)

 

(万葉集・第3巻344番歌)

 


『しらふで生きる』町田康

2023-01-15 12:09:46 | 酒にまつわる言葉

 酒をやめたと言いしばしば酒徒から受ける問いに「それで人生寂しくないですか?」というのがあるがそんなことはない。なぜなら、人生とはもともと寂しいものであるからである。

 (中略)

 酒を飲まないからといってあまり賢くない人が賢くなる訳ではない。けれども酒を飲むと賢い人が阿呆になる。そして阿呆はもっと阿呆になる。どうやらそんなことのようだ。


『酒ぎらい』太宰治

2023-01-10 12:12:13 | 酒にまつわる言葉

 よそから、もらったお酒が二升あった。私は、平常、家に酒を買って置くということは、きらいなのである。黄色く薄濁りした液体が一ぱいつまって在る一升瓶は、どうにも不潔な、卑猥な感じさえして、恥ずかしく、眼ざわりでならぬのである。台所の隅に、その一升瓶があるばっかりに、この狭い家全体が、どろりと濁って、甘酸っぱい、へんな匂いさえ感じられ、なんだか、うしろ暗い思いなのである。家の西北の隅に、異様に醜怪の、不浄のものが、とぐろを巻いてひそんで在るようで、机に向って仕事をしていながらも、どうも、潔白の精進が、できないような不安な、うしろ髪ひかれる思いで、やりきれないのである。どうにも、落ちつかない。

 夜、ひとり机に頬杖ついて、いろんなことを考えて、苦しく、不安になって、酒でも呑んでその気持を、ごまかしてしまいたくなることが、時々あって、そのときには、外へ出て、三鷹駅ちかくの、すしやに行き、大急ぎで酒を呑むのであるが、そんなときには、家に酒が在ると便利だと思わぬこともないが、どうも、家に酒を置くと気がかりで、そんなに呑みたくもないのに、ただ、台所から酒を追放したい気持から、がぶがぶ呑んで、呑みほしてしまうばかりで、常住、少量の酒を家に備えて、機に臨んで、ちょっと呑むという落ちつき澄ました芸は、できないのであるから、自然、All or Nothing の流儀で、ふだんは家の内に一滴の酒も置かず、呑みたい時は、外へ出て思うぞんぶんに呑む、という習慣が、ついてしまったのである。

 


『不良少年とキリスト』坂口安吾

2023-01-10 11:49:09 | 酒にまつわる言葉

 (「酒にまつわる言葉」という新カテゴリーを作りました。)

 酒は、うまいもんじゃないです。僕はどんなウイスキーでもコニャックでも、イキを殺して、ようやく呑み下しているのだ。酔っ払うために、のんでいるです。酔うと、ねむれます。これも効用のひとつ。

 しかし、酒をのむと、否、酔っ払うと、忘れます。いや、別の人間に誕生します。もしも、自分というものが、忘れる必要がなかったら、何も、こんなものを、私はのみたくない。

 自分を忘れたい、ウソつけ。忘れたきゃ、年中、酒をのんで、酔い通せ。これをデカダンと称す。屁理窟を云ってはならぬ。

 私は生きているのだぜ。さっきも言う通り、人生五十年、タカが知れてらア、そう言うのが、あんまり易しいから、そう言いたくないと言ってるじゃないか。幼稚でも、青くさくても、泥くさくても、なんとか生きているアカシを立てようと心がけているのだ。年中酔い通すぐらいなら、死んでらい。