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碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
見たり、読んだり、書いたり、時々考えてみたり・・・

書評した本: 『維新の影~近代日本一五〇年、思索の旅』ほか

2018年03月19日 | 書評した本たち



週刊新潮に、以下の書評を寄稿しました。

姜 尚中 
『維新の影~近代日本一五〇年、思索の旅』

集英社 1512円

今年は明治維新から150年に当たる。だが、一般的には「ああ、それでNHK大河ドラマは『西郷(せご)どん』なのか」と思う程度の人が大半ではないだろうか。

しかし、政府は違う。内閣官房に「明治150年」関連施策推進室が置かれ、積極的な広報活動が行われている。キャッチコピーは「明治の歩みをつなぐ、つたえる」。これをきっかけに、明治以降の歩みを次世代に遺すこと、また明治の精神に学び、日本の強みを再認識することを目指すという。いきなり「明治の精神に学ぶ」と言われても困るが、150年の歴史を再構成すると共に、未来も過去の延長線上にあるという認識を提示している。

本書は、政府が語る150年を「正史」とするなら、そこから排除されてきた者たちの視点で近代を捉え直そうという試みだ。そのために著者は全国各地を旅して歩く。たとえば長崎市にある通称「軍艦島」は、かつて炭鉱で栄えた島だ。今は完全な廃墟だが、「発展と成長の夢と苛酷な現実が凝縮された場所」だと著者は書く。そして熊本県荒尾市に残る旧三池炭鉱の施設を経て、福島第一原発へ。「エネルギーは国家なり」という国策の影が見えてくる。

また、秋田県の八郎潟を干拓して生まれた大潟村は、戦後農業の歴史の縮図だ。減反遵守と自主作付けの対立も含め、大規模な協同農業モデルの現在の姿を通して、この国の農政の問題点を浮き彫りにしていく。さらに熊本県水俣市では、あらためて「公害とは何か」と自問する。今年2月に亡くなった作家の石牟礼道子さんや、医師の原田正純さんの言葉にも触れながら、人とその命を軽視する思想に対して静かに憤る。

「黒歴史」とは無かったことにしたい、もしくは無かったことにされている過去の事象を指すネット用語だ。本書に並ぶ事例を決して黒歴史として葬ってはならない。そんな著者の決意が行間から立ち上がってくる。


亀和田武 『黄金のテレビデイズ 2004ー2017』
いそっぷ社 1728円

2004年に始まり現在も続く、週刊誌の連載テレビコラムだ。ドラマからバラエティまでジャンルは問わない。また時には人物にスポットを当てていく。何が面白いのか、どう見れば楽しめるのか。選択基準は著者の興味のみ。放送当日の番組表も貴重な資料だ。


倉本 聰・林原博光 『愚者が訊く その2』
双葉社 1080円

愚者を自認する倉本聰が専門家の話に耳を傾ける対談集の第2弾である。都市と農村の関係に迫る中島正(思想家)。天災と人災に警鐘を鳴らす河田惠昭(防災研究者)。日本人の食と心を探究する小泉武夫(発酵学者)など。本質を語る言葉は深いだけでなく明快だ。


難波功士 『広告で社会学』
弘文堂 2376円

著者は広告業界を経て関西学院大教授。広告というメディア文化を入り口にした社会学入門の書だ。たとえば愛知県や児童虐待ネットワークの広告やコピーを紹介しながら「社会問題としての家族」を語る。講義形式の内容は分かりやすく、社会の見方が変わってくる。

(週刊新潮 2018年3月8日号)

【気まぐれ写真館】 ミニオンズ

2018年03月18日 | 気まぐれ写真館
スチュアートとデーブの缶

石原さとみ主演「アンナチュラル」は今期最大の収穫か!?

2018年03月17日 | 「ヤフー!ニュース」連載中のコラム


石原さとみ主演「アンナチュラル」は
今期最大の収穫か!?

今期のドラマも、それぞれゴールが迫ってきました。途中で息切れした作品も少なくないのですが、最終回を迎える石原さとみ主演「アンナチュラル」(TBS系)は、その逆と言えるでしょう。ここまで、終わってしまうのが惜しいくらい、充実度が高まってきています。開始後に一度取り上げましたが、あらためて総括しておきたいと思います。

物語の舞台は「不自然死究明研究所(UDIラボ)」。警察や自治体が持ち込む、死因のわからない遺体を解剖し、「不自然な死(アンナチュラル・デス)」の正体を探ることを目的とした研究所で、メスを握るのは三澄ミコト(石原)や中堂系(井浦新)たち法医解剖医です。

このドラマ、まず「不自然な死」というテーマと「UDIラボ」という設定自体が新機軸でした。架空の組織ですが、見ていると妙なリアリティがあります。また沢口靖子さんが活躍する科捜研は警察組織の一部ですが、こちらはあくまでも民間の組織。ミコトたちに捜査権はありません。その代わり、検査や調査を徹底的に行っていくのです。

これまでに、集団自殺に見せかけた事件の真相や、雑居ビルの火災で亡くなった人物の本当の死因などを究明してきましたが、物語展開はいつも重層的で、簡単には先が読めません。

