くろたり庵/Kurotari's blog~since 2009

総務系サラリーマンの世に出ない言葉

「加害者家族」

2011-02-02 23:08:00 | 書籍の紹介
ある犯罪加害者の弟が言います。
「被害者の家族会はあるけれど、加害者のは、なぜないのかな。
  みんなどうやって生き長らえているんだろう」

犯罪被害者とその家族が被る理不尽な不幸は、頻繁にメディアにとりあげられますが、
犯罪加害者の家族がたどる過酷な現実は、ほとんど紹介されません。
この本で紹介されるのは、そのような加害者の家族です。


「加害者家族」 鈴木伸元 著 / 幻冬舎(幻冬社新書) 刊

身内の犯罪をきっかけに、失職や転居を余儀なくされるだけでなく、
インターネットで誹謗中傷されたり、住所や写真などの個人情報を流されたり。
電話による執拗な嫌がらせや、家の壁などへの落書きなど、
加害者の家族も凄惨な生活を強いられることになります。

近年の報道番組では、
加害者の親がメディアに引っ張り出され、
謝罪する光景もよく見かけられます。

「謝罪が不十分」「謝罪する服装ではない」「態度が、口調が・・・」
そうやってますます加害者家族へのバッシングがエスカレートしていきます。

親にも加害者を育てた責任がある。
そういう社会的風潮が蔓延していることは否めません。

仮に「親の責任」を問うことが正義だとしても、
一般の人々が電話やインターネットを使い、
匿名で家族を攻撃することは卑怯きわまるリンチにも等しい行為です。

ましてや、加害者の兄弟や子供、
叔父や叔母などの親戚にはなんの罪もありません。

しかし、親のみならず加害者の家族、そして親戚までもが、
社会から隠れるように息を殺し、怯えながら生きていかなければならないのが現実です。

「家」あるいは「親族」という単位で処罰された連座は、
江戸時代まではごくあたりまえの考え方でした。
それが、現在も日本人に深く根付いているのかもしれません。

「犯罪者の家族だから当然」なのでしょうか?
人は誰でも加害者家族になりうる可能性があります。
「親族に凶悪犯罪を起こすような者はいない」そう思うかもしれません。
しかし、自動車事故による加害者には誰でもなりうる可能性があります。
これもまた、加害者家族なのです。

犯罪を起こしたほとんどの加害者は、
家族がこのような過酷な生活を強いられてるとは想像もしていません。
そもそも、そのことに思いが至るような人間であれば、
最初から犯罪を思いとどまっているでしょう。

ある加害者の妻が言います。
「ここよりも、刑務所の中のほうがはるかに守られているのです」と。

加害者家族がたどる過酷な人生をもっと多くの人が知れば、
犯罪を思いとどまる人が増えるかもしれない。
著者はあとがきで取材の動機をこのように語っています。

しかし、それは同時に
「加害者家族の苦悩を前提にしている」という点で自己矛盾をはらんでいます。
とても難しい問題です。

正義面をして加害者家族を攻撃する者は、
犯罪加害者と同等か、それ以上の加害者であるということを
感じさせられた本でした。