「週刊新潮」に寄稿した書評です。
石原慎太郎
『三島由紀夫の日蝕 完全版』
実業之日本社 2090円
三島由紀夫の生誕100周年を記念する復刊である。しかもこれは没後20年の時点で書かれた、厳しい三島批判の書だ。著者にとって「強くも弱くもあり、矛盾だらけの、それ故に魅力に溢れた存在」だった三島。軸となるのは肉体と精神の交錯という視点だ。石原というフィルターを通すことで立ち現れる三島像は、同時に三島が解析した作家・石原慎太郎の「無意識の構造」を浮かび上がらせる。
大竹聡
『酒場とコロナ~あのとき酒場に何が起きたのか』
本の雑誌社 2200円
コロナ禍の際、酒場は自粛という名の休業を迫られた。その時、当事者たちは何を思い、どう乗り切ったのか。2021年の取材と23年の再訪問をまとめたのが本書だ。「酒場というのは人です。お客さんは〝人〟に来る」と言うのは、祐天寺「もつやき ばん」の店主。浅草「ぬる燗」の主人は休業中も毎日店に出て、玄関先を掃き続けた。彼らが守り通したのは「生身の人間が触れ合う時間と場所」だ。
楳図かずお
『わたしは楳図かずお~マンガから芸術へ』
中央公論新社 2530円
昨年秋に88歳で亡くなった楳図かずお。本書はその2年前から行われた聞き書きインタビューだ。すでに恐怖の原点が垣間見えるデビュー作「森の兄妹」に始まり、「漂流教室」などの心理サスペンスや「14歳」といった人類滅亡SFへと至る軌跡が語られる。楳図ホラーの象徴である「へび」の意味はもちろん、「恐怖マンガの巨匠」という言葉では収容しきれない作品世界の奥行きが示される。
(週刊新潮 2025.04.10号)