中でも出色だったのが、2月23日に放送された第7話です。顔を隠した高校生Sがネットで「殺人実況生中継」と称するライブ配信を行います。そこには彼が殺したという同級生Yの遺体も映っていて、ミコトに「死因はなんだ?」と問いかけるのです。

しかもミコトが間違えた場合は、人質Xの命も奪うと迫ります。背後にあったのは学校でのいじめ問題ですが、当事者たちの切実な心情を、トリックを含む巧緻なストーリーで描いており、見事でした。

「不自然な死」は当初、非日常的、非現実的なものに見えます。しかしミコトたちの取り組みによって、それが日常や現実と密接な関係にあることが徐々に分かってくるのです。物語には高度な医学的専門性が織り込まれているのですが、説明不足で理解できなかったり、逆に説明過多で鬱陶しくなったりもしません。

この<新感覚サスペンス>ともいうべきドラマを支えているのが、野木亜紀子さんの脚本です。一昨年の「重版出来!」(TBS系)や「逃げるは恥だが役に立つ」(同)とは全く異なる世界を対象としながら、綿密なリサーチと取材をベースに「科捜研の女」ならぬ「UDIラボの女」をしっかりと造形しています。

特にミステリー性(謎解き)とヒューマン(人間ドラマ)のバランスが絶妙で、快調なテンポなのに急ぎ過ぎない語り口にも好感がもてました。

ミコトたちが仕事の合間に、おやつなどを食べながら雑談するシーンがよく出てきます。まるで女子カーリングの“もぐもぐタイム”ですが、こうした話の筋を一瞬忘れる時間が、実はドラマをよりドラマチックなものにしているのです。

というわけで「アンナチュラル」は、できればシリーズ化をと願わずにいられない、今期最大の収穫だと思います。最終回での、あれやこれやの謎に対する決着、落とし前のつけ方も見ものでしょう。

書評した本: 橋本 治 『九十八歳になった私』ほか

2018年03月16日 | 書評した本たち


週刊新潮に、以下の書評を寄稿しました。

橋本 治『九十八歳になった私』
講談社 1728円

舞台は2046年、大震災後の東京だ。主人公の「橋本治」は元小説家にして98歳の独居老人。50代の編集者や自分自身を相手に「記憶が執着心と共に消えて行くな」「希望は幻想だよ」などと呟く様子は日頃の著者を思わせる。近未来予測私小説とでも言えそうだ。


大庭萱朗:編
『色川武大・阿佐田哲也ベスト・エッセイ』

ちくま文庫 1026円

『離婚』で直木賞を受けた色川武大。『麻雀放浪記』の阿佐田哲也。2つの顔をもつ作家のエッセイを集大成した文庫オリジナルだ。構成は博打、文学、交遊など全7章。特に冒頭の「戦後史グラフィティ」には、敗戦0年から11年までのニッポンが活写されている。


福田和也『ヨーロッパの死~未完連載集~』
青土社 3024円

中断した連載ばかりを集めた異色評論集。ほとんどが1990年代後半の仕事で、テーマは当時の関心を反映したものだ。幸田露伴、ゲーテ、ワーグナー、そしてヒトラーとハイデガー哲学などに様々なスタイルで挑んでいる。未完というより現在も進行中の論考だ。

(週刊新潮 2018年3月1日号)

【気まぐれ写真館】 ミニオンズ

2018年03月15日 | 気まぐれ写真館
ふりかけ(たまごおかか味)

ファンには理想郷 秀逸ドラマ「オー・マイ・ジャンプ!」

2018年03月15日 | 「日刊ゲンダイ」連載中の番組時評


ファンには理想郷
秀逸ドラマ「オー・マイ・ジャンプ!」

ドラマ24「オー・マイ・ジャンプ!」(テレビ東京系)は、この枠の記念すべき50作目。しかも同じ50ということで、今年創刊50周年を迎える「週刊少年ジャンプ」とのコラボ企画だ。

まず物語の舞台である秘密クラブ「オー・マイ・ジャンプ!」がいい。店内に「ジャンプ」のバックナンバーや漫画の単行本がずらりと並ぶ、ファンにとっての理想郷だ。

また店に集う人々も強烈だ。「ジャンプ」にやたら詳しいマスター(斉木しげる)。「NARUTO」の格好をした智子(生駒里奈)。「アラレちゃん」と同じサロペットと帽子の美樹(佐藤仁美)。そして「聖闘士星矢」の聖衣に身を包む水川(寺脇康文)もいる。

そこに元愛読者で営業マンの主人公・月山(伊藤淳史)が加わり、毎回、一つの作品をめぐってエピソードが展開されるのだ。先日は、月山が上司(ケンドーコバヤシ)から「魁!!男塾」さながらのハードな特訓を受けた。月山は「ジャンプ」が成功するまでの苦難の歴史を知って発奮し、厳しい試練に耐えていく。

超マニアックなこのドラマ。ジャンプ好きにはたまらないし、そうでない人も出演者たちの予想を超える熱演に思わず笑ってしまうはず。深夜ならではの、いやドラマ24ならではの「こだわり」と「ゆるさ」のブレンド具合が抜群なのだ。ライバル誌の「マガジン」や「サンデー」とのコラボも、いつか見てみたい。

(日刊ゲンダイ 2018.03.14)

『99.9―刑事専門弁護士―』シリーズは、「俳優・松本潤」の代表作になるか!?

