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163638 植草氏と梓沢和幸弁護士の話から読み取る、検察や警察・マスメディアの恐ろしい実体

2007年10月17日 | アメリカ→官邸・電通→マスコミの日本支配
163638 植草氏と梓沢和幸弁護士の話から読み取る、検察や警察・マスメディアの恐ろしい実体
  猛獣王S ( 30代 東京 営業 ) 07/10/17 PM07


植草一秀氏と弁護士梓沢和幸氏からお話を聞かれた筆者ひらのゆきこさんの投稿を読んで、改めて検察や検察・マスメディアの悪について考えさせられます。
『「女性セブンの記事はデタラメ」植草一秀さんと梓沢和幸弁護士の話を聞く』くリンクより部分転載します。(全文通読を推奨致します)
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 <前略>

●植草一秀さんのお話

○事件を通して感じたこと
植草さんはまた、刑事事件と司法制度の問題について次のように語りました。

1つ目は、拷問のような検察の取調べです。植草さんは、東京地検で6回の取調べがあったそうですが、その都度、東京拘置所から東京地検地下の取調室まで、手錠をかけられ、縄で数珠繋ぎにされて連れて行かれたそうです。人権無視の、まさに拷問以外の何者でもない、と訴えました。

2つ目は、人質司法といわれている司法取引についてです。否認すると長期間拘留されたり、実刑判決が出ることに対し、保釈や執行猶予付きの判決を出すことを条件に認めさせるような司法取引があるのだとしたら、そのことを明らかにするべきである、と訴えました。

3つ目は、調書も指紋もないのに、警官が、被告人は取り調べでは認める発言をしたと証言し、それが証拠として採用されることの危険性です。もしこれが認められるとしたら、警察はなんでもできることになる、と警鐘を鳴らしました。

4つ目は、「疑わしきは罰せず」が刑事訴訟の前提であるにもかかわらず、それが守られていないことです。

5つ目は、メディアが検察の情報を一方的に流し、(被告人に)反論の機会が与えられていないことです。一部のメディアは政治的意図による情報のマインドコントロールを行っている可能性がある、と述べ、一部のメディアに対しては名誉毀損で訴え、民事で争っていることを明らかにしました。

<中略>

●梓沢和幸弁護士のお話

○水に落ちた犬は叩け
植草さんの弁護活動をしている梓沢和幸弁護士は、植草さんが過去に7回痴漢行為を行い示談にした、と報じた「女性セブン」の記事はまったくのデタラメであり、そのデタラメを繰り返し言っていることに対し、現在、民事裁判で争っている、と語りました。事件が起きてから、水に落ちた犬は叩けといったメディアの報道の在り方に、「実に品がよくない」と厳しく批判しました。

○学校のいじめと共通する、見ていて寒気がする報道
梓沢弁護士は、テレビで著名な評論家が植草さんを冷笑したり、また無罪だと言っていると嘲ったり、繰り返し植草さんの写真を流し、過去に7回も事件を起こしていると言ったりしているのを見ると、「寒気がする」と述べました。メディアによる情報操作や人権侵害はテレビだけではなく、学校のいじめと共通するものであり、力を失ったものを叩いて喜ぶ姿には、「ぞっとする」と述べ、「自分はこんな社会に住んでいるんだぞ」という残酷さをもっていることにも言及しました。

テレビを見ている自分に、「お前はこの社会に生きていてどうするんだ」という問いが内面に入ってくるテレビ報道であり、週刊誌報道である、と語り、事実無根の記事を掲載した週刊誌(「女性セブン」「フライデー」など)と、その記事を貼付けという形で報道したテレビ局(朝日放送〈大阪〉)に対し、損害賠償の請求を5人の弁護士が出していることを明らかにしました。メディア側は、記事の根拠を示すことができず、警察の筋から聞いたとしか言わないので、おそらく民事は勝訴できるのではないか、との見通しを示しました。

○これ以上、マスメディアの悪を容認してはいけない
梓沢弁護士は、隠されている情報を引き出すために危険なところに手をつっこんでいくのがジャーナリズムではないか、と述べ、メディアに期待されている公共性についてマスメディアが応えていないことに不満を述べながらも、マスメディアに求めているだけではダメではないか、との考えを示しました。

満州事変のときと同じように、日本はいま戦争(イラク戦争)をやっている、との認識を示した上で、どうやったら戦争を止めることができるのか。昔と同じように、いまも大政翼賛会と化したマスメディアを変えるものとして、市民メディアの存在の可能性に言及しながら、植草さんの痛みを自分自身に置き換え、これ以上メディアに悪をやらせないという気持ちでこの訴訟を勝ち抜きたい、との決意を表明しました。

<後略>
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困ったときには「真実」を持って助けてくれるだろうと信じていた検察や警察,マスメディアの実体が、「権力」の言うがままに真実を隠し、外国による支配を円滑にする行動様式があるのだとしたら、我々にとってこれはとても恐ろしいことだと思いました。

「事実はペンよりも強し。事実を追求しよう」

この言葉の重要性を感じます。


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