
【6】
七月の最初の日曜日、所長の家へ行く日になりました。
いろいろと迷った末、やはり小学生とは言え初対面の所長の息子さんにどう思われるか心配だったので、赤井さんのアドバイスとは反対にあんまり女っぽい格好はやめました。と言うよりやはり女装に勇気と自信がありませんでした。
スタンダードな白の綿ショーツに薄いブラウンのパンストをはき、その上に白のショートガードルをはき、工藤君に泣かされた日の薄ブルーグレイのソフトジーンズパンツをはきました。
上半身には色々の厚さのパッドを自分で縫い付けたブラの中から一番薄いパッドの白のシンプルなジュニア用のようなブラを選んで着け、ホワイトブルーのニット編みのポロシャツを着ました。胸の膨らみはほとんど目立たず、ブラが透けてみえることもありせんが、色をパンツと合わせたつもりだったのが、ポロシャツのホワイトブルーは着て鏡に映してみるとすごく女っぽくちょっと恥ずかしくためらいましたが、女なんだから当たり前かなと思い直して、顔に軽くファンデーションをつけ口紅だけを塗りました。
お昼過ぎ中野駅から近い素敵なマンションの四階の所長の家に行きました。
表札を見て所長の名前が西野太郎ということを初めて知りました。
西野所長がバイト先のガソリンスタンドの本店の社長の息子だと言うこと、奥さんともう何年も前に離婚をして、やもめ暮らしであると言うことぐらいは赤井さんから聞いて知っていましたが、肝心の名前さえ知らなかったのです。
所長と息子さんはテレビを見ていました。
「ちょっと待っててね、もうすぐ終わりだから」
しかたなくラグビーを大声で応援している二人の前のソファーに座ってじっとしていました。
「ラグビーは好きじゃない?」
退屈そうにしている私に気がついた所長に尋ねられました。
「当たり前だよ、先生は女の人なのに」
「ははは、びっくりするだろうがこの先生は男の人なんだよ」
「うそだあ」
大声を出しながらソフアーにのけ反ったやや肥満型の息子さん以上に私のほうがびっくりしました。女として
家庭教師をしてくれと私に言っておきながら、まだ改まって紹介もしてないうちから男だとばらしてしまうので
すから。
私は恥ずかしさに身の置場がない思いで、恨めしげに所長の顔を吽々にらみながら、俯いていました。
息子さんは興昧深げにテレビより私のほうをちらちらと眺めます。
やっと所長はテレビを消しました。
「お待たせ、こいつが息子の修です。よろしく」
私は修くんに恥ずかしげに会釈をしました。
「修、こちらが原田トモヨ先生、ご挨拶しなさい」
「こんにちわ、トモヨだから、先生やっぱり女なんだよねえ」
「いや、先生は本当に男なんだ。だけどまるっきり女の人と変わらないだろう。だから女の人として暮らしているんだ。人間は自分に合った好きな生き方をすればいいんだよ。人の真似ばかりしたり、自分の意思が弱い人間が一番良くないんだ、ゴーイングマイウエイを貫く勇気こそが男らしさなんだよ」
けっして好きで始めたわけでなく無理矢理させられた時に、断る勇気が無かっただけで、しかも女装をするようになってからよけい意気地無しをさらけだすようになっている自分にとって、耳の痛い皮肉な褒め方で修くんを諭している所長が恨めしい気がしました。
「だからお前、先生を女だと砥めたことをしたら、本当はすごく強いから恐いぞ。先生、もしあんまり言うことを聞かなかったら、遠慮なくがつんとやってやってください」
所長はますます図にのって言いたいことを言って、目を丸くしている修くんにわからないように私にウインクしました。
でも私もますます恥ずかしくて家庭教師に来ていることも忘れて、身をすくませて、修くんの前で畏まっていました。
「今日は勉強しなくともいいんでしょ、漫画読んでこようっと」
父親が居るせいもあり、お互いに照れ合って私と修くんの会話が弾まないのに耐え切れなくなったのか、修くんは自分の部屋へ逃げていってしまいました。