2018年03月14日 | 「ヤフー!ニュース」連載中のコラム


『99.9―刑事専門弁護士―』シリーズは、
「俳優・松本潤」の代表作になるか!?


「食わず嫌い」はもったいない『99.9』

ときどき、主演俳優がジャニーズ系と聞いただけで、そのドラマを「見ないよ」と言う大人に遭遇することがあります。しかも「自分の見識がそうさせるんだ」みたいな、ちょっとエラソーな態度だったりします。もちろん個人の自由ではあるのですが、そんなふうに即断するのは、もったいないと思うのです。

一昨年に続く第2シーズンを迎えた『99.9―刑事専門弁護士―』(TBS系)は、「食わず嫌いじゃ、もったいない」の典型でしょう。今回も嵐の松本潤さんが、ひょうひょうと真相を探っていく弁護士、深山大翔(みやまひろと)を快演しているからです。

『夏の恋は虹色に輝く』

実は、松本さん主演のドラマということで、思い出す1本があります。8年前、正確には7年半前でしょうか。2010年の夏クールで放送された、『夏の恋は虹色に輝く』(フジテレビ系)です。いわゆる「月9」枠でした。

確かに、ドラマはフィクションです。想像の産物であり、嘘話であり、絵空事です。どんな登場人物が、どんな行動をしようと、作り手の勝手かもしれません。「しかし、度合いってものがあるよね」とツッコミたくなったのが、このドラマの初回でした。

主人公は売れない二世俳優、楠 大雅(松本 潤)。憂さ晴らしにと、趣味としては“異色”のスカイダイビングをするのですが、ある日、パラシュートの“トラブル”で風に流されます。着地予定の場所から大きく外れ、“どことも知れない”森に降下。枝に引っかかって宙づりに。

しかし、その木の下は“ちょうど”道になっており、一人の女性(竹内結子)が“たまたま”通りかかります。彼女は“なぜか”ハサミを持っていて、青年のパラシュートのひもを切って助けてくれるのでした。よかった、よかった。

・・・多分、この20分間に及ぶオープニングを、「運命の出会い」とか、「劇的なめぐり逢い」として納得・感激・拍手できる者だけが、このドラマを見続ける資格を持っていたのだと思います。

何しろこの後も、“名前も知らない”女性との“再会”を期待した松本さんが海辺の町を訪ねれば、あら不思議、通行人の姿さえ見えない寂しい道路を、竹内さんが“偶然”自転車に乗ってやって来るではありませんか。まさに“運命の恋”か!? 

この初回、視聴者に「それはないんじゃないの?」と叫ばせた頻度で、月9の歴史に残ると思うのです。いや、怒ってはいません。呆れてはいましたけど。

つまり、せっかく「俳優・松本潤」を起用しても、脚本に書かれた人物像やストーリーがいいかげんだったり、陳腐だったりした場合、こうなってしまうという実例です。

『99.9―刑事専門弁護士―SEASON2』

さて、今回の日曜劇場『99.9―刑事専門弁護士―SEASON2』です。まず、シーズン1の時から出色だったのが、主人公である深山のキャラクターです。

深山は料理好きで、「マイ調味料」を持ち歩いています。料理の味は、わずか一振りの塩でも変化するわけで、それは担当する事案に対する、深山ならではの「細部へのこだわり」、そして「鋭い観察眼」に通じているかもしれません。

次に、無類の「ダジャレ」好き。ほんと、困ったなあと苦笑させられる、いっそアッパレなダジャレを連発しますよね。こちらは一見バラバラな、まったく「違う要素」を組み合わせ、「再構成」することで隠された事実を発見する、深山の能力に重なると思います。

深山の口癖は、「僕は事実を知りたいだけなんです」。その根底にあるのは弁護士としての正義感というより、子どものように純粋な、また並外れて旺盛な好奇心です。松本さんは、この深山のキャラを完全に自分のものにしているのです。

竜雷太さんがゲスト出演した第6話では、パラリーガルの明石(片桐仁)が自分の失敗をごまかそうとした様子をヒントに、犯人のトリックを見破っていきます。また、この殺人事件に過去の窃盗事件をからめることで物語はより重層的になっていました。

さらに先週の第7話でも、ある企業の社長(ヒャダイン)が、大金を持ったまま行方不明になった上、顧問弁護士を務める佐田(香川照之)が業務上横領幇助の容疑で逮捕されてしまう。社長秘書(比嘉愛未)の怪しい動きを視聴者に印象づけておきながら、深山がふと目をとめた小さな小道具で、事態は大きく動いていきました。

このドラマの脚本を書いているのは、シーズン1も手掛けた、宇田学さんです。佐田だけでなく、所長の斑目(岸部一徳)、同僚の尾崎(木村文乃)といった面々にも、それぞれの見せ場を配しながら、ドラマ全体のテンポの良さと中身の濃さを巧みに両立させている点が見事です。

よき脚本と、よき脇役陣を得た松本さん。前シーズン以上に、怪演すれすれの快演を見せています。そのエネルギーの源泉は、このドラマのどんな小さな仕掛けも見逃さずに楽しんでくれている視聴者です。

