こんばんは、くろねこです。
今日は医療福祉ムラ以外の人は・・・分かりにくい中身です。
あえて、色々な立場の人に考えてもらいたく、書きました。
「医療モデル」と「生活モデル」普通の人は何も疑問に感じませんよね・・・
福祉のテキストでは・・・「医療モデル」から「生活モデル」へ・・・としつこく書かれています。
そもそも、福祉の「生活モデル」って何?
すごく疑問に感じています。テキストに書いてある事、自分自身は納得できていません。
何人にも質問しましたが、きちんと自分なりの言葉で、答えられた人いませんでした。
安倍総理の「美しい国」や「イノベーション」と同じで、言葉だけは「美しく綺麗」だが、カタカナ多用で意味不明な説明ばかり。納得できていません。
皆さんも想像つくと思いますが…
自分の性格は、納得できない事があると、とことん突っかかる悪い癖があります(汗。
おえらさんには嫌われますね(苦笑
まず模範答案。
社会福祉用語辞典(中央法規)より抜粋
SW・PSW試験受ける人は、叩き込まないとダメですよ。
医療モデル・・・患者自身の病状を重視し病気の原因を探ろうとする
生活モデル・・・人と環境との相関関係と、それを基盤として展開される人の日常生活の現実に視点を置いて社会福祉援助を行おうとすること
「医療モデル」は分かりやすいと思います。
しかし「生活モデル」は何を言っているんだか、さっぱり意味不明です。
いまだに、納得出来ていません。「生活モデル」ではなく「福祉従事者、自己満足モデル」では・・・と思っています。
で、文句ばかり言っても仕方がないので・・・
自分なりの「医療モデル」「生活モデル」の定義です。
試験受ける人は、こちらで覚えては絶対にダメですよ。
あくまでも、「間違い」ですからね。
医療モデル・・・寿命を最大に延ばす事が大きな目的。そのための手段を考える事。
「有事」の時です。ルールブックは医師です。医師が責任を持ちます。
生活モデル・・・個人の生きる満足度を最大にする事が目的。そのための手段を考える事。
「平時」の時です。ルールブックは各個人です。自己責任です。
自分は福祉の立派なセンセのように、医療モデル=悪、生活モデル=善、と言う考えではありません。
どちらも、メリット、デメリットがあります。
各個人が臨機応変に使い分ける事が大切だと思います。
逆に患者が頭使って、上手に使い分ければいい話です。
今日は医療福祉ムラ以外の人は・・・分かりにくい中身です。
あえて、色々な立場の人に考えてもらいたく、書きました。
「医療モデル」と「生活モデル」普通の人は何も疑問に感じませんよね・・・
福祉のテキストでは・・・「医療モデル」から「生活モデル」へ・・・としつこく書かれています。
そもそも、福祉の「生活モデル」って何?
すごく疑問に感じています。テキストに書いてある事、自分自身は納得できていません。
何人にも質問しましたが、きちんと自分なりの言葉で、答えられた人いませんでした。
安倍総理の「美しい国」や「イノベーション」と同じで、言葉だけは「美しく綺麗」だが、カタカナ多用で意味不明な説明ばかり。納得できていません。
皆さんも想像つくと思いますが…
自分の性格は、納得できない事があると、とことん突っかかる悪い癖があります(汗。
おえらさんには嫌われますね(苦笑
まず模範答案。
社会福祉用語辞典(中央法規)より抜粋
SW・PSW試験受ける人は、叩き込まないとダメですよ。
医療モデル・・・患者自身の病状を重視し病気の原因を探ろうとする
生活モデル・・・人と環境との相関関係と、それを基盤として展開される人の日常生活の現実に視点を置いて社会福祉援助を行おうとすること
「医療モデル」は分かりやすいと思います。
しかし「生活モデル」は何を言っているんだか、さっぱり意味不明です。
いまだに、納得出来ていません。「生活モデル」ではなく「福祉従事者、自己満足モデル」では・・・と思っています。
で、文句ばかり言っても仕方がないので・・・
自分なりの「医療モデル」「生活モデル」の定義です。
試験受ける人は、こちらで覚えては絶対にダメですよ。
あくまでも、「間違い」ですからね。
医療モデル・・・寿命を最大に延ばす事が大きな目的。そのための手段を考える事。
「有事」の時です。ルールブックは医師です。医師が責任を持ちます。
生活モデル・・・個人の生きる満足度を最大にする事が目的。そのための手段を考える事。
「平時」の時です。ルールブックは各個人です。自己責任です。
自分は福祉の立派なセンセのように、医療モデル=悪、生活モデル=善、と言う考えではありません。
どちらも、メリット、デメリットがあります。
各個人が臨機応変に使い分ける事が大切だと思います。
逆に患者が頭使って、上手に使い分ければいい話です。
強いていうなれば、糖尿病患者で例えれば
医学モデル ⇒ 血糖値のコントロールを主眼とした 食事管理等
生活モデル ⇒ 本人の望む食生活をどう提供してい くか
って、感じですかねぇ
故に、どちらに偏りすぎても良くないわけで
そのときの状況や環境によってバランスをとっていくものだと、ご理解いただけると幸いです。ハイ
コメントの中身はよく分かります。
少し誤解があってしまうかもしれませんので…
補足です。
テキストに書かれてある「医療モデル」「生活モデル」は、単に、患者が無視された、医療と福祉の権力ゲームだと自分は思っています。どちらも自分たちに都合よく「患者や障害者」を囲い込みたいだけ。
自分は、「医療モデル」も「生活モデル」も双方とも、メリット・デメリットがあると思います。
要はそのバランスを取るのは「スタッフ」ではなく、「本人」だと自分は思います。
生意気な意見で申し訳ありません。
ごめんなさい。
今さらではないのですが、ふたつのモデルについて考えることが最近ありました。
なるほど。勉強になります。
要は、どう折り合いをつけていくかが大切だと思います。しかし、どうも自分たちの都合を正当化するという理由が見え隠れするのは私だけでしょうか。どうも組織のなかで、仕切りたい病があるようです。
特に考え方が異なる場合、自分たちのアイデンティティーを保ったり自分の都合のために「〇〇モデル(権威あるもの)」を使って正当化したいのでしょう。それはどんな人間の集団でも起きる可能性あると思います。
「仕切りたい病」なかなかいい病名ですね。
ブログやツイッターやmixiやフェイスブックをやられている皆さんは、若干かかっていると思います。私もです
ふと読み返してみて「3.11」までは、上記のような考えだったのですが・・・
「医療モデル」や「生活モデル」のバランスを取るにしても、社会情勢(平時か有事か)により「バランスを取る分岐点」は常に変化する。その時のリソース(周囲の資源・国の財政・患者の能力)にもよる。
そのバランスを決めるのは誰か?
ブログ上では患者とは書いたものの。そんなもの、時と場合により変わるもの。
と考えているうちに、訳が分からなくなりました