にやにや笑うばかりで、私と修くんの盛り上がらない途切れがちな会話に助け船を出してくれなかった所長は、
「やっと俺達に気を利かせんといかんとわかったのかな」
と言いながら私の横に座って腰の後に手を回してきました。
「所長、ひどい、最初から私のことをばらしてしまって」
「だったら、ずっと隠しておいたほうが良いのかい」
改まって言われると困ってしまいます。
「だって、あんなふうにはっきりと言われると恥ずかしいですもの」
所長は腰に回した腕に力を入れ私を引き寄せました。
所長の胸に顔を寄せるような格好をとらされ、自然と女っぽくなってしまった私は彼の胸に顔を隠しながら、甘えるようになじりました。
「すべて初めからわからせておいたほうがお互いに理解し合えるんだよ。心配いらないって」
彼は私の顔を上げさせ、私を抱き寄せると私の唇に彼の唇を合わせました。
唇同士の軽い触れ合いから今度は私の唇をこじあけるように舌を入れ私の舌を弄んだり強く口を吸ったり、私は夢の中にいるように陶然となってしまいました。
さすがに修くんが同じ家にいることで所長はそれ以上のことはしませんでしたが、私は女として所長にこのまま愛されたいと願いながらしばらくの間、彼の厚い胸に身をもたれかけていました。
それから気を取り直し身繕いし、所長に頼まれてキッチンに行きお湯を沸かしました。私にお皿やカップや紅茶のあり場所を教えに来た所長に、またお皿を待ったまま抱き寄せられ、膝の力ががくんと抜けるような愛撫を受けました。
「むうお紅茶がいれられないから・:、修くんを呼んで向こうで大人しくしていてちょうだい」
と彼を居間に押し戻しました。
三人で私が買ってきたケーキと紅茶をいただきましたが、所長の愛撫を受けただけですっかり気分が落ち着いて自信が湧いてきていることが我ながら不思議でした。
出所 「インナーTV」1994年第2号
七月の最初の日曜日、所長の家へ行く日になりました。
いろいろと迷った末、やはり小学生とは言え初対面の所長の息子さんにどう思われるか心配だったので、赤井さんのアドバイスとは反対にあんまり女っぽい格好はやめました。と言うよりやはり女装に勇気と自信がありませんでした。
スタンダードな白の綿ショーツに薄いブラウンのパンストをはき、その上に白のショートガードルをはき、工藤君に泣かされた日の薄ブルーグレイのソフトジーンズパンツをはきました。
上半身には色々の厚さのパッドを自分で縫い付けたブラの中から一番薄いパッドの白のシンプルなジュニア用のようなブラを選んで着け、ホワイトブルーのニット編みのポロシャツを着ました。胸の膨らみはほとんど目立たず、ブラが透けてみえることもありせんが、色をパンツと合わせたつもりだったのが、ポロシャツのホワイトブルーは着て鏡に映してみるとすごく女っぽくちょっと恥ずかしくためらいましたが、女なんだから当たり前かなと思い直して、顔に軽くファンデーションをつけ口紅だけを塗りました。
お昼過ぎ中野駅から近い素敵なマンションの四階の所長の家に行きました。
表札を見て所長の名前が西野太郎ということを初めて知りました。
西野所長がバイト先のガソリンスタンドの本店の社長の息子だと言うこと、奥さんともう何年も前に離婚をして、やもめ暮らしであると言うことぐらいは赤井さんから聞いて知っていましたが、肝心の名前さえ知らなかったのです。
所長と息子さんはテレビを見ていました。
「ちょっと待っててね、もうすぐ終わりだから」
しかたなくラグビーを大声で応援している二人の前のソファーに座ってじっとしていました。
「ラグビーは好きじゃない?」
退屈そうにしている私に気がついた所長に尋ねられました。
「当たり前だよ、先生は女の人なのに」
「ははは、びっくりするだろうがこの先生は男の人なんだよ」
「うそだあ」
大声を出しながらソフアーにのけ反ったやや肥満型の息子さん以上に私のほうがびっくりしました。女として