恐らく『99.9―刑事専門弁護士―』シリーズは、「俳優・松本潤」の代表作になるのではないでしょうか。

ドラマの「脚本」と「脚本家」について、倉本聰さんに訊いてみたら・・・

2018年03月12日 | 「ヤフー!ニュース」連載中のコラム



ドラマの「脚本」と「脚本家」について、
倉本聰さんに訊いてみたら・・・

現在放送中のドラマ、どんな人たちが脚本を書いているのでしょう。主だった作品を挙げてみると・・・

『海月姫』 徳永友一

『FINAL CUT』 金子ありさ

『きみが心に棲みついた』 吉澤智子、徳尾浩司

『anone』 坂元裕二

『BG ~身辺警護人~』 井上由美子

『隣の家族は青く見える』中谷まゆみ

『アンナチュラル』 野木亜紀子

『99.9 -刑事専門弁護士- SEASON II』 宇田学

今期は、ドラマ界でよく知られた、ベテラン勢が手がけているものが多いですね。

脚本はドラマの「生命線」

脚本は、ドラマの設計図のようなものであり、また海図のような役割も果たしています。どんな役者が出ていようと、脚本がよくなければ、そのドラマは面白くなりません。脚本はドラマの生命線と言ってもいい。

そこで、「脚本」と「脚本家」について、あらためて考えてみたいと思います。お話をうかがったのは、大ベテランである倉本聰さんです。

――「脚本家・倉本聰」が60年も続けてきた、脚本家、シナリオライターという仕事について教えてください。

そもそもシナリオライターというのは、2つの役割がありましてね。ひとつはプロットをつくる仕事。そして、もうひとつは撮影台本をつくる仕事です。

――ドラマや映画で言うプロットは物語の筋、つまりストーリーですよね。大きく分ければ「原作有り」の作品と、「原作無し」のオリジナルと2種類あります。どちらの場合も、そのプロットを基に書かれた撮影台本をベースにしてドラマが作られていく。

そうです。ところが、日本では原作有りも原作無しも「シナリオ(脚本)」とひとくくりで呼ばれている。実は、それこそがテレビドラマの弊害のひとつになっていると思うんです。僕らは映画からこの世界に入りましたが、当時の映画会社では若造がいきなりオリジナルシナリオを書くなんてありえなかったんですよ。

――ある程度キャリアを積まないと、「オリジナル脚本」は書かせてもらえなかったと。

十数年は経験を積まないとだめですね。僕自身もシナリオライターになった時、作家といわれるのはまだ無理だ、まずはシナリオ技術者になろうと思ったものです。とにかく右から注文が来ても左から注文が来ても受ける。そして意向に沿って膨らませ、形にする。当時の映画会社にはプロットライターというものがいまして、企画部が筋までは完璧につくったものを脚本家に渡す。だから、僕らの仕事は撮影台本を書くことに徹した。分業の訓練を受けてきたわけで、いまとは全く違うわけですね。

アカデミー賞には「脚本賞」と「脚色賞」がある

――日本では、「シナリオライター」あるいは「脚本家」に2つの異なる役割があることが、広く知られているとは言えません。制作サイドもどこまで線引きできているのか。

米国ではきちんと分業してます。ハリウッドのアカデミー賞の授賞式を見るとお分かりになると思うんですが、まず「脚色賞」が呼ばれ、そのあとで「脚本賞」が発表される。

――原作がある場合は「脚色賞」で、丸ごとオリジナルの場合が「脚本賞」。

「撮影台本」を書くっていう仕事は「ストーリー」を書く仕事とは別。ですので、たとえばヤングシナリオ大賞みたいなものを受賞したからといって、いきなり素人にオリジナル脚本を書かせるのは、土台無理な話なんです。物語自体を書く仕事があって、その上で撮影台本を書く。それをごちゃ混ぜにしているところに、大きな課題を感じます。

――オリジナルを書く実力を身につけるには、本来、修行が必要だったんですね。

ええ。もし新たにシナリオ賞を作るのであれば、たとえば、藤沢周平の短編集を脚色しろっていう課題を与えたほうがいいですね。

――昨年ですが、『北の国から』の杉田成道さんが、CSの時代劇専門チャンネルで、藤沢さんの『橋ものがたり』を映像化していました。

藤沢作品は物語の骨格がしっかりしています。しかも、こと細かな心理ではなく登場人物たちの行動が描かれていく。その行間を読むように想像力を働かせるのは、とてもいい脚色の訓練になると思います。そうでもしないと、本当のシナリオライターは育たない。それをいまのテレビ業界は全く分かっていないんです。

ドラマは「化学反応」

――『やすらぎの郷』の第63回でしたが、「いまのホン屋(脚本家)は人を書く事より筋を書く事が大事だと勘違いしている。視聴者は筋より人間を描くこと求めているんだけどな」と、主人公であるベテラン脚本家の菊村(石坂浩二)に言わせています。これも実感ですか?

