パソコン教室きらく館教室日記

教室での出来事や塾長の生活を綴ってみます

湯浅 伝統の町を散策

2015-01-10 18:14:34 | 塾長の生活
お正月2日、3日は息子夫婦の住む和歌山で過ごしました。

3日、伝統の町湯浅を歩いてみました。
お正月でほとんどのお店が休業かもしれないと思いながら、
古い町並みでゆったり過ごすのもいいだろうと。

湯浅は、古代、熊野詣で貴族階級が宿所とした地で、
平安時代末期から土豪の湯浅氏がここを本拠として栄えました。

中世、武士階級や庶民の間に熊野信仰が広がり多くの人々が熊野詣でし、
参詣の道が街道筋として繁栄するようになりました。
街道は、山裾から海側へと移り、臨海市街地域が拡大していきました。

近世、藩内有数の商工業都市として発展しました。
金山寺味噌の製造過程からできた醤油の醸造が、紀州藩の保護の元に藩外へ販路を拡大し、
文化年間(1804~1818年)には92件も醤油が営業し、代表的な産業となりました。


正月の開けていない町並みは、やはり活気に欠けていましたが、
伝統の町並みを巡る目的としては、この侘しさは却って風情を感じるものでした。
   

様々な文様の格子(手摺り状の格子、切子格子、出格子)と飾り
様々な飾りを見て歩くと、当時の生活が偲ばれ、繁栄の時代が脳裏によみがえります。
   
   
   

金山寺味噌を製造する「太田久助吟製」
心安いご主人から「湯浅の町」「金山寺味噌」の話を聞くことができました。
麹の香りを漂わせ、湯浅でも唯一この店だけが作る金山寺味噌をお土産にしました。
  

醤油醸造の老舗「角長」天保12年(1841年)創業
製造を兼ねた店の裏は、「大仙掘」
醤油の原材料や製品が積み下ろしされた内港でした。今でもその名残が保存されています。
  

醤油作り資料館
慶応2年(1866年)建築の職人蔵。醤油資料館には古い醸造用具や貴重な資料が展示されています。
   
   

そして最後に訪ねたのが「湯浅城」
と言っても当時の城とは全く別物、荘厳な国民宿舎でした。
 

歴史のある古い町を十分堪能することが出来ました。
最後に有田に立ち寄り、コクのある豚骨のスープの「和歌山ラーメン」で締めました。

今年もみなさんにいいこと沢山ありますように!