家庭教師をしてくれと私に言っておきながら、まだ改まって紹介もしてないうちから男だとばらしてしまうので
すから。
私は恥ずかしさに身の置場がない思いで、恨めしげに所長の顔を吽々にらみながら、俯いていました。
息子さんは興昧深げにテレビより私のほうをちらちらと眺めます。
やっと所長はテレビを消しました。
「お待たせ、こいつが息子の修です。よろしく」
私は修くんに恥ずかしげに会釈をしました。
「修、こちらが原田トモヨ先生、ご挨拶しなさい」
「こんにちわ、トモヨだから、先生やっぱり女なんだよねえ」
「いや、先生は本当に男なんだ。だけどまるっきり女の人と変わらないだろう。だから女の人として暮らしているんだ。人間は自分に合った好きな生き方をすればいいんだよ。人の真似ばかりしたり、自分の意思が弱い人間が一番良くないんだ、ゴーイングマイウエイを貫く勇気こそが男らしさなんだよ」
けっして好きで始めたわけでなく無理矢理させられた時に、断る勇気が無かっただけで、しかも女装をするようになってからよけい意気地無しをさらけだすようになっている自分にとって、耳の痛い皮肉な褒め方で修くんを諭している所長が恨めしい気がしました。
「だからお前、先生を女だと砥めたことをしたら、本当はすごく強いから恐いぞ。先生、もしあんまり言うことを聞かなかったら、遠慮なくがつんとやってやってください」
所長はますます図にのって言いたいことを言って、目を丸くしている修くんにわからないように私にウインクしました。
でも私もますます恥ずかしくて家庭教師に来ていることも忘れて、身をすくませて、修くんの前で畏まっていました。
「今日は勉強しなくともいいんでしょ、漫画読んでこようっと」
父親が居るせいもあり、お互いに照れ合って私と修くんの会話が弾まないのに耐え切れなくなったのか、修くんは自分の部屋へ逃げていってしまいました。
にやにや笑うばかりで、私と修くんの盛り上がらない途切れがちな会話に助け船を出してくれなかった所長は、
「やっと俺達に気を利かせんといかんとわかったのかな」
と言いながら私の横に座って腰の後に手を回してきました。
「所長、ひどい、最初から私のことをばらしてしまって」
「だったら、ずっと隠しておいたほうが良いのかい」
改まって言われると困ってしまいます。
「だって、あんなふうにはっきりと言われると恥ずかしいですもの」
所長は腰に回した腕に力を入れ私を引き寄せました。
所長の胸に顔を寄せるような格好をとらされ、自然と女っぽくなってしまった私は彼の胸に顔を隠しながら、甘えるようになじりました。
「すべて初めからわからせておいたほうがお互いに理解し合えるんだよ。心配いらないって」
彼は私の顔を上げさせ、私を抱き寄せると私の唇に彼の唇を合わせました。
唇同士の軽い触れ合いから今度は私の唇をこじあけるように舌を入れ私の舌を弄んだり強く口を吸ったり、私は夢の中にいるように陶然となってしまいました。
さすがに修くんが同じ家にいることで所長はそれ以上のことはしませんでしたが、私は女として所長にこのまま愛されたいと願いながらしばらくの間、彼の厚い胸に身をもたれかけていました。
それから気を取り直し身繕いし、所長に頼まれてキッチンに行きお湯を沸かしました。私にお皿やカップや紅茶のあり場所を教えに来た所長に、またお皿を待ったまま抱き寄せられ、膝の力ががくんと抜けるような愛撫を受けました。
「むうお紅茶がいれられないから・:、修くんを呼んで向こうで大人しくしていてちょうだい」
と彼を居間に押し戻しました。
三人で私が買ってきたケーキと紅茶をいただきましたが、所長の愛撫を受けただけですっかり気分が落ち着いて自信が湧いてきていることが我ながら不思議でした。
出所 「インナーTV」1994年第2号
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