実感ですね。筋と呼ばれる、いわば、おおまかな展開から描いてしまうと、人間の事を考えていないから、化学反応が期待できない。

――登場人物たちによる化学反応ですか。

AとBが出会った瞬間からしか考えないで、とりあえず、都合よく出会わせてしまえっていうね。でも本来は、脚本家が生み出したキャラクター、人物たちがぶつかり合った時に、どんな出会いになるのか、どんな化学反応が起きるのか。そこを考えるのがドラマ作りの中で一番面白いわけです。まさにドラマ作りの醍醐味でもあるって、僕は思っているんですけれどね。

東日本大震災から7年目の「3月11日」に

2018年03月11日 | 本・新聞・雑誌・活字

東日本大震災から7年目の「3月11日」に

東日本大震災から7年。決して短い年月ではありませんが、被災した方々の物心両面の痛手は十分に癒えないまま、被災地以外での記憶の風化が著しいように思えます。

猪瀬直樹『救出~3.11気仙沼 公民館に取り残された446人』(河出書房新社)の舞台は、地震と津波に襲われた当時の宮城県気仙沼市です。浸水して孤立した上、火の手が迫った公民館に、446人の被災者が取り残されました。そこには大人だけでなく、保育所の園児71人がいたのです。

震災の特徴の一つは、津波によって道路が寸断され、火のついたがれきが漂い、誰がどこへ逃げているか、連絡が取れないことです。公民館に集まった人たちも同様でした。家族の安否どころか、自分たちの存在と状況を外部に伝えることも難しい。また伝わっても必ず救助されるとは限らない。それほどの大災害でした。

著者は当事者たちへの丹念な取材を行い、この日、誰がどこで、どのように震災と遭遇し、公民館で何があったのかを浮き彫りにしていきます。緊急避難における行動は、いわば葛藤の連続となります。右か左か、どこへ逃げるのか、一瞬の判断が明暗を分けることもある。それは消防士も、町工場の社長も、幼い子供たちの命を預かる保育士たちも同様だったでしょう。

最終的に公民館の避難者たちは、翌日、東京消防庁のヘリによって救助されます。しかし、それまでの一昼夜、彼らは自身の不安を抑え、互いに声を掛け合い、知恵を出し合って助けを待ったのです。読後、「希望」という言葉が絵空事ではなく浮かんできました。

しかし、なぜ東京消防庁のヘリだったのか。そこには奇跡的ともいえる情報のリレーと、想像力をフルに働かせた人たちの的確な判断、そして迅速な対応がありました。当時、東京都の副知事だった著者もまた、大きく関与しています。

後に都知事を辞した際、著者は「政治家としてアマチュアだった」と述べました。本書は「ノンフィクション作家としてのプロ」が書いた、災害と生存をめぐる緊迫の記録であり、信じるべき個の力への讃歌だといえます。

(2018.03.11 シミルボンに寄稿)

シミルボン



7年目の3月11日 合掌

2018年03月11日 | 日々雑感
2018.03.11

広瀬すず主演『anone』は、今期、最も気になるドラマ!?

2018年03月10日 | 「ヤフー!ニュース」連載中のコラム


『anone(あのね)』は、何よりもまず、脚本が坂元裕二さんであることが最大の特色です。倉本聰さんの作品を「倉本ドラマ」と呼んだりしますが、「坂元ドラマ」にも、「倉本ドラマ」や野島伸司さんの「野島ドラマ」と同様、脚本家の名前だけで見たいと思わせる「何か」があるのです。

「母性」3部作のラストとして

最近の「坂元ドラマ」には2つの流れがあります。ひとつは日本テレビを舞台とするもので、松雪泰子主演『Mother』(2010年)、満島ひかり主演『Woman』(13年)という流れです。テーマは「母性」。『anone』も日本テレビですから、「母性」3部作の3本目と考えてもいい。

ただし、ヒロインの広瀬すずさんは、当然のことながら松雪さんや満島さんのような形での「母親」ではありません。無意識ながら「母性」を探し求める、いわば「迷い子」であり、「さすらい人(びと)」ではないかと思います。

とはいえ、このドラマには様々な「母親」、もしくは「母と子」が登場しています。林田亜乃音(田中裕子)には、自分が産んだ子ではありませんが、19歳で家出した娘、玲(江口のりこ)がいます。大事に育ててきた娘と離れてしまったことに、ずっとこだわっています。

そして今、亜乃音の中には、赤の他人であるハリカ(広瀬すず)に対して、母親が娘に抱くような感情が芽生えています。亜乃音を見ていると、母と子って血のつながりだけなんだろうか、という坂元さんの問いかけが聞こえてくるようです。

また青羽るい子(小林聡美)は、夫や実の息子と心が通わないまま、家庭を営んできました。その一方で、高校時代に望まぬ妊娠をしてしまい、その時に生まれなかった娘の姿が見えます。かなりシュールなシーンかもしれませんが、とにかく、るい子には見えているし、触れることも出来る。セーラー服を着た幻影の娘と会話することで、るい子は自分を保ってきたのだと思います。

『カルテット』に次ぐ最新作として

「坂元ドラマ」の2つ目の流れは、やはり『カルテット』(17年、TBS系)ですね。『anone』を、『カルテット』に次ぐ坂元ドラマの最新作として位置付ける見方です。

『カルテット』で上手いなあと思ったのは、「冬の軽井沢」、そして「別荘」という二重の<密室>という設定でした。登場人物たちを密室に投げ込むことで、ドラマ空間の密度が、ぐっと濃いものになるからです。

