要となる智を継ぐもの

株式投資についてつらつらと書くブログ(走り書き)。誤字脱字錯誤に計算間違い多数。補正・修正は読み手側でしてください。

株式投資×貨幣数量説=共同幻想

2011-12-05 00:47:04 | 投資日記

貨幣数量説という面白い仮説がある。

株式市場=経済の一系と捉えて考え、この貨幣数量説を導入出来るとすると、市場は取引相手間の交換頻度(売買回転率)が一定の場合、取引者の資金によって株価は演算される、すなわち資金が乏しい時は株価が低迷し、潤沢な時は株価が好況を呈する。そこで、自分が疑問に思うのは何で売買回転率が一定になるのかという事。

なぜ人は株価が上がっても下がっても同程度の取引をしてしまうのだろうか。勿論、株価低迷期は売買回転率は多少落ち、その逆に高揚期や上がったりするんじゃないかと思うが、過去のデータを見る限り、結構売買回転率は一定(少なくともデイトレが流行り出した2003年以降)。そこで思うのは、人の意識の中に株式というものがギャンブルであったり、短期的にするものであるという概念がはびこっているからじゃないかなと。投資の神様的な人が言ってたように、家電製品買うのに色々調べるのに株を買うのは気分で買うみたいな感じだろうなぁと思う。

株と言うのは、人類にとってそういう類のモノなのかもしれない。なんて言っても有形物じゃないから分りようがないし、効果も購入時点ではわかりずらい。さらに、儲かるんじゃないかという期待を抱かせやすいと同時に失敗するんじゃないかという恐れも抱かせやすい。さらに「何を買っても一緒」と大御所の投資マスターは効率的市場仮説を振りかざす、さらには面倒な手続きは要らない。やる事はボタンを押すだけ。

そして人はすぐにその効果を求める。安易な気持ちでギャンブル感覚でやっているから。実際に株をやっている人はみんなそうだろう。そうでなければ現代ポートフォリオ理論でそこらへんをやりくりしてる職業人くらいじゃないだろうか(そんな彼らも借りてるふんどしは一般人からだから一般人の心理に順応して取引せざるを得ない)。それが故に誰もがチャートを欲し、短期間で判断を下し、反対売買をする、そして仕切り直しにまた投資をする。こういう事が折り重なって、いつまでたっても株は大多数の人にとってアセットとして認識されず、株式はスロットみたいなモノとして認識される。そんな中で生み出される株価は単純にどれだけ株式市場に経済が資金を割り当てているかであり、結局の所、人々の共同幻想の最大限の発露になってるんじゃないかと思う。
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