かしょうの絵と雑記

ときどき描いている水彩スケッチや素人仲間の「絵の会」で描いている油絵などを中心に雑記を載せます。

スケッチ・北の丸公園

2023年05月20日 | スケッチ、油絵、写真

ブログに載せるのが遅れたが、先月、土曜スケッチの皆さんと行った皇居隣接の北の丸公園のスケッチ。日本武道館があるので多くの人に知られる公園だが、私にとっては特別な思い出の場所である。

江戸城の北の丸であったこの地には明治7年に日本陸軍最初の歩兵連隊である近衛連隊が設立され、西南の役から日清・日露戦争,太平洋戦争での敗戦まで、最も天皇に忠実な軍隊の駐屯地であった。戦後、その近衛連隊の旧兵舎に文部省が学生などの支援ため学徒援護会をつくり、東京学生会館を開設し、住とアルバイト等の支援をした。戦後の困難期に設立された全国大学生協連も学徒援護会の事務所がある旧近衛第1連隊兵舎の2階に入っており、私は1958年に大学生協連の常任理事になってから2年ほどそこに通っていた。まだ、大学生協の数も少なく、出身の早大生協をふくめほとんどが学生が専務をふくめ役員として運営していた時代で、大学生協連も専務と事務職員1人で、私と東大駒場生協出身の学生Y君がほぼ毎日顔を出し、あれこれ会員生協の世話と運動の指導(?)をしていた。

 大学生協連の事務所があった2階の部屋には、入ると壁に鉄砲を掛けておく銃床がまだ残っていた。ここに若い近衛兵が寝泊まりし、いざというときは銃床にある鉄砲を肩に飛び出していったのだと考え、西南戦争いらい70年を超える戦争について考えさせられた。そこは私にとって戦争遺跡と言える場だったが、それが東京オリンピックを境にする60年代に大変身し、今は池や人工の滝もある公園になっている。

田安門から入り武道館の先のレストハウスの近くに「近衛歩兵第1連隊記念碑」があり、少し先に「第2連隊記念碑」がある。それらの兵舎の一部が貧しい学生のための宿舎・学生会館となり、その片隅に東京学生会館生協の売店があった。その売店の10円牛乳と同じ10円のコッペパンが私の昼食だった。

公園のはずれの千鳥ヶ淵が見えるところまで登ると昔の面影が残っている。学生時代にもこの辺から対岸のビルを描いたスケッチが残っているが、もうそんな古いビルはどこにもない。

 

乾門のある公園のはずれに赤レンガの近代美術館の別館(工芸館)がある。これが旧近衛師団司令部庁である。記憶では旧第2連隊の兵舎もレンガ造りだったが、こんなに立派ではなかった。天皇の親衛隊、近衛師団司令部のビルなので造りも手入れも良かったのであろう。貴重な戦争の歴史を語る「戦跡」と言えないだろうか。

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