『カルテット』で展開された、別荘での簡易合宿のような、ゆるやかな共同生活。『anone』でも、思わぬことから4人(ハリカ、亜乃音、るい子、持本)は、亜乃音の自宅兼印刷所で、合宿みたいに一緒に暮らしています。

また『カルテット』では、4人(真紀、別府、家森、すずめ)が、鬱屈や葛藤を押し隠し、また時には露呈させながら、互いに交わす会話が何ともスリリングでした。それは1対1であれ、複数であれ、変わりません。見る側にとっては、まさに「行間を読む」面白さがありました。ふとした瞬間、舞台劇を見ているような、緊張感あふれる言葉の応酬は、坂元さんの本領発揮です。

『anone』においても、毎回、“角度のある台詞”が連射されます。初回だけでも、「過去の自分は助けてあげられない」、「大切な思い出って支えになるし、お守りになるし、居場所になる」、「努力は裏切るけど、諦めは裏切らない」など、目白押しでした。

そうそう、先週の第6話では、4人が食卓を囲む場面で、「賞味期限切れ」の食材をめぐって、どーでもいい会話なんだけど、聞いてるとクスリと笑えて、しかも4人のキャラクターがよく出ているやりとりがあって、「ああ、カルテットしてるなあ」と嬉しくなりました。

「ドラマチック」という言葉について、脚本家の倉本聰さんは「映画と違って、テレビドラマはむしろドラマチックの〈チック〉のほう、細かなニュアンスを面白く描くのが神髄じゃないかな」とおっしゃっていました。ドラマは、本線というかストーリーだけじゃなく、一見物語とは無関係な、寄り道みたいなシーンによって、より豊かなものになると。「賞味期限切れ」の場面は、まさに〈チック〉なシーンでした。『anone』には、この〈チック〉があちこちに散りばめられています。

「フェイク(偽物)」というキーワード

というわけで、坂元さんは、このドラマで、『Mother』、『Woman』とはまた別の視点で「母性」を見つめ直すと共に、『カルテット』で手ごたえのあった作劇術を、さらに進化させようとしています。かなり実験的、いや挑戦的なドラマです。

「坂元ドラマ」としては、2つの流れを取り込んでいる『anone』。その2つの流れが交わるところに置かれたキーワードが、「フェイク(偽物)」です。

このドラマには、「偽札」だけでなく、さまざまなフェイクが登場しています。ハリカは森の中の家で、祖母(倍賞美津子)に可愛がられて暮らした記憶を持っていました。しかし実際にはそこは施設であり、虐待を受けながら生きていた。その記憶は自分の心を守るためのものだったのです。

前述したように、亜乃音も「本当の親子」ではなくても、玲に実の母親と変わらぬ愛情を注いできました。るい子が会話している幻影も、単なるフェイクと呼んでしまっていいのかどうか。

医者からがんで余命半年と言われた、元カレー屋の持本舵(阿部サダヲ)もまた、余命を知らされたことで、これまでの人生が自分にとってホンモノだったのか、わからなくなりました。さらに妻子のいる中世古理市(瑛太)も、玲と彼女の息子が住む部屋に通っていますよね。彼にとっての「本当の家族」とは何なのか。

「偽物」に目を向けることで、逆に「本物」とか、「本当」とされるものの意味が見えてくる。また「偽物」と呼ばれるものが持つ価値も浮かび上がってくる。それはフェイクニュースのような社会問題とは違い、個人にとっての価値や意味です。現代の親と子、夫と妻、家族、そして生き方そのものさえ、フェイクという視点から捉え直してみる。このドラマが、坂元裕二さんの野心作であるゆえんです。

とは言うものの、『anone』は、いい意味で(!)独特の暗さや重さもあり、元々幅広く万人ウケするタイプのドラマではありません。多分、最後まで、たくさんの視聴者を集めることはないでしょう。しかし、続きが見たくなるドラマ、クセになるドラマ、気になるドラマとしては、現クールの中でピカイチの存在だと思います。

新著20万部突破「女優・石田ゆり子」の稀有な魅力とは!?

2018年03月09日 | 「ヤフー!ニュース」連載中のコラム


新著『Lily ―日々のカケラ―』

女優・石田ゆり子さんの新著『Lily ―日々のカケラ―』(文藝春秋)が好評だそうです。1月に発売して、もう20万部突破だとか。

この本で、石田さんは自身のライフスタイルの一端を明かしています。家具や器や本など、自分で選んだ好きなものと一緒に暮らす生活。また「比べない、競わない」といった、生き方についても語っています。

伝わってくるのは、石田さんの充足感です。自分の価値観を大切にして、周囲とも無理のない距離感を保ちながら仕事や私生活を送る。そんな文章を読み、室内の美しい写真などを眺めていると、自分の世界がしっかりできており、たとえば結婚や同棲という形で、他者が入ってくることは不要というか、嫌かもしれないなあ(笑)、なんて思ったりもしました。

清純とエロスのハイブリッド

この本がきっかけで、つい先日、「石田ゆり子さんの魅力」について週刊誌の取材を受けただけでなく、出演した情報ワイド番組でもコメントを求められました。

私の回答はごくシンプルです。石田ゆり子という女優さんは「清純とエロスのハイブリッド」である。「清純とエロスを併せ持った女優さん」だという話をさせていただきました。

最近の、いわば「石田さん人気」の火付け役は、やはりドラマ『逃げ恥』こと『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS、2016年)だと思います。

石田さんは、ヒロイン・森山みくり(新垣結衣)の伯母、土屋百合を演じていました。化粧品会社で働くキャリアウーマンで、仕事もよくでき、部下たちにも慕われています。その一方、私生活では未婚のままで、さらに男性経験もありません。時には寂しいこともあるようですが、基本的には今の自分に満足している40代女性でした。

女子学生たちに訊くと、こんな友達みたいな素敵な伯母さん(みくりも「百合ちゃん」と呼んでいました)がいたらいいなあ、と思ったみたいです。

そして大事なポイントは、石田さんの魅力は年齢を超えた「清純」だけではないということ。『逃げ恥』においても片鱗を見せていましたが、「清純さ」に加えて、隠された「エロス」の部分が、石田さんをより魅力的にしているのです。

そんな「清純とエロスの融合」が発揮されたのは、以下のようなドラマでした。

『さよなら私』(NHK、14年)

もしも自分の妻と、浮気相手の女性の「心が入れ替わった」としたら。しかも妻と女性が高校の同級生で親友だったとしたら。そして妻が永作博美さんで、浮気相手が石田ゆり子さんだったとしたら。2014年秋に放送された、NHKドラマ10『さよなら私』はそんなドラマでした。

もちろん永作さんの夫である藤木直人さんは、「そんなこと」が起きているとは夢にも思わない。だから、いつものように石田さんのマンションを訪れ、彼女を抱きます。そんな藤木さんに、(石田さんの姿をした)永作さんはどんな思いで応えていたのか。残酷かつエロチックな場面でした。

見る側(視聴者)は真相を知っているのに、当事者である登場人物は知らない。この図式は物語作りの基本のひとつです。

2人の心が入れ替わる直前、永作さんに浮気を追及され、石田さんが反撃に出ます。「(夫の藤木さんと)してないんだってね、何年も。(微かに笑って)私とはしてるよ、会うたびにね。楽しくセックスしてる」。言っているのが石田さんだからこそ、見ていてドキドキする場面でした。

『コントレール~罪と恋~』(NHK、16年)

『逃げ恥』と同じ年、少し前に放送されたのが、NHKドラマ10『コントレール~罪と恋~』です。

通り魔事件に巻き込まれて亡くなった夫。残された妻(石田)は、夫に愛人がいたことを知ります。事件現場に居合わせた弁護士(井浦新)は、犯人と揉み合い、結果的に石田さんの夫を殺してしまう。井浦さんはショックで声が出なくなり、弁護士を辞めてトラック運転手となります。

6年後、街道沿いで食堂を営む石田さんは、客として来た井浦さんに魅かれます。だが、その素性は知らない。井浦さんは自分が殺めた男の妻だと分かりますが、気持ちは石田さんへと傾斜していきます。しかも、かつて事件を担当した刑事(原田泰造)も、石田さんに思いを寄せています。

石田さんが演じる、夫を亡くした45歳の女性が何ともセクシーでした。幼い息子の母親としての自分と、一人の女性としての自分。その葛藤に揺れながらも、衝動を抑えきれません。鏡の前で、久しぶりにルージュを手にする、石田さんの表情が絶品でした。

そして、CMでも・・・

CMの世界でも、石田さんの魅力は見事に表現されています。

たとえば、昨年のキリンチューハイ ビターズ「あなたの顔編」。部屋の中で、石田さんと2人、差し向かい。目の前で、グラスに“大人のビターチューハイ”を注いでくれます。しかも、「ゆるんで、いいよ」、「もっと、ゆるも」なんて言われちゃうわけで、世の男性陣は、そりゃもう、ゆるんで乾杯どころか完敗でした。

また、缶コーヒーのキリンファイア「漁港編」。石田さんは港の堤防に腰かけて、漁船の甲板で黙々と作業する男性を見守っています。

「素敵だよね。どんなに寒くても、こんなに朝早くから、一生懸命で」と心の中の声。漁師の青年がふっと堤防を見上げる。きっと誰かがいるような気がしたんでしょう。

すると石田さんは、「ありがとう。おつかれさま」と言って、缶コーヒーを差し出します。缶コーヒーに癒されるのか、石田さんに癒されるのか。実際には自販機で缶コーヒーを入手するんですけど(笑)、青年はちょっと一息入れることができるはずです。

薄れぬ神秘性とオーラ

そういうわけで、石田さんは、「清純とエロスを併せ持つ」という稀有な女優さんです。しかも自らの魅力をわかりながら、それを強調することなく、あくまでも自然体でいる。そこがまた凄いわけですね。だから圧迫感がないし、むしろ癒される。

まあ、そうは言っても、これって男性側の、いわば妄想かもしれません(笑)。しかし、テレビ画面やスクリーンに映し出されるものが、見る側に勝手な妄想を起こさせないようでは、一流の役者さんとは言えません。妄想は観客たちの夢でもあるからです。

石田さんが素晴らしいのは、今回のように自分を語るタイプの内容の本を出しても、かつての大女優、大スターが持っていたのと同様の、神秘性やオーラが薄れないことでしょう。いや、むしろ増幅しているかもしれない。

それは石田さんが、本名である「石田百合子」という女性と、「女優・石田ゆり子」の間に、自分なりの線引きをきちんとしており、自らの手で「自分を守る」ことができる人だからです。

最近は、マスコミがこの神秘性やオーラをはがすだけでなく、自分からそれを外してしまう俳優さん、女優さんも少なくありません。その意味でも、ありきたりな喩えですが、「平成の原節子」と呼ばれてもおかしくない、貴重な女優さんなのだと思います。

問題作「anone」 偽物と対比 物事の本質を問う

2018年03月08日 | 「北海道新聞」連載の放送時評



北海道新聞に連載している「碓井広義の放送時評」。

今回は、ドラマ「anone」について書きました。


問題作「anone(あのね)」
偽物と対比 物事の本質を問う

今期ドラマの中で一番の問題作、それが「anone」(日本テレビ―STV)だ。主演は広瀬すず、脚本が坂元裕二。人気女優と有名脚本家の組み合わせは、それだけで話題になるはずだった。しかし、テレビ業界も視聴者も戸惑っているようだ。一体このドラマは何なのか、どう見たらいいのかと。

主人公は親と離れて育った、宿無しのハリカ(広瀬)だ。他の主要人物として、印刷所を営んでいた夫と死別した亜乃音(あのね 田中裕子)。心の通わない夫や息子のいる家を出た、るい子(小林聡美)。医者からがんで余命半年と宣告された、元カレー屋の持本(阿部サダヲ)などがいる。それまでバラバラに生きていた彼らが、捨てられるはずだった大量の偽札をきっかけに知り合い、今は亜乃音の家で不思議な合宿生活を送っている。しかも閉鎖した印刷所の元従業員、中世古(瑛太)に引っ張られて本格的に偽札を作ろうとしているのだ。「よくわからないドラマ」と思われても仕方がないかもしれない。

このドラマには偽札だけでなく、さまざまなフェイク(偽物)が登場する。ハリカは祖母(倍賞美津子)に可愛がられて暮らした記憶を持っていたが、本当は祖母ではなく施設の管理者で、虐待を受けながら生きてきた。偽の記憶は自分の心を守るためのものだったのだ。亜乃音には19歳で家出した娘、玲(江口のりこ)がいる。自分が産んだ子ではないが、娘と離れてしまったことをずっと悔やんできた。同時に、赤の他人であるハリカに母親のような感情を抱いているのも事実だ。

るい子は高校時代に望まぬ妊娠をしたが、その時に生まれなかった娘の姿が見える。セーラー服を着た幻影の娘と会話することで自分を保ってきたのだ。持本もまた余命を知ったせいで、これまでの人生が意味のあるものだったのか、わからなくなった。さらに妻子のいる中世古も、玲と彼女の息子が住む部屋に通う二重生活を送っている。彼にとって本当の家族とは何なのか。

脚本の坂元は、物語の中にいくつもの「偽物」を置くことで、その対極に位置するはずの「本物」や「本当」の意味や価値を問いかけている。つまり物事の本質を捉え直そうとしているのだ。その対象は親と子、家庭、仕事、愛情、命、生き方にまで及んでいる。果敢な野心作だが、いい意味で独特の暗さや重さもあり、広く万人受けするタイプの作品ではない。しかし最も気になるドラマ、目が離せないドラマであることは確かだ。

(北海道新聞 2018年03月06日)

嵐・松本潤が快演 食わず嫌いで見ないのは惜しい「99.9」

2018年03月07日 | 「日刊ゲンダイ」連載中の番組時評


嵐・松本潤が快演
食わず嫌いで見ないのは惜しい「99.9」

主演俳優がジャニーズ系と聞いただけで、そのドラマを見ない大人がいるが、それはもったいないと思う。一昨年に続く第2シーズンを迎えた「99・9―刑事専門弁護士―」はその典型だ。今回も嵐の松本潤がひょうひょうと真相を探っていく弁護士、深山大翔を快演している。

まず、この深山のキャラクターが出色だ。料理好きで調味料を持ち歩く。料理の味はわずか一振りの塩でも変化するが、それは深山ならではの細部へのこだわりや観察眼に通じるかもしれない。

次に、無類のダジャレ好き。こちらは一見別々の要素を組み合わせることで、新たな事実を掘り起こす能力と重なる。口癖は「僕は事実を知りたいだけなんです」。その根底にあるのは正義感というより並外れた好奇心だ。松本はこのキャラを完全に自分のものにしている。

先日の竜雷太がゲスト出演した回でも、パラリーガルの明石(片桐仁が怪演)が自分の失敗をごまかそうとした様子をヒントに、犯人のトリックを見破っていった。

また、この殺人事件に過去の窃盗事件をからめることで物語はより重層的になっていた。脚本はシーズン1も手掛けた宇田学。深山の上司である佐田(香川照之)や所長の斑目(岸部一徳)、同僚の尾崎(木村文乃)といった面々にそれぞれ見せ場も配しながら、ドラマ全体のテンポの良さと中身の濃さを巧みに両立させている。

(日刊ゲンダイ 2018.03.07)

【気まぐれ写真館】 風雨が去って・・・

2018年03月06日 | 気まぐれ写真館
2